心配
部屋へ帰ると、咲希とリリアナ以外はもうベッドで眠っていたので、起こさないように気を付けながら休んだ。
朝になっても誰も起こしに来ないので、遅くまで眠れずに寝がえりをうっていた咲希は結構日が高くなってから、目が覚めた。
「え…今何時?」
咲希が思わず誰にともなく独り言を言うと、意外にも横から声が聴こえた。
「10時前ぐらいか。」咲希が仰天してそちらを見ると、ラーキスが咲希と同じベッドから起き上がった。「もう皆、とっくに朝食に出かけて行ったわ。」
咲希はベッドのスプリングも手伝って思いっきり後ろへ飛んだ。ラーキスが、怪訝な顔をした。
「サキ?何ぞ、また寝ぼけておるか。夜中にベッドから落ちただけでは足りず、暴れようというのではあるまいの。」
咲希はピタと止まった。ベッドから、落ちた?
「私…ベッドから、落ちた?」
ラーキスは、頷いた。
「何やら唸って寝返りを繰り返しておるなあと思っておったが、そのうちに静かになっての。やっと眠ったかと思うたら、大きく転がってベッドから落ちたのだ。そして、オレのベッドに這い上がって来てここで寝ておった。驚いたが、まあいいかと思うて。今更であるしな、どこでも場所が無い時は共に休んでおったし。」
そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。でも、隣同士はあっても、こんなにあからさまに同じベッドで寝るなんてなかったのに。自分から入って行ったなんて。
「ご、ごめんなさい…迷惑かけて。」
ラーキスは、ため息をついた。
「まあカツキに冷やかされて大変であったが、我らそういう仲であるから。慣れねばならぬ。これも修行かと思うて。」
そういう仲って。確かにそうだけど、修行って。
「それって、聞き捨てならないわ。ラーキスは一緒に寝るのは嫌だったってこと?」
咲希が自分が驚いて飛び退ったのも忘れて言う。ラーキスは、キョトンとして言った。
「別に主にくっつかれるのは心地良いから良いのだが、回りがの。意味ありげに笑って小突いて来るのがどう対処していいのか分からぬ居心地の悪さがあるゆえ。昨日だって足まで使ってオレに抱き着いて来るのを、拘束されておるようで身動きとれなんだが起こしたりせなんだであろう?」
そんなことまでしたのか。
咲希は、恥ずかしかった。もしかしたら、これで欲求不満なのかもしれない。
「ごめんなさい。これからは気を付ける。」
ラーキスは、咲希の頭をやさしく撫でた。
「良いと申すに。とにかくは、下へ参ろう。まだ朝食もあるかもしれぬし。」
咲希は上着に手を通しながら、そういえば、とラーキスを振り返った。
「もしかして、私が起きるまで待っててくれたの?」
ラーキスは、自分も同じように上着を着ながら頷いた。
「昨日遅くまで眠れずにいたのは知っておったからの。寝かせておいてやりたかったが、さりとて一人で置いておくのも忍びないと思うたのだ。気にせずとも良い。」
ラーキスは、本当に優しかった。咲希は、そんなラーキスと恋人同士になれて、本当にラッキーだと思った。なので、そっとラーキスと手をつなぐと、その肩に頬を寄せた。
「ありがとう。これから少し、別々だと思うと寂しい…。」
ラーキスは、そんな咲希の髪に頬を寄せて微笑んだ。
「しばらくの辛抱ぞ。気の流れを正したら、ダッカへ参ろうの。父上と母上にも、サキのことを話さねば。主の元の世界へは…帰れるようになってから考えたら良かろう。」
咲希は、ハッとした。そうだ、気の流れを正したら、命の気が正常になってあの機械も正常に作動するようになるかもしれない。そうしたら、自分はあちらへ帰ることが出来るようになるのだ。
咲希は、黙って頷いた。こちらに居たい。でも、今はまだそうするとラーキスに約束することは出来ない…。
二人は、それからは黙って食堂へと降りて行ったのだった。
食堂で軽く食事を済ませてからロビーへと出ると、そこのソファには数人が座って話していた。克樹とアトラスが居るのを見た咲希は、急いで駆け寄った。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。それで、どうすることになったの?」
克樹が、笑って答えた。
