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巫女の術

ララコンでは、咲希が眠れずに、談話室のバルコニーから外へ出て、海を眺めていた。

アトラスにしつこいほど教えてもらい、何とか食堂からその隣りの談話室、そして自分の部屋までの道のりだけは完璧に覚えた。

なので、いつでも自分の部屋へと戻ることが出来たのだが、あんな少人数で敵地の真近くへと旅立って行ったラーキスが、心配でならなかったのだ。

何しろシャデルとアーティアスは、あれで王なのでかなりの力を持っているが、ラーキスは一般のグーラなのだ。

確かに父方からも母方からも巫女の血を継いでいるとは聞いているが、それでもラーキスは王と言われるほど大きな気を持っているわけではなかった。

私に魔法が使えれば、ついて行くことが出来たのに。

咲希がため息をつくと、後ろから意外な声がした。

「なんだ、眠れねぇのか?」

咲希は、驚いた振り返った。するとそこには、ショーンが立っていた。

ショーンは、あちらでも最強の術士と言われているほどの男だ。亡くした恋人を復活させるため、必死に研究して治癒に詳しくなり、大勢の患者を治療して来た。だがしかし、自分が本当に復活させたい女性、リリアのことは、どうしても復活させられずにいるのだ。

咲希は、ショーンが真実悪い人だとは思っていなかった。それでも、リリアナに対するショーンの扱いは許せないところがあった。リリアナは、リリアの体を苗床に、シャルディークの力の石を使って生まれた命だ。最近では、一つの命として感情も素直に表してくれるようになった。リリアナはリリアナであってリリアではない。だが、ショーンはその体に、未だにリリアを復活させようと思っているのだ。

複雑な想いが胸にあり、咲希は、ショーンに答えられずに黙っていた。

ショーンは、気を悪くした風でもなく気軽に近づいて来た。

「ま、あんたがオレにどんな感情を持ってるのかは知ってるさ。オレだってリリアナを囲い込んでるあんたを良くは思ってねぇし。」と、横へ立った。「で?自分が役立たずとか思ってんじゃねぇの?」

咲希は、驚いてショーンを見た。確かにそうだけど…。

「…あなたに私の気持ちは分からないわ。なんだって出来る術士なのに。」

ショーンは、横を向いた咲希に、呆れたように肩をすくめた。

「オレがそんなことを望んでないことぐらい、あんたはとっくに知ってるだろう。別に大層な術士なんかになりたかなかったよ。だが、意地になってここまで来ちまった。今更後には退けねぇさ。」

咲希は、下を向いた。確かに知っている。だが、何も出来ない自分から見たら、ショーンは羨む対象だった。自分のように、力だけ大きくて何も出来ないのとは違うのだから…。

ショーンは、はーっとため息をつくと、咲希をちらと見た。

「まずはその、感情がダダ漏れの所を何とかしなきゃな。オレから遮断しないと、何考えてんのか全部聴こえちまう。」

咲希は、仰天して口を押えた。

「ええ?!あなた…あなた私の気持ち…っ、」

ショーンは、手を振った。

「聞きたかねぇよ。だからいつもは遮断してる。だが無駄に大きな声で考えるから、丸聞こえなんだっての。オレのせいじゃねぇ、あんたが力を使えてないのが問題なんだ。」

咲希は、真っ赤になって口を押えたまま、じっとショーンを睨んだ。確かに自分が悪いんだろうけど、それでもそんな言いぐさってないじゃないの。どうやって隠したらいいって言うの。

ショーンは、頷いた。

「隠し方を教えてやるよ。ついでに、あんたにぴったりの術をいくつか。」

間違いなく考えが聴こえている。咲希は、じーっと疑いの視線をショーンへ送った。

「その代わり…リリアナを連れて行くとか言うんじゃないでしょうね。」

ショーンは、珍しく真面目な顔で首を振った。

「今はそんなこた言わねぇよ。結局訪神見聞録の中の蘇生術は本物かどうかもわからねぇうえ、使ったらヤバイことは分かったし、シャデル王が帰って来て別の術を教えてくれなきゃオレは動きようがねぇ。マーラも連れてかれちまってるし、アルトライがどうのとややこしいことになりそうな今、少しでも戦力が欲しいだけだ。あんたが術を扱えるようになりゃ、こっちは百人力だろう。だから教えようってのさ。肝心な時に敵に考えダダ漏れってのも困るしな。」

