海底へ
ギードは、兵を率いてひたすらにシャデルを探していた。
ギードは軍では部下達からの信頼も厚く、長く軍に居たこともあり、サラデーナの軍部というより、ギードの命令に従って忠実に動いてくれる兵士をたくさん持っていた。
なので、その兵士達に事情を話し、シャデル王をバークの魔の手から救うために、一刻も早く先に探し出す必要があるのだと説いて、共にあちこちの街で聞き込みを重ねて探し続けていたのだ。
バークが首都デンシアへと急いで引き返したことを聞いた時、自分はケイ平原を西へと探していたが、急いで引き返し、川を下って海へと出て、首都へと向かった。
しかしその途中、バークがミラ・ボンテへと兵を急ぎ向かわせているとの連絡が入った…ギードは、急いでそちらの方角を見た。
自分には、術の心得はあまりない。それでも、王の気は探ることが出来た。王のあの澄んだ気の残照は、天上へと打ちあがり、そして南へと流れて行くのが感じられた。
ディンメルクへ逃れられたのか?
ギードは、心配になった。ディンメルクには、ラウタートが居る。ラウタートは、それこそ王を目の敵にしていた。このままでは、王はあちらから帰って来られないどころか、あちらへ入る前に殺されてしまうかもしれない…。
それでも、ギードはあきらめなかった。
シャデルは、愚かな王ではない。恐らくは、自分のように気を読むバークのことを考えて、そちらへ行ったと見せかけて、その実どこかへ潜んでいらっしゃるに違いない。
ギードは、密かに数人の兵士を連れて、シャンテン列島をくまなくシャデルを探して歩き回っていた。
ララコンの港では、消えて行ったクロノスを見上げて、皆が呆然と空を見ていた。
クロノスは、確かに創造主が居る事実を教えてくれた。しかし、女神の存在は否定し、アルトライを与えたのは創造主ではないようなことを言って、去って行った。
最初に我に返ったのは、シャデルだった。
「とにかくは…創造主という者が居る事実は分かった。しかし、女神の存在は知らぬと。アルトライは、やはりただの言い伝えの人が作った書物でしかないのか。」
しかし、克樹が首を振った。
「そんなはずは…創造主という言葉が残っている自体、真実なのですよ。それを知っていた人が居た。少なくとも、訪神見聞録を書いた人は、それを知っていたのです。」
ラーキスは言った。
「クロノスは、創造主が力を与えることは許されていないのであって、出来ないとは言わなかった。」
克樹は、ラーキスを見た。
「え?」
アーティアスが、横から言った。
「ラーキスの言う通りぞ。我は訪神見聞録を深くは知らぬが、今の話は分かる。クロノスは出来ないとは言っておらぬ。出来ないのなら、力を後から力を与えられた者が害でしかないゆえ、加護を与えられぬとか言わぬだろう。やった者が居ったゆえ、害でしかないと知っておるのではないのか。」
克樹が、パアッと表情を明るくした。
「そうか!つまりは、そんなことをやったからこそ、ウラノスに消されたんじゃないのか、前の創造主は!」
ショーンが、分かったと手を打った。
「シャデル王は訪神見聞録5を読んでて知ってるって言ってたよな。最後は悲惨だったって。もしかして、アンネリーゼはウラノスから見捨てられたから、そんなことになってしまったんじゃないのか。だからやっぱり、アルトライは本物だ!」
咲希が、シャデルと顔を見合わせた。恐らく、同じ気持ちなのだろう。今の話を聞いていて、なぜか心に浮かんで来たこと。
咲希が黙っているので、シャデルが言った。
「…ならばアルトライにはこれ以上触れぬ方が良い。」
皆が、驚いた顔をした。ショーンが足を踏み出した。
「なぜ?!あれがあれば、バークなんか目じゃないだろう。どんな悪だくみも、押さえちまえるんだぞ?!もしかして、死者だって生き返らせることが出来るかもしれねぇ!」
それには、咲希が答えた。
「分からない?ウラノスはアルトライ自体を認めてないのよ。それに関わる者は、全て見捨てられてしまうの。アルトライを処分すると言うのなら力を貸してくれるかもしれないわ…でも、それを生み出した創造主を消したウラノスが、アルトライを良く思っていないことは想像するに難くないでしょう。私達が今こうして頑張っている気を正すことだって、手伝ってくれなくなる可能性があるわ。今は、アルトライのことは忘れてしまう方がいい。アルトライごと、私達や、私達の世界まで消してしまわれるかもしれないのよ。」
克樹が、ショックを受けたような顔をした。ショーンは、ぐっと黙ると顔を険しくして横を向く。
アーティアスが、ため息をついた。
「ま、身に余るほどの力など我は興味はない。今で充分ぞ。そんなものを持っておったら、どんな責務を背負わされるものか。とっとと予定通りアーシャン・ミレーへ参って、さっさと石を設置して参ろう。」
クラウスが、案じるようにアーティアスを見た。
「すぐに行かれるのですか。少し休まれた方が良いのでは。」
アーティアスは笑った。
「我が何をしたと申す。ここまで船で寝ておって、着いたらシャデルがさっさとクロノスを呼び出して石を設置しただけ。何も疲れておらぬわ。」と、ジークフリートを振り返った。「我が居らぬ間、残りの者達を頼んだぞ、ジークフリート。」
ジークフリートは頭を下げた。
「は。お気をつけていらしてください。何かの折には、すぐに出て参れるように備えております。」
ラーキスが、咲希を見た。
「では、行って参るぞサキ。それほど時は取らぬと思う。主はここで、皆と待っておればよいから。」
咲希は、なぜか心が騒いで心配そうにラーキスを見上げた。
「ええ。私は大丈夫よ。でも、ラーキスも気を付けてね。グーラに戻ったら、体が大きいから術に当たるのではないかと心配だわ。」
ラーキスは、ぽんと咲希の頭を叩いた。
「案ずるでないわ。あの姿の方が早う動けて楽なのだ。術などに当たるものか。」
咲希は、ラーキスから離れて後ろへ下がった。クラウスも、アーティアスから離れる。
すると、ラーキスは見る間にグーラの姿へと戻り、頭を下げて乗り込む姿勢になった。
「なんとアンバートでは…!」
ジークフリートがびっくりしているようで、目を丸くして絶句している。こちらでは、グーラは伝説の生き物らしいので、当然の反応だろう。アーティアスが、シャデルと共にその背にまたがりながら、笑った。
「どうよ、伝説の神鳥ぞ。共に旅をしておったのだぞ?縁起が良いであろうが。」
何やら嬉しそうだ。ラウタートが縁起がどうのと言っているのに違和感があったが、ジークフリートが声も出せずにコクコクと何度も頷いているのを見て、本当に珍しいのだと実感した。
『では、参る。』
ラーキスが言う。そして、二人を乗せたラーキスは、北北東へ向けて飛び立って行った。




