再会
シュレーとショーンは、逃げるように店を飛び出して、そうして道をまた、海の方へと歩いて降りて行った。
そうすると、海沿いにまた、皆が散策するような石畳の遊歩道があって、その向こう側には、市場が見えていた。やはり、そちらの方は全く気取った感じではなく、とても庶民的だった。シュレーとショーンはホッとしながら、そちらへと足を進めた。
広場には噴水があり、その回りには露天が所狭しと並んでいた。呼び声もあちこちから聞こえて来て、シュレーはこの雰囲気の方が馴染みがある、とても親近感を持った。
珍しげに回りを見て歩いていると、脇の果物が置かれてあるワゴンの向こうの男が、声を掛けて来た。
「どうだい旦那!お子さんにリンゴなんか買って行かないかい?」
シュレーは、そちらの見た。そうか、子供が居る歳に見えるか。確かにな。
「いや、旅の途中なのでな。」
その男は、首をかしげて珍しげにシュレーを見た。
「ふーん、確かに見ない生地の服を着てるな。かなりいい糸だろう、これは。旦那、さてはどこかの貴族かなんかだろう?」
シュレーは、苦笑して首を振った。
「そんな大層なもんじゃないさ。」
すると、ショーンが言った。
「なあ、ここじゃあみんな活気に満ちてるが、パワーベル…いや、エネルギーベルトが崩壊したってのに、何も心配してねぇのか?」
男は、驚いたような顔をした。
「え、あの壁がなくなったからって?デンシアに居る限り、何も起こりゃあしませんで。何しろ、ここはシャデル陛下の守りの中にあるんだ。今まで、大風が来たって、大波が来たって全部陛下が押し返して下さった。今更、ここに何か来るなんて思ってるヤツなんて居ませんや。」と、二人の顔を、じっと見比べた。「さてはお二人とも、アルデンシアから来なさったか?あっちは陛下が直接お側に居るわけでないんで、いつでも心配ばっかりしてるって聞いてまさあ。大変なこった。」
アルデンシアは、前の首都だとシャデルが言っていた。シュレーとショーンは、お茶を濁すように言った。
「まあ…そんなとこだ。じゃあな、ありがとうよ。」
ショーンとシュレーは、急いでそこを離れた。そうして脇の路地へと入ると、二人で腕輪をチェックした。
「地図だ地図。頭に地名だけでも入れとかねぇと、話をあわせるにも一苦労だ。」
シュレーも、じっと腕輪の小さな画面を見つめた。
「さっきのアルデンシアっていうのは、ここからもう少し北へ行った港町のことだ。シャデルが、前の首都だと言っていたから、そこそこの大きさの街だろうな。」
ショーンは、怖いくらい真剣に地図を見詰めていた。
「西に行けばリーリンツ、そっから北でダーパ…ああ、だがどんな街なのかがわからねぇ。困ったもんだ、全く始めての土地ってのはよ。」
シュレーとショーンは、ため息をついた。咲希が全く土地勘が無くて位置関係が分からない、とライアディータで言っていたが、その気持ちが今、やっと分かった気持ちだった。
「さて、こんなことをしてても先へ進めないな。」シュレーは、腕輪をパチンと閉じると、回りをきょろきょろと見た。「そうか、脇へ入ると住宅なんだな。この辺りの建物は、みんな住宅だ。」
路地を歩き出すと、確かに両脇の建物には洗濯物が干してあったりして、生活観があった。
「シアに似てるな。」
ショーンが言うと、シュレーは、頷いた。
「確かにな。オレは若い頃、シアでこんな感じの場所に住んでいた。商店は近いし、鉄道も水路も近いし、便利だったからだがな。」
そんな場所をくねくねと歩いて行くと、回りの建物ばかりを見ていたショーンが、前から来た男に気付かずに、ぶつかってよろめいた。
「お!…ああ、すまない…」
ショーンが慌てて言うと、シュレーが、慌てて相手の腕を掴んで倒れないようにしている。40代ぐらいの黒髪の男だ。相手は、首を振った。
「いや、オレも本に気を取られてたから…。」
シュレーが、一瞬息を詰まらせたような声を喉の奥で出したかと思うと、急に叫んだ。
「け、け、」と、まだ何か詰まっているようだ。「ケイゴ!!ケイゴじゃないか!」
相手は、顔を上げた。
「え?」そうして、シュレーを見て、飛び上がらんばかりに叫んだ。「シュレー!!どうしてここに!!」
シュレーは、圭悟に抱きついて今にも泣き出しそうな顔をした。
「使者として来たんだ!お前…お前、生きてたのか!玲樹が、死ぬほど心配してたぞ!」
圭悟は、もう涙を流しながら何度も頷いた。
