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暴走

克樹に促されるまま最初に来た時に入った、あのコンピュータがたくさんある部屋へと駆け込んだマーキスと咲希は、既にそこへ来てモニターを睨んでいるショーンやシュレー、ハンツを見た。アトラスも、じっと黙ってモニターを睨んでいる。リリアナは、クマを抱いたままじっとそれを離れた後ろから見ている。咲希は、少しためらったがリリアナに話し掛けた。

「リリアナ?封印が揺らいでいるの?」

リリアナは、特に気にする様子もなく答えた。

「ええ。静かだったのに、急に中から何かが突き上げて来るような波動が始まったの。何とか持ちこたえているけれど、時間の問題ね。」

咲希は、気遣わしげにずらりと並ぶモニターを見た。数字ばかりのもの、黒いバックに緑の線で何かの図のようなものが書かれたもの、それに今のパワーベルトの状態を遠くから見た映像など様々なものが映し出されている。他は見ても分からなかったので、咲希は映像を凝視した。何か分かるかと思ったのだ…しかし、何も見えなかった。

「封印が破られたらどうなるんだ?!」ショーンがイライラと言った。「パワーベルトが爆発的に大陸に広がるのか?」

ハンツが、首を振った。

「わかりません。わからないから怖いのです。これが消えてなくなるのか、それとも広がって全てを飲み込むのか、予測が付きません。何しろ、今までこんなことがあったことがないのですから!」

シュレーが、ハンツに言った。

「あの障壁の分析は?ここの技術で破れそうなのか。」

ハンツは、それには頷いた。

「出来るかもしれません。あれは空間を包んでいる膜に良く似ている。我々が開発した異世界へ飛ぶ装置は、その膜に光線で道を作ってあちらへ人や物を通すのです。つまりはその障壁に光線を当てて道を作って、通れば良いのですから。でも…」ハンツは、モニターの中でも数字の並んでいる物を見た。「今は無理です。パワーベルトの力の波動の乱れのせいで、その光線が形作られないのです。こちらの波動が乱されてしまう。」

珍しくシュレーがイライラしたように言った。

「くそ!ここも無駄足か!」と、克樹を見た。「大学はどうだ?あの古代語の分析は?」

克樹は、首を振った。

「出来次第腕輪に送ってくれるように言ったけど、まだ来ない。」

ショーンが言った。

「無理だ!有線の回線以外は今はパワーベルトの異常のせいで乱されちまって届かないんだよ!」

克樹は、驚いたようにシュレーを見た。シュレーは頷いた。

「封印が揺らぎ始めてすぐに無線は一切使えなくなった。大学へ連絡しよう。ここへ送ってもらうんだ。ここには王都から直通のケーブルが伸びているから、受け取れる。途中でもいい、とにかく、早くパワーベルトの側まで行って調べないと!」

克樹は、頷いて慌てて側のコンピュータへと向き直った。稲妻が発生した時には、ここまで酷くなることはなかった…本当に危ないのだ。

「封印が破れそうなのに、パワーベルトに近付いて大丈夫なの?」咲希が言った。「シュレー、何が起こるか分からないのよ。」

シュレーは、咲希を振り返った。

「分かっている。だが、誰かがやらねば全滅するかもしれないんだ。障壁の向こうへの行き方が分かれば、オレは行く。少しでも多くのデータを一刻も早く集めないことには、対策を取れない。」

アトラスが言った。

「主らには気取れぬのかもしれぬが、あのパワーベルトは大変な「気」の強さだぞ。触れたら一瞬にして木っ端微塵になるだろう。それでも行くのか。」

シュレーは、アトラスを見た。

「グーラに気が見えることは知っている。それでも行く。放って置いたら、どのみち世界が木っ端微塵になるのだからな。」

ラーキスが、進み出て言った。

「主の言う通りよ、シュレー。ならばオレも行こう。里の民達を守らねばならぬ。あそこには父も母も妹も居るゆえ。」

「私も行くわ!」びっくりして振り返ると、美穂が叫んでいた。「どうせこのままじゃみんな死ぬんでしょう。」

シュレーが言った。

「ミホ、君は来ても危ない思いをするだけだ。戦いに慣れていないし、これは普通の任務ではない。今回はやめた方がいい。」

だが、美穂は首を振った。

「自分も巻き込まれることなのに、じっと待ってなんか居られないわ。」

すると、克樹が顔を上げた。

「来た!」と、画面をシュレーの方へ向ける。「来たよシュレー!途中までだけど、解読出来た所まで!」

皆が、一斉にそのモニターに寄った。そこには、克樹が送った原文の全文と、横に途中までの訳がついていた。

『ここに、世界を封じ、これより時が満ちるまで行き来することを禁じるものとする。ここを通れるのは以下の者のみ。一、確固たる意思を持ち、その力の一旦を継ぐ者。一、使命を与えし我が子。一、我が記したこれを全て読むことが出来、以下に記した物を持つ者。力の…』

