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始まりの町2

研究室では、大勢の学生と教授が行ったり来たりして、いつもの静かな様子とは違った。記憶していた研究室は、皆思い思いの研究に没頭して、時に隅で論を戦わせたりはあったが、これほど騒がしいことはなかった。それなのに、今は皆が皆焦りを隠さず、必死にコンピュータに向き合ってああでもないこうでもないと、答えのない問題に向き合っていた。

アトラスが克樹についてそこへ入って行くと、何人かの学生が振り返った。

「アトラス!」と、一人が飛ぶようにこちらへ来た。「ああ、君の意見を聞きたいと思っていたんだ。いつバルクへ戻ったんだ?」

アトラスは、肩をすくめた。

「今さっきだ。西が不穏な様子だと聞いて、急いであちらを出て来た。」

相手はびっくりしたような顔をしたが、そうだったと苦笑した。

「そうか、君は飛べるもんな。しかもグーラは単独で飛べば世界最速だ。良かったよ、とにかくこれを見てくれ。」

アトラスは、克樹と目で合図し合うと、一緒にその学生について近くのモニターへ歩み寄った。その学生は操作しながら言った。

「三日前に遡るんだが、急にパワーベルトの力場が不安定に揺れ始めた。専門にしている力場学のデータを見ると、急に力を失う箇所が出たり、また戻ったり。戻る時に境界が揺れて、パワーベルトぎりぎりを航海していた観測船が一隻、パワーベルトに触れて行方不明になった。それから、パワーベルトから10キロ以内は進入禁止になっていたんだ。」

アトラスと克樹は、その波動の揺れを見た。まるで、オーロラのように現われては揺れ、消えては現われといった感じに見える。

学生は続けた。

「観測船が最後に送って来た画像が凄いんだ。」学生は興奮気味にその画像を出した。「一瞬薄れたパワーベルトの向こうが見えたようで、その映像を取ったんだ。だが、それを撮って送信したのを最後に、パワーベルトが復活して観測船は消えた。見ろ…向こう岸みたいなのが、映ってると思わないか?」

アトラスと克樹は、身を乗り出してそれを見た。確かに、向こう側にも海が続いていて、その向こうには岸らしきものが見え、建物のような物があるように見える。

「すごいな…やっぱり、あっちの世界はあったんだ。」

克樹が、呟くように言う。学生は、目を輝かせて頷いた。

「そうなんだよ!だが、この画像はまだ公開されてない。皆がこぞってあっちへ行きたいなんてなったら、大変だろう?何しろ、まだ安全かどうかも分かっていないんだ。」

アトラスが、頷いた。

「安全どころか、パワーベルトを越えられるのか疑問ぞ。触れた者達は、余程の運が無ければ五体満足では居られまい。」

あの気の強さでは、とアトラスは心の中で付け足した。大部分の人には、あの気の強さが感じ取れないらしい。自分が魔物と呼ばれる種族で本当に良かった、とアトラスは思った。

学生は、顔をしかめた。

「分からないじゃないか。もしかしたら、無事にあっちへ抜けているかもしれない。」学生は、そこでゴホンと咳払いした。「ああ、横道に反れてしまった。それから、三日掛けてパワーベルトはどんどんとその不安定さを激しくして行った。どんな力なのかも分からないようなものだし、皆ただ指をくわえて見ているしかなかったんだ。そして、夕方。日没が近くなって来た頃に、落雷が起こった…それは、瞬く間にパワーベルト全域に達し、今も海上では大変なことになっている。このままでは船も出せないと、軍が命の気を使ってそれを押さえられないかと聞いて来たってわけだ。」

アトラスは、横からコンピュータのパネルに触れた。そして、並ぶ数字に険しい顔をした。

「…今朝と今の数値の、桁が違う。」

学生は、頷いた。

「間違いなく何かが起ころうとしている…押さえられなきゃ、世界が消失してもおかしくないと、軍は急いでるんだ。」

克樹が割り込んだ。

「パワーベルトが大きくなったりしたら、こっちが全部飲まれてしまうって事か!」

学生は、また頷いた。

「そうだ。それを心配してるんだ。リーマサンデ側でも、必死に対策を模索してる。あっちと連携して考えてるんだ。」

アトラスと克樹が険しい顔で画面を見つめていると、戸が開いて甲冑が擦れる音がした。

「キール?!」と、その人物はアトラスの腕を掴んだ。「いや…君は…?」

「シュレー将軍!」

背後から、奥で話していた初老の男が言ってこちらへ来た。シュレーは、その男を見た。

「マキ博士。陛下にご報告に上がった帰りなのだ。知り合いに似ているかと思ったが、違った。」

マキは、頷いて言った。

「ああ、君も来てくれたのか、アトラス。こちらはシュレー将軍。軍の最高責任者だ。」と、シュレーを見た。「シュレー将軍、アトラスはこちらで学んでいた優秀な男です。グーラの谷から来ているのですよ。こちらではリーマサンデと連絡を取り合って対策を練っておるのですが、未だ何も…。」

