シャデル
次の日の朝、シュレー達6人は、早めに起きて来て食事を済ませ、ローブを着て呼ばれるのを待っていた。
サルーは相変らずだんまりで、マーラは下を向いている。レンが、それを気遣わしげに見ていた。
「…昨日のこと、まだ話してないのか?」
シュレーが、小声で囁くようにレンに言う。レンは、小さく頷いた。
「話していない。何かの間違いだろう。親子ほど歳が離れているんだぞ?マーラは30、オレは49だ。お前と同い年だろうが。」
シュレーは、息をついた。
「それにしても一度、話しておいた方がいいぞ。ずっとこの調子じゃ、一緒に旅をしづらくなる。この様子じゃ、いつ帰れるのかわからんしな。」
レンは、また小さく頷いた。
すると、トントンとノックの音がして、ドアが開いた。
「皆、お揃いか。」バークだった。「では、陛下の御前へお連れしよう。」
皆が、立ち上がって緊張気味に頷く。バークは、そんなことは気にも留めていないようで、また淡々と先を歩いて廊下へと出て行った。
最初に来た時にも思ったが、ここの城は大層なものだった。
天井も高く、計算され尽くして綺麗に切り出された黒めの石を積み上げ、広い空間を幾つも作ってある。床には絨毯が敷き詰められ、それは皆に踏まれているだろうに、全く痛んでいなかった。つまりは、定期的にこれを新しいものと変えているのだろう。
幾つかの階段を上がり、奥へ奥へと進むうちに、ショーンが、微かに身を震わせた。それを感じ取ったシュレーが、ショーンを見た。
「ショーン?どうした。」
ショーンは、前方に見えている扉を見て、言った。
「あそこだ…あそこに、居る。」
「?何がだ?」
バークが、振り返った。
「我が王ぞ。」
バークが言うと、手も触れないのに、その大きな扉が勝手に開いた。シュレーが中を見ると、こちらを向いて玉座に座る、黒髪に赤い瞳の男が、じっとこちらを見つめていた。背後には、リーディスの王城と同じように、大きなガラス窓が付いている。その先は、やはり海だった。
「よう参った、使者殿。」その人物は、言った。「中へ。」
シュレーもレンも、サルーもスタンもそろそろと進み出る。だが、マーラとショーンは、冷や汗をかいてその場に根が生えたように立ちすくんでいた。
「…そうか、もしかして、術を使うものか?」
シュレーは、急いで頭を下げた。
「はい。申し訳ありません。すぐに…」
シュレーが、最初で躓いてしまってはと、急いでショーン達を連れに行こうとすると、その相手は首を振った。
「良い。我の前だと皆こうよ。」と、手を翳した。「こちらへ。」
何かの力がショーンとマーラを掴んだように見えた。どこかで見たような、白いような緑のような色の光だった。そうして、ぐいと何かに引っ張られて、ショーンとマーラは前へと出た。その光は消えても、ショーン達は膝をついて、ハアハアと肩で息をしている。シュレーは、窓を背にしているので良く見えない相手の顔を見上げて、必死に言った。
「陛下!どうか苦しまぬようにしてやってください!ただ見えるだけなのです!」
相手は、言った。
「わかっておる。今、我の気の圧力がこやつらに影響せぬよう、膜を作って遮断したのだ。直に良うなる。」
その言葉の通り、二人は肩で息をしながらも、何とか息を整え始めていた。シュレーはホッとして、頭を下げた。口上を述べようとしていると、サルーが脇から進み出て、深々と頭を下げた。
「陛下には、初めてお目に掛かりまする。我らあちらの、我らがディンダシェリア大陸と呼んでおります場所の、山脈を挟んで南北に分かれている、リーマサンデと、ライアディータという国の王から遣わされた友好の使者でございます。」
相手は、逆行でよく見えない中、赤い目だけが見える状態で、答えた。
「書状は読んだ。我はこのサラデーナ王国の国王、シャデル・リー。我らは山脈を挟んで向こうにあるディンメルクと長く争っておってな。ここ数年は休戦状態であったが、しかしミラ・ボンテでは危なかったのだと報告を受けておる。主らが我が領地に最初に来たこと、あやつらには許せぬことだったようぞ。」
シュレーが、言った。
「我らは、こちらの国のことなど全く知らずに、ただ見えていた島を目指したのです。」
シャデルは、シュレーを見て頷いた。
「それも知っておる。それよりも我が案じておるのは、主らの国の王ぞ。」シュレーも、他の皆も不安げに顔を見合わせる。シャデルは続けた。「ディンメルクの者があちらに接触しておるようぞ。どうやら、主らが発った港と、同じ場所へ到着した様子。そこから、主らの国の王城へと移送されたのだと。」
では、バルクに。
シュレーは、思った。自分達が出て来たのは、シア。シアに着いたのなら、メレグロスが報告を受け、リーディス陛下へと知らせる。だから、その使者達が行ったのは、バルクの王城だ。
「恐らくは…我らライアディータの国王の、王城かと。」
シャデルは、シュレーを見た。
「騙されなんだら良いがの。あれらは我を憎んでおるし、恐らくは我を共に倒して欲しいと思うておるはず。謀らずも主らの王は、我が国へ攻め入るやもしれぬ。そうなるように仕組まれての。そうなると、我は主らの国を滅ぼさねばならぬ…我が民に手を掛けさせるわけには行かぬから。」
サルーが、眉を寄せてシャデルを見上げた。
「ですが陛下…あちらも、軍があります。そのように簡単に、滅ぼすなど…。」
シャデルは、フッと笑うと、立ち上がった。
「軍が何であろうか。誰であろうと、我が民に手を掛ける者、許すわけには行かぬ。我には、民を守る責がある。そのためならば、主らとて利用させてもらおうぞ。」
シュレーが、口を開こうと顔を上げると、立ち上がったシャデルの顔が、はっきりと見えた。見覚えがある…あの赤い目、黒い髪、威厳のある口元に、すらりと通った鼻筋。見覚えがある顔よりは、かなり若いが、それでも、あれは…。
「シャ」シュレーは言葉を詰まらせながら叫んだ。「シャルディーク…?!」
シャデルは、怪訝な顔をした。
「…なに?」と、バークと顔を見合わせた。そして、もう一度シュレーを見た。「我は、シャデル・リー。だが、一人主と同じように、我を呼んだ男が居る。今は城下に家を与えて、そこでこの大陸を研究しながら住んでおるが…。まさか、主は我を古代の男とかいう、シャルディークだというのではあるまいの。」
シュレーは、頷いた。
「はい。似ている…その白緑の力の光、赤い瞳、黒い髪。声も動きも、私が見たシャルディークそのままの姿で…。」
シャデルは、一瞬目を伏せた。そして、またシュレーを見た。
「嘘は言っておらぬ。そんな様も、あの男とそっくりぞ。だが、残念ながら我はシャルディークと申す男ではない。」と、皆を促した。「こちらへ参れ。座って話そうぞ。これからのことを、話さねばならぬ。」
シュレーはまだ戸惑いながらも、シャデルに促されるままに、玉座の後ろにあるソファへと向かった。ショーンもマーラも、少しふらついてはいるが、もう苦しげではない。サルーは、自分が話せないのにイライラしているようだった。スタンはただ淡々と、状況を見守っているという状況だ。この状況だと、それが一番賢いやり方だとシュレーは思った。サルーのようでは、この王には太刀打ち出来ない。何しろ、ショーンやマーラなど話にならないほどの力を持っているのだ。
シュレーは、ただ正直に話すより、この王と分かり合う道はないだろうと、その時覚悟したのだった。




