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アーシャンテンダ~The World Of ERSHUNTENDA~  作者:
アーシャンテンダ大陸
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地図

次の日の朝、じっとリーディスから呼ばれるのを待っていた咲希達は、落ち着かないまま食堂で朝食を取った。

本当ならもう、ダッカへ帰っているはず。王立空間研究所の美穂へと送った手紙にも、咲希はそう書いていた。

だが、実際はまだ、こうして王宮に居る。

そうして何か焦るような気持ちのまま食事を終えて食堂から無言のまま出ようとすると、侍従が入って来て頭を下げた。

「サキ様。リーディス陛下がお呼びでございます。王の間へ、ご案内致します。」

咲希は、ごくりと唾を飲んだ。これだ…リリアナが、言っていたこと…。

すると、ラーキスが進み出て、咲希を庇うように前に立って言った。

「では、オレも参る。サキはまだこの世界へ来て日が浅い。話を聞いても、意味を解さないことがあるやもしれぬ。」

すると、克樹も慌てて言った。

「じゃあ、オレも!あっちの世界を知ってるから、説明出来るよ。」

侍従は、意外にも頭を下げた。

「はい。陛下は、仲間の皆様もご一緒にとおっしゃっておられます。特にラーキス様には、ご同行願いたいと。」

ラーキスは、怪訝な顔をしたが、とにかくは一緒に行けるというのだ。頷いて、歩き出した。

「では、陛下の所へ。」

侍従は、黙って歩き出す。

咲希が不安げにラーキスを見上げると、ラーキスは薄っすらと微笑んで、咲希の背を軽く押した。

「案じることはない。オレがついておるからの。」

咲希は、無理に微笑んで頷くと、そのままラーキス、克樹、リリアナと一緒に、リーディスが居る王の間へと向かって行った。


王の間では、リーディスがじっと正面の大きな窓の方を向いて、窓の外に遠く見える海の方を眺めていた。こちらには、背を向けた状態になる。侍従が、頭を下げて言った。

「陛下、皆様をお連れ致しました。」

リーディスは、振り返った。

「ご苦労だった。お前は下がって良い。」そうして、侍従が出て行くのを見送ると、こちらへ向かって歩いて来た。「呼びつけてしもうてすまぬな。さすがにここ最近の騒ぎは、我とて疲れてしもうての。若い頃ほど、身が自由に動かぬのが疎ましいことよ。」

ラーキスが進み出て、言った。

「リリアナとメレグロスからいくらか聞いておりまする。サキに、何やら頼みごとがあるとか。詳しいことをお聞きしたいと、こちらへ。」

リーディスは、頷いて王座の向こう側へと皆を呼んだ。

「これへ。こちらで話そう。」

王座の向こう側には、半円形の大きなスペースがあり、その向こう側は前面壁ではなく窓で、海まで見渡すことが出来た。そのスペースには、応接セットが置かれてあり、咲希とラーキス、克樹、リリアナは言われるままにその豪華なソファへとためらいがちに腰掛ける。リーディスは、本当に疲れたようにその前に椅子へと腰掛けて、言った。

「一昨日の夜は、ここで一晩中使者達の話を聞いておった。」リーディスは言って、海の方へと視線を移した。「その日の朝に、シュレー達をあちらへ行かせた事、我がどれほどに後悔したか、主らには分かるまい。」

ラーキスが、言った。

「確かに、知らずとはいえ好戦的な国へと行かせてしまったということ、陛下が後悔なさるのも無理はないかと思いますが…しかし、起こったことは仕方がない。これから、どうなさるかだと思いますが。」

リーディスは、恨めしげにラーキスを見た。

「…主はグーラであるからな。あの種族がどんなに頭が良く、どんなに合理的な思考の持ち主であるかは、知っておるつもりぞ。だが、我らはなかなかそんな風に割り切れぬのだ。もっと時を取って考えてからでも良かった…早よう全てを見極めて、民達に安心をと事を急いた我の責よ。しばらくはショックで冷静に物を見ることが出来なんだわ。」

王は、自分の決断の、全ての責任を負うのだ。

咲希は、孤独な王座をそれで知った。国や民を憂いて、早く手を打たねばと急いで結果のことだったろう。誰も責めないはずなのに、リーディス自身が自分を責めているのだ。

咲希は、リーディスが気の毒になって、思わず言った。

「何か、私でお手伝い出来るのでしょうか。」リーディスが、顔を上げた。咲希は続けた。「もしも何か出来るのなら、出来る限りやってみますけれど。」

ラーキスが、咎めるように咲希を見る。リーディスは、フッと微笑んだ。

「すまぬ。我がこのように泣き言を言うたゆえ、主は慰めてくれようと思うたのだな。」そうして、背筋を伸ばすと、視線をしっかりとさせた。「主が異世界から来たこと、帰りたいと望んでおることも重々承知の上ぞ。しかし我がこれから話すこと、よう考えて決めて欲しい。無理強いはせぬ。もう二度と、後悔はしたくないゆえな。」

