デンシア
シュレー達を乗せた船は、大きな港へと到着していた。
正面の高台には、大きな王城がそびえ立ち、その回りには見渡せないほどの大きな都市が形成されている。パッと見ただけでも、この国の力が垣間見れた。
船は速度を落としてしずしずと進み、港の桟橋の中でも一番左端の方へと入って行く。
見たところ、こっちが軍港で、そこから右、つまり北へと向かって民間の船が着く桟橋が設けられているようだった。シュレーが、それを見て言った。
「…シアとバルクが一緒になった感じだな。港町が首都なのだろうが、そうするとこんなに大きな街になるのだろう。」
レンが、頷いた。
「我らの国の、サン・ベアンテを思った。だが、それより数段大きい。かなりの活気に溢れているようじゃないか。」
確かに、遠くに見える市には多くの人々が見えた。スタンが、それをじっと見ながら言った。
「かなり豊かな国でしょう。ここ数年は、戦も無かったのではないでしょうか。人々の顔が、穏やかで何の憂いも無さそうだ。平和な国特有の明るさを感じます。」
船室へ入っていたサルーもいつの間にか出て来て、皆から数メートル離れた位置からじっと街の様子を見ている。シュレーは、サルーに話を振った。
「サルー、どう思う?」
サルーは、視線は街に向けたまま、独り言のように言った。
「…街は豊かで、戦の気配もない。民達に憂いも全くない。だが、軍は緊張感を持っている。軍の駐屯地らしいこちら側の陸地では、見張りの兵士が尋常ではない数配置されている。この緊張状態の中でも民のこの落ち着きようから考えて、ここの王は民達から絶大な信頼を受けているのだと分かる。なぜなら、パワーベルトも消え、何が来るのか分からないような状況であるにも関わらず、民達は王が絶対に自分達を守るのだと信じているのが分かるからだ。それだけ、王の力が強いということだろう。」
スタンが、それを聞いて眉を上げた。
「勉強になります。確かにそうだ。」と、視線をまた街の方へと向けた。市の方からは、明るい呼び声が聞こえて来る。「パワーベルトが消えて非常の時だと知っているにも関わらずこの落ち着きよう。軍の緊張を知らぬでも、確かにそうとしか考えられない。」
そう言っている間にも、船は桟橋に横付けされ、停止した。錨ががらがらと音を立てて下ろされ、タラップを押した桟橋上の兵士達が降船準備を進めている。どちらにしても、降りる時は縄梯子でないことに、シュレーはホッとしていた。
すると、キーマがやって来て頭を下げた。
「大使様がた。では、ご案内致します。私について来てください。」
そう言って、先に立って歩いて行くキーマについて、6人が緊張気味に足を進めると、後ろから兵士が数人、まるで自分達を挟むように付いて来ているのを感じた。つまりは、まだ完全には信用されていないということだ。
一層高まって来る緊張感に背筋を伸ばすと、一向は軍船を降りて桟橋へと降り立った。
降りた桟橋は、しっかりとした造りになっていて、ここが工業もとても発展している土地なのだと知った。そのまま桟橋を通って陸地へと足を進めた6人は、そこに待ち受ける、軍人の顔に覚えがあった…書状を渡した、バーク将軍だ。
バークは、いかにも軍人といった風貌の持ち主だった。がっつりと硬そうな筋肉に全身を覆われていて、身長はシュレーと同じぐらいあった。つまりは、180センチぐらいだった。
歳は40代半ばぐらい、髪にはちらほら白い物も混じるが、黒い短髪で、瞳の色は人には珍しい金色だった。
顔の左側に大きく額から下へと斜めに過ぎる切り傷があったが、眼球は傷つけなかったようで、目は鋭く光って視線はしっかりしている。傷もすっかり塞がっていたので、かなり古い傷のようだった。
そのバークは、キーマが頭を下げて脇へと寄った後、シュレー達に向かい合って険しい顔で言った。
「よくお越しくださった、大使殿。本来まだここまではと思っていたのだが、此度は敵の襲撃を受けてそうも言っていられぬようになった。なので、こちらへご案内したのだ。陛下がお会いになるとのことだが、しかしお忙しい御身であられるので、本日は無理ぞ。とにかくは、一度王城へ。」
そう言い終えると、バークはくるりと踵を返した。そして、さっさと歩き出す。ついて来いということだろうが、あまりにそっけないのでしばし呆然とした。だが、軍人とはこんなものだろう。
レンとシュレーが我に返って慌てて足を進めるのに、マーラもショーンも、スタンも遅れてサルーも続いた。
やはり、後ろからは兵士達がまるで見張るかのようについて来るのが見える。
