ショーン2
ショーンは、それからいろいろな町や村の術者に会い、読めるだけの本を読み、ひたすらに治癒の術について調べた。そうして半年、ショーンは古い誰も読まなくなった古代語の本を手に入れた。今ある術だけで大抵のことは出来たので、誰もそれを読む必要がなかったからだ。しかしショーンは、それを読んだ。翻訳に時間が掛かったが、そこには古代、ルシール神殿で行われた命の儀式のことについて書いてあった。ルシール遺跡の地下には、命すらも司る神が降りるという、台座があるのだという。
ショーンは、今や誰も近付かなくなったルシール遺跡に小屋を作り、そこに住みながら遺跡の中をくまなく調べ始めた。
その当時遺跡には、まだここを調査に訪れる大学の教授達が行き着いて居ない箇所が幾つもあった。長く放置してあったので、魔物が住み着いて、一般人が簡単に奥まで入り込むことが出来なかったからだ。しかし、ショーンは違った。生まれながらに持っている、強い力のお蔭で、易々と遺跡奥までたどり着き、古代に書き残された多くの石版を回収して来ることが出来た。聞いたこともないような術も、それには含まれていた。自分を数十センチ浮かせて飛ぶ方法も、そこから体得したものだった。
一心不乱に古代の術に打ち込んでいたショーンに、やっと一つの光明が見え始めた…古代の、治癒の術や命を留める術を、見つけたのだ。
ショーンは、その幾つかの術を合わせ、一度に掛けることによってリリアを復活させようと考えた。しかし、それには大きな力が要る…古代の石版の中にある、「緑色の力の石」というものを、手に入れなければならないのだ。
ショーンは、数年前に読んだ本のことを思い出した。読んだ時は、あまりに壮大な話に、真実ではないとそんなおとぎ話に時間を費やした自分をののしったものだった。だが、もしもあれが、真実だったとしたら…?
その本は、「メイン・ストーリー・オブ・ディンダシェリア」という、比較的新しい本だった。そこには、特別な力を持たされて神に送り出された存在、シャルディークという男の、力の石がバーク遺跡の要の間にあり、デルタミクシアで生み出された命の気は、その石を目指して飛ぶのだという。だから、命の気は一定方向に飛び、またライアディータは命の気の枯渇に苦しまなくて良いのだという。
その力の石の色が、緑色なのだ。
ショーンは、それに懸けた。特別な石など、他に見当も付かない。神殿の罠のことについては、ショーンも伝え聞いて知っていたが、それでもそれを、取りに行くよりないのだ。
リリアは、まだそこに居た。ショーンの手によって長く防腐の術を掛けられ、顔色は悪かったがそれでも生前のまま美しくそこに横たわっていた。頭の傷は、分からないように布製の帽子を被せ、服も綺麗に着せ替えられてあった。ショーンは、まだ幼さが残るリリアの頬に触れた。
「リリア…きっと、これでお前を戻すことが出来る。やっと、お前の声が聞ける。」
ショーンは、バーク遺跡へと旅立った。ショーンの赤い瞳は、バーク遺跡にある罠の、緑色の警告のサインを読み取ることが出来た。そうして、要の間という場所に辿り着き、そこにたった一本だけあった透明の石を術で削り取り、持ち帰ることが出来たのだった。
そこからは、あまり詳細に思い出せない。術を掛けるためにリリアの上に緑色の石を置き、自分で考えた、古代の術を組み合わせた物を放った。何の変化もないリリアの体に、焦ったショーンは普通では考えられないほど長い間、リリアに術を放ち続けた。さすがのショーンも、力を使いすぎでふらふらとなった時に、それは起こった。
リリアの体は、まるで術の熱に溶かされるように輪郭を崩した。朦朧とする中で、ショーンは必死に何が起こるのか目に焼き付けようと気力で意識を保ち続けた。すると、一度崩れた輪郭は、再び形を成し始め、見る見る人の形に変化した。そうして、光の輝きが収まった時、そこには小さな10歳ぐらいの女の子が横たわっていた。静かに上下する胸から、呼吸をしているのが分かる。顔立ちは、リリア。だが、歳はずっと幼いようだった。
「リリア…。」
ショーンは、リリアの手を握った。その暖かさを感じた瞬間、ショーンは意識を失った。
「…リリアは、確かに復活した。」ショーンは、大学の会議室でシュレーや克樹、咲希、アトラス、ラーキスに取り囲まれた状態で言った。「だが、何も覚えていなかった。目を開いた瞳も髪も、全く同じ色なのに、リリアはこちらの言うことに反応しなかった。緑色の石を側から離すと、まるで発作のように胸を押さえて倒れる。心臓が止まるのだと、オレは知った。」
シュレーは、リリアナから目を離せずに言った。
「じゃあ…リリアナは、そのリリアが記憶を失ったような状態か?」
ショーンは、首を振った。
「違う。リリアとリリアナの性格は、全く違う。オレは始め、リリアだと思って生活に必要なことから、言葉も全て教えて行った。リリアは全てすぐに覚えたが、リリアの性格とは全く違っていた。体も、これ以上成長しない。」と、リリアナを見た。「オレは、やっと分かった。リリアナは、リリアではない。リリアの体を元に、オレが自然を捻じ曲げて作った不自然な命。だからオレは、別の人格としてリリアナと名付けて、こうして共に行動していたんだ。リリアナは、あのバーク遺跡の石の力で生きている、操り人形のようなものだ。その証拠に石から離れては生きられず、石のせいでオレにも見えないようなものも見える。感情は、ほとんどない。今までニコリともしたことも、泣いたこともない。」
ラーキスが、問うた。