咲希は、頷いた。ラーキスも、視線をリーディスへと移して、じっと見ている。リーディスは、覚悟を決めたように、話し始めた。

「あの日、我がシアでのシュレー達の見送りを終えてこちらへ帰ろうとした時のこと、メレグロスから緊急だと連絡が入った。我はもう帰途についておる時で、何事かと聞いてみると、あちらの大陸の使者だという男達が、こちらの王にと書状を携えて来ておるのだという。すぐにメレグロスに指示して、そやつらを王城へ連れて来るように言うた。そうして、我はあちらの使者だという男達、アーティアス、クラウス、エクラスと会った。後は護衛の兵士がほんの五人ほど付いて来ておっただけだった。」

克樹は、驚いた。たった五人の兵隊だけを連れて、木の船で流されながらこっちへ来たのか。

リーディスは、続けた。

「その中で、一番地位があるのは、アーティアスのようだった。アーティアスは、我に向こうの内情を訴えた。僅か数年前まで、あちらでディンメルクという国はそれなりにやっておったそうなのだ。それなのに、今の王シャデルがクーデターを起こして即位してから、すぐに攻め込まれて山岳地帯の向こう側へと追いやられ、貧しい生活を余儀なくされた。その上、命の危機にも立たされておるのだという。」

克樹が、顔をしかめた。

「…よくわかりませんが、つまりは、山岳地帯の向こう側は、命の気が乏しいということでしょうか?」

リーディスは、頷いた。

「そうだ。ああ…これを見せよう。」と、リーディスは、側に立てかけてあった大きな巻紙を開いた。「あちらから持って参った地図と、こちらの地図を組み合わせた世界地図ぞ。今朝、出来て参った。」

克樹も咲希も、リリアナもラーキスさえも身を乗り出した。

挿絵(By みてみん)

咲希は、大きく広げられた地図を見て、絶句していた。この世界は、こうなっていたのだ…ここが、バルク。ここが、ルシール遺跡。ということは、こっちの方がダッカで、自分はこの湖から伸びる川のこっち側で倒れていたから…。

そんなことを思って、咲希がライアディータ側ばかり見ていたのにも関わらず、皆の視線は上の、アーシャンテンダ大陸という場所に釘付けになっていた。

リーディスは、アーシャンテンダの山岳地帯の法を指差した。

「こうして見ると、こちらと繋がっているような感じを受けよう。山岳地帯は、こうして延びている。そして、こちら」と、山岳地帯の右側を指した。「ここにある、メニッツ盆地という場所が、こちらで言うデルタミクシアに当たるのだ。この地から、命の気は四方へ拡散しており、どこかへ特に強く流れているわけではない。それなのに、この山岳地帯のせいか、ここを越えてこちらのディンメルクには、命の気が全く流れてこないのだそうだ。以前は、メニッツ盆地の手前ぐらいまであった領地が、今はこうして狭まってしまったのだと聞いておる。ここに記されておるように、20年前まではこの山脈の手前にパワーベルトがあり、そちらが消失してから二つの国は交流を始め、前の王との取り決めで、少しでもディンメルクを豊かにしようとメニッツ盆地手前までを領地として許されていたとのこと。それが、今の王は気に食わなかったのだろうの。即位してすぐに一気に攻め込んで来て、追いやられたのだと言っていた。」

では、今の王はきっと、前の王のやり方が気に食わなかったから、自分がその王を殺して王になったんだ…。

咲希は、背筋が寒くなった。そんな現実が、目の前にあるなんて。今まで、テレビで遠い外国の話しとして聞いていたことのようだ。

そして、そんな王の国へ、シュレー達は行ってしまったのだ。

リーディスは、息をついて真ん中の列島の、端を指した。

「シュレー達が向かったのは、このシャンテン列島の端の、ミラ・ボンテという街だろう。こちらは、その独裁の王であるシャデルが居るデンシアと目と鼻の先。アーティアスは、自分達はもう山脈の向こうへ行くことは諦めているが、同じようにパワーベルトが消失した今、あのシャデルならこちらへ何をして来るか分からない、現にシャンテン列島に軍艦を集結させて、こちらを伺っている、と我に知らせに参ったのだ。そうして、もしかしてのためにと、この地図を渡してくれた。あちらの首都である、デンシアの様子も聞かされた。書記のミネスが、必死に書きとめておったが、あれらはそれは膨大な情報を我らに与えてくれたのだ。」

ラーキスが、じっと聞いていたが、言った。

「…それで、あちらの要求は?」皆が、驚いたようにラーキスを見る。それに、ラーキスの方が驚いたように皆を見た。「何ぞ?赤の他人が、そこまでしてここへ来て、そんなことを知らせて参るのに見返りを求めておらぬわけはあるまい?」

リーディスが苦笑した。

「主は政務官になれるの、ラーキスよ。その通りよ。」と、リーディスは、険しい顔をした。「この情報を語る前に、あやつらは条件を出した。あれらと共に、命の気の流れを山岳地帯のあちら側へと流す方法を考えて欲しいと。なぜなら、こちらの命の気がデルタミクシアから真っ直ぐにバーク遺跡へと流れておるのを、あれらは感じ取って知っておったのだ。あれらのうち、金髪のクラウスという男が、術士であってな。その方法を伝授して欲しいと。」

