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アーシャンテンダ~The World Of ERSHUNTENDA~  作者:
アーシャンテンダ大陸
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影響

咲希は、リーディスの元を訪れていた。

リーディスは、北東の守りを命じながら、メレグロスと考え込んでいる最中の事だった。それでも、快く中へと招き入れてくれたリーディスは、ラーキスと克樹を後ろに、リリアナと共に前へ出て、並んで立って言った。

「陛下、私に何が出来るのか分からないのですが、それでもお役に立つために、ディンメルクの方々の力になりたいと思っております。」

リーディスは、少しホッとしたような顔をしたが、しかしすぐに険しい顔つきになった。

「その気持ちは嬉しい、サキ。しかし、メレグロスと共に考えておったのだが、今は情報が少ないのだ。我がもらった情報の真偽も、まだ確認が取れていない状態。ディンメルクの使者達を完全に信じることも出来ぬのに、主らのような民間の者達に行かせるわけにはいかぬだろうということになった。」

咲希は、驚いたようにリーディスを見上げた。

「でも、約束を破ってしまうことになるのでは…。」

リーディスは、メレグロスの方へ視線を移したが、また咲希を見て、頷いた。

「このままでは、その通りよ。だがの、我はあちらの土地へ行くことを約したわけではない。なので、こちらの命の気が同じ方向へと巡っておるシステムを深く解明し、同じことは出来ずでも、代替案を探し出すことが出来るはず。それをこちらの、我がライアディータで行なうのだ。何より、現場で調べることが一番の近道であろうからな。」

ラーキスが、後ろから言った。

「ならば、こちらの地で命の気を一方向へ流す、方法を編み出すということですね?」

リーディスは、頷いた。

「その通りよ。我が支配下であれば、あれらも自由には動けまい。何より、使者は三人、兵士も五人しか居らぬ。平和的なことであるのだから、兵など必要ないであろう。なので人数を絞らせて、主らとこのメレグロス、それに術士の才があるダニエラという将軍が一人居るので、それを連れて、バーク遺跡へ参れ。そこから始めて、向こうの地でも可能な方法を見つけ出すのだ。その頃までには、我もあちらのことを知ることが出来ておるだろうしな。」

ラーキスは、その言葉に片眉を上げた。だが、何も言わなかった。克樹が、首をかしげた。

「でも…陛下はシュレー達を失ったと考えておられるわけですよね?他に、情報を送って来れるようなことって…」

ラーキスが、咎めるように克樹を見る。その様子を見て、リーディスがクックと笑った。

「ああ、ラーキスには分かっておるのだな。克樹よ、我とてそこまでお人よしではないわ。真正面から行く者も居れば、裏から忍ぶ者も居る。案ずるな。時さえあれば、それぐらいのことは、成し遂げようぞ。」

「ほんと、子供ね。」

リリアナが、小さく呟く。克樹は、真っ赤になった。

「ちょ…リリアナ!」

メレグロスとリーディスは、笑った。

「おお、言いよるの、嬢ちゃんは。」と、メレグロスは皆に歩み寄った。「さ、じゃあ一緒に旅をすることになったんだ。先に新たに出来た北東の国境の守りを見回って、そこでもう一人の術士を合流させる。一旦はルクシエムへ戻ってから、バーク遺跡へ向かおうぞ。」

