表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/321

守りたいもの

シャデルを逃したという報告を聞いたバークは、その報告に来た兵士を殴り倒し、フォルカーが止めるまで暴行を加えて荒れ狂った。

シャデルがアーシャン・ミレーにあの謎の儀式の力の石を設置して行ったのは確認されており、どんな術を使ってもそれを取り除く事は出来なかった。

フォルカーはバークを説き伏せて首都へと戻り、王城へと落ち着いていた。

ニクラスは既にアラクリカへ兵士と共に戻り、バークの指示に従って、アルトライを開く鍵となる創造主の名を探している。

だが、フォルカーは知っていた。ニクラスは既にかなりの時間、創造主の名を探している。

バークからその存在を聞き、その力を知ったニクラスが、必死に、それでも密かにそれを探り続けていたのは、フォルカーも知っていたのだ。

そして何よりアルトライの事に関して神経質になっていたバークにも、フォルカーが何も言わなくてもそれは知られる事になり、バークがあの場で修道士の長を殺したのも、間違いなくニクラスに、その名を知られて先を越されぬためだったのだろうと思われた。

結果的にそれは裏目に出て、創造主の名を知る者が居なくなってしまった。

フォルカーは、気が進まないながらも、あの時洞窟へと飛び込んで来て、結果的に自分達を助ける事になったマーラというあちらの大陸の女を、尋問するために城の地下牢へと降りて来ていた。

フォルカーがそこへ降りて牢の中を覗くと、相手はびくっと体を震わせた。大陸から使者としてこちらへ来て、初めて見た時の意思の強そうな目は今は感じられない。ただ不安そうに、フォルカーを見つめているだけだった。

…まだ記憶が戻らぬか。

フォルカーは、心の中で舌打ちをした。こやつが思い出してくれれば、向こうへ交渉する手間が省けるのに。

フォルカーは、見るからに不機嫌に言った。

「して?まだ何も思い出さないか。」

相手は、頷いた。

「何も。私は、気が付いたらあの洞窟の中に居たのです。」

フォルカーは、大袈裟にため息をついた。

「お前の名前はマーラ。ディンダシェリア大陸から使者として他の大使達とここへ来た。」

マーラは、下を向いた。

「何も…本当に何も思い出せないのです。あの時、光が見えたので出口かと思って飛び込んだ、そうしたら、あんなことに。」

逃れる時に、はぐれたのか。

フォルカーは、じっとマーラを睨みながらそれを聞いていた。記憶など、ほんの少しの糸口があれば引き出せるはずなのに。

「仲間は覚えていないのか。ええっと…シュレーと申す金髪の男、スタンという小柄な男。」

マーラは、必死に考えているようだ。

「シュレー…スタン…。」

フォルカーは、眉根を寄せた。他にどんな名だったか。

「それから軍人のようなレン、変化してしまったサルー。」

マーラは、ピクリと反応した。

「え…」

フォルカーは、身を乗り出した。

「何か思い出したか。お前の国の奴が?」

マーラは、固まっている。何やら、遠くを見ているような目だ。

「はっきりしろ!」フォルカーは、イライラと鉄格子を蹴り飛ばした。「思い出したのかと聞いている!」

マーラは、ついさっきまでビクビクと怯えていたのが嘘のようにしっかりとした視線を上げてフォルカーを見た。そして、言った。

「何を聞きたいの?私は何もしゃべらないわ。拷問に対する訓練は受けているから。殺すなら殺せばいい。私は軍人よ。人質としての価値はないわ。」

フォルカーは驚いたが、しかしすぐに我に返るとフフンと笑った。

「そうでなくてはな。ま、殺すのはいつでも出来る。大部分のお前の仲間は逃げおおせたはずだが、誰もお前を探しには来ていない。探らせている者の報告では、既に何人かはあちらの大陸へ帰っているようだ。お前の言うように、人質としての価値は無さそうだな。お前など居なくても誰も気にも留めていないのだ。」

マーラは、一瞬苦しげな顔をした。

だが、すぐに持ち直すと言った。

「はぐれた私が悪いのだから、気にしないわ。それで…仲間はみんな逃げたのね?」

フォルカーは、じっとマーラを見た。そして、笑って首を振った。

「タダで情報をもらおうと言うのか。例えば、誰かは捕らえられて見せしめのために処刑されようとしておるとか?」

マーラは、途端に顔色を変えた。

「なんですって…まさか、誰か捕らえられてるの?!」

フォルカーは、笑いながら心の中で考えていた。コイツが反応した名前はなんだった?レンとサルー…しかしサルーは長く変化したまま地下へ籠められていたが、マーラは気にしているようでもなかった。という事は…、