克樹が、叫んだ。

「そんな…!でもあれは…!」

リーディスは、頷いた。

「我も答えた。あれは、太古の昔こちらに居たシャルディークという男の力を封じ込めた石を使って、気を引き付けて流しているシステム。同じことを、あちらでは出来ぬとな。」

それには、リリアナが割り込んだ。

「それは、あのStory Of Dyndashlearという本のお話では?」

リーディスは、頷いた。

「そうだ。あれは真実ぞ。」

克樹は、愕然とした。幼い頃、父から読めと言われて読んだ本。だが、成長して大学で習った本の中には、そんなことは何もなかった。皆が、あれは作り話だと言って…。

「でも…でも、みんながあれは、作り話だと言って…。」

克樹が言うと、リーディスは首を振った。

「あれは、真実だ。我はあの旅をずっと見ていた。だから知っておる。あれは、嘘偽りのない、真実の物語なのだ。たった一つのパーティと、数人の長や軍人、グーラなどが手を取り合って、成し遂げた快挙ぞ。我は、あれらにずっと感謝しておる…事が表に出るのを嫌って、あれらは誰がそれを行なったのか公表することを拒んだので世間では作り話などと言われておるが、しかし一部の者は知っておる。そうして、それが起こった実際の場所などを訪ねて、その真実を確認しておる者も居るのだと聞いておる。」と、ラーキスを見た。「グーラが世に認識され出したのも、あの旅があったからぞ。」

ラーキスは、ショックを受けていた。確かに自分も、幼い頃に与えられてあの本を読んだ。だが克樹と同じように、まるでおとぎ話のように、自分の中では真実としてしまい込んで、それを真実かどうか証明しようとはしなかった。回りが言う、作り話だということを間に受けて、すっかり自分でも信じられなくなっていたのだ。

だが、あれは真実だったのだ。

「では…こちらから何も見返りを渡せないのに、なぜ、アーティアス達は情報をくれたのですか?」

ラーキスが言うと、リーディスは答えた。

「では、問題を解決できる術士をと。」皆が黙って聞いているので、リーディスは続けた。「こちらで最強の術士と、自分達の目にも明らかな気を持つ術士を派遣して欲しいと。あちらの術士であるクラウスと共に、その方法を考え出して欲しいのだと言うた。術士を並べて、選ばせて欲しいとな。その条件は、飲もうと言った。そうして、情報をもらったのだ。」

ラーキスは、ためらいがちに咲希を見た。咲希は、首を振った。

「陛下、でも私はそんな大層な力を持ってはいないんです。本当に、何も知らずに封印の術も放ったのだし、あの、ルシール遺跡でも、何が起こったのか分からないような感じで…。」

ラーキスが、咲希を庇うように言った。

「サキは、術士の才があるだけで術士ではない。あの折もオレが教えた呪文を手に記して、それを読んで封印の術を放った。本当に、何も知らぬのです。」

リーディスは、息をついて肩を落とすと、下を向いた。

「…サキが、ここに居たゆえ。」咲希が驚いていると、リーディスは続けた。「王城内居たゆえ、その気を探ったクラウスが、サキを連れて行きたいと。なぜなら、今まで感じたことのない大きな気の力を感じるからだと。同じくリリアナも。その二人を加えてくれるのなら、他に何人軍人を連れて行ってもいいゆえ、共にとな。」

咲希とラーキスは、絶句した。

つまりは、もう情報をもらっている状態で、要求されたのだ。こちらは、拒否することが出来なかっただろう。拒否できたかもしれないが、そんな卑怯なことは、リーディスには出来なかったのだ。

それでも、リーディスは気を取り直して顔を上げた。

「あれらは、まだ王城内に居る。サキ、嫌なら我が断ろう。別の術士を派遣すると申し入れよう。なので、無理をする必要はない。だが、我はこれを主に言う義務があった。なので、告げたまでだ。」

ラーキスや、克樹の視線が自分を見ているのが分かる。だが、咲希はすぐには答えられなかった。何しろ話が壮大過ぎて、全く頭に入って来ないのだ。皆が読んでいるという歴史の本すら、自分は読んでいない。地名も分からない。現実味がないこと、この上ないのだ。

なので、咲希は言った。

「お時間をください。私は、こちらのことに関して知らないことが多すぎるんです。まずは、アーシャンテンダへ行く前に、ディンダシェリアのことに付いて学ばなければ。基本的な知識を頭に入れてから、お答えします。ほんの数日でいいので、お時間をください。」

リーディスは、頷いた。

「最もなことぞ。ここの図書室を使って、いくらでも学ぶが良い。では、使者達には我からしばし待つように伝えよう。」

リーディスは、もう話は終わったというように、椅子から立ち上がった。他の四人も慌てて立ち上がると、リーディスに頭を下げた。

リーディスは、軽く会釈を返すと、また海の方を見た。

シュレー達のことを考えているのだろうと思うと、咲希は自分でどうにか出来るのなら、という気持ちが湧いて来て、仕方がなかった。

リーディスという王は、それほどに民の事ばかりを考えている、とても王者らしい王だと感じていたからだった。

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