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アーシャンテンダ~The World Of ERSHUNTENDA~  作者:
アーシャンテンダ大陸
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二種類

ラーキスは、大学に慣れた様子で入って行った。

ここは、自分が二つの修士号を取るために、5年在籍していた場所だ。

最後に居たのは、気学と言って、この世界の命の気を中心に、いろいろな気を探求する研究室だった。

ある程度わかったので、大学院までは進まずに、この先の研究は皆に任せて、ラーキスはダッカへと帰った。それから、もう数年経過していた。

研究室へと入って行くと、皆が切迫した表情で、必死にモニターと向き合っていた。壁に向かって並んでいるモニターの前に、8人ほどの白衣を着た院生と思われる者達が座ってこちらに背を向けている。ラーキスは、そのうちの一つへと歩み寄り、モニターを覗き込んだ。その男は、命の気を調べているようだった。

「…命の気が、二種類?」

ラーキスが、思わず呟くと、その男はハッとしたように振り返った。短い茶髪に茶色の瞳の、真面目そうな男だった。

「え…ラーキス?」

相手が言うのに、ラーキスは頷いた。

「軍に呼び出されてパワーベルトの仕事へこちらへ来ておった。そういうお前は、マルセルじゃないか。」

相手は、ぱあっと明るい顔をすると、ラーキスの手を握って振った。回りの者達も、軒並みモニターから顔を上げて、驚いたように見ている。

「ああ、いいところへ!久しぶりだな、パワーベルトの仕事というと、やっぱり術士を乗せて行っていた、あれか?」

ラーキスは、頷いた。

「それもあるが、その後封が揺らいで、それを何とかするためにルシール遺跡へ行ったりしておった。で、気が変わったのだと聞いたが、命の気が二種類になったということか?」

マルセルは、モニターの方を向いて、ラーキスにも見えやすいようにと、体を横へずらしながら言った。

「同じ作用なのに、同じじゃない気があって。それが、このこちらの命の気と、あちらのこの、変わった気。やっぱり、ラーキスも命の気が二種類になったように思うか?」

ラーキスは、頷いた。

「そうよ。この二つは全く同じ作用ではないか。人や魔物、木々が取り込み、命の糧にすることが出来る成分。だが、波動が違う…何であろうの、あちらの方が、作用が早いというか。浸透率が良い。」

マルセルは、頷いた。

「そうなんだ。これを見てくれ。」マルセルは、画面の表示を変えた。別のグラフが出ている。「急いで自分自身を被験者にして、この二つのことを調べたんだが、こちらの命の気であれば、いつもと変わらぬ動きが出来る。魔法も、難なく出た。だが、あちらの命の気を取り込んだ後…直後は、そうでもない。だが、時間が経つにつれ、段々に体の中の命の気が入れ替わっているのが分かるだろう。」

ラーキスは、それを見ながら頷いた。

「…3時間ほどか?」

マルセルは、また頷いた。

「そう、こっちでなら全部入れ替わるのは個人差はあるが一日ぐらい掛かるだろう。なのに、たった3時間で入れ替わった。その上、ほら…これが、魔法技を出した時の数値だ。」

ラーキスは、目を丸くした。

「振り切れている!」

マルセルは、息をついた。

「そうなんだ。オレだけのことではいけないので、他の奴らにも試してもらったが、みんなこんな感じ。」

ラーキスは、画面から目を離した。

「それで、体調は?どうだ。」

マルセルは、大袈裟に手を振ったり足を踏み鳴らしたりしながら、答えた。

「全然。どこも悪いことはない。かえって楽なぐらいだ。だが、これに長期さらされた時のことは、まだ分からない。デルタミクシアの神殿のまん前も、長く居たらその命の気の圧力で細胞が変化して魔物になるか死ぬだろう。もしかしてそんなことが、と、みんな思って必死にデータを集めてる最中だ。」

デルタミクシアとは、西にある山脈の上の、全ての命の気の源とされる場所だ。そこから、こちらのバーク神殿へと向かって流れる気があるからこそ、ライアディータでは魔法が使え、魔物達も生きて行くことが出来る。

ラーキスは、回りを見回した。

「…困ったの。もしやあちらにも、デルタミクシアのような場所があるのではないのか。そこから飛んで参った気が、あちらで留まらずにこちらにまで流れ込んでおるのだろう。ハンツは、あちらでも同じことが起こっておるだろうと言っておったが…」

マルセルは、首を振った。

「ない。こちらはバーク遺跡がある。命の気は、そこへと流れて大地へ返る。こちらの命の気は、使われなかった分は循環すべく大地へと返る。あちらのように、ただ垂れ流しているのではない。」

ラーキスは、頷いた。

「そうよな。つまりは、もしやこちらが命の気で不調を訴える民などが出た場合、あちらにどうにかしてバーク遺跡のようなものを作ってもらえるように、頼まねばならぬということだ。」