「1つだけ教えてやろう。」フォルカーは、賭けに出た。「レンとかいう男は逃げ損ねて我らの手の内だが?」

マーラの表情が、目に見えて変わった。フォルカーは、してやったり、と心の中でほくそ笑んだ。そうかレン…これを使わぬ手はない。

マーラは、鉄格子に掴みかかった。

「レンをどうするつもり?!」

フォルカーは、マーラがこちらへ出て来れないのを承知で大げさに両手を前に上げて、防ぐようにして笑った。

「おお怖い怖い。オレが決めるのではないが、お前次第でレンの処遇も変わって来るんじゃないのか?」

マーラは、息を上げて格子に取り付いていたが、しばらくして呼吸を整え、身を退いた。

「…何が知りたいの?」

フォルカーは、満足げに言った。

「お前は、メイン・ストーリー・オブ・ディンダシェリアという書籍を知っているか?」

マーラは、意外なことだったらしく戸惑いながらも頷いた。

「ええ…リシマ王が推薦図書に指定されて、ライアディータの本だけど読んだわ。」

フォルカーは眉を上げた。

「お前はライアディータの女ではないのか?」

マーラは、首を振った。

「私はリーマサンデの軍人よ。私達は、ライアディータと協力してこちらへ友好の使節として派遣された。」

フォルカーは少し顔をしかめたが、それでも頷いた。

「だが、あちらの人間なら知っているだろう。あの本に出て来る、創造主の名は何だ。」

マーラは、途端にぐっと眉を寄せて視線を落とした。創造主の名前…?そんなのがあっただろうか。

「…そんなに深く読んだんじゃないから…名前まではっきりと覚えていないわ。どうしてそんなものが必要なの?」

フォルカーは、イライラと首を振った。

「本に記してあることなど聞いておらんわ。ではなくて、あの旅へ出た奴らが女の創造主に会って、その女の名を聞きたいのだ。本には名は書いておらん。」

マーラは、ますますためらいながら首を振った。

「知らないわ!作者にでも聞いてみないと、そもそもそんな名前まで設定して書いたのか分からないし。」

フォルカーは、マーラを睨んだ。

「作者だと?」

マーラは、頷いた。

「そうよ!あれは物語でしょう?」

フォルカーは、険しい顔でマーラを見た。

「…真実だ。あれを書いた男に会った。使者達が消えた時、一緒に居なくなったがな。そうか、お前には本当に価値がないな。」マーラが、驚いたような顔をする。フォルカーは続けた。「ならばお前の望みは叶えられん。仲間の命は、諦めるんだな。」

フォルカーが踵を返して出て行こうとすると、マーラがまた柵へ取り付いて必死に叫んだ。

「待って!レンに危害を加えないで!何でもするから!」

フォルカーは、ピタリと足を止めた。

「ほう?何でもか?」

ちらりと興味も無さげに言う。マーラは、悲壮な表情で何度も頷いた。

「ええ!私に出来ることなら!」

フォルカーは、こちらを向いた。

「ならばお手並みを拝見しようか。お前をまた、あの山へと帰してやろう。そこから山道を通って向こうへ渡り、仲間に合流せよ。そして、創造主の名を探って来るのだ。本に書いてあるのは、ウラノスという男の名のみ。だが、これが正解ではない。本当の名は、消された女の創造主の方ぞ。あやつらに気取られぬように、その名を手にして我らに知らせよ。そうすれば、レンは無傷で返してやろう。本国へ帰ろうとしても無駄ぞ。我らは帰ろうとしておったレンを捕らえたのだからな。お前だってすぐに捕らえられる。急ぐのだ。長く待つことは出来ぬぞ。」

マーラは、ゴクリと唾を飲み込んで、頷いた。創造主の名…それを探れば、レンが助かる。

「…分かったわ。」

フォルカーは頷いて、懐から本を出すと、牢の中へと放って寄越した。

「読んでおけ。詳しいことが分からねば探すことも出来まい。出発は今夜。分かったな。」

フォルカーが、そこを出て行く。

マーラは、その背に覚悟を決めた。レンが、殺されてしまう。私が、何とかしないと。みんなはきっと、レンが無事に帰ったと思っているか、レンなどどうでもいいと思っているか…。

マーラは、急いでうろ覚えだったその本を、貪るように読んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