咲希は、しゃくだったがそれでもショーンが嘘をついてるようには見えなかった。なので、渋々頭を下げた。

「じゃあ…お願い。私に、術を教えてちょうだい。」

ショーンは頷いて、顔をしかめた。

「あのなあ、こっちはあんたのために言ってやってるのに。あからさまに嫌そうな顔するなよ。じゃ、まずはその、思考がダダ漏れなのを直してから、術を教えてやろう。」

咲希は頷いて、ショーンについて談話室へと入って行った。


ショーンは、案外にいい先生だった。

今までダニエラにも折々に教えてもらってはいたが、ここまでわかりやすかったのは初めてだ。

ショーンに言われた通りにすると、自分の考えを遮断して回りへ拡散しないようにすることが簡単に出来た。自分の気を抑える方法もついでに教えてもらった。両者は感覚がとても似ているので、やりやすかったのだ。

一時間ほどして咲希がそれを習得したのを見てとると、ショーンは満足げに言った。

「やっぱりあんたは筋がいいな。まあ術者ってのはこれを一番最初に習うんだが、大体体得するのにひと月は掛かるんだよ。」

咲希は、少し気分を良くして微笑んだ。

「教えてもらってやってみると、何だか前から知ってたみたいにすんなり馴染んだの。とても簡単だったのね。」

ショーンは笑った。

「その簡単なことが出来てなかったってことだ。で、これは基本の基本だから、ここからが術の話。」

咲希は、ごくりと唾を飲み込んだ。そうだ、これは自分のことだけだけど、これから人を助けないといけないのだ。ショーンは、言った。

「ディンダシェリア大陸には、巫女が居てな。神に仕える者として、昔から古代の術を使って皆を助けて来て、ミクシアで住んでいたんだが、今ではその血筋があちこちに散らばっていて、その術は失われていると言われている。普通の術は誰でも使えるし、それでもみんな困っちゃいねぇんだが、巫女の術は奥が深い。オレもその術ってのを使えないかとミクシアを訪ねたり、現存している巫女の血筋の女達を訪ねたりして、いくつかそれを体得したんだ。」

咲希は頷いた。

「でも、その血筋しか使えない術だって聞いているわ。」

ショーンは、少し驚いたような顔をした。

「よく知ってるな。そうだよ。オレもそう聞いてる。で、オレはその血筋だってこの術が扱えた時知ったんだ。ただ、かなり薄まってるらしくて、使える術は少ないが。」

咲希は、顔をしかめた。

「じゃあ…いくら力があっても、きっと私には無理よ。だってそんな筋じゃないと思うわ。」

だが、ショーンは首を振った。

「あんたは女神ナディアの生まれ代わりなんだろう。ってことは、その血筋の原点だ。」咲希が驚いた顔をすると、ショーンは続けた。「ナディアの娘から繋がった者達が、力を継いで巫女と呼ばれるようになった。つまりはあんたは、巫女どころかそれを遺した張本人なんだ。間違いなく、術を使えるはずだ。で、この術はな、命の気が無くても使える便利な代物なんでぇ。オレが全部使えたら、絶対ディンメルクで役に立ったのにオレじゃあせいぜい魔物の話を聞くぐらいしか術がまともに使えなくてな。」

咲希はそれを聞いて慌てて自分の腰のポーチからメモ用紙を取り出し、言った。

「そんなに便利なんだったら、頑張って覚えるわ。さ、教えて。」

ショーンは、顔をしかめた。

「簡単に言うなよ。まずは体得しなきゃならないっての。呪文だけ知っててもうまく行かないのが魔法だろうが。じゃ、初めてで部屋荒らされても困るし、バルコニーに出な。」

咲希は、慌てて手帳をポケットに突っ込むと、ショーンについて外へと出る。

「さあ突貫工事だ。寝れると思うなよ。」

ショーンが、構えた。咲希は、少し怖気づいて顔をゆがめた。

「ええ~?!別に一度に教えてくれなくてもいいわよ、初心者用を幾つかで!」

だが、ショーンはそんな甘い師匠ではなかったらしい。

結局そこからは、一晩中ショーンから術の特訓を受けていたのだった。

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