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メニッツ

上空では、シャデルが二つの月を見上げて浮いていた。

皆を思念を読むと、アラクリカ組はヒヤッとさせられたが無事に西の森に辿り着き、咲希が放ったであろう古代の力を感じる術の結界を敷き、その中へ入ったようだ。

この中はシャデルでも探ることは出来なかったが、それでもそこから出てくれば分かるので、ホッと胸を撫で下ろした。

メニッツ組の方は強い命の気の圧力の中、たどり着いた直後は乱れたラーキスの気も、無事に自分で調節をしたようで落ち着き、交代で見張りに立ちながら、休んでいるのが分かっていた。

二組とも動きが無くなったので、こうしてかなり高い位置の空に、ただ一人浮いて、思索にふけっていたのだ。

思えば、自分が治めたこの土地を、これほどに穏やかに眺めたことがあっただろうか。

いつも、侵攻して来るディンメルク軍のことを警戒し、民を憂い、ほとんど眠る時間など無く生きて来た。

なので、ここで浮いたまま眠ることも出来たシャデルだったが、特に睡眠を必要としているわけでもなかったので、寝るのはやめてただそこで、皆の気を読み、命の気の流れを読み、かつて治めた地の空を感じていた。

《シャデル様の…御許に…》

シャデルは、ハッと下を向いた。

肉眼では見えない。だが、気を探るとまるで実際に見ているように見ることが出来た。今、自分の名を心に何度も唱えながら、過ぎて行く意識を感じた…。

そこには、60代ぐらいの歳でありながら、屈強な体を保ち、尚も人望も厚い、ギードが部下数人と共に船でクーランへと向かっているのが見て取れた。シャデルは、急いでギードの意識に語り掛けた。

《ギード、我は空ぞ。》

ギードとその回りの部下が、不意に空を向いた。今、確かに王の声が。

「…王?今、空に居られると?」

シャデルは、答えた。

《気を正すための術を発動させるには、どうしても古代から呪いのように掛かっている術を解かねばならぬのだ。それを調べるため、今我の仲間はアラクリカとメニッツへ、古い書物を探して潜入しようとしておる。我は上空からこれらを監視しておるが、しかしメニッツだけは主の力が要るだろうと、主が我を探してこちらへ参るのを待っておった。》

ギードは、頷いて側の部下に合図した。部下は、船を反転させようと術を変えて呪文を唱え始めている。ギードは、空に向かって言った。

「ならば早急にそれらの力添えを。王よ、ただ今首都は大変な混乱に民は路頭に迷っておりまする。バークが実質王座に就いておるようなもので、将軍達は恐れてあやつの言うことを遠巻きに聞いておるばかり。私の部隊の200名ほどしか、信頼して動かせる者が居らぬ状況です。下位の兵士達は上から来る命令に従うばかりで何も知りませぬ。私が命じれば聞くでしょうが、それでも信頼することは出来ませぬ。」

シャデルは、顔をゆがめた。それは、上から見ていてなんとなく感じていた。遠い場所ではあっても、負の念は長く尾を引いて流れ、気取ることが出来るのだ。シャデルは、苦し気に答えた。

《今はどうにもしてやれぬ。バークがアルトライを持っておる。それを発動するのを阻止して且つ取り返すまで、そして我らが気の流れを正すまで、待ってもらうよりない。世界が先ぞ。生活のことは、それから立て直せるよう我も考えようぞ。今は、この世界自体が危ういことになっておる。何としても早急に術を解いて、気の流れを正さねば。》

上空からも、船が反転してアラクリカの方向へと川を下るのを感じた。ギードが、言った。

「我ら、命に代えましても王がそれを成し遂げ、再びお戻りになるのをお助け致しまする。して、私はどこへ参れば良いのでしょうか。」

シャデルは、頷いた。

《ラーキスというアンバートと、アーティアス、クラウスが今、メニッツの西南西の森に潜んで待っておる。主は、それらを、なんなりと理由を付けてメニッツへ連れて入れ。何か古くからの術や、遺跡など調べさせれば何か手がかりが見えて来るやもしれぬから。詳しいことは、あれらが承知しておるゆえ、聞くが良い。我が誘導しようぞ。》

