散策
デンシアで王のシャデルから自由にしていて良いと言われ、シュレー達は街へと出て来ていた。城を出る時に、バークから通貨の金貨や銀貨を無償で渡されそうになったが、同じようなものをリーディスから持たされていたシュレー達は、それと交換で通貨を手に入れた。
レンは、後から行くと言ってマーラと共に残った。恐らく、ショーンが見えたと言ったあのことを、きちんと話して気まずさを解消するためだろう。
目立つローブは脱いで、ショーンとスタンを連れ、シュレーは重苦しい表情で王城を後にして、また急な坂を下りて歩き始めた。
スタンが、横から言った。
「シュレー殿、ここへ来る道で気になるカフェがありました。そこへ参りませんか。少しひと息つきたい気分なので。」
シュレーは、サルーがあんなことになったのを見たばかりでカフェで一息などという気持ちではなかった。すると、ショーンが横から言った。
「お前、よく平気だな。サルーが目の前であんなことになったってのに。」
シュレーも、同感だったがスタンの方は見なかった。すると、スタンはショーンに言った。
「起こってしまったことを気に病んでもどうしようもない。我らには、生きて帰って王に全てをお話しするという責任がある。サルー殿が役目を果たせなかったのなら、自分が。もしかしたら、逆であったかもしれないのです。残ったのだから、そんなことを気に病むよりも、与えられた環境下で吸収出来るだけのことを吸収して、帰らねば。」
シュレーは、スタンに目をやった。若干20代後半ぐらいのこの大使は、ひたすらに任務に忠実であろうとしている。自分も、軍人としてサルーが戦って果てたのなら、同じ心境になっただろう。だが、サルーは志半ばで、皆と和解もしないまま、生きていてもつらいと言われるような姿に変わってしまった。敵は、こちらの慣れない環境…本来命を繋ぐはずのもの、命の気なのだ。
ショーンが、肩を落とした。
「みんなに対しても、命の気を少しは遮断しているつもりだったんだ。だが、ほとんどオレの膜を通り抜けちまってた。だから確かに、スタンの言う通りあれはサルーでなく、他の誰でもおかしくは無かったんだ。オレ以外のな。」
シュレーは、ショーンを見た。
「やはり、お前は自分に取り込む時に調節出来てるのか?」
ショーンは、頷いた。
「出来てるよ。というか、意識してなくても、勝手にやっちまう。生きるために、体が勝手にそう判断してするってことだ。だが今は、このシャデル王がくれた石があるから、すんなりこっちの気を受け取ってるみたいだな。この石が、うまく身に取り込む前に調節してくれてるようだ。」
シュレーは、自分の腕にもぴったりつくようにと、ゴム製のバンド共に装着しているその石を見つめた。この緑色…バーク遺跡にはめ込んだ、女神の石の色にそっくりだ。
シュレーは思った。やはり、あれはシャルディークなのかもしれない。あの時、また生まれ変わらなければいけない、と言っていたような気がする。だがきっと、何も覚えていないのだ。シャルディークなら、きっと13歳で王として君臨してもおかしくはないだろう。そうして20歳で、皆に絶対的に信頼される王になっていても…。
スタンが、重苦しい空気を物ともせずにカラッとした口調で言った。
「さあ!じゃあ目的地が決まってないなら、あのカフェへ。とても大きなカフェで、王城の近くだからなのか重厚な雰囲気で高級っぽかったんです。あのカフェなら、いろいろな人が来ているでしょう。もしかしたら、何か話が聞けるかもしれない。」と、いつの間にか急な坂が終わった場所まで降りて来ていた。スタンは、緩やかな坂道の、右側を指した。「あっち側なんですけど、このまま300メートルほど降りたらあります。」
シュレーとショーンが顔を見合わせる中、スタンは先に立ってさっさと坂道を降りて行った。
回りは、昨日通った時は静かだったのに、今は人通りも多く、活気に満ちていた。
どうやら、この辺りは朝から昼に掛けて賑やかになるようだ。店も、飲み屋などは無く、カフェや雑貨屋、美術品を売っているらしい場所などが立ち並んでいる。いろいろな街へ行っているシュレーにも、ここがデンシアの昼の顔と言われる通りなんだろうな、と分かった。
スタンがドンドンと進んで行くので、それに流されるようについて行った先には、言っていた通り石造りの建物に木枠を使って装飾している、重厚な感じのカフェがあった。そこへ入って行くと、男性の店員が笑顔で寄って来て言った。
「いらっしゃいませ。窓際と奥のボックス席、カウンター席とございますがご希望はございますか?」
スタンが、答えた。
「どちらでも。ここは初めてなのでね。」
店員は愛想良く頭を下げた。
「さようでございますか。では、窓際席へご案内致しましょう。どうぞ、こちらへ。」
スタンも育ちの良さげな表情で微笑返す。こういうところはやはり、大使なのだなと思う。瞬時に相手の望む人間になれるのだ。
シュレーはショーンと共に、ただ黙ってそれについて行った。