「ああいいよ、明日からラーキスとは別々だもんね。咲希が一緒に居たいと思っても仕方がないさ。」
あながち間違ってもいないので、違うとも言えずに咲希が苦笑いしていると、アーティアスがあちら側から言った。
「ああラーキス。今夕に山へ向かうことにしたぞ。アトラスとカツキも同じ時に飛び立って、シャデルもだ。そのままそれぞれの目的地へ向かう。必要なことは、上空のシャデルへ念を飛ばすということで通信し合おうということになった。主らの腕輪もいいが、それは音がするしな。念なら回りに聞こえぬから、都合が良かろうということになって。案じずとも、シャデルの方から念を読み取ってくれるし、発信して来てくれるゆえ、特別な能力が無くとも大丈夫ぞ。何とも便利な男よ。」
ラーキスは、そちらへ歩いて行きながら答えた。
「ならばそのように。ショーン達が見当たらないが?」
咲希は、そういえば、と回りを見た。リリアナも、エクラスも居ない。アーティアスは、頷いた。
「あれらは一足先に山村へ参った。ショーンが前にユリアンの紹介で世話になった村だとかで。滝により近いので、女神の間を探索する拠点にするようよ。」
咲希は、それを聞いて早起きしなかったことを悔やんだ。リリアナの悩みの、根本的なことは何も解決していなかったのだ。その上、頼みのルルーも様子がおかしいと聞いていたのに。
咲希が暗い顔をしたので、ラーキスが心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうした?何か気がかりでもあるか。」
咲希は、顔を上げた。皆の目もあるので、エクラスのことは言いづらかった。なので、困ったが答えた。
「いえ…あの、ルルーが、あまり話さなくなっていたのに気付かなかった?」
ラーキスが、驚いたような顔をする。アーティアスが、向こうから言った。
「別にあの人形が話さずでもいいではないか。あんなものが話すこと自体が普通でないのだ。別に不都合もないのだし、気にせずでも良いわ。」
咲希は、アーティアスを見て首を振った。
「確かにルルーは大きな魔法を単独で使ったりしなかったし、シャデルの石で動いている人形だけど、リリアナにとっては大事な友達なの。それなのに、最近はあまり話してくれなくなったのだって言っていたわ。確かに、私達が話していたらうるさいぐらいに割り込んで来たルルーだったのに、最近は居るのも忘れるぐらい静かだった。どうしたのだろうって、昨日もリリアナと心配していたの。」
克樹が、咲希と同じように心配そうに言った。
「確かにおかしいね。具合が悪くなった感じじゃないの?」
咲希は、また首を振った。
「いいえ。それはないとリリアナは言っていたわ。ただ、黙っているだけなんだって。」
ラーキスが、咲希の頭をぽんぽんと叩いた。
「ならば案じることは無かろう。心境の変化かもしれぬではないか。具合が悪そうなら、対応もせねばならぬかもしれぬがの。」
アーティアスが、面倒そうに言った。
「例え具合が悪うても、今はそんなものに構っておる暇などないわ。分かっておろう、こちらとあちらの大陸の民達の命が懸かっておるのだ。案じるのなら、それらを案じてやるが良いぞ。主らの方の大陸の方がマズいのではないのか。シャデルの石はそれほど数は無かったゆえ、あれで主要な人物だけが逃れておるとしても、他の大部分の民は変化して苦しむことになるのだぞ。今はどこまで影響が出ておることか…心配ではないのか。」
ラーキスが、それには表情を暗くした。克樹も、険しい顔になる。克樹にしても、大学の友のことが気にあるのだろう。ラーキスに至っては、家族同然の村の民達、それに血を分けた母が居るのだ。父や妹は恐らくグーラで大丈夫だろうが、人である母や、そのほかの村人達は気の影響から逃れることは出来ない。
克樹は、ラーキスの表情を見て、言った。
「大丈夫だよ、きっとまだダッカは無事だ。リーディス陛下がダッカに居るってマーキスさんが言ってたし。安全だから、ダッカへ来てるんだと思うよ。メレグロス達だって頑張って術を放ってるんだ。きっと持ちこたえてくれているさ。」
ラーキスは、頷いた。ディンダシェリアは、今どうなっているのだろう。自分達がこれを正すまで、頑張ってくれることを祈るしかない…。




