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アラクリカ

「サキ。」

アトラスの声がする。

咲希は、ハッと目を覚ました。空はもう、薄っすらと白んで来ている…目の前では、アトラスがもう、すっかり片付けも済んだような状態で、咲希を揺すぶっていた。隣りでは、克樹が眠そうな目をこすりながら寝袋をたたんでいる。咲希も、慌てて起き上がった。

「まあ。すっかり寝入ってしまっていたわ!」

そんな自分に驚きながら、結界が健在か慌てて頭上を見上げる。アトラスは、それを察して苦笑した。

「案じずでも主は寝ておっても術を維持してくれておったので、虫すら入って来ることはなかった。だが、そろそろ出発しても良いのではないかと思うて。」

咲希は、頷いて急いで寝袋から出ると、寝袋を巻きながら言った。

「また危機感がないと叱られてしまうわね。アーティアスが居なくて良かった。」

克樹は、寝袋を小さくして腰のバックへと収めて言った。

「オレもだ。この結界があると、なんだかすごく安心感があって、つい熟睡してしまったよ。アトラスが起こしてくれなかったら、きっとまだ寝てたんじゃないかな。しっかりしないと。」

そう言って、表情を引き締める。咲希も、反省して同じように寝袋を仕舞いながら頷いた。

「この世界がこのままでは大変なことになってしまうのだから。命の気の流れを正すために、何としても古代の術が何なのか調べないとね。」

アトラスが、二人を見て微笑んだ。

「そうして己から思ってくれたら助かるものよ。オレも、アーティアスにオレがしっかりしろと言われておったので、主らが旅慣れぬことは分かっておったしいろいろと考えておったのだが、何しろ知らぬことばかりでな。共に考えてくれたら助かる。」

咲希は、アトラスを見上げて言った。

「頼りなくてごめんなさいね。でも、一生懸命考えるから。それで、今日は中へ入って図書館でも巡ってみる?」

克樹が、首を傾げる。

「図書館にあるかな。隠したい書物なんだろう。特に、女神信仰の中心地のここじゃ。」

アトラスは、カバンをゴソゴソと探りながら言った。

「それでも本は図書館であろう。隠したいなら、そのどこかにある可能性があるし、最初は行って見ても良いかもしれぬぞ。」と、咲希と克樹の二人に大きくしたパンを放って寄越した。「さあ、食べながら行こうぞ。明るくなってしまうと、シャデル王が言っておった場所を破ることが出来ぬから。先に見て参って、場所は知っておる。行くぞ。」

アトラスがさっさとそんなことまでしていたのに、自分達は寝ていたのかと思うと不甲斐なさに申し訳ない思いだったが、咲希と克樹は顔を見合わせて、パンにかぶりつきながらアトラスについて速足に歩いて行った。


アトラスが迷いなく真っ直ぐに向かったのは、大きな木々が壁の向こうに見えている場所だった。

長い壁のどこ辺りが墓地なのか、これがなければきっと分からなかっただろう。シャデルに聞いて知っていたアトラスは、先に探し出してここへ下見に来ていたのだ。

アトラスは、そこの下にあるレンガを掴むと、一つ一つ避け始めた。克樹が、それを見て急いで駆け寄ってアトラスを手伝った。

「よくここが分かったよね。結構大きな壁なのに。」

アトラスは、頷きながら作業を続けた。

「シャデル王が言うておったであろう、漆喰で塗り固めてあると。ここだけ新しい白い漆喰であったので、すぐに分かったのだ。それで、ここへ主らを連れて来てすぐに中へ入れるように、その漆喰を取り除いて置いた。確かにこの先に狭い穴が続いておった。」

克樹が、驚いてアトラスを見た。

「え、もう中も調べたのか?」

アトラスはまた頷いた。

「こんな夜明けギリギリに来て、立ち往生してしもうたらまた夜まで待たねばならなくなろうが。オレは少し寝たら回復する体だし、なので調べておいたのだ。」と、崩して置いたところのレンガを取り除き終わって、ポンポンと手の汚れを叩いた。「さ、では参ろうか。」