加工された石のタイルで綺麗に舗装された広い道を抜けて、一向は王城へと向かったのだった。
王城までは、思ったより距離があった。
しかもなだらかに登り続けていて、それが否応なく体力を奪って行く。そうは言っても、皆軍人であったり術士であったりで特に問題はなかったが、サルーはつらそうだった。スタンにはまだ両脇に並ぶ宿屋や商店を興味深げに眺める余裕があったが、サルーは真っ直ぐに前を見て、遥か向こうに見える王城を睨むようにして必死に歩いていた。
ふと、急に登りがきつくなる道へと差し掛かった。バークが、ようやく振り返って言った。
「ここからは、王城への最終関門と言われておる坂でしてな。より楽に登って頂くには、道の両脇にあるあの階段の方を使って頂ければ。」
見ると、確かに道の両脇に、幅一メートルほどの階段が設置されてあった。少し登っておどり場があり、少し登っておどり場がありの繰り返しの形になっている。シュレーは、ちらっとサルーを見た。自分は問題なかったが、サルーが辛そうだ。それに、一般人がそんなにするすると坂を登って行くのもおかしかろうと思い、わざと言った。
「ありがたい。正直、ここまでの道のりで足が辛くなっていてね。」と、皆を促した。「さあ、階段の方へ。」
ショーンが少し眉を上げたが、何も言わずに従う。他の五人も、何も言わずに脇へと寄った。そうして、坂道を上がって行くバークを斜め上に見ながら、後ろには兵士達を引き連れて、シュレー達は城門を目指して登って行った。
その道すがら、ショーンが小さな声で呟くように言った。
「…こっちへ来てから気付いてたんだが、命の気が濃い。」
シュレーが、ちらとショーンを見た。
「濃い?どういうことだ。」
ショーンは、シュレーを目だけで見た。
「種類が違うのか、ええっと、ルクルク(牛)のミルクと、ラグー(羊)のミルクの違いみたいな感じだ。同じ種類のものなんだが、何かが違う。」
マーラが、足を速めて寄って来て、頷いて言った。
「そうなのです。身を割って来るような強い力を感じるのですわ。時に苦しいような。」
ショーンが、頷いた。
「オレは自分に取り込む時自分がいいように勝手に調節してるから、負担はない。だが、それをしてないと体に異変が起こってもおかしくないレベルの強さだぞ。ほら、リーマサンデの民がライアディータの命の気に晒されたら変異するって言ってただろうが。あんな感じだ。」と、王城の方を見た。だが、その目はさらに向こうを見ているようだった。「こっちの方角。真西の方に強い力を感じるな。」
シュレーとレンは、困惑したように顔を見合わせた。
「じゃあ、オレ達はどうしたらいいんだ?マーラやお前はどうにか出来るんだろうが、オレ達にはどうしようもない。」
マーラは、首を振った。
「私にもどうしようもありませんわ。気の変換なんて、ショーン殿ほどの力がないと簡単には出来ないものなの。」
ショーンが、息をついた。
「しょうがねぇ。オレがこの回りの命の気だけ何とか変換しておく。だが、オレから離れたらどうしようもねぇぞ?」
全員が、ホッとして頷いた。ショーンにはなんとも無いことでも、他の人にとっては死活問題なのだ。命の気を取らないと死んでしまうが、その命の気を取らないようにすることもまた、難しかった。空気から勝手に吸収しているからだ。空気自体に問題があると言われても、対処のしようがないということなのだった。
そこからは、何か息苦しいような気がして来て、皆は余計に疲れながらそこの階段を登り続けた。
そうして、やっと上がりきった所には、硬く閉じられた大きな城門と、脇に小さな出入り口らしき戸があった。兵士が、申し訳程度の二人そこで番をしている。バークを見ると、二人は踵を揃えて敬礼した。
「将軍閣下!」
バークは、面倒そうに手を振った。
「良い。陛下の命で、あちらの大陸からの使者殿をお連れした。城門を開け。」
兵士は、一瞬好奇の視線をシュレー達に向けたが、慌てて敬礼し直した。
「はは!」
そうして、何やら手を翳して石版をじっと見てから、二人同時にぐいと城門を押した。
大きいのにも関わらず、驚くようなスムーズさで門は大きく開いた。
「…命の気だな。」
ショーンが、小さく呟く。城門の開閉にも、命の気が使われている…つまりは、命の気が豊富にあるということだろう。
バークが、先へと足を進めながら言った。
「さ、中へ。」
そうして、またさっさと歩いて行く。
六人は、まだ見ぬ王との対面に、今から緊張していた。