そこで、訳は途切れていた。シュレーは顔をしかめた。肝心の所がまだか。

「ラーキスには権利があるな。」シュレーが言った。「これを読むことが出来た。文字を解さなかっただけだ。」

ラーキスが言った。

「だが、肝心の箇所が途切れておる。何を持って行く必要があるのだ?」

ショーンが、食い入るようにモニターを見ている。克樹は、その形相に怖くなった。

「シ、ショーン?どうしたんだ?」

ショーンは、ハッと我に返ったような顔をした。

「いや。ラーキスだけじゃねぇ。ようはこれを読めさえすればいいってことだ。違うか?」

シュレーが、考え込むような顔をして、頷いた。

「確かにそうだな。以下に記した物を持つってことは、それが読めなきゃ無理なんだからな。何か特殊な物か?」

ショーンは、少し考え込んだ。じっとモニターを睨んでいる…そして、言った。

「オレには、少し古代語が分かる。全部と言われちゃ無理なんだが、ここまで読めりゃ、何とかならあ。この先には、色を示す古代語がある。これだ。」ショーンは、一個の象形文字のようなものを指差した。「その後のこれは『石』。つまり力の、この色の、石ってことだ。」

「色が分からんとどうにもならん。」シュレーが言った。「どこにあるのだ。」

ショーンは、肩をすくめた。

「どうも場所はその後に書いてあるようだぞ?オレにはちんぷんかんぷんだ。」

シュレーは大きなため息をついた。

「また振り出しか。どうにもならん…先に再びパワーベルトを封印した方が早そうだ。」

ショーンは、シュレーに真面目な顔で向き直った。

「シュレー。ここで待っていても始まらねぇ。ルクシエムへ戻ろう。あそこなら、王立の工場あるからケーブルが繋がっている。ここで分かっても、ルシール遺跡まで丸一日掛かるんだぞ。ルクシエムからならすぐだ。」

シュレーは皆を見回した。皆、そうするべきだと思っているようだ。シュレーは、頷いた。

「よし。すぐにルクシエムへ。克樹、すぐに大学へ連絡を。これからはルクシエムへ送れと。終わった箇所からどんどん送れと伝えてくれ。」

克樹は、頷いてすぐにキーを打ち始めた。ラーキスは、咲希を見た。

「サキ、危険なことになる。主はここに居た方が良い。また同じ目にあるやもしれぬから。」

しかし、咲希は首を振った。

「行くわ。封印をし直す必要があったら、きっと私が居た方がいいんでしょう。どうしてか知らないけれど、ああいう力はあるようだし。」

ラーキスは、それでも首を振った。

「ならぬ。これ以上怖い思いをする必要などないのだ。」

美穂が、進み出て言った。

「そうよ咲希、心配しないで。私が代わりに行くわ。私なら、少々のことは平気だもの。」

ラーキスは少し眉を寄せたが、黙っている。咲希は、どうしても付いて行きたかった。それがどうしてかと言われても分からないが、なぜかラーキスと一緒に行きたかったのだ。

それでもどう言えばいいのか分からずに困っていると、シュレーが言った。

「サキには来てもらう。あの封印が解けそうになっている以上、何が起こるか分からないんだ。またサキに封じてもらわねばならなくなる可能性は高い。ショーンですら出来なかったんだからな。こっちに留められている以上、サキにとってもこれは他人事ではないのだ。」

咲希は、ホッとしてラーキスを見た。ラーキスは、渋々頷いた。

「ならばサキはオレの背に。せめて近くで守ろうぞ。」

美穂が、言った。

「咲希、だったら私と一緒に乗ろう?」

すると、シュレーが首を振った。

「今回の旅には、君は連れて行けない。グーラに乗れる人数は決まっている。」

美穂は、シュレーを見た。

「でも、連れて行ってくれると言ったでしょう?咲希が行くのに、どうして私はダメなの?」

シュレーは、さっさと上着を羽織りながら答えた。

「君の魔法を見せてもらったが、確かにそこそこ戦えるものの、あれぐらいの力ならその辺りのパーティにも大勢居る。連れて行かずとも、困った時にはあちらでも調達可能なレベルの人材だ。だが、咲希の力は術士のショーンをも遥かに上回るもの。なので無理をしてでも連れて行く価値があるのだ。今回はここで待っていてくれ。」

そう言い終えると、シュレーは美穂の反論も聞かずに慌しく大股でその部屋を出る。ラーキスもアトラスも、それを見て後に続いた。克樹も出ようとしたが、咲希がおろおろとしているのを見て、振り返った。

「咲希、行くぞ。急がないと。」

咲希は、克樹を見て、また美穂を見た。

「ええ。あの…美穂?すぐに帰るわ。きっと、すぐに収まるから。そうしたら、皆に合流出来るわ。」

美穂は、咲希と目を合わせようとしない。咲希は、更に話しかけようとしたが、克樹に引っ張られた。

「さあ!遅れたら命取りになるんだぞ!」

それを聞いた咲希は、仕方なく克樹についてそこを出て行ったのだった。

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