どこまでも意識が違う自分に、克樹が落ち込んで暗くなっている。咲希は、そんな克樹の背を優しく押した。

「さあ、明るくならない間に。」

アトラスが、槍を出して大きくすると、側の木の枝を大きく斬って、下へと落とした。そして、それを手にして言った。

「先に参れ。これでここをカムフラージュしておく。まあ、一時的なものだが。」

咲希は、克樹を押して中へと進ませると、自分も後を追って中へと入った。


そこは、本当に人が一人何とか這いつくばった状態で進める大きさのトンネルだった。先に行く克樹の靴の裏が見える。克樹の声が、前から言った。

「全然前が見えないな。咲希、光の魔法持ってる?」

咲希は、頷いて手を開いた。

「ええ。ちょっと待ってね、杖無しだから私の手を光らせないと。」

咲希は、左手を光らせて、前へと差し出すようにして狭い穴の中を照らした。そうなると右手と足だけで前へと進むので、結構不自由だ。

やっと最後尾のアトラスが中へと入って来れたようで、背後から声がした。

「サキ、手よりどこでも光らせられるなら、額にすればどうか?後ろから見ておったら主、辛そうであるぞ。」

サキは、確かに、と思い立って、手の光を消した。途端に、また真っ暗になる。

「え、咲希?大丈夫か?」

先に行っている克樹が慌てたような声で言った。咲希は努めて明るく声で答えた。

「大丈夫。手だと面倒だから、額…いえ、髪。私髪が長いから、髪を光らせるわ。」

途端に、ぱあっと穴の中が光り輝いた。咲希の髪は今、金髪でとても長かったが、それが全部光っているのだ。

後ろのアトラスが言った。

「髪を後ろで束ねておるから後ろも明るくて良いな。」

咲希は、振り返れない狭さなので、そのまま前を見ながら頷いた。

「なんでも臨機応変に考えなきゃならないのね。使える魔法は、全部使わなきゃ。」

そのまま、黙々とどこまで続くのか分からないトンネルを抜けて行くと、先頭の克樹の足が止まった。急だったので、咲希はその靴の裏で額を打った。

「いたっ、止まるなら止まるって言ってよ。」

克樹の声が言った。

「ごめん、その、もう着いたみたいだ。」

アトラスの声が最後尾から言った。

「着いたのなら、早う降りろとカツキに言え、サキ。」

咲希は頷いて、言った。

「アトラスが早く降りろって。こっちもつっかえてるんだから、出てくれないと苦しいじゃないの。」

しかし、克樹の足は進まない。

「いや…これ、はっきり見えないんだけど、咲希、もっと光を大きく出来る?」

咲希は、顔をしかめた。

「え?出来ないこともないけど…」

すると、咲希の足元が、トントンと叩かれた。何事かと思わず黙った咲希だったが、アトラスを振り返ることが出来ないので、表情を伺うことは出来ない。だが、アトラスは、克樹には聴こえないだろうに小さめの声で言った。

「サキ、明かりを消せ。苦しくて魔法が途切れたと言え。克樹を、何としてもそこから出さねばならぬ。言わなかったがここはこうして詰まっておったら空気が足りなくなるぞ。主も息がしづらくなろうが。」

咲希は、確かに息苦しくなって来ていたので、遅々として進まない克樹に、アトラスの言う通りにしようと、魔法を消した。

すると、克樹の声が怯えたように言った。

「咲希?!どうしたんだよ、灯りは?!」

咲希は、わざと弱々しく言った。

「ごめん…なんか息苦しくて…。魔法、途切れちゃった。もうダメ…早くここから出して…。」

ちょっとわざとらしいかと思ったが、克樹の声は慌てて言った。

「咲希!すぐに引っ張り出してやるから、待ってろよ!」

克樹の靴底が、見る間に目の前から消えて行った。咲希は、急いでそれを追って穴を進んで行く。すると、向こう側から手を突っ込んでいたらしい克樹の腕が、がっしりと咲希を掴んで、一気に引きずり出されて行った。

「きゃあ!」

その引っ張られる勢いで、咲希は勢いよくそこから飛んで出て克樹にぶつかる。克樹はその勢いで、後ろへひっくり返って何かの台の上から落ちて尻餅をついた。

「痛っあ…いや、咲希、大丈夫か?!」

克樹の声がする。咲希は、何やら干物のような生理的に嫌悪感を持つ匂いに顔をしかめながら、真っ暗な中その辺りに顔があるだろう場所に当たりをつけて、見上げた。

「ええ、私は大丈夫…」

パッと急に視界が開けた。

アトラスが、一段高い場所にある穴から出て来てランタンのようなものを手にこちらを見ているのが見える。

その光に照らされて克樹の無事な顔を見てホッとした咲希だったが、その克樹の表情は、恐怖に引きつっていた。

「どうしたの、克樹?」

咲希は身を起こして立ち上がると、克樹を立たせようと手を差し出す。アトラスが、困ったような顔をしながら、段から降りて来て、克樹にランタンを翳した。

「大丈夫よ、克樹。誰も襲って来はせぬから。皆死んでおるのだし。」

ええ?!

と心の中で叫び声を上げた咲希は、急いで回りを見回した。

ランタンに照らされた辺りだけでも、綺麗に並んだ台の上には、また綺麗に並べられた遺体が並んでいたのだ。

咲希は、絶叫しそうになって、ぐっとそれを飲み込んだ。ここは、敵地。侵入者である自分が、ここで叫んで良い事などない。

アトラスは、はーっとため息をついて、しゃがみ込んで克樹を見た。

「主を先に行かせて大丈夫かと思うたが、やはりな。昔からこんなものが苦手であるな、ほんにもう。」

克樹は、震える声で言った。

「アトラス、知ってたのか…なのに、こんな場所へ出るって、言わなかったんだな。」

アトラスは、肩をすくめた。

「言えば主は絶対に来ないと駄々をこねただろうと思うてな。オレは先に来ておるのだ。なるべくこんなものに遭遇せぬ通路を探しておいたゆえ、案ずるでない。出る場所ばかりは、オレにもどうしようもないからの。」

咲希は、自分もかなり怖かったが、それでも何とか平静を保ちながら、克樹の肩を持った。

「さあ、とにかくここから出ましょう。ここにずっと居たいわけじゃないでしょう?」

克樹は、ぶんぶんと首を振って、急いで立ち上がった。アトラスは、それを見ながら苦笑して先に歩いた。

「さあ、こちらぞ。ここからはもう、こんなものを見ずに済むゆえ。」

克樹は、よろよろと咲希に捕まりながらそれに続いた。

「…父さんだって勇敢だけどこんなのは駄目だったんだよ…遺伝なんだよ…オレ、オカルトとスプラッターは駄目だって…。」

ブツブツとつぶやくように言う克樹に、咲希はなだめるように言った。

「大丈夫、誰だって嫌だから。怖いものは怖いのよ。アトラスはグーラだからよ。気にしちゃだめ。」

そうして、三人は夜明けのアラクリカの街へと入ったのだった。

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