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地下

その数日前、アラクリカの最奥の神殿の中、バークは、動かなくなったコルネリウスを見下ろし、厳重に金色の金属の帯で封をされた古い重厚な設えの本を手に厳しい顔をしていた。側には、若い神官の格好をした一人が控え、膝をついてバークを見上げている。

「バーク様、ならばそれは誰にも開けぬと。」

バークは、そちらを見ずにじっと手にしている本を見つめた。

「…いや、女神の間へ行けば開く事が可能なはず。オレがまだここに居た時、これの存在を聞かされ、ここの書物で詳しく調べたのだ。アルトライは然るべき場所で然るべき呪を唱えれば開く、とな。」

相手は、顔をしかめた。

「しかし…然るべき呪とは?」

バークは、チラと相手を見た。

「さっきお前がコルネリウスに吐かせたではないか。」

相手は、慌てたように首を振った。

「こやつはそれを言わなかった。創造主の名を告げるのだと。そんなもの、誰も知りませぬ。こやつに吐かせる前に、バーク様が息の根を止めてしまわれたから…。」

バークは、フッと笑った。

「ニクラス、いくらお前が内偵しておったとはいえ、オレは信じておらん。オレは誰も信じないのだ。それをお前に知られる危険を冒すと思うか?真実は、オレのみが知っていたら良いのよ。」

ニクラスは、驚いたようにバークを見上げた。

「では…バーク様は創造主の名を知っておられると?」

バークは、声を立てて笑った。

「おお、知っておる!偶然に知った。ライアディータから来た探査船の中にあった、一冊の本に記されておったわ。シャデルにも知らせずにオレが手にして隠しておったもの。オレはこれを開く事が出来る!」

バークは、高笑いをしながら歩き出した。その足元には何人かの神官達が倒れている。ニクラスはそれらを踏まないように避けて歩きながら、バークを追った。

外へと出たバークは、待っていた若い部下のフォルカーに、上機嫌で言った。

「見ろ、フォルカー。遂に手に入れたぞ!」

バークの顔は上気し、珍しく興奮状態にあるようだ。フォルカーは、微笑んだ。

「それが、おっしゃっておられた大陸を制する魔法が記されておるという書ですか?」

バークは、頷いて軽快にフォルカーへと歩み寄った。

「案外に容易かったわ。シャデルが居ってどうにもならなんだが、こうなるとあれが居らんようになって良かったのかもしれんな。」

フォルカーは、表情を引き締めてバークを見上げた。

「ご油断なさってはなりません。力を封じられてるとはいえ、どちらかに潜んでおる限り何をして来るか分からない。面倒なのは変わりないのですから。まだ書を手にしただけでしょう。」

バークは、それを聞いてすぐに不機嫌に顔をしかめた。フォルカーはそんなバークの目をじっと見返した。バークが、自分に反論する部下を疎ましいと遠くへと追いやるのは知っていたが、それでも自分は退くつもりなどなかった。

10年前にこの男が自分の腹心になるかとまだ幼かった自分に言い、そうして拾われてここまで来たのだ。自分には他に選択肢はなかった…正確には修道士になるか軍人になるかの二択だったが、自分は坊主になどなるつもりはなく、バークについて来るしかなかったのだ。

以来、この男の手足となって働いて来た。それが良いか悪いかなど、考えたこともなかった。

怒って自分を放逐するというのなら、それでもよかった。今の自分なら、どこへ行っても一人で生きて行けるからだ。

しかし、一瞬険しい顔をしたバークだったが、すぐフン、と鼻で笑い、フォルカーの肩をポンと叩いた。

「まったくお前らしい。他の部下のヤツがオレに罰しられるのを恐れて機嫌ばかり取るのに。」と、足早に歩き出しながら続けた。「さ、行くぞ。お前の言う通りシャデルが何か企んでおるかもしれぬ。さっさと術を起動せねば。」

バークは、辺りに倒れた修道士達には見向きもせず、兵士達が立ち並ぶ中を出入り口の方向へと歩いて行く。

フォルカーは、気配に後ろを振り返った。そこには、バークを追って来たニクラスが立って、じっとフォルカーを睨んでいる。

「…一緒に来るのだろう。もうここには居られないはず。」

ニクラスは、足を踏み出した。

「行くしかないだろうな。」

フォルカーは、さっさとバークを追って歩き出した。ニクラスも、それを追って歩き出す。

他の神殿の者達が怯えて遠巻きにこちらを見ている視線を感じながら、皆が行く方向へと流されるまま一路クーランへと向かったのだった。


真っ暗な中、光が薄っすらと見える気がする。

目を開くと、そこは回りを岩に囲まれた暗い洞窟のような場所だった。

体の節々が痛い…見ると、体のあちこちに擦り傷が出来ていた。自分が寝ている場所は、上から降り積もったらしい落ち葉がある場所で、土の匂いがしていた。湿った空気を感じて顔をしかめ、体を起こして回りを見回すが、薄っすらと上から漏れて来る光では遠くまで見通すことは出来なかった。

それでも、そこがどこかの穴の底で、自分がここから出るには上からは到底無理なので、その暗いどこかへと道を探して歩くしかないことは分かった。

「私…どうしてこんな所に。」

女は、誰にともなく呟いた。何が起こっているのか分からない。自分がどうしてこんな場所で寝ていたのかも、何があってここへ来たのかも…そう、自分の名前すら、何も女の心には浮かばなかった。

混乱して叫び出しそうになるのを何とかこらえて、女は自分の腕を見た。そこには、何やら大層な感じの腕輪が一つついている。それが何のためにあるのかは分からなかったが、それでもそれが大切な物なのは分かった。

どうしてそれが分かったのか分からなかったが、女は慣れた手つきでそれをパチンと開いた。開いてから、そんなことが出来たことに驚いた。

そこには小さな画面があって、回りに小さなボタンがついていた。どれを押したら何が出るのか分からなかったが、自分がこれを使いこなしていた事は想像出来た。

「…ここは、どこなの?」

女は、誰にともなく呟いた。真っ暗な中、それに答える者は誰も居ない。女は、震えて来る体を無理に押さえつけて、とにかくは落ち葉の上から離れようと足を踏み出した。長年降り積もっていたらしい落ち葉のマットの中へ、足はズブズブと沈んで行く。苦労してそこから離れることに成功した女は、ゴツゴツとした岩肌を横目に見ながら、そこにあった二つの出口らしき場所から一つを慎重に選び、脱出すべく歩き出した。

辺りは、本当に真っ暗だ。

少し歩いただけで漆黒の闇で足元も、目の前すらすぐに見えなくなった。女は、腕輪を探ると、闇雲にあっちこっちを押してみた。腕輪は、変な音を立てていたが、そのうちにパッと白い光が着いた。

…これで見えるわ。

女は、ホッと安心して前を見た。

そして、すぐに顔を暗くした…道は、ゴツゴツとした岩場で、先はどんどんと狭まっているようにも見える。

こちらへ歩いて行って、本当に出口を見つけられるのかどうか疑問だった。

それでも、行くしかない。

女は、足元を凝視ながら、慎重に足を進めた。だが、ここから出て自分がいったいどこへ行きたいのかも、全く分からなかった。

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