いろんな想い
咲希は、庭へ出て一人空を見上げていた。
昨日も見た、星空。だが、ここはとても綺麗に整備された庭で、昨日居たあの荒れ果てた遺跡のある、雪の降り積もった厳しい土地ではなかった。
昨日は、ここへ来ることさえ出来れば、帰れるものだと思っていた。だが、現実はそんなに甘くはなかった。パワーベルトの異常…。いったい、あれは何が原因で起こっているのだろう。あれのせいでこの世界がどうにかなってしまったら、自分も美穂も、そしてラーキスもアトラスも克樹もシュレーも、みんな巻き込まれて消えてなくなってしまうのだろうか。
咲希は、言い知れぬ不安を感じていた。どうにかして、この世界の平穏を取り戻したい。帰りたいのもある。だが、克樹やラーキス達が、ここに住んでいるのだ。ここが無くなって、みんなが居なくなるなんて、考えるだけでも辛かった。
咲希はもう、自分だけが助かる気持ちには、到底なれなかったのだ。
すると、そこへ声が降って来た。
「サキ?今日も野宿か?」
咲希が振り返ると、ラーキスがそこに立っていた。咲希は、ラーキスに微笑みかけた。
「いいえ。ごめんなさいね、昨日は。でも、昨日はとってもよく眠れたのよ。ラーキスが、ちょうどいい暖かさだったんだもの。」
ラーキスは、笑った。
「人肌がいいと言うものな。あれで主が元気になるというのなら、オレはまたここでグーラの姿で眠っても良いぞ?」
咲希は、ふっと息をつくと、首を振った。
「ラーキス…そこまで甘えられないわ。考えたら、私ラーキスに助けてもらってばかりだったもの。本当言うと。帰れないと分かった時、とってもショックだったの。でもね、今は思う。この世界がパワーベルトのせいで危ないというのなら、私も手助けしたいって…だって、ここがなくなったら、ラーキスだって克樹だって居なくなってしまうでしょう?私、そんなの耐えられないの。せっかくお友達になったのに。」
ラーキスは、少し驚いたような顔をしたが、頷いた。
「主がそういうのなら…助けてもらえると心強いの。だが、無理はせぬ方が良い。あの、主の友であるミホであるが、あれも我らの旅について参ると言うておった。」
咲希は、驚いた。美穂も?
「美穂は…魔法が使えるの?」
ラーキスは、頷いた。
「何でも、ここへ来て帰れないと分かった時から、かなりの鍛錬をしたらしいぞ。あれは、かなり、その…積極的な性格のようであるの。」
咲希は、ラーキスが言葉を選んだのを見て、苦笑した。確かに美穂はこうと決めたら強引なところがある。きっと、シュレーにも無理に頼み込んだのだろう。咲希は、笑った。
「美穂が行くのに、私が行かないなんてないわね。ねぇラーキス、私も、強くなるわ。ここへ来てから、私僅かな間に、結構強くなったような気がするの。きっと、役に立つわ。」
ラーキスは、咲希に並んで、微笑みかけた。
「主は役に立つぞ。あの封印をしたのは、主の力なのだからな。その力があれば、きっと何でも乗り越えて参れるだろう。」
咲希は、ラーキスに微笑み返して口を開きかけた。すると、向こうから大きな声が聴こえた。
「ラーキス!ねえ、まだみんなここに居るのよ?中へ来ない?」
美穂の声だ。ラーキスは、背を向けたまま小さくため息を付いた。しかし、振り返った。
「少し、涼んでおるのだ。そこは皆の熱気で暑いではないか。」
しかし、美穂は走って出て来て、ラーキスに腕を組んだ。
「そんなこと言わないの。せっかくじゃない。」そして、咲希に気付いた。「あら、咲希。ご両親との話は、もう終わった?」
咲希は、頷いた。
「ええ。きちんと話して来たわ。」
美穂は、頷いた。
「そう。じゃ、あなたも中へ来なさいよ。」と、ラーキスの腕を組んだまま、引っ張った。「ラーキス、さ、行きましょう。」
ラーキスが、少し眉を寄せたのを見た咲希は、慌てて美穂に言った。
「美穂!ラーキスは、騒がしいのがあまり好きではないのよ。あの、ゆっくり戻るから。」
美穂が咲希の方を見た隙に、ラーキスは美穂から腕を抜いて放した。美穂は、それを知って腰に両手を当てると、拗ねるように頬を膨らませた。
「せっかくなのに。わかったわ。でも、あなたは来てね、咲希。」
咲希は、頷いた。
「ええ。行くわ。」
美穂は、来た時と同じ速さで戻って行った。ラーキスは、ふっと肩の力を抜いて、咲希を見た。
「助かったわ。オレは、あまり人に触れられるのを好まぬのだ。なのにミホは、ああしてあっちこっち平気で触るので、段々に面倒になってしもうて。」
咲希は、目を丸くした。
「え、そうなの?知らなかった。ごめんね、じゃあ私も触りまくっているわ。背中に乗ってる時は暖かいからくっついてるし、昨夜だって翼と胴体の間に挟まって寝てたもの。」
