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洞窟を抜けて

ショーンと共に入った洞窟は、確かに狭かった。最初は背中に背負おうとしたショーンだったが、上の壁がゴツゴツと突き出ていていつリリアナをぶつけるのか分からないと言って、前に抱いて進むことにしたのが、エクラスのカバンを前にかけて、リリアナをそこへ入れてとなると、ショーンには荷が重かった。リリアナは、軽いとはいえそこそこの大きさがある。ブリアナの倍ぐらいはあるのだ。

リリアナが、言った。

「いいわ、無理だわ。」四苦八苦するショーンに、リリアナが言った。「これぐらいの道なら、自分で歩いて進めるわよ。小さいって言っても、私だって軽く身長100センチは超えてるのよ。あのブリアナって子よりは大きいんだもの。」

エクラスが、心配げに言った。

「かなり足元が悪いが。足を取られるのではないのか。」

リリアナは、首を振った。

「ショーンが言うには、しばらく行けばメインルートへ出るんでしょう。そこまでぐらい、気を付けて行けば大丈夫。子供扱いしないで。」

体は子供だろうが。

ショーンもエクラスも思ったが、仕方なくリリアナを間に、ショーンが前、エクラスが後ろで慎重に進んで行くことにした。


ショーンが、懐中電灯を片手に前を行く。

エクラスは、リリアナから渡された額に着ける形の懐中電灯をつけて進んでいた。これが、案外に便利なもので、両手が空くのでリリアナが転びそうになっても、簡単に後ろから支えることが出来た。ショーンが、あれほどにこちらがいいと言った理由が分かる気がした。

こんな便利なものを、あちらの大陸では開発しているのだ。

エクラスは、もっとディンダシェリア大陸のことを知りたいと思った。こうして、命の気が無い状態でも火を使わずに灯りを灯すことが出来、あの大陸では皆つけている腕にある機械からは、お互いの声を受信し合うことが出来る。もちろん、それも命の気の濃さが同じでなければ対応できないというデメリットはあったが、何かを調べたりするにも、物を買ったりするにも、あれが全てをこなしてしまうのだ。

そんなシステムを作っている、大陸の体制にとても興味がわいた。

エクラスは、前を行くリリアナを見た。

背中のカバンからは、リリアナが大事にしているあの、緑の目のクマが見え隠れしている。

最初は、ちょっと生意気な子供だと思っていたリリアナだったが、ずっと自分にまとわりついて来るので世話をしているうちに、そうではないことが分かって来た。

リリアナは、おおよそ子供らしくない考え方をする。相手を気遣ってするさりげない行動も、深い考えを感じさせてエクラスを戸惑わせた。

それなのに、自分のことに関してはとても子供で、自分の感情などについてはまるで分かっていないようだった。

それも、ショーンにリリアの器として扱われて来たせいなのだと分かっていた。自分と過ごしているうちに、格段に笑うようになり、感情表現が豊かになって行くのを見ているのが、エクラスにはなぜかうれしかった。

なので、この不憫な少女を、自分が何とか普通の道へと促して、幸福にしてやろうと思っていたのだ。

そのリリアナが、自分になついているのは分かっていた。

もしも成人女性なら、恐らくは自分に気があるのだと思ったことだろう。

だが、リリアナは子供だった。自分からそんな感情を持つのは、不可能だと思っていた。

それが、いつものように、自分の娘を連れて行くように部屋へと向かうと、王から呼び出された。

何事かとリリアナを置いてアーティアスの部屋へと入ると、アーティアスは一人で座っていた。いつも仕事の話ならクラウスが居る。

何事かと頭を下げると、アーティアスが珍しく真面目な顔で言った。

「我は通常、主らの個人的なことには一切口出しせぬ。だが、此度は言うておくべきであろうと思うてな。主、あの娘をどう思うておる。」

エクラスは、ためらった。どう思っている?

「は…あの、リリアナのことでございましたら、娘のように。」

アーティアスは、ため息をついて肩の力を抜いた。

「ならば良い。だが、ならば主一人きりの部屋へなど連れて参ってはならぬ。我らが共であるなら良い。我らが見ておるから、何もないことを証明することも出来ようしな。だが、二人きりとなると別ぞ。主らには何の血縁関係もない。主がいくら娘であると主張しても、他の者達は納得せぬやもしれぬ。今まで、何も言わなんだのは幸運ぞ。誰も思わぬ間に、あれと少し距離を置くのだ。あれが主を慕っておるのは知っておる。だが、幼女は育つまで相手をしてはならぬ。人の基準でも、ラウタートの基準でもそれは許されぬことぞ。主が気付いて居らぬようなので、主が悪く言われぬように、我は先に言うておこうと思うた。我が何を案じておるのか、分かったの。」

