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アーシャンテンダ~The World Of ERSHUNTENDA~  作者:
アーシャンテンダ大陸
54/321

異なった事情

シュレー達は、かちこちに緊張した状態で、シャデルの前の椅子へと腰掛けていた。シャデルは、じっとこちらを見ていたが、シュレーとレンを指した。

「主らは軍人。さっき倒れた二人は術を使う者。そして残りの二人が、文官、であるな。」

サルーが何か言おうと口を開きかけたが、シュレーがそれを遮って答えた。

「その通りです。」サルーが、驚いたようにシュレーを見たが、お構いなしに続けた。「未知の大陸へ渡るため、警戒されてはならぬので、文官だけで行きたかった。ですが、そのような奇麗事では収まらないのがこういったファーストコンタクトです。とにかくは全員が、何かあった時己で逃げる能力のある者をと、我が王リーディス様は考えられた。平和の使者ではありますが、誰一人として失いたくない、というのが、王のお心なのです。」

シャデルは、じっとシュレーを見つめていたが、頷いた。

「我とて同じ。なので、主らの王の気持ちも分かる。だがしかし、ならば尚更に案じられる。主らの王は、どうにかして主らを生きて帰したいと思うておるだろう。その心配に付け込んで、ディンメルクの者らがどんな偽りを申すかと思うとの。さらに人質を取ろうとするやもしれぬ。既に、我が民は二十年前にかなりの数が殺された。それから二十年の間も、ずっと小競り合いが続き、その度に多くの民が犠牲になった。我は王座に即位してすぐ、その戦争を終結させるべく、あれらを攻撃し撤退させ休戦協定を結ばせた。」と、何もない空中へと手を差し出した。すると、その手にはすっと大きな巻物が現れた。「この土地の地図ぞ。」

挿絵(By みてみん)

シュレーは、驚いた。いきなり、地図を見せてもらえるとは思っても見なかったからだ。皆が、身を乗り出して食い入るようにそれを見ると、シャデルは苦笑した。

「そのように必死にならずとも、後で主らのその、腕輪とやらに送らせよう。」シュレーがまた、それを知っているのに驚いてシャデルを見ると、シャデルは言った。「ここに、まだパワーベルトがある時に迷い込んだ船が幾つかあっての。それらの乗員が軒並みそれを腕に巻いておって、いろいろと教えてくれたのだ。なので、我は主らの土地の地図も頭に入っておる。」

こっちへ、無事に通り抜けて来た船もあったのだ。

シュレーは、その事実に驚きながらも、まだ地図から視線を移せずに居た。シャデルが、指差した。

「ここが、我が首都デンシア。元々は、この山岳地帯の向こう側に、我らがエネルギーベルトと呼んでおる、主らの方ではパワーベルトと呼んでおるものがあったのだ。それが、20年前に突如として消失した。主らの側との境で起こったように稲妻が走り、皆がどうすることも出来ずに見守る中、突然にの。」

あっちにも、そんなものがあったのか。

シュレーは、そんなことを思いながら、地図を見ていた。シャデルは、続けた。

「最初は、何事も起こらなかった。山の向こうから来る民族を、こちらの民達は好意的に迎え、歓待したのだと。それなのに、こちらの土地が思いもかけず豊かであったので、突然に攻め入って来たのだ…山岳民族は一溜まりもなかったと聞く。それでもこちらでは、その頃首都はここより北の港町アルデンシアであったが、デンシアとリーリンツ、それに命の気の源であるメニッツを守るため、必死に戦った。思いもかけぬ抵抗にあって、あちらは山岳地帯辺りからこちらへは侵攻しては来れず、長くそこで留まって、時に思いついたようにこちらへ攻めて来る、というのを、実に20年近くも続けたのだ。その度に、こちらの民は犠牲になった。我が7年前に即位してから、一気にあれらを元居た山岳地帯の向こうへと追いやり、首都をデンシアへと移した。我がここで睨みをきかせておる限り、あやつらこちらへ侵攻などしては来れぬ。我の力を、戦場で目の当たりにしたゆえ。」