シュレーは、まだまじまじとアトラスを見ていたが、言った。

「そうかアトラス…。」と、腕を放してマキを見た。「陛下も大変にご心配なされている。私もこれより船でパワーベルトに近付いて、もっと情報を送ろう。対策を急いでくれ。」

マキは、頭を下げた。

「はい!」

そして、また急いで奥へと戻った。シュレーは、アトラスを見た。

「アトラス、非常事態なのは見て知っているな。君がグーラなら、オレを手伝ってはくれないか。」

克樹が、足を踏み出した。

「シュレー!アトラスは軍人じゃない!だったらオレが手伝う。街のパーティーに入って戦闘経験もあるのは知ってるだろう?」

シュレーは、克樹を見た。

「お前はグーラではない。オレは今、飛べる者を探しているんだ。知り合いは遠いし、ここに来ているアトラスに頼むのが一番早いのだ。」

「でも…!」

「やります。」克樹が言うのに、アトラスが割り込んで言った。「大丈夫だ、克樹。」

シュレーは頷くと、すぐに踵を返した。

「急いでいる。外で待っている。」

シュレーは、そこを出て行った。克樹が、アトラスに向き直った。

「アトラス、君は危険なことには関わらないと言っていたじゃないか!このままじゃ、嫌でも巻き込まれるぞ!谷の跡継ぎなんだろう!」

アトラスは、克樹を見て首を振った。

「上空から情報を集める手助けをするだけだ。それに、このままでは谷がどうのというレベルではないではないか。全てが無くなってしまうかも知れぬのだぞ?オレが手助けすることで役に立つのなら、易いものだ。それに、あのシュレーという将軍はそんなにも無謀な軍人なのか?」

克樹は、それにはぐっと詰まって視線を落とした。

「それは…父さんの友達で、小さい頃から知ってるけど、慎重で冷静な軍人だよ。」

アトラスは、頷いた。

「それで充分ではないか。オレは行く。」

アトラスが、何のためらいもなく戸を出て行くのに、克樹も急いで走り出した。

「待ってくれ!オレも行く!」

そうして、克樹も共にそこを出たのだった。


外へ出ると、シュレーが立っていた。

「さあ、時間が惜しい。行くぞ。」

アトラスは頷いて、見る見るグーラへと変化した。シュレーは、慣れたようにそれに飛び乗ると、克樹を見た。

「何をしている。」克樹も、アトラスの背に上って来る。「お前まで連れて行くとは言ってないぞ。」

克樹は、しっかりとアトラスの背に抱きついた。

「オレも行く!言ったじゃないか、アトラスは危険なことには慣れてないんだよ!」

シュレーは、首を振った。

「危険な事はさせるつもりはない。飛んで上空からどうなっているのか見るだけだ。グーラに乗りなれていないお前など足手まといだ。」

克樹は、絶対に放すものかとしっかりとアトラスに抱きついた。

「オレは行く!ラーキスやアトラスに、何度か乗ったことがある。大丈夫だ。」

アトラスが、言った。

《シュレー将軍、克樹は根性だけはある。何があっても、オレの背から離れないと思う。》

シュレーは、それを聞いて、肩で息を付いた。

「レイキに後で文句を言われるな。危険なことはさせてくれるなと言われてるってのに。」

「父さんは何事も経験だと言ってるよ。文句なんて言わないよ。」

克樹が言うのに、シュレーは前を示した。

「ならば、前へ。首に掴まれ。幾らか落ちにくいだろうから。」

《参るぞ。》アトラスが、背の上の二人に言った。《しっかり掴まっておれ。》

そして、大きく数回、羽ばたいたかと思うと、見る間に夜の街の上空へと飛び立ち、海の方向へと飛んで行ったのだった。


眼下にラクルスの港が見えたが、克樹もアトラスもそんなものは見ていなかった。シュレーも、同じように険しい顔をして、目の前のパワーベルトの方角を睨んだ。

「…やはり、全てに渡ってこの状態か。」

稲妻の光に照らされて、パワーベルトのある辺りが薄っすらと光る。普段なら全く見えずに、その辺りに近付くと霧が掛かり始めることでそこに存在しているのだと知ることが出来るパワーベルトが、今はまるで空高くそびえる壁のように、海の上を南北に渡って走っているのがはっきりと分かった。克樹は、呆然と言った。

「…ただの靄しか見えなかったのに…。」

アトラスも、その未知の壁へと進みながら言った。

『確かに存在していると、計器の値でしか気取ることは出来なんだのに。目視出来るほどとは…。』

「危ない!」

シュレーが叫ぶ。アトラスは、慌てて旋回して激しく暴れる稲妻の閃光を避けて退いた。克樹も、一瞬目を閉じてアトラスの首にしっかりとしがみついた。

「…これ以上はやはり、空からも近付けないか…。」

シュレーが呟く。眼下の海上には、軍船が同じ位置に留まっているのが見えた。アトラスが言った。

『何かが阻んでいるようぞ。』

シュレーは、頷いた。

「よし、一時ラクルスへ。何が起こっているのか分からないが、早急に何か手を打たねばならない。」

そうして、アトラスはそのパワーベルトを背に、ラクルスの港の方へと飛んで行ったのだった。

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