エクラスは、下を向いた。アーティアスは、王としてではなく、友として自分に忠告してくれているのだ。このままでは、ありもしないことで世間に後ろ指を指されるような噂を立てられることになると。

エクラスは深々と頭を下げた。

「は。オレが短慮なせいで、ご心配をおかけてしてしまい申し訳ありませぬ。これからは、よう考えて行動を。」

アーティアスは、少しほっとしたような顔をして、頷いた。

「ままならぬのが世であるから。人であったら尚のこと。」

エクラスは、頭を下げてアーティアスの前を辞した。そうだ…確かに自分は、リリアナを側に置き過ぎた。いくら同情したとはいえ、そして相手がなついたからとはいえ、ここまでする必要などなかったのではないのか。それなのに、これほどに側に置いておれば、それは誤解も招くであろう。

そうして、エクラスはリリアナと距離を置く選択をしたのだ。

気まずい空気が流れた。だが、次の日の朝、ショーンに呼ばれて行った食堂で、どう接しようかと悩むエクラスの前に出たリリアナは、存外普通の様子だった。

何も気にしていないかのように、普通に話し、普通に接し、そして笑顔さえ浮かべた。

そしてそれは、ここまでの船旅でも変わることなく、ショーンとも軽くいなして接してまさに、何事も無かったかのように振る舞っていた。

エクラスは、拍子抜けした。

そして今も、こうして前を歩くリリアナが、何を思っているのか分からないまま、エクラスは複雑な気持ちを抱えていた。

…落ち着かない。

これまで、自分だけにべったりだったリリアナが、今は少し距離を置き、そしてその感覚はショーンに対するのとまったく同じ感じだった。

そうすると、ショーンとの方が付き合いは長いので、ショーンの知識には敵わない。これまで一緒に来た二人の間には、深く言わずともつながっている部分が、確かにあった。

それを間近で見て、まだ経験をしたことのない感情が、エクラスの胸の中に湧き上がって来ていた。

それが不快な感情で、エクラスは戸惑っていたのだ。

それでも、それをリリアナやショーンに話すことは出来ず、またどう言葉にしたらいいのかもわからずに、ただエクラスは黙々と歩いていたのだった。


「ああ、やっと出たぞ。」

ショーンが、先頭から言う。エクラスはハッと顔を上げた。

見ると、真っ暗なはずの前方から薄っすらと光が見える。先に出たショーンが、リリアナを抱いて広い道へと降ろした。エクラスもその狭い道から体を抜く。

左側に、滝の水が落ちて行く様が見えて、そこが滝の裏にある洞窟の中なのだと分かった。

まだ昼間なので、外からの光がここまで少し差し込んでいる。だが、反対側の道は真っ暗で、先に何があるのか全く分からなかった。

ショーンが、ハーっとため息をついてリリアナにコートを着せている。

「ここから寒くなって来るぞ。夏でも氷が残る場所に近づいてくからよ。」

リリアナは、素直にショーンにコートを着せられながら、頷いた。

「風穴よね。わかってる。あなたは大丈夫なの?」

ショーンは、頷いた。

「いつもの毛皮があるし平気だ。」と、そこに黙って立っているエクラスを見た。「エクラス、お前は大丈夫か?見たところ、あんまり厚着じゃないが。」

エクラスは、頷いた。

「オレはラウタートなので。ある程度ならこの体でも平気だ。だが、あまり長時間になると、人の体では耐えられぬらしいが。」

ショーンは、ため息をついた。

「だったら、着ておいた方がいい。ここから女神の間までは一時間ほどだが、それでも向こうでどれぐらいの時間探索するか分からねぇし。」と、ゴソゴソと自分の腰に巻いているカバンを探った。「ほら。オレはこっち着るから、お前はこっちを着てな。肩の所だけしか毛皮がないが、他はラグーの革だから保温性が高い。」

エクラスは、黙って頷いてそれを着た。確かに温かい。

ショーンは、自分は全身毛皮のコートを着て、リリアナを見た。

「さ、じゃあ行くか。リリアナは、カバンに入るか?ここからだったらエクラスに背負ってもらっても通れるんじゃないか。」

エクラスがハッとして急いでカバンを背負うと、リリアナが入れるようにと膝をついた。リリアナは、普通に慣れたようにカバンへとよじ登ってそこへと入って行く。

そうして、三人は女神の間へと進んで行ったのだった。

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