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忘却の間2

「…ここは?」

リリアナは、何やら温かい空間の中、気が付いた。

確か、エクラスと一緒に忘却の間の空間へと飛び込んだはず…。

辺りは、やはり乳白色の場所で、遠くまで見通すことは出来なかったが、感じる空間の広さは端が感じ取れないほど、しかし、狭い部屋に居るような、掴みどころのない感じだった。

「エクラス?」

一応呼んではみたものの、側にエクラスが居ないのは気を読んで明らかだった。

リリアナは仕方なく起き上がって、きょろきょろと辺りを見回した。そして、隣を見てぎょっとした…気配を全く感じないエクラスが、死んだように青い顔をして横になっていたのだ。

「エクラス?!エクラス!」

しかし、エクラスは目を開かない。胸に顔を付けると、本当に微かにだが心臓が打っているのを感じ取ることが出来た。

生きているのを確認してホッとしたリリアナだったが、意識が全くないのが気に掛かって、術を放って手を翳し、エクラスの意識をその体の中に探した。

…空っぽだわ。

リリアナは、息をついた。きっと、この忘却の間の効果でこうして、ここで未来を見ている状態なのだろう。

すると、背中からひょことルルーが顔を出した。

「リリー。」

リリアナは、びっくりして背中を振り返った。最近のルルーは、こうして話しかけて来ることなどなかったからだ。

リリアナは、急いで言った。

「ルルー、大変なの。今忘却の間に入ったんだけど、エクラスの意識がない。ショーンも、きっとその辺で同じ状態なんじゃないかしら。ショーンを探すべき?」

ルルーは、首を振った。

「ここへ入ったからには、未来を見て納得してからでないと、帰れないよ。」

リリアナは、驚いてルルーを背のカバンから引っ張り出した。

「え、どうして知っているの?」

ルルーは、悲し気に下を向いた。

「ごめん、リリー。リリーは何でもボクに話してくれたのに。ボクはなかなか言い出せなくて…思い出したんだ。あの、ボクにも前世があった。」

リリアナは、まじまじとルルーの顔を見つめた。

「それって…ルルーは転生してたってこと?」

ルルーは、首を振った。

「違うんだ。ボクには事情があって、転生することが出来なかった。でも、こっちでとても気がかりなことがあって、それでどうしても戻って来たいと望んでいたんだ。それで、こんな不自然な形で戻って来てた。その内容は、今は詳しくは言えないけど…全部思い出したわけじゃないし。でも、ボクはここを知ってる。アンネリーゼは、知らなかったと思う。」

リリアナは、ルルーを見つめて今聞いたことを反芻していた。

ルルーは、古代のことを知っている。この時代に生きた人だったから?

「つまり…詳しいことは言えないけど、この時代に生きたから知ってるってこと?」

ルルーは、渋々ながら頷いた。

「うん。忘却の間はね、創造主が人々に未来のために頑張る力を与えようと言って、作らせた場所なんだ。でも、アンネリーゼには教えることは禁じられた。女神が未来など知る必要はない、女神自身が知っているはずだからって言って。」ルルーは、険しい顔をした。「でもね、リリー、これを使う人々を見ていてボクは思った。未来なんて、知らない方がいいんだ。最善の未来なんて知って、どうするの?みんながみんな、そこへたどり着けるはずなんてないのに。思うようにならない人生に嫌気がさして、自ら命を絶つ人がどれほどに多かったか。ここで見た未来があまりにも良すぎて、逆にそうならなかった時の絶望は深いんだよ。終いには、ここから戻って来ない人々も出始めた。」

リリアナは、息を飲んだ。

「え…つまり、その人達って…」

ルルーは、頷いた。

「きっとその辺に転がって朽ち果てているんじゃないかな。」

リリアナは、身震いして慌てて周囲を見回した。目が慣れて来たのか、乳白色の煙のような空気の向こう側に、ぽつぽつと何やら人影らしきものが、点々と横になっているように見える。だが、この乳白色のお陰で、はっきりとは見えずに済んでいた。ルルーは、続けた。

「ここでこうして朽ち果てた人達は、俗にあの世と言われる場所には行けなくて、ここを彷徨うことになるんだ。急に幸せな未来が消え去って、暗闇に一人取り残される。そして、この場所がある限り、未来永劫ここに囚われて逃れることが出来ない。普通に生きて死んだ人なら、魂の循環に戻ることが出来るんだけど、ここに囚われた人は、それが出来なくなるんだ。ボクも、死んでから分かったことなんだけどね。」

リリアナは、ルルーに言った。

「もしかして、ルルーはここに囚われた人なの?」

ルルーは、それにはすぐに首を振った。

「ううん。ボクは違うよ。別の理由があるんだ。でも…ごめん、まだリリーに話す事は出来ないよ。」

リリアナは、しばらくその場で呆然と座り込んでいたが、我に返った。エクラスが、相変わらずじっと死んだように眠っている。

リリアナは、立ち上がると、ルルーから手を放した。ルルーは、その場に浮いている。

「じゃあ、私も未来を見に行くわ。そうしたら、戻って来れるでしょう。エクラスを、連れに行かないと。一緒にショーンを探して、それから気味が悪いけどその辺に転がってる人達を調べて…」

