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ルクシエム再び

咲希は、皆に急かされてコートに腕を通しながら、必死にラーキスによじ登った。アトラスには、もうシュレーとショーン、リリアナが乗っている。

「行くぞ!」

シュレーが言い、アトラスが先に飛び上がった。ラーキスは、必死にコートの前を閉じようとしている咲希を振り返って言った。

『もういいか?飛ぶぞ。』

すると、後ろの克樹が咲希を後ろからがっつり支えると言った。

「いいよ、飛んでくれ。」

咲希はびっくりしたが、支えられて安定したのでホッとした。みるみる空間研究所が小さくなって行く…美穂と、また離れることになるなんて。

咲希はそう思ったが、今度ばかりはどうしようもなかった。ああいった戦いの現場では、自分達が思ってもいなかったほど厳しい空気がある。命のやり取りなのだ…魔物も必死で向かって来る。でも、パワーベルトはいったい何と戦うためにああして暴れているのだろう…。

分からないところに、人は恐怖を抱く。咲希には僅かな間にそれがもう分かっていた。しかし、その恐怖に打ち勝って皆のための安心を得ようと、立ち向かって行く人達が居るのだ。相手を知ろうと一歩踏み出すのはとても勇気が要ること。その最前線で戦う人々は、皆とても勇気のある戦士なのだと、咲希は思った。その相手が魔物であろうと、パワーベルトであろうと、新種の病気であろうと、新しい食物であろうと。

『…実を言うとの、オレはホッとしておる。』ラーキスは、いきなり言った。『ミホのことぞ。どうにもオレは、ああいうタイプは苦手なのだ。こちらが何を言うても、己の良い方向へ持って行ってしまうであろう。あまり接したくないタイプなのだ。サキの友人ならと、我慢しておったがな。』

克樹が、苦笑して言った。

「まあ、いろいろだね。ああいうタイプが好きな男も居るよ。ラーキスの好みじゃないんだな。」

ラーキスは、少し振り返って言った。

『好みとな?うーんよう分からんが、そうなのだろうの。あまり鈍いのも困るが、もう少しゆっくり動く方がオレは安心するのだろうな。本能よ。襲われた時、回避しやすい方がいいだろうが。』

克樹は、声を立てて笑った。

「襲われるって?ははは、確かにそうだ!美穂はラーキスとアトラスにばっかり話し掛けてたじゃないか。向こうはまんざらでもないみたいだったぞ?」

ラーキスは一瞬訳が分からないといった顔をしたが、少しして、慌ててぶんぶんと首を振った。

『そういう意味の襲うではないわ!そんな対象に見られておるなら、オレは口を利かなんだところよ。』

咲希は、それを聞いて口を押さえた。そうか…じゃあ、言わない方がいい。美穂の気持ちのことは、黙っていよう。

克樹が、咲希を見て言った。

「咲希?大丈夫だよ、ラーキスは咲希のことまで嫌いなわけじゃないから。」

ラーキスが、それを聞いて少し気遣わしげに振り返った。

『サキ?オレは主を嫌っておらぬ。気を悪くしたか?』

咲希は、慌てて首を振った。

「いいえ!大丈夫、そんな風に考えてたんじゃないから。あの、でも根はいい子なのよ。ここへ来るきっかけになった、前の彼氏に酷く裏切られて…それで傷ついたから、わざとああして明るく振舞っているの。立ち直ろうと一生懸命なの。だから、嫌わないで。」

克樹とラーキスは、少し神妙な顔をした。

「そうだったのか。知らなかったよ。大丈夫、ああいうタイプはそのうちに慣れるからさ。オレも、学校に居た時に同級生であんなのが居て、ずっとまとわり付かれて大変だったんだ。でも、卒業する頃にはすっかり慣れて友達になってたもんな。」

ラーキスは、言った。

『…オレには永遠に無理よ。ならばこれからああいう感じの女は克樹に任せようぞ。』

克樹は、困ったように言った。

「ちょっと待ってくれ、何でもオレって困るよ~。」

そうしている間にも、ルクシエムは近付いていた。


見慣れたルクシエムの町並みを眼下に見ながら、先を行くアトラスはしかし、もっと先へと進んだ。咲希がどこまで飛ぶのだろうと思っていると、その先にある大きな工場の建物の前に、アトラスは下りた。ラーキスもそれに倣い、同じ場所に降りる。

咲希は、頭を低くしてくれるラーキスに感謝しながら、そこへ降り立った。やはり、かなり寒い…今回は雪は降っていなかったが、いつ降って来ても驚かなかった。

「ここが、王立の工場なのだ。」シュレーが、同じようにアトラスから降り立って言った。「今は冬季なので運行は停止され、数人の管理のための職員しか居ない。」

咲希と克樹は、頷いた。人型に戻ったラーキスが後ろから言った。

「かなり高い塀が設置されておるの。」

シュレーは、頷いた。

「ここは北から流れて来る魔物が多いからな。昔はミガルグラントに占拠されたことまであった。なので、立て替える際に陛下の命でより高く頑丈な塀に換えた。」と、側の入り口の横に壁に沿うように設置されてある、小さな金属の箱のようなものに歩み寄った。「王都から来たシュレーだ。連絡が行っていると思うが。」

