記されたもの2
シャデルが、息をついて頷いた。
「誠のことなどと思ったこともなかったゆえ、そこまで深く考えもせず捨て置いた話であったが、これが誠のことであったとは。しかしこれを事実と見た方が、いろいろな説明がつくのだ。」
ショーンが、言った。
「大体のことは分かった。だが、詳しいことがわからねぇ。術の種類とか、どうやったら解けるのか、調べていかなきゃならねぇだろう。こりゃ、結構骨が折れるぞ。何しろ、何千年前のことなんでぇ。」
アーティアスが、息をついた。
「確かにの。恐らくはニ、三千年前ぐらいなのだろうが、我らにも分からぬ。その訪神見聞録とやらを、どうあっても手に入れなければ。4巻は手元にあるのだ。ならばあとは、5巻があれば詳しく分かるのではないのか。他は術を解くには無くても構わぬだろう。少なくとも、5巻を手に出来るよう尽力しようぞ。」
ショーンが、立ち上がった。
「なら、オレは4巻をもう一度読み直す。創造主の術を書いてるのは5巻だから役に立たねぇかもしれねぇが、何かヒントがあるかも知れねぇし。」
シャデルは、頷いた。
「頼む。後はアラクリカか。」
「メニッツには入れぬか。」アーティアスがシャデルに言う。「我はあそこにだけは入っておらぬ。あまりに守りが厳重であるから、宙から地形を見るぐらいしかしてこなかった。あの場所からキジンへ向かって術を放ったと言うのなら、もしかして何か残っておるのではないのか。」
シャデルは、考えるように視線を固定させた。
「そうよな…あの場所は木々が多く空から侵入したところで潜む場所は多くあろう。しかし、民は我の姿を知っておるだろうから、内偵など出来ぬな。ギードに手配させよう。面が割れておらぬ、主らがメニッツを調べて参るが良い。」
アーティアスは頷いて、椅子の中で座り直して背筋を伸ばし、皆を見た。こういう様子を見ると、やはり王なのだろうなと思えた。部下に命令を言い渡す時の様子と同じだからだ。
「では、克樹、咲希、アトラス、リリアナはアラクリカで訪神見聞録の捜索を。我とクラウス、エクラス、ラーキスはメニッツで術の痕跡を。シャデルは何かあった時の援護のためにアラクリカ上空で監視をしながら待機、ショーンは、ここで本の解析。」
ショーンは、首を振った。
「いや、リツへ行く。あの街はずれの山村へ行って、そこで考えるよ。何か思い立てば、あの場所からなら女神の間には近いしな。他の本も落ちて無いか調べに行けるだろう。」
咲希が、不安そうに言った。
「でも、一人じゃ危ないわ。バークが戻って来るかもしれないもの。」
ショーンは、肩をすくめた。
「オレも術士なんだっての。あそこは命の気があるから、術じゃこっちの普通の術士なんかにゃ負けねぇ。」
向こうよりこちらの方が命の気が強いので、術が大きくなるのは知っていた。でも、一人では何かあった時知らせる者も残らない。今の状況では、危なかった。
リリアナが、言いたくなさそうに言った。
「じゃあ…私がショーンと行くわ。なんだかんだ言っても、私が一番慣れているのはショーンとの魔法のコンビネーションだから。」
咲希は、とんでもないとリリアナを振り返ったが、先にエクラスが言った。
「ならばオレも。」と、アーティアスを見て、頭を下げた。「王、こちらへ行っても良いでしょうか。」
アーティアスは、ちらとショーンとリリアナを見たが、頷いた。
「ならば主はそちらへ。我にはクラウスとラーキスが居るし良いわ。」
シャデルが、ぽんと椅子の肘掛を手で打った。
「ならばそのように。カツキ、サキ、エクラスがアラクリカ、アーティアス、クラウス、ラーキスがメニッツ、ショーン、リリアナ、エクラスが女神の間。我はあくまで広域を見て皆を助けに参ろうぞ。」
全員が、頷く。アーティアスが、立ち上がった。
「ならばここで昼食を取ったら、まずはリツへ。山を越えねばならぬし、ギードの報告が来るのを待つ必要があろう。一旦リツへ全員で参ろうぞ。」
咲希が、手を上げた。
「あ、飛んで行きましょう。」それには、皆が驚いた。まだ気が復活していないので、ここで飛ぶのは自殺行為だからだ。しかし、咲希はもうっ!と身振りで示し、続けた。「命の気の補充が出来るようになったじゃないの。私が皆を支えるわ。だから、飛んで。私のことは運んでくれなきゃ、飛びながら補充は無理だろうけど。」
ラーキスが、微笑んだ。
「ならばオレが背に乗せて参ろう。おお、では時間が大幅に短縮できるの。」
アーティアスも、ぱあっと表情を明るくした。