「して、リリアが復活したら、このリリアナはどうなるのだ…どんな形で復活すると、主は思うておる?」
ショーンは、ラーキスを見て言った。
「この体は、元々リリアのものだ。リリアがここへ宿って、リリアナという人格はなくなる。だが、元々リリアナは人じゃない。」
リリアナは、ただじっと無表情にそれを聞いていた。シュレーも、克樹も言葉を失っている。アトラスもラーキスも、ただ黙っていた。しばらくの沈黙の後、咲希が進み出て言った。
「…酷いわ!」皆が、びっくりしたように咲希を見る。咲希は構わず続けた。「リリアさんじゃないからって、リリアナをリリアさんに変えてしまおうとしたって言うの?!しかも、本人の目の前で…。」
ショーンは、咲希を見て軽蔑したように言った。
「だから、これはオレが作っちまった命なんだっての。しかも、感情なんてないんだぞ?お前は、リリアナが笑ったり泣いたのを見たことがあるか?」
咲希は、首を振った。
「怒ったのは見たことがあるわ!」それには、ショーンが驚いたような顔をした。咲希はリリアナを庇うようにその前に立った。「遺跡の部屋で。私が、あまりに人でなしだったから。表情は変わらなかったけど、言っていることは怒ってた。それに、私が嫌いだって言ったもの!」
ショーンは、それでも少しためらったような顔をしただけだった。
「思い過ごしだ。リリアナが、これまで人らしい感情なんて見せたことはねぇよ。たった数日一緒に居ただけのお前に、何が分かる。」
咲希はショーンを睨んだ。
「あなたは勝手だわ!自分で作っておいて、リリアナがリリアと違うからって入れ替えてしまっていいと言うの?!リリアナに感情がないというのなら、あなたがそんな風に育てたからよ!リリアナにも、生まれたからには生きる権利があるわ!」
ショーンは、俄かに表情を変えて、咲希に掴みかからんばかりの形相で言った。
「リリアが戻って来るなら、オレは何だってしてやるよ!これまで、リリアを復活させるためにだけ生きて来たんだ!オレが作った命のことに、とやかく言われる筋合いはねぇ!」
咲希はショーンを睨み返していた。自分にそんな気の強いところがあったなどと、これまで思ったことはなかったが、それでもこれは退けないと思った。リリアナという、命が懸かっているのだ。
ラーキスが、咲希の前に出て、ショーンから庇った。
「サキの言うことは、間違ってはおらぬ。誰が作ったとはいえ、命は命。生まれ出た瞬間に生きる権利がある。生み出した主には、それを幸せにする義務がある。リリアという女は、もう死んだのであろう。これからはリリアナの幸せを考えてやるのが筋ではないか。」
ショーンは、ラーキスのことも睨んだ。睨み合う二人を前に、シュレーが言った。
「…だから、お前は治癒の術に長けていたのだな。誰にも出来ぬ方法を知っていた。様々なことを誰よりも知っているだろうから。」
ショーンは、シュレーの方を見ずに言った。
「ああ。オレに治せない病気の方が少ねぇ。だが、本来そんなことはオレの望んだことじゃねぇよ。ただ、生活をするためにちょっとの金は必要だった。だから頼まれたら引き受けていただけだ。」
克樹が、シュレーに言った。
「どうする、シュレー?ショーンに協力するのか。」
シュレーは、じっとショーンを見つめた。ショーンは、こちらを見てそれを見返した。
「…オレが判断することじゃない。」シュレーは答えた。「陛下に全てお伝えして、指示を仰ごう。それで、ショーン。パワーベルトを消してこれから、どうするつもりなのだ。オレは、パワーベルトが消えてくれれば、これからは今回と同じ危険がなくなると思って、お前が望むのをそのままにしていたが、それとリリア復活と、一体どんな関係がある?」
ショーンは、シュレーに近付いた。
「あっちの世界には、新しい術がある。」ショーンの目は、真剣だった。「力の強い能力者も居るかもしれない。こっちでは失われた、古代の術が当然にあるのかもしれない。それを調べたいんだ。パワーベルトの神が復活させてくれなくても、自分で取り戻す。」
ショーンの勢いに、シュレーはため息をついた。そして、克樹を見た。
「では、研究室へ行こう。そこで、本当にパワーベルトが消えているのを確認したら、王城へ行って陛下にご報告を。」
皆は、頷いた。そして、出て行くシュレーを後ろについてまた、皆がぞろぞろと歩いて行く中、リリアナがじっと立ち止まっているのを見て、咲希は振り返った。
「リリアナ?どうしたの、行こう?」
すると、リリアナは咲希を見上げた。
「あなた、変な子ね。どうして私を庇ったりしたの。」
咲希は、困ったように首をかしげた。
「どうしてって…ショーンがおかしいって思ったからよ。」と、リリアナの手に、あのクマの目だった石が直に握られているのにふと、目を留めた。「ああ、クマの目ね?後で、ショーンの石も返してもらおうよ。私、あのクマを拾って来たの。直してあげるわ。」
リリアナは、少し驚いたように目を開いた。
「え…拾ったの?」
咲希は頷くと、ウェストポーチを探って、小さなクマを出した。そして、それを大きくした。
「ほら、あのクマ。目を失くして、かわいそうに思って…違う石でも着けてあげようかと思っていたんだけど。」
リリアナは、急いでそのクマを咲希から奪うように取ると、抱きしめた。咲希は、微笑んで言った。
「ふふ、良かった。やっぱり、持ち主の手に戻った方がいいものね。さ、行こう。」
リリアナは、黙って頷いた。そして、咲希と一緒に、そこを後にしたのだった。