すると、その金属の箱から声が聴こえた。

『はい、シュレー将軍。連絡は受けております。お入りください。』

カチッと音がして、正面の大きな扉ではなく、脇の小さな扉が開いたのが分かる。シュレーは、その扉に手を掛けた。

「あっちは出荷する時とか陛下の視察の時とかにしか開かないのだ。」皆の視線を辿ったシュレーは言った。「さあ、ここから中へ。司令室を使わせてもらえるようになっているのだ。」

皆は頷いて、その扉から一人ずつ中へと入って行った。


塀の中は、思ったより広く大きかった。シュレーは、慣れたように歩いて、建物の入り口へと進んで行く。皆は遅れては大変と、シュレーに合わせて早足で歩いた。ショーンは、リリアナを肩に乗せている。咲希が必死に歩いていると、ラーキスが振り返って言った。

「サキ、大丈夫か。」そして、咲希の手を掴んだ。「オレが引っ張ろう。」

ラーキスはぐいぐいと咲希を引っ張って歩いて行く。咲希は面食らったが、ラーキスが他意などなく手を繋いでいるのをもはや知っていたので、言葉に甘えて引っ張ってもらうことにした。

すると、シュレーは脇のどう見ても裏口と思われる小さな戸をまた開いて、中へと入って行く。

どんどんと後ろを振り返ることもなく進んで行くシュレーに、咲希は必死について行ったのだった。


裏口から入ると、通路は狭く、通路の脇には同じような扉が同じ間隔で並んでいるのが分かった。

「寮かな?」

克樹が言うと、シュレーが初めて振り返った。

「ああ、ここは居住区なんだ。ここの奥の地下に、司令室がある。冬季はここには誰も居ない。皆司令室の回りの部屋に居る。ここを全て暖めるとなると物凄い命の気の量が要るだろう。だからだ。」

咲希は、驚いて言った。

「え、暖房って命の気?!火を使わないの?」

それには克樹が答えた。

「普通の家なら暖炉とかだが、ここまで大規模になると、エアコンを設置してるんだよ。そのエアコンの…ええっと、あっちの世界で言う電力が、こっちでは命の気なんだ。バーク遺跡やデルタミクシアで長い間濃い命の気にさらされた石は、命の気をひきつける性質を持っているのが最近分かってね。ここでも、その石を使って命の気を集めて、エアコンを動かしてるんだ。でも、その石も一定期間ひきつけると、段々効果が無くなって来る。だから、無駄使いは出来ないんだ。石に限りがあるから。」

その石って資源なんだ…。

咲希はそれを聞いてそう思った。シュレーが、突き当たりの戸の前で言った。

「さあ、おしゃべりはそれぐらいにしろ。着いた、ここが司令室だ。」

その扉は、左右にすっと開いた。すると、中で若い男が立ち上がって頭を下げた。

「シュレー将軍。お待ちしておりました。私は冬季責任者のセイヤです。どうぞ、さっそく王都から連絡が来ております。」

シュレーは、頷いて歩み寄ると、モニターを見た。セイヤは、残りの六人を見た。

「大変なことになりましたね。こちらでもあの異常のせいで、無線の通信は皆ダメになりました。」

克樹が、頷いた。

「どこでもそうです。せっかく封じたのに、それが揺らいでいるから…。」

すると、何かを読んでいたシュレーが振り返った。

「来たばかりだが、サキ、オレと一緒にパワーベルトを封じ直しに行ってくれ。」

皆が驚いてシュレーを見た。

「ええ?!封印が解けたのか?!」

克樹が叫ぶと、シュレーは首を振った。

「いいや。陛下からの命令だ。まだ時間が掛かりそうなら、もう一度封じてくれと。波動の乱れは刻一刻と激しくなって来ているらしい。古代語の翻訳が終わるまでまだ掛かるだろう。封じ直す方がいい。」と、ショーンとラーキス、克樹を見た。「お前達は、ここで翻訳が終わって全容が分かるまで待機だ。ショーン、その後、先に遺跡へ戻って克樹と共に地下通路へ入れないか試してくれ。克樹にパワーベルトのデータを取らせて、ここへ戻って来てすぐに首都へ送らせるんだ。」

ラーキスが、言った。

「ならばオレが乗せて行く。咲希をあの時乗せていたのはオレだから、術の際の衝撃も知っておる。」

シュレーは、首を振った。

「ダメだ。ラーキスは唯一あの床石の文字が読めたんだ。もしかしたら、ラーキスしかあの先へ行けないかもしれない。可能性を考えても、ラーキスは遺跡の方へ行くべきだ。」

ラーキスは、それを聞いて黙った。シュレーは、咲希の手を取った。

「サキ、急ごう。このままではパワーベルトがどうなるか分からない。封じられるのは、君の力しかないんだ。」

咲希は、しっかりと一つ、頷いた。私しかいないんだから、やるしかない。

「サキ…。」

ラーキスが、心配そうに言う。咲希は、わざと微笑んで見せた。

「大丈夫よ、ラーキス!私、間違いなく封じて来るわ。」

リリアナが、黙ってそれを見ている。

ショーンは、それを真剣な顔で見つめていた。

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