マルセルは、ラーキスに肩をすくめてみせた。

「まだ、不調は出てないけどね。ただ、その可能性はあることを、陛下にご報告しておかねばと思っている。今、ラグーで実験中さ。あっちの命の気だけ選別して与えて、過ごさせている。まだ一日だが、このまま飼ってて悪い変化が起こるようだったら、また陛下にご報告をしなければと思ってる。」

ラーキスは、自分には出来る事はない、と息をついてマルセルを見た。

「では、オレが居ても力にはなれぬな。何か力になれるかもと参ったのだが。」

マルセルは、笑った。

「来てくれただけでも良かったよ。こうして話すことで、また頭の中が整理されて、何か思いつきそうだ。」

ラーキスは、微笑んでマルセルに手を差し出した。

「ではな。また何かあったら声を掛けてくれ。」

マルセルは、笑ってその手を握り返した。

「ああ!また何もなくてもバルクへ来たら覗いてくれよ。」

それを聞いたラーキスは、クックと笑って首を振った。

「何年院生で居るつもりよ。」

マルセルは、拗ねたように横を向いた。

「もう、来年には教授になる。今年は駄目でわざと留年したけど、ここで研究を続けてみせるんだからな。」

ラーキスは、頷いて踵を返した。

「お前なら出来るだろう。ではな、マルセル。」

マルセルは、手を振った。

「また来いよ!」

そうして、ラーキスは今知ったことを心に留めながら、王宮へと坂道を登って戻って行ったのだった。


王宮では、咲希が克樹に必要以上に気遣われて、苦笑していた。帰れない、と思った最初はかなりのショックだったが、この世界の現実が変化して目の前に迫っているのに、いつまでもぐずぐずしていられないと、無理に心を切り替えようとしているところだったからだ。

「克樹…本当に、もう大丈夫。知った時はショックだったけど、でも仕方ないじゃない。それより、今居る世界がどうなってるのか知らないと。美穂だって居る。もしもこの世界がどうにかなりそうで、私で力になれることがあるんだったら、この際だからがんばらなくちゃ、って今は思っているの。本当よ。」

克樹は、恐る恐る咲希を見つめて言った。

「でも…結構取り乱してたよね?本当に大丈夫か?」

咲希は、頷いた。

「大丈夫。それより、ラーキスはまだかしら。もうそろそろ、日も傾いて来てるじゃない?」

克樹は、窓から空を見上げた。

「…まだ一時間ほどじゃないか。何か調べてるんなら、まだ時間掛かると思うよ。」

その意に反して、ドアがスッと開いた。克樹がびっくりして振り返ると、そこにはラーキスが立っていた。

「ラーキス!」

ラーキスは、入って来てドアを閉めた。

「何も分からなかった。何やら、命の気絡みであることは分かったが、それでもそれが人体にどうとか、根本的にどうとか、そんなことはまだ、分かっておらぬ。ただ、予測としては、命の気の流れは、あちらの地では循環しておらぬのかもしれぬな。してはいても、うまく行っておらぬかも。こちらに流れ出て来るぐらいであるから。」

咲希は、肩を落として言った。

「そう…じゃあ、やっぱり今すぐどうにかなることではないのね。」

それを聞いたラーキスが、慌てて言った。

「咲希、だからと言って、悲観することはないぞ。これならこれで、またこれに合わせた環境を作って行くというのも、一つの手だからの。ハンツも言っておったが、これに合わせて転送装置を調整しようと必死であろう。そのうちに、良い知らせが来る。」

咲希は、ラーキスがとても自分を気遣ってくれているのが分かった。こちらへ来てから、本当にどれほどこの優しさに救われただろう。

咲希は、ふふと笑った。ラーキスは、さぞかし落ち込むだろうと思っていた咲希が笑ったので、困惑した顔をした。

「…サキ?気が触れたのではあるまいの。」

咲希は、拗ねたように頬を膨らませた。

「まあ!違うわ!ラーキス…ありがとう。そんなに、帰してやろうって必死になってくれなくてもいいのよ。私、頑張るわ。絶対帰れないって言われたわけじゃないものね。だったら帰るまで、こっちの世界のことで、私が力を貸せるなら何とかしなきゃって思ってるんだ。だからそんなに、心配しないで。」

ラーキスは、少しためらいがちに克樹をちらと見たが、頷いた。

「ああ…ならば、いいが。だが、無理はすることはない。こっちのことに、巻き込まれる必要などないから。」

咲希は、片目をつぶった。

「もう、結構巻き込まれてると思うよ?」

ラーキスがそれに返そうと口を開くと、ドアがドンドンと大きな音を立てた。咲希は最初、何かが突っ込んで来たのかと身構えたが、克樹が慣れたように言った。

「いいよ、開いてる。入ってくれ、メレグロス。」

ドアが、大きく開いた。咲希は、ノックだったんだと驚いたが、確かにメレグロスならあれぐらいの音が立ってしまうのだろう。何しろ、手も大きかったのだ。

メレグロスが、疲れ切った顔をして、そこに立っていた。

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