ラーキスは、少し驚いたように眉を上げたが、首をかしげた。
「そういえばそうよ。だが、主は良い。なぜだが主から発しられる気が心地よい。癒されるような。」と、ますます首をかしげる。「…どうして心地よいのかの。」
咲希も、それには首をかしげるしかなかった。
「分からないわ。だって、私にはその「気」っていうのが、はっきり感じ取れてないんだもの。」
「咲希ー!早く!」
美穂の声が呼ぶ。咲希は、苦笑してラーキスに言った。
「行くわ。美穂は拗ねると大変なの。」
ラーキスは、咲希に並んだ。
「ならば、オレも。気は進まぬがの。」
そうして、二人は皆が待つ部屋へと戻ったのだった。
ひとあたり皆と話して、美穂がようやく満足して来た頃、さすがに強行軍に疲れていた皆は次々と席を立って割り当てられた部屋へと向かった。怜樹まで加わって楽しく話した咲希は、ふと、思い出して、皆が去った部屋から出ようとして美穂を振り返った。
「そういえば、渡さんは?ハンツさん意外ここに来てると言ってたのに、顔を見なかったわ。」
すると、楽しげだった美穂の顔がみるみる曇った。咲希は、ただならぬ様子に思わず退いた。すると美穂は、咲希の顔を見ずに言った。
「…あんなやつ、知らないわ。」
咲希は、慌てて言った。
「あんなやつって…渡さんも、好きで私達を事故に巻き込んだ訳じゃないわ。」
美穂は、首を振った。
「そうじゃないの。私だって無理を言って連れて行かせた責任があると分かっているわ。そうじゃなくて、あいつはあっちに帰ってるのよ。」
咲希は、唖然とした。帰ってるって?
「え…だって、帰れないんでしょ?ハンツさんは、今は男も女も関係なく送れないと言っていたわ。」
美穂は、咲希を見た。
「私達がこっちに来た時、まだ装置はかろうじて動いていたの。ハンツさんは、まだ見つかってない咲希は仕方がないけど、とにかく私をあちらへと言って装置に乗るように言った。もちろん不具合はまだ直っていないし、失敗する可能性はあったけど、無事に来たのだから力を集約して今ある全てを掛ければ、私1人くらいは帰せるだろうって。」
咲希は、その事実に驚いたが、とにかく頷いた。美穂は先を続けた。
「そうして…私は装置に乗ったわ。残して行くあいつと咲希は気になったけれど、帰らなきゃこの事故が公になるかもと思ったから。あの時の私は、まだあいつの研究が駄目になることを阻止したいと思っていたの。」
咲希は、言った。
「でも…失敗したのね?」
美穂は、大きく首を振った。
「いいえ!成功したわ!あの機械が作動した時、あいつは私を突き飛ばして自分が台へ乗ったのよ。一瞬だった…あいつは、あっちへ帰ったのよ。」
咲希は、呆気に取られた。彼女を突き飛ばして、自分が助かろうとしたの?!
「そんな…それで、渡さんは?」
美穂は、横を向いた。
「無事に戻った後、怒ったハンツさんが問い詰めるのに、こう言ったの…『自分が戻って、こっちとそっちで対応した方が、美穂だけでなく咲希さんも帰せるだろう』って。私はその時、何が起こったのかわからなくて、呆然と座り込んでいたから、何も言えなかった。でも、あっちのマサルっていう教授が言うには、それからすぐに寮に帰って、研究所には来なかったらしいわ。次の日には大学をやめて故郷に帰ろうとしたらしいんだけど、これはトップシークレットでしょう。役人に連れて行かれたと聞いた。それからは、どうしているのか知らないわ。」
咲希は、呆然と美穂を見た。僅な間に、そんなことが起こっていたなんて。美穂は、それさえを乗り越えたんだ。あの世界へ、帰れないかもしれない孤独の他に…。
咲希が言葉を失っているのを見て、美穂は表情を崩した。
「やあね、そんな顔しないで。私、とっくに吹っ切ったのよ?だから魔法も練習したし、この世界で生きて行けるように必死に勉強したわ。たくさん本も読んだの…他にやることないしね。」
咲希は、感心して頷いた。
「すごいわ、美穂。私、そんな風に出来ない。でも、これからは美穂を見習ってがんばるよ。一緒にがんばろう。」
美穂は、笑った。
「うん。がんばろうね、咲希!それに…」と、声を潜めた。「美穂が連れてきた人達、みんなスッゴいイケメンじゃない。特にラーキスと、アトラス。一瞬であんな無責任男のことなんて頭から吹き飛んじゃったわ。これから一緒に旅をするんだもの、可能性あるかな。」
咲希は、驚いてしどろもどろになって言った。
「え、可能性って…?」
「か・れ・し。」美穂は、嬉しげに笑った。「見てて、きっと付き合ってみせるから!」
美穂は、また楽しげに歩き出す。咲希は、それを追いながら、なぜか騒ぐ胸を鎮めるのに苦労したのだった。




