アーシャン・ミレー2
アーティアスとシャデルが急いで飛んで行ったのは、島の南側にある断崖だった。絶壁になっているので、誰も来ることは出来ないし、船を接岸しようにも岩々がゴツゴツと突き出していて近づくことは出来ない場所になっている。
ここなら、誰も来れないだろうと思ったのだ。
ラーキスもここならと側にホバリングして浮いていると、ゆっくりとついて来ていたクロノスが言った。
「これは…安定した地盤と言うたではないか。ここは一枚岩ではないぞ。いくつかの岩が組み合わさった場所。」
アーティアスは、うーっと唸って叫んだ。
「ならばどこがいいと申すのだ!主がアーシャン・ミレーを指定したのではないのか!」
地団太踏めたら踏んだだろう。だが、空中だったのでそれは出来なかった。
クロノスは、そこから西を指した。
「あちら。大陸に近い位置の方が安定しておって海底から続く一枚岩の場所がある。この島の西の絶壁がそこに当たる。」
「西か!」
アーティアスがそちらを見て浮き上がる。しかし、シャデルが首を振った。
「ならぬ!」と、そちらを睨んで険しい顔をした。「今サラデーナ軍の軍船がそちらに集結しつつある!上陸しようとしておるようぞ。」
アーティアスがそちらの方を、気を探ってみるように目を細めた。
「…早いな。まさかここまで迅速に動くとは。」
ラーキスは上で翼をはためかせながら、言った。
『オレは目立つゆえこのまま飛んでは行けぬ。陸を行くが、主らはどうする。』
シャデルは、頷いた。
「我も陸を行かねばならぬ。飛んでも良いがより多くの気を放出するゆえ、あれらに気取られるのが早くなろう。」と、結晶を見た。「これを一度戻すのも良いか、戻す時の気の放出でも気取られるゆえ、このまま持って参るよりないの。」
アーティアスは、ラーキスとシャデルと共に陸へと足を付けた。ラーキスは、すぐに人型になる。
「主は、このシャデルの石を持って行って設置してくれるというわけにはいかぬのか。」
アーティアスは、クロノスを見上げて言った。クロノスは、アーティアスを見下ろして言った。
「それは、主らの責務。我は手を貸しておるだけ。本当ならば設置の術もサキかシャデルが行わねばならなかったのを、急いだ方が良いだろうと思うて我が手助けしてやっておるのだ。本来、台座の場所へ来ぬと姿も現す責任はないのだぞ。」
アーティアスがムッとした顔をしたが、シャデルが横からその袖を引いた。
「良い、急ごうぞ!これ以上兵士が増えては石を設置出来ぬようになろう!とにかくは西へ!」
仕方なくアーティアスは走り出す。足元は少し浮いていて、明らかにスピードを上げて走る体勢だ。ラーキスはそれが出来ない自分を呪いながら、必死に地面を蹴ってその後へついては知ったのだった。
西には、迎賓館のような物が建っていた。
そこへ上陸した兵士達は、思った通りそこの金色の手すりなどを剣で叩き割ったりしながら、目を輝かせて略奪に掛かっている。
そんなことに必死になっているせいか、こちら側へと潜んでじっとそんな様子を伺う三人には気づきもしないようだ。
シャデルが、眉を寄せてそんな兵士達の様子を見て言った。
「…あさましいものよ。我はこのようなことを許したことは無いのに。」
アーティアスは、嘲るように小さく笑った。
「我が民を襲った者達は死体から粗方金細工を強奪して行っておったぞ。主は全てを把握しておらんかっただけだ。」
シャデルは、苦しげに顔をしかめた。ラーキスが、見かねて言った。
「戦の常ぞ。それより設置場所はどこにする。」
アーティアスが、声を潜めて脇を見て言った。
「…こちらぞ。」
脇の茂みを利用して、ゆっくりと移動しながら、潮の気配がする方向へと進んで行った。
クロノスは、どこへ行ったのか姿がない。恐らく、シャデル達が見つからないように配慮しているのだろう。一応は、そういう気遣いはしてくれるようだった。
波の音が聴こえる場所まで来た時、背の低い茂みの中で伏せたまま、アーティアスは下を覗いた。