ショーンが、それを聞いて身震いした。怖いもの無しであるようなショーンが、これほどに恐れる力…もしもこれが、シャルディークなら、分からないでもないのに。

ふとシュレーは、顔を上げた。それにしても、間近に見るとかなり若い。このシャデルは、いったいいくつなのだろうか。

シャデルは、シュレーの視線に気付いて、フッと笑った。

「…主、我の歳を考えておるの。我は今、20よ。」

それには、全員が驚いた顔をした。つまりは、七年前に即位したのだから、その時シャデルは…。

「じゅ、13で即位されたのですか?!」

シュレーが仰天して言うのに、シャデルは苦笑した。

「その通りよ。皇子が戦死し、王もその数年後に戦死した。それが、七年前。その時点ではもう王族は残っていなかった。我はこの力を武器に既に王立軍の士官学校に居た。」と、傍らに立つバークを見上げた。「バークが、我を王にと推したのだ。最初は抵抗もあったが、結局は皆が賛同した。なので我は即位してすぐに、先頭に立って南の制圧に向かい、長く居座ったディンメルクの奴らを山脈の向こうへと追い返すことに成功したのだ。」

たった13歳で。

皆が声を出せずに絶句している。ショーンは、ますます睨むようにシャデルを見つめた。この力…見たこともないほど大きく、強い。呪文を発することもなく、簡単に術を掛けてしまう。さっきもいとも簡単にどこからか地図を自分の手の中へと呼び出した。シャデルにとって、そんなことは息をするように簡単なことなのだ。

それが、どんなに大きなことなのか、ショーンには分かった。術を無尽蔵に使うことが出来るのは、命の気を一瞬で大地から吸い上げて身に取り込むことが出来る、術士として生まれた自分の特権のようなものだった。回りの一般の人達は、そんな自分を羨望の眼差しで見たが、自分にとっては自然なことで、出来ない者達が劣っているのだと思っていた。一般人は自分の身の中にある命の気だけを使って術を放ち、その力だけで細々と生きている。ショーンは、そんな人達をどこか見下していたのだ。

だが、今ここに居るシャデルは、まるで別次元の存在だ。命の気を無尽蔵に吸い上げることが出来るのは、きっと同じなのだろう。だがシャデルには、それを扱う力があった。そう、命に、力がある。自分など足元にも及ばないほどの、大きく強い力。

ショーンは、生まれて初めて感じるそれに、全く抵抗できない自分を歯がゆく思っていたのだ。

シャデルが、ちらとショーンの方を見た。ショーンは、慌てて視線を反らす。しばらくじっとショーンを見ていたシャデルだったが、何も言わずにシュレーを見た。

「我のことは、もうこれで良いだろう。それで、これからのことであるが、主らを帰すわけにはいかぬ。」

シュレーは、険しい顔をした。

「それは…どういうことでしょうか。」

シャデルは、シュレーの目をじっと見た。

「我とてさっさと主らを故郷へ送り返したいわ。主らは、我が民ではないからの。だがしかし、ここへ招いたからには我には責任がある。主らを無事にあちらへ帰すというの。」

レンが、やっとシャデルに対して落ち着いて来て、横から言った。

「ミラ・ボンテでの、刺客らしき者達のことですね。」

シャデルは、頷いた。

「あれは刺客ではない。殺すことも視野には入れておったであろうが、捕らえて帰ることを考えていた。殺すなら、恐らくもっと大きく出ておっただろう。あちらは火薬というものを開発しておって、それを使って魔法で増幅させ、爆破することに長けておる。こそこそ忍んで来る必要などない。主らを、利用価値があるものとして、連れ帰ろうとしておったのだ。」と息をついた。「我も万能ではない。全てを把握するには、大陸は大き過ぎる。大体のことは見ようと思えば見えるが、意識をそちらへ向けておらぬと細かいことまで把握は出来ぬのだ。今、あちらの兵士がうろうろと我が領地を徘徊しておる。我が兵達が探し出して捕らえてはおるが、それも限界があろう。今も言うたように、我が領地は広大なのでな。」

シュレーとレンは、顔を見合わせた。

「では…我らは?」

シャデルは、頷いた。

「とにかくはしばらくはこのデンシアに留まることぞ。我がここに居る限りこの街だけは絶対的に安全ぞ。然る後に、海路では危ないゆえ陸路であちらへ戻る事を考えよ。時が来たなら、このバークに送らせる。」

シュレーは、頷きながらも何やら息苦しさを感じていた。ここへ来てから、ショーンやマーラほどではないものの、体の回りから何かが押し付けて来るような圧力を感じて、落ち着かなかったのだが我慢していた。だが、段々にそれも限界になって来ているようだ。

