対峙
その、数時間前、シュレー達は、大陸から来た事を伝え、小さなボートに乗っていたしっかりとした甲冑を身に付けた、軍人に案内されるまま、たくさんの艦船に見張られたような状態で目指していた島へと上陸していた。危惧していた言葉も通じ、姿もこちらと同じ人だったが、あれほどの数の見張りを付けていたということは、こちらではパワーベルトの向こうから、誰かが来る事を想定していたのだろう。
まだ、相手が友好的かどうかも分からないまま、石造りの立派な建物の中へと案内されて、六人は1つの部屋で待たされていた。
サルーが、じっと並んで椅子へと座ったまま、小声で言った。
「…裕福な国よ。」シュレーがそちらをちらと見る。サルーは続けた。「あちらから見たら僻地であるここに、このような公共の施設を建ててある。普通、公式の場所ではなく、こんな所で会合などとなれば、ホテルなどを貸しきったりして行なうことで誤魔化すもの。それなのに、この国はこんな場所にもこうして迎賓館のような場所を作ってあるのだ。間違いなく、裕福ぞ。」
シュレーは、同じように小声で答えた。
「だが船を下りてここへ来るまで見て参ったが、この辺りはリゾート地のように見えた。つまりは、王がただ遊び好きだから、とかではないのか?」
サルーは、それを聞いて我慢しきれないようにくっくっと息を漏らして笑い、首を振った。
「違う。ここは完全に公式の場ぞ。そんな遊び半分に建てられた場ではない。島の道も整備され、街灯もしっかりと着いていた。道にはゴミ一つない。そこまできちんと統率されているのが、ある意味脅威のな。もしかして、この列島だけが一つの国ではないかと思うほど。あちらの大陸は、また別の国なのかも知れぬの。それならば分かる。狭い土地を統率するのは、難しいことではないからの。」
ショーンが、小声で割り込んだ。
「なら、そうなんじゃないのか?あっちが大きな国が二つだからって、こっちもそうだとは限らねぇだろう。」
サルーは、ちらとショーンを見た。
「ふーん。主はそう思うか?」そう言ってから、またサルーは前を向いた。「ここは、国ではない。本土に国がある。あの艦船の数だけ見ても、ここが国ではない事実が分かる。ここにはあんな軍隊を支える人口は居らぬ。まあ、見ておるが良い。ここは、間違いなく僻地よ。あちらに王なのか、長なのかが居る。目指すは、大陸であるな。」
ショーンは、黙った。シュレーも、息をつく。すると、シンと静まり返っていた閉じられたドアの向こうが、何やら騒がしくなった。
「来たか。」サルーが表情を引き締めて、そしてまた、柔らかい表情を作った。「さあ、仕事ぞ。」
「…何時間も待たせやがって。」
ショーンが呟く。シュレーが呆れたようにそちらへ視線をやって、また前を見ると、ドアが勢いよく開いた。
そして、そこにはガッツリとした体格の、間違いなく軍人だろう男と、その両脇には文官らしきひょろっとした体型の男が、並んで立って、こちらを見ていた。
サルーやシュレー、他4人は、それを見て一斉に立ち上がった。相手は、それを見てツカツカと足を進めると、低い声で言った。
「遠い道のりをいらしたのだと聞いた。私はサラデーナ王国王立軍将軍、バーク。こちらは我らがシャンデン列島と呼んでおる島々の一番北の島の、ミラ・ボンテという街だ。皆様には、どちらから参ったのか。」
間違いなく、地位のある軍人だ。
シュレーは、サルーに言われるまでもなく分かった。身に着いた威厳と、隙の無い身のこなしで、同じ軍人としてすぐに分かる。
サルーは、愛想良く微笑むと、深々と頭を下げた。
「バーク様。我らは、あちらの大陸にあります二つの国から、代表としてご挨拶に参りました者。私は、サルーと申します。あちらは、山脈を挟んで北側をライアディータ、南側をリーマサンデという二つの国から成り立っておりまする。両国は大変に友好的に行き来しおる仲で、此度こちらへの道が開けたということで、両国の王達が使者をと、合同でこちらへ遣わされました。どうか、こちらの国の王に、我らの王からの書状をお届け頂きたくお願い申し上げまする。」
バークは、じっとそれを聞いていたが、頷いた。
「お掛けになるが良い。」
6人は、言われるまま元居た椅子へと座った。シュレーは、さぞかし初めての場で緊張しているだろうと思われたショーンへとちらと視線を走らせたが、案外にさっきここで待っていた時よりも落ち着いた顔をしていた。
バークと、連れていた文官達も、6人の前の席へと座る。バークは、言った。
「では、王への書状を拝見しよう。」
サルーは、隣りに座るスタンに会釈した。スタンは、懐から小さな箱を出すと、それを術で大きく戻し、そうして恭しくバークへと差し出した。その箱は、黒塗りに花模様が描かれてある、艶のある美しいものだった。その横で、シュレーが同じように小さな箱を幾つか出して、足元へと置くと、大きく戻した。そして、その箱の蓋を、一つずつ開けた。
「こちらは、友好の印として、我が大陸で生産される品々をお持ちしたもの。どうか、共にお納めくださいませ。」
中には、あちらの職人が細かく細工した金細工に、あちらで取れる色とりどりの鉱石を配置したものや、織物、陶器類など、何しろ何がこちらで価値があるのか全く分からなかったので、それらしき物をいろいろ持たされた品々が、ずらりと並んでいた。
バークはそれを見て、少し眉を上げた。両隣の文官達は、息を飲んだ。
「おお…見事な細工ぞ。」
「織りも細やかで鮮やかな染め。」
しかし、バークが黙っているで、二人は慌てて口をつぐんだ。シュレーは、内心思っていた…良かった、こちらでもああいう物は価値があるようだ。
バークは、言った。
「見事な品々、確かに陛下にお渡しいたそう。」と、黒塗りの箱を少し開けて、中を確認した。そして、じっと書状に目を通す…その目は、鋭かった。「確かに、我が王への友好の書状。では、私はこれを持って、我がサラデーナの首都デンシアへ参り、シャデル陛下にお渡しする。片道数時間の道ゆえ、それほどお待たせせぬとは思うが、全ては陛下のお心次第。貴公らは私が戻るまで、こちらで国賓として過ごされるが良い。」
やはり、大陸の方に首都があるのか。
シュレーは思ったが、サルーがするように、頭を下げた。サルーが、どこから出すのか穏やかで優しい声音で、答えた。
「お待ちしております。」
バークは一つ、頷くと、ドアの方へと踵を返した。側に居る文官達、それにドアが開いて入って来る軍人数人には見向きもせずに、そのまま出て行く。軍神達と文官は、急いで贈り物の箱を手に取ると、シュレー達6人に頭を下げて、そうしてそこを出て行った。
またここで待機なのかと思っていると、すぐに侍女らしく数人が入って来て、頭を下げた。
「では、お部屋へご案内致します。どうぞ、こちらへ。」
部屋を与えられると。
シュレーは、少しホッとした。国賓と言っていた…だからだろう。だが、まだ油断は出来なかった。もしも、首都に居る、シャデルという王が殺せと命じたら、自分達はあっさり寝首を掻かれてしまうだろう。王に会って話すか、もしくは返事の書状を受け取って、あちらの領海へと入るまで、油断はならなかった。
だが、そんな素振りは欠片も見せずに、6人は愛想良く侍女達に頭を下げ、そうして、まるで王宮のように豪華な造りの廊下を歩いて、部屋へと案内されて行ったのだった。