「…ここが端。ここから下は崖になっておる。この辺りなら、設置できるのではないか。」
うなずいたシャデルが、答えた。
「激しく光が生じるゆえ、気取られるであろうな。」
ラーキスが、かなり近い位置に居る兵士達を振り返りながら、気遣わしげに言った。
「見張りに立っているだろう兵士達から5メートルほどしか離れておらぬ。こちらに背を向けているところを見ると、こちらから出て来るなどと思ってもいないようだが、それでも光が生じれば気取るだろうな。」
アーティアスは、ラーキスに背を見せた。
「乗れ。我がおぶって主を下へ連れて参る。シャデルもついて参れ。」
シャデルは、首を振った。
「断崖の途中へ設置させようと思うておるのだろうが、ラーキスを背負って浮いておっては逃れるのがひと苦労であるぞ。ラウタート対策の射出の魔法術を、サラデーナの術士は体得しておるのだ。まだ地上で迎え撃った方が、あやつらには対応出来る。」
アーティアスは、チッと舌打ちをした。
「よう研究しておるわ。ならば覚悟しようぞ。このまま、地上を兵士達を蹴散らして逃げる。さあ石を。設置ぞ。」
シャデルは、懐から石を取り出した。すると、姿は見えないがクロノスの声がした。
《ここへ設置するか。》
シャデルは、伏せたまま頷いた。
「この断崖の壁へ。」
《承知した。》
そして、シャデルの石は光ながら断崖の方へと降りて行く。いきなり生じた光に、兵士達がこちらを振り向いた。
「何か光っているぞ!」
「海の方角だ!」
アーティアスは、じりじりと伏せたままその場所から後退しながら、つぶやいた。
「まだ気づいてくれるな。まだ近過ぎるぞ。」
ラーキスも必死に下がる。アーティアスやシャデルは伏せていても浮いて下がればいいが、ラーキスは正味地面と接しながら自分の身を引きずるのでかなりの力が要った。
兵士が続々と集まって来る。20メートルほどそこから下がった後に、海の方から大きく光が上がったかと思うと、それはスーッと消えた。
術士の装束に身を包んだ男が、海の方へと覗き込んでいたが、叫んだ。
「これはファルにあったのと同じぞ!今設置されたばかりだ!この近くに居る、探せ!」
「よし、走れ!」
アーティアスは途端に飛び上がるように起き上がると、一目散に駆け出した。同時に、シャデルもラーキスもそれを追って走る。
「居たぞ!シャデル王が…!!」
ラーキスも、必死について走った。だが、これほどのスピードで走るのは初めてで、戸惑った。いつもなら、普通の人の中で居るので、自分が全力など出したら誰もついて来られないので、合わせて走るからだ。
それぐらいのスピードなので、当然兵士達はどんどんと引き離されて行っていた。
アーティアスが、ちらと後ろを振り返って、そして慌ててラーキスへと飛びついた。
「術が来る!」
ラーキスは、アーティアスと共に突き飛ばされて横へと転がった。シャデルは、自分で察知してそれを避けている。ラーキスが居た場所には、焼け焦げた跡があった。
「行くぞ、止まってはならぬ!」
アーティアスは、ラーキスの腕を引いて浮き上がり、引きずるように走り出した。
後ろからは、どんどんと術が飛んで来る。だが、こちらが地上に居るので木々などが邪魔をして狙いを定められにくいらしく、かすめる程度で命中は避けられていた。
「このままでは、あの岬に着くぞ!飛ぶよりない!」
アーティアスが息を切らせながら叫ぶ。シャデルが、叫び返した。
「良い!水中まで追って来られる術はない!飛び込んで息が続く限り水中を進むよりほか逃れる術はない!」
そう言っている間にも、岬の先端へと来た。三人は、立ち止まることなくその断崖から海へ向けて飛んだ。
「クソー!オレは水中は得意でないんだ!」
アーティアスの叫びを最後に、三人は海中へと消えた。
「飛び込んだぞ!」
「どこだ、探せ!」
「浮いて来たら撃て!」
ワーワーと断崖の上で兵士達が団子になって叫んでいたが、三人が浮かんで来ることはなかった。