「観測船に乗って、そのままパワーベルトに飲まれて、物凄い圧力で気を失ってさ。気が付いたら、ミラ・ボンテに漂着してたんだ。そこでこの国の軍に助けられて、シャデル陛下のご好意で、こうしてここに。」と、満面の笑みでシュレーの肩をパンパンと叩いた。「そうか使者か!あっちからきっと来るだろうって思ってたけど、思っよたり早かったんだな。陛下には、あちらの王は好戦的じゃないとお伝えしておいたんだけど、やっぱり警戒なさってたからな。」
シュレーは、ショーンがぼけっと呆けたように立っているのに気付いて、慌てて言った。
「ああ、こっちは同じ使者として来た、術士のショーンだ。ショーン、昔一緒のパーティで旅をしていた、ケイゴ。」
圭悟は、満面の笑みでショーンの手を握った。
「ショーン!圭悟だ、仲良くしてくれよな。」と、シュレーを見た。「それで、今は王城に滞在か?ゆっくり話したいな。こっちのこと、いろいろ教えてやりたいし。」
シュレーは、真剣な顔になった。
「ああ、教えて欲しいんだ。こっちの土地勘もないし、どうやって地元の人達の話を聞くかって、悩んでたところだ。」
圭悟は、頷いた。
「そうだろうね。じゃあ、ええっと、ここを曲がったらオレが住ませてもらってるアパートなんだけど、そこへ行く?」と、落とした本を拾い上げながら続けた。「でも、その前に何か買って行こう。いいビールがあるんだよ。生ハムとかも、こっちのはまた旨いんだ。チーズだって、ファルから直送だもんな。」
シュレーは、顔をしかめた。
「そこんところが、分からないんだよ。ファルって?」
圭悟は、歩き出しながら答えた。
「ああ、こっちのシオメル。牧場地帯さ。ここからなら北東にあるんだけど、温暖なんだ。ケイ平原って分かるか?」
シュレーもショーンも、首を振った。
「地図を見ないと、全く。」
圭悟は笑った。
「だろうね。オレだって来たばっかりの時はそうだったから。」と、二人を促した。「とにかく、市場へ行こう。食い物を調達してから、話そう。」
そうして、思いもかけずこんな所で知り合いに会ったことに感謝しながら、シュレーとショーンは圭悟と一緒に買い物を済ませ、圭悟に与えられているという、アパートへと向かったのだった。
その少し前、レンはマーラと王城に庭で居た。本当はシュレー達と一緒に行って街を調べたかったのだが、それよりもマーラが自分と目を合わせないのが気に掛かって、やはりシュレーが言うように、誤解を解いておいた方がいいと思ったのだ。
マーラが、ひたすらに頭を垂れていてこちらを見ないので、レンはため息をついてマーラを振り返った。
「マーラ、別にショーンが言ったことなどどうでもいいではないか。要は、お前の気持ちなんだからな。オレは皆の前で、お前が父親として思ってるだけだと言ったって気にしなかったのに。」
マーラは、驚いたように顔を上げた。
「え…父親?」
レンは、頷いた。
「そうだ。いろんな種類の愛情があってもおかしくはない。ショーンは、まだ若くてそういうのが区別出来なかったんだろう。幼い頃から面倒を見てたんだから、お前がオレを父親のように思っててもおかしくないだろうが。まあ、付いて行くとダダをこねたのは感心しないがな。」
マーラは、じっと黙っていたが、思い切ったように顔を上げた。
「違うわ!私は、小さな頃からあなたが大好きだったわ!」
レンは、フッと息をついた。
「そうだろうな。肉親っていう感じは、オレしか居なかったしな。」
マーラはぶんぶんと首を振った。
「そうじゃないわ!あなたが、私を娘だと思ってるのはもう、ずっと見て来たから分かってる。でも…軍に入ったのも、訓練に耐えたのも、技術を上げる努力をしたのも、せめて側に居たかったから。結婚だってしなかったわ!何度も、誘われたりしたけど…この歳までずっと独身だったのは、あなたを想っていたからよ!ショーンは、間違ってない!私はただ、そんな未知の危ないところにあなたを一人送り出すなんて出来なかったのよ!だから、どうしても付いて行くと陛下に直談判したの!私が、術士として役に立つ軍人だからって!」
レンは、呆然とした。そんな風に、思っていたなんて全く知らなかった。軍に入ったのも、ただお転婆だったマーラだから、きっとそんな事に興味を持って、それを仕事にしたいと思ったんだろうと考えて…。
「そんな…そんな風には、考えたことが無かった。」レンは、やっと言った。「オレは…ただ、娘として面倒を見ようと。」
マーラは、涙を流した。
「分かってる。分かっていたから、言わずに来たの。側に居れなくなるのが、怖かったんだもの!」と、マーラはくるりと後ろを向いた。「もう、この事には触れないで。私は、街には行けない。王城に残るわ。」
マーラは、そう言い捨てると、逃げるように城の中へと走って消えて行った。
レンは、思いもかけないことだったので、しばらくそのまま、そこで立ち尽くしていたのだった。