ギードは、見えないシャデルに、頭を下げた。

「は、王よ。では、河の中ほどで降り、メニッツへ向かいまする。明け方には到着するかと。」

シャデルの声は、満足げに答えた。

《主は頼りになるの。早うこれを終え、ゆっくりと語り合いたいものよ。》

ギードは、薄っすらと涙ぐんだように見える瞳を上げて、見えないシャデルを探そうとするように、空へと視線を動かした。

「我の方こそ。では、今はこれまで。」

ギードは、そう言うと、回りの部下に何やら指示を始めた。シャデルは、ギードに連絡がついたことを知らせねばと、今度は意識を、メニッツの脇に潜んでいる三人へと向ける。

…今の見張りは、ラーキスか。

シャデルは、ラーキスに向かって念を送った。


ラーキスは、西の方角の空を眺めていた。

咲希は、アトラスと克樹と共に、もうアラクリカ付近に着いたのだろうか。

ラーキスは、この数週間に起こったことを、反芻していた。

咲希は、本当に普通の女だった。

咲希をダッカの近くで初めて見つけた時には、大きなカバンを抱え、途方に暮れているようだった。たった一人でそこに置いておくのも不憫で、その容姿が母に似てることもあり、放っておけずに声を掛けた。

思いもかけずそんな咲希と一緒に旅をすることになり、慣れない様子に世話をやいているうちに、どんどんと側を離れたくない心持ちになって行く自分に戸惑った。怖がりで、しかし変な所で勇敢で、それでもどこか夢見るような咲希。

本当にか弱い、普通のヒトだと思っていたのに、彼女は大きな力を秘めた古代の魂の生まれ変わりだった。だが、そんなことは関係なかった。全て、咲希そのものが慕わしいと思うようになっていたラーキスは、姿が変わろうと、考えが変わろうと、想いを変えることは無かった。

…咲希は、この旅が終わったら元の世界へ帰るのだろうか。

ラーキスは、二つの月を見上げて、そう思っていた。あれだけ帰りたいと言っていたのだ。

魔物である自分は、咲希の世界にはついて行くことは出来ないだろう。咲希が帰るのなら、もう会えなくなる可能性がある。ならば咲希と共に居ることが出来るのは、この旅が終わるまでの事なのだろうか。

ラーキスは不安になったが、それでも咲希が選んだのなら、笑って送り出してやろうと思っていた。元々、相容れないはずの二つの世界を挟んで、自分達は出会ったのだ。それが、束の間であったとしても、出会えたことだけでも幸運だったのだと考えねばならぬ。

ラーキスがそう思って息をついていると、シャデルの声が降って来た。

《…ギードと、連絡がついた。》

ラーキスは、驚いて空の、どこの辺りか分からない場所へと視線を彷徨わせた。シャデルは、思念を読むと言っていたが、自分の今の考えも聞こえていたのだろうか。

ラーキスは戸惑ったが、それでも答えた。

「では…我らはどうしたら良いのだ?」

シャデルの声は、言った。

《ギードがそちらへ参る。兵士を連れておるだろうが、案じることはない。詳しいことは、ギードが求めるなら主らの判断で話してくれてよいゆえ。あれが、何でもいいように話をつけるだろう。後は、主らの力量ぞ。成果があることを祈る。》

シャデルが何も言わないので、今考えていたことは知られていないな、とラーキスはホッとした。確かにいくらシャデルでも、四六時中こちらの思念ばかりを読んでいるわけではないだろう。アラクリカ組のことも見なければならず、ましてギードと連絡を付けたり忙しいのだ。

ラーキスは、頷いた。

「任せてくれれば良い。アーティアスとクラウスには、知らせておく。」

シャデルの声は、事務的に言った。

《よろしく頼む。ああ、アラクリカの三人は、無事にアラクリカの門近くの森で潜んでおる。サキは巫女の結界魔法を使えるので、気を遮断して己を隠しておるのだ。便利なものよ。案じることはないぞ。》

最後の方は、ラーキスを気遣うような気持ちが感じられた。ラーキスはやはり聞かれたのかと案じたが、それでもまた頷いた。

「カツキもあまり慣れぬのだ。あちらを、よう見てやって欲しい。では、また。」

シャデルの声は答えた。

《何かあったら連絡しよう。》

そして、念は途切れた。

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