「なんとの、便利ではないか!なかなかに役に立つの、サキ。もっと術を学ばぬか。」
咲希は、苦笑した。
「私、なかなかすぐには呪文を覚えられないの。出来ることからやるから。」
咲希は、初めて役に立つような気がして、少しくすぐったいような嬉しい気持ちがした。ラーキスがそれを感じ取って、穏やかに微笑むと咲希を促して一緒に立ち上がった。
「誰にでも出来ることではないのだ。自信を持って良いのよ。では、昼食までの間体を休めようぞ。」
そうして、咲希とラーキスがそこを出て行くのを始めに、皆がバラバラと談話室を後にして、昼食までは一度、体を休めることとなったのだった。
昼食は、いつものようにラウタート用の肉ばかりのものだった。
一応気にしてくれているのが、咲希や克樹、ショーン、リリアナの前には申し訳程度に野菜とパンも置かれてあったが、アーティアスやラーキスなど、元は魔物である者達には、当然のように肉ばかりで、それは旅の間に人の咲希や他の者達が調理したものとは明らかに違い、筋肉の部分だけでなく内蔵や、頭の部分もきちんと調理されて出て来ていた。豚なら豚、牛なら牛を丸ごとといった感じの出し方だった。
牛って、ルクルクなんだもんね。
咲希は思って、サクサクと山のような肉を片付けて行く魔物軍団を見ながらパンを齧っていた。ラーキスが、ふと咲希の視線を感じてこちらを見た。
「どうした?これが欲しいか?」
ラーキスは、ほぼ生の肉をフォークに刺して言った。咲希は、ぶんぶんと勢いよく首を振った。
「違うの!あの、ラーキスもアーティアスも、そういうご飯が好きなのかなあって思って。」
ラーキスが、片眉を上げる。アーティアスが向こう側から頷いた。
「これが我らの食事ぞ。主らが作ってくれておるのは、手を掛け過ぎておって我らには味気ないのだ。これぐらいの方がいい。本来捕獲したらすぐに食べておったから、ほとんど生であったし。今は少し形を変えて香辛料など加えた方が美味だと気付いてそうしておるが、あまり火を通すのは好かぬのだ。」
ラーキスが、頷いた。
「オレは里で人と暮らしておるし、人との混血であるから同じように食するが、それでもここへ来てからの食事の方が口に合うのは確かぞ。ラウタートと同じ味覚なのだなと思っておったところぞ。」
アーティアスが、嬉しそうに言った。
「話が分かるようで嬉しいぞ。人は我らとは味覚が少し違うからの。我も人型を取っておる手前遠慮しておったが、こちらへ戻ってまで合わせずともいいかと思うて。」
と、骨らしきものを皿の上に乗せて、その中の何かをぐいぐいとスプーンで取って食べている。咲希は、好奇心に駆られてじっと見た。
「それは何?」
アーティアスが、まるでハマグリでも開けているかのように、次の同じ形の骨を取ってまた中央から何かをぐいぐいとすくっている。
「ルクルクの脊髄。」
「ぶっ!!」
咲希は、思わず飲んでいた水を吹き出しそうになった。アーティアスが迷惑そうに言った。
「吹き出すなサキ。いくらなんでも我でもそれがマナー違反なのだと知っておるぞ。」
ラーキスが、慌てて横から言った。
「サキ、我らは獲物は残さず食べるからの。何もかも。髄液だってすべてぞ。それで栄養のバランスをとっておるから。」ラーキスは、アーティアスを見て庇うように言った。「アーティアス、悪気はないのだ。人は形がそのまま出て来ると抵抗があるようでな。我らの所では全て出してから食卓に並ぶが、ここでは骨ごとであろう。人は見目を気にするのでな。」
アーティアスは、ああ、と骨を置いた。
「そうか。見た目の。人はそういうことを気にするゆえな。」と、骨ごと口へと放り込んでガリガリと音を立てて噛んだ。「こうして食せば見えぬだろうが。ではこれで。」
咲希も克樹も、呆然とそれを見つめた。どれだけ強い歯なんだろう。人の形をしていても、やはりアーティアスはラウタートなのだ。
それを見たエクラスもクラウスも、それが人にとって良い事なのだと勘違いしたらしく、同じように口へ骨ごと放り込んでバリバリ音を立て始めた。リリアナも呆然とそれを見上げていたが、プッ、と笑った。
「ふふエクラスったら。いいのよ、別に丸ごと食べなくても。私は骨をつついていても気にしないわ。そのまま食べて。」
エクラスは、まだ口の中にある骨をバリバリと言わせながら答えた。
「まあ、これでも味はあるのだ。時に喉に引っかかるような気がして、オレは骨はあまり好かぬだけでの。」
ラウタートでも好き嫌いがあるらしい。
咲希は、文化の違いなのだと自分に言い聞かせ、自分の食事に集中したのだった。