バークが、シャデルに言った。

「陛下、そろそろ限界ではないかと。こちらへ来てから、もう数日が経過しております。」

シュレーは自分が椅子に手をついて肩で息をしているのに気付いた。シャデルは、頷いて手の平を上に向けてその手に何かを呼び出した。

「そうか、やはりこちらの命の気は主らには合わぬの。ここの気は、どうやら主らには濃過ぎるのだ。」と、その手の上にずっとそこにあったかのように並んだ、小さな緑色の石を差し出した。「さあ、これを…」

「う…おおおおお!!」サルーが、突然に立ち上がって叫び出した。両手で頭を抱え、天井を仰ぐように向いて身をよじっている。「うあああああ!!」

「サルー!」

シュレーが、抑えようと中腰になる間に、シャデルがすっと立ち上がって手を上げた。

「下がっておれ!主には無理ぞ!」と、手から力を放った。「これは…!間に合わぬか。」

バークが、冷静にシュレー達をサルーとシャデルから引き離した隅へと追いやると、その手にさっきシャデルが渡そうとしていた緑の石を急いで押し付けた。

「早くこれを!身にぴったりとつけて、決して離すでないぞ!」

シュレーは頷いて、皆にその石を一つずつ渡す。マーラへ手渡そうとした時、脅えるマーラの目が、自分の背後に向けられているのを感じ取って、シュレーは振り返った。

見たこともない魔物が居た。身長3メートルはあるだろうか。それぐらいの大きさの、緑色の、とても太い蔦の枝のように見える体に、頭髪の無いつるりとした頭、手足はタコのようにくねくねと動き、床へと引きずっている。シャデルから出た光に捕らえられていたが、おかしな方向へ首を振っているだけで、何の変化もない。

何より、その魔物は、白いローブを着ていた。

「あれは…サルーか…!」

シュレーが言って見上げていると、マーラが叫んだ。

「いや!」両手で頭を抱えて、目を硬く閉じている。「いや!みんなああなるのよ!変化(へんげ)してしまうのよ!」

絶叫に近い声に、ショーンがキッとマーラを睨みつけると、シュレーから石を引ったくってマーラの手に押し付けた。

「非常時にはお前の指示に従えって言ったんじゃなかったのか、この嘘つき女!持ってろ!せめて自分のことぐらい自分で守れ!足手まといになるな!」

マーラは怒鳴られて、ハッと我に返ると慌ててその石を握り締めた。祈るように前に持っている。

じっとその変わり果てたサルーを見て力を放っていたシャデルだったが、呟くように、言った。

「…間に合わなんだの。」と両手を横へと広げた。「殺すか。」

シュレーが、慌てて叫んだ。

「待ってください!まだ…何か手立ては!」

シャデルは、シュレーに視線を向けた。

「この男はもう、元へは戻らぬ。何かを心に持っておったのが原因で、変化が速かった。その暗い気持ちに引きずられ、姿が変わってしもうたのよ。今は心も僅か。このまま生かしても、もしも正気に戻った時に本人はこの姿に耐えられると思うか。」

「それでも…!」シュレーは、迷いながら言った。「それでも…。」

シャデルは、そんなシュレーをじっと見ていたが、スッと視線をサルーへと戻すと、一気に力を放った。

サルーの体は光り輝いて、どすんと大きな音を立ててその場へと倒れた。

「サルー!」

シュレーが駆け寄ろうとする。シャデルは、片手を上げてそれを制した。

「触れるでない。気を失っただけぞ。」と、サルーに近付いて見下ろした。「地下へ繋ぐ。だが恐らくは、殺してやった方がこやつのためであったと我は思うぞ。こやつが次に暴れた時は、主が責任を持って手に掛けるが良い。」

バークが、見張りの兵士達を呼ぶ。兵士達はサルーを見て、一瞬顔をゆがめたが、頭を下げて担架を持って来ると、さっさと運び出して行った。

シュレー達5人は、それをただ、呆然と見送った。シャデルが、言った。

「では、主らは客間へ戻るが良い。街は自由にしておって良いゆえ、どこなり出掛けるが良い。しかし、その石を忘れるな。それからデンシアを出たら、命の保証はせぬ。その後何があっても、最早我の責ではないぞ。」と、バークを見た。「地図をやるが良い。部屋へ。」

バークはシャデルに頭を下げ、そうしてそのバークに追い立てられるように、皆は王の間を後にしたのだった。

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