ルルーは、頷いた。

「古代の、本があるかもしれないからだね。」

リリアナは、ため息をついて頷いた。

「ええ。とにかくエクラスを探したいわ。どうやったらエクラスが入っている空間へ入れるのかしら。」

ルルーは、エクラスを指した。

「横に並んで寝て、そう願ったら可能かもしれないよ。ただ、君とエクラスの未来が重なっていないと、同じ未来にはなり得ないからエクラスからリリアナが見えないかもしれないけどね。」

リリアナは、顔を暗くした。同じ未来…あり得ないことだ。それでも、行くしかなかった。

「じゃあ、行って来る。」リリアナは、エクラスの横に横たわると、その胸にそっと寄り添った。「ルルー、私達の体を見張っておいてね。」

ルルーは、頷いた。

「任せて、リリー。」

リリアナは、目を閉じた。

エクラスに会いたい…エクラスの所へ行かせて。

心の中でそう叫ぶと、急に意識が遠くなり、そして、回りの世界が目まぐるしく変わって行った。


リリアナは、目を開いた。

自分は、どうやらどこかの森の中で、歩いている最中らしい。

だが、目線が高い…足を踏み出すと、一歩一歩が驚くほどに速かった。裾の長い軽いワンピースのような服を着ていて、時に視界をかすめる自分の腕は、細く長く、そして手のひらは大きかった。

「え…?」

リリアナは、思わず立ち止まって、両手で自分の顔に触れた。大きい…成長しているの?

目の前には、見覚えのある湖が見える。

リリアナは、いきなり駆け出すと、その水面に自分の姿を映そうと湖の淵に座り込んだ。

「ああ…やっぱり…!」

水面の向こう、驚いたような瞳で自分を見返していたのは、間違いなく成長した自分の姿だった。すると、背後から慌てたような声が追って来てリリアナの腕を掴んだ。

「急に駆け出しおって…驚くではないか。子に何かあったらなんとする。」

リリアナが急いで振り返ると、エクラスが心配そうに膝をついてこちらを見ていた。

子…?

リリアナは、自分の腹を押さえた。もしかして、自分はエクラスと結婚するのか。見覚えのあるこの湖は、キジン湖だ。自分はエクラスと結婚して、そしてキジンに住み、幸せに…。

リリアナは、涙を流した。

そんな未来も、有り得るのだ。

エクラスが、驚いてリリアナを抱き寄せた。

「リリアナ?どうしたのだ、何か不安でもあるのか。」

リリアナは、しばらくその、エクラスの温かい腕に抱かれて、目を閉じていた。だが、顔を上げると、涙を拭った。

「いいえ。エクラス…私、成長出来るのね。」

エクラスが、驚いたようにリリアナを見た。

「成長?」

リリアナは、いつもより近いエクラスの顔を見上げて、微笑んだ。

「こういう未来も、あり得るということよ。普通に生きていたら、きっと私はこの姿だった。サキがシャデル王と一緒に私を成長させる術を探してくれると言っていたけど…きっと、それは成功するんだわ。」

エクラスは、ハッとしたようにじっとリリアナを見つめた。

「リリアナ…忘却の間へ共に飛び込んだ、リリアナか?」

リリアナは、頷いた。

「ええ。あなたを迎えに来たの。このままここへ囚われてしまったら、転生のサイクルに戻れなくなってしまう。私と一緒に、ここを出ましょう。」

エクラスは、少しほっとしたように頷いた。

「飲まれかけておった…あまりに、幸福で。このまま、ここに居ても良いのかという気持ちになって来ておったわ。戻らねばの。」

リリアナは、また涙ぐんだ。

「エクラス…でもこの姿のままで、言わせて。私は、あなたを愛しているわ。あんな子供の姿の私でも、心はこうして成人しているの…。あなたを戸惑わせて、ごめんなさい。でも、この姿になれるまで、きっとあなたとは距離を置くから。どうか、好きで居させて。」

エクラスは、じっと自分の腕の中で、自分を見上げるリリアナを見つめた。

「リリアナ…オレが、主の中の本当の主に気付かずにおってすまなかった。姿を愛しておるのではないのだ。確かに主は、美しい。だが、こうして見せられた未来の中で、自分の妻だと言われた女が、主であったと聞いた時には大変にうれしかったのだ。つまりは、オレは主の気質を愛しておったのだろうの。気付かずで、すまなかった。ただ子供の姿の主を愛しているなど、オレの中の良識がならぬと拒んでおったゆえ…。」

リリアナは、驚いた。エクラスが、自分を愛してくれているという。

今度こそ、リリアナは涙を止められなかった。

「エクラス…!ああ、私はこの未来に、どうしてもたどり着きたいわ。」

エクラスは、リリアナを抱きしめて、頷いた。

「オレも手だてを考えようぞ。リリアナ、主と共に、こうして皆に祝福されて生きる未来を手に出来るように。」

そうして、二人はそのまま、スーッと気を失った。

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