席につくと、店員はメニューを手渡した。
「お決まりになれば、お呼びください。」
頷いてメニューを開いたシュレーは、小さく眉を上げた。見慣れた飲み物もあるが、知らないものもある。そうして、それは軒並み、高かった。おそらくこの場所だからだろうが、あちらで毎朝飲んでいたキリーという飲み物…これはよく玲樹にコーヒーだコーヒーだと言われていたが、シュレーには何のことか分からなかった…ライアディータの王城近くの小さなカフェで、毎朝30金で飲むのに、ここでは150金もする。ちなみにリンゴが一個10から15金の世の中なので、ここのキリーはとても毎日飲める金額ではなかった。
「じゃあ、オレはキリーにしよう。」
スタンは、自分のメニューから顔を上げた。
「では、上から二番目のサム・キリーとご注文を。私は、ピカラで。ショーン殿は?」
ショーンは、肩をすくめた。
「何でもいいし、シュレーと同じで。あ、アイスにしてくれ。」
スタンは頷くと、黙って手を上げた。すぐに店員が寄って来る。スタンは、言った。
「ホットとアイスのサム・キリーと、ピカラを。」
店員は、頭を下げた。
「はい。」
そうして、去って行く。シュレーは、それの背を見送って言った。
「なんだってサム・キリーだ?別にどっちでも良かったのに。」
スタンは、言った。
「こういう店では、ふらりと立ち寄っただけなら上から二番目のものを頼むのが無難なのです。一番上のものは、頼む客はあまり来ません。なぜなら、一番安いからです。手持ちが少ないと言っているようなものなので、少々無理をしても二番目を頼む方が、店員からの受けがいいんです。ここはきっと、来ることでステータスを感じるような客ばかりの店ですね。」
ショーンは、つまらなさそうに窓の外を見た。
「別にそんな見栄なんかないし、一番安くっても良かったのに。」
スタンは、とんでもないと首を振って、声を落とした。
「何を言ってるんですか、目立つでしょう。」シュレーとショーンが驚いた顔をした。スタンは続けた。「今も言ったじゃないですか、頼む客が居ないって。安いキリーを頼んだ客、と店員の記憶に残ってしまうんですよ。我々はあくまで、観光客や地元の客に紛れて、情報をもらわないといけない。だから、他の客と大差ない行動をしなきゃならないんです。」
シュレーとショーンは、黙った。そんなことまで考えて行動しなきゃならないのか。だが、目立つなと言っても、初めての土地で習慣も違うだろうに、かなり気を遣って見なければ変なことをしてしまうだろう。
そう思うと、シュレーは俄かに緊張して来た。
そこへ、店員がグラスとカップを乗せたトレーを持って戻って来た。
スタンが、また涼やかに微笑んでそれを見守っている。シュレーとショーンは、ただ黙ってカップやグラスが置かれて行くのを見守った。
そうして、また店員が去ると、はーっと息をついた。
「面倒だ。早く飲んじまって、さっさと出よう。」
ショーンが言う。シュレーも同じ気持ちだったので、急いでカップを持ち上げる。しかし、スタンはゆったりと言った。
「何を言ってるんですか、まだ誰とも話していないのに。」
ショーンが、スタンを睨んだ。
「あのな、ここじゃ無理だ。オレはもっと市場に近い方の店にでも行って、カウンターで飲んで来らぁ。その方が、いくらか話が聞ける。」
スタンは、眉を上げた。
「まあ、それでもいいですが、私はここの方が慣れていていいんですけどね。」
シュレーが、割り込んだ。
「じゃあ、お前はここに残れ。オレとショーンはあっちの商店とか酒場がありそうなエリアに行って、情報を仕入れて来るから。こんな場所は、オレも慣れないから落ち着かないし、そんなハイソな連中と何を話したらいいのかも分からない。」と、かなり熱いキリーをぐいと無理に飲み干した。さすがに喉を流れて行くのを感じた時、一気飲みはまずかったかと思ったが、ショーンを見た。「さ、ショーン、早く飲め。行くぞ。」
ショーンは、慌ててストローでそれを吸い上げた。もう腰を浮かせている。スタンは、そんな二人を面倒そうに見た。
「全く、行儀も何も習っておられないのですか、あなた方は。」
そんなことを言われても、二人は構わなかった。やっぱり、スタンの言う通りにこの店に入ったのが間違いだったのだ。
二人は、立ち上がった。
「じゃあ、また王城でな。お前も気が済むまで歩き回ってから、戻るといい。」
シュレーが、さっさと足を進めて行く。店員が、驚いたように寄って来る。
「お客様?何か、不都合でも?」
ショーンが、言った。
「すまないな、人と会う約束があったのを忘れてたんだ。」と、懐に手を突っ込んだ。そうして、手に触れた貨幣を引っ張り出すと、額面も見ずに店員の手に押し付けた。「これで。釣りはいい。」
「え?」店員が驚いたようにそれを見て、また慌ててショーンを追いかけた。「いえ、あの、これは1000金貨…、」
しかし、もうショーンは出て行ってしまっていた。
スタンは、苦笑した。よっぽどかしこまった場所が苦手らしい…。