リーディスが、満足げに頷いた。

「では、我も使者達に説明を。主らは、明日の出発に備えるが良い。」

皆がホッとしてそこから立ち去ろうとリーディスに頭を下げていると、いきなり王の間の扉が音を立てて開き、側近の一人が飛び込んで来た。

「へ、陛下!大変でございます!」

皆が、驚いて足を止める。リーディスは、眉を寄せた。

「騒がしいぞ、フリッツ。落ち着かぬか。」

フリッツは、慌ててリーディスに膝をついて頭を下げた。

「も、申し訳ありませぬ、陛下!ですが…ですが大学から、ラグーが思いも掛けぬことになってしもうたと、急ぎ連絡がありまして、その内容が…!」

「ラグー?」

ラーキスが、気がついて言った。

「…あの、向こうの地の命の気の実験に使っておったラグーか?」

フリッツが、何度も何度も頷いた。息が上がって、完全に過呼吸一歩手前状態だ。

「は、は、はい!送って参った画像に、もう我ら臣下仰天してしもうて…。」

リーディスは、自分の腕輪を出した。

「見せよ。」

フリッツは、急いでボタンを押して、自分の腕輪からリーディスへとデータを送った。リーディスは、じっとそのデータを見ている。何やら声が小さく漏れていて、それが叫び声のようにも聴こえる。そして、眉をどんどんと寄せたかと思うと、そこから顔を上げた。

「ラーキス、主は気学の研究室に居ったのだったの。見てみると良い。」

今度はリーディスの腕輪から、ラーキスの腕輪へとデータが飛んだ。ラーキスがそれを表示させようとしている間、皆が一斉にラーキスの方へと身を寄せてそれを見ようと必死になる。リリアナは、下で必死にぴょンぴょンと跳ねていたので、克樹が抱え上げてラーキスの腕輪が覗ける位置へと持って行った。

画像は、どこかの広い檻を臨む、固定カメラの映像だった。一匹のラグーが、はむはむと旨そうに草を食み、水を飲んでいた。見るからによく太っていて、健康そうなラグーだ。

「…普通よりかなり大きい固体よな。」

ラーキスが、呟く。克樹も、無言で頷いた。すると、声が聴こえた。

『今日も何の変化も無し。やっぱり、この命の気は浸透率が良いだけで問題ないんじゃないか?』

もう一つの声が、気軽に答えている。

『まだ数日じゃないか。出るとしても、まあひと月は見ないとな。その後は、年単位。根気が要る研究だぞ。』

その時、画面の中のラグーが変な動きをした。何か、喉を詰めたのか苦しげに呻いている。

『おい?!何かおかしいぞ、草を食いすぎたのか?!』

『だから食い過ぎだっての、やたらでっかくなりやがって!』

まだ、職員の声は切迫していない。だが、ラグーはいきなり後ろ足で立ち上がって身をくねらせ、のた打ち回り始めた。

『わあ!なんだ、どうしたっ!?』

『駄目だ、博士と教授を呼べ!』

ラグーの体は、まるで植物のような色、何やらつるりとした材質の物に変化し始めていた。その姿に、咲希は思わず生理的に嫌悪感を感じて、胃から何かが突き上げて来るような気持ち悪さを感じた。

『ぎゅおおおおお!!』

音が割れている。ラグーは、絶叫のような叫び声を上げていた。

『命の気を遮断しろ!早く!』

誰か、他の声が割り込んで来た。ラグーは暴れて、檻の柵を破らんと物凄い勢いで体当たりしている。

『駄目だ、倒せ!誰か、フォトンを!誰か…、』

ぷつん、と、そこで画像は途切れた。ラーキスが、険しい顔のままじっと何かを考えている。咲希は、吐き気を堪えようと必死で、リリアナと克樹は、無表情でただ立っていた。

リーディスが、ラーキスに言った。

「…どう思う?」

ラーキスはしばらく一点を見つめていたが、リーディスを見て、言った。

「はい。この実験のことについては、大学を訪ねた時に担当の院生から聞いておりました。向こうの命の気だけを照射してそれを取らせ、どのような結果になるのか調べておるのだと。つまりは…あちらの命の気は、こちらの生き物には、害になる。」

「!!」

咲希は、口を押さえた。つまり、これはラグーに限った事ではなくて、それに晒されたら、みんな…。

リーディスが、重々しく頷いた。

「やはり、そうか。」

ラーキスは、続けた。

「しかしながら、こちらへ流れ込んではいても、こちらの命の気と混じっておる状態なのだと聞いております。あのラグーには、純粋なあちらの命の気だけを与えていると。それで、まる三日で変化したことになります。こちらには、バーク遺跡へ向かう規律の整った命の気の流れがある。あれを凌駕することは恐らく出来ぬだろうと思いますが、それでも長くあちらの命の気が混じった気を吸収しておったら、こちらの生物は遅かれ早かれこのラグーと同じ運命を辿るでしょう。」

リーディスは、ラーキスをじっと見た。

「主は、どうしたら良いと思う。」

ラーキスは、咲希を見た。そうして、息をついて、言った。

「あちらの命の気の流入を、止めねばなりませぬ。リーマサンデなども、こちらより命の気に対する耐性が無い上、こちらの命の気の量が少ない。あちらの方が、深刻なことになる可能性もありまする。」

リーディスは、険しい顔のまま、頷いて考え込んだ。

「…命の気に国境は関係ない。こればかりは、どうしようもないだろう。今までパワーベルトで分断されておったゆえ、ここはこんなことがなく済んでいた。それなのに、それが消滅したばかりに、こんなことに。これは…悠長なことはしておられぬの。」

メレグロスが、下を向く。ラーキスも、視線を落としている。リリアナが、言った。

「つまりは、早くあちらの命の気の流れを変えてしまえばいいんでしょう?こちらに来ないように、バーク遺跡のようにそこへ向かわせて、大地に帰し、またデルタミクシアへ戻るように。循環システムがないのが、あちらの欠点なのですもの。」

ラーキスは、黙っている。リーディスが、リリアナを見て、頷いた。

「その通りよ、リリアナ。だがあれはシャルディークの力で行なったもの。今は、シャルディークのような力の持ち主は居らぬ。命の気の流れを一方向へと流せるような力の持ち主など、そもそもそう現れることはないのだ。」

すると克樹が、口を挟んだ。

「それでも、それを見つけるしかないじゃないですか!」皆が、一斉に克樹を見る。克樹は続けた。「このままでは、みんな魔物に変化してしまう。魔物より悪い。あんな化け物になってしまう。他に、方法はあるはずなんだ!探しに行きます!」

ラーキスも、目を上げる。その目は、決意に満ちていた。咲希は、きっとダッカの民のことを思っているんだろうとそれを見て思った。あそこには、ラーキスの父母も、妹も居る。みんなが、そんなことになる前に、何とかしようと思っているのだ。

咲希は、顔を上げた。

「そうですわ、陛下。私、力があるなんて自分では思わないんですけど、あるのならその力をどうにか出来ないか考えてみます!だって、私は普通の人として生きていたし、力が有っても無くても、別に関係ないんですもの!この力を集めてそこへ向かうように出来るかもしれません。全部は無理でも、きっと一部でも…。」

リリアナが、咲希を見上げた。だが、何も言わなかった。ラーキスが、咲希を見下ろして、言った。

「サキ…。」

リーディスが、思いきったようにうなずいた。

「…では、明日などと言うてはおれぬな。早めの夕食を取ったら、すぐにバーク遺跡へ向かってくれ。軍も大使達を連れて先に向かわせておく。」と、メレグロスを見た。「メレグロス、ダニエラにはルシールから直接にそっちへ向かわせる。バーク遺跡で合流せよ。」

メレグロスは、頭を下げた。

「は!」

そうして、皆に微笑んで軽く会釈すると、メレグロスは出て行った。

リーディスが言った。

「では、王室の腕輪を。これからはこれを使って全て揃えよ。あちらへ向かうことになった時のために、金貨も渡す。恐らく、あちらでも価値はあるだろうしな。」と、皆を一人一人見つめた。「頼んだぞ。助けが必要な時は、遠慮なく申せ。」

ラーキス、克樹、リリアナ、咲希は頭を下げた。

「はい、陛下。」

そうして、夕日が沈み始めたのが王の間の窓から見える中、四人は食事を取るために足早にそこを出て行った。

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