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かつての想い

それから、アーティアスは王城へと帰って、咲希とエクラス、クラウスが必死に止めるのも聞かず、マティアスに散々文句を言った。マティアスは涼しい顔でそれを聞いていたが、一言、言った。

「真実であろう?我がここを去った時、主は少しも学ぼうとせずに、臣下達を困らせておったではないか。政務など面倒だ、王座など要らぬとか言うて。主がそんな風なので、真面目なユリアンを跡目にしてはと臣下に言われ、我も面倒であったのだぞ?短気で直感でなんでも決めおってからに。我は案じておったわ。」

アーティアスは、ぐっと詰まったが、それでも食いしばった歯の間から言った。

「そんなことを言うて…しかし結局、何も学ばせないまま放って出て参ったくせに。」

マティアスは、手を振った。

「ああ、まあ主なら己で模索してどうとでもするだろうと思うておった。思うた通りであったろう?」

すると、マティアスと対面に座っていたシャデルが言った。

「我など王族でも無かったのに。孤児で、国に面倒を見てもらって育ち、自動的に軍隊へと入れられただけの術士だった。それが、ある日突然に王座に就かされた。それでも何とかなったもの。生まれながらの王族であれば、尚の事。」

アーティアスは、それを聞いて驚いた顔をした。シャデルは、王族でも貴族でも無かったのか。

「…主は、孤児であったのに13で王座に?」

シャデルは、頷いた。

「どういう訳かバークに強く推されての。他の将軍も臣下も反対せなんだ。それで、いきなり王と呼ばれるようになったのだ。今にして思えば、我をいいように使おうと思うた、バークの策であったのであろうがな。」

思えば、同じぐらいの時期に王座に就いていたのだ。今のアーティアスは27、シャデルは23。確かに、歳も近かった。

「主なら…話は合うかもしれぬの。」

シャデルは、少し驚いたような顔をしたが、ふっと笑った。

「確かにの。似たような境遇であるしな。」

咲希は、後ろでそれを聞いていたが、シャデルの笑顔を見て、また胸がドキドキとするのを感じた。どうして、こんなに慕わしく感じるのだろう。同じ、太古の力を持つ者同士…。

咲希がそんなことを思いながら、せつなげな顔で見ていると、シャデルがふと、こちらを見た。その赤い瞳と目が合って、咲希は真っ赤になって下を向いた。するとシャデルの向かいのマティアスがそれに気づいて片眉上げる。アーティアスが、何が後ろに、と思って、咲希を見た。

「何事ぞ?」そして、咲希が真っ赤な顔をしているのを見て、顔をしかめた。「何ぞ、何かの病か。というか、主の気、なぜにそんな色になっておる。誰かに懸想したのか。」

咲希は、驚いて両手で口元を押さえた。誰かにときめいたら、気の色で分かるって言うの?!最悪ー!!

マティアスは、ふふんと笑った。

「何ぞ、主、ラーキスではなく我にするか。その方が良いぞ、楽に生活出来るし。」

咲希は、びっくりして大きく首を振った。

「違うわよ!あなたみたいにデリカシーの無いひとなんて嫌!人前でそんなことをずけずけ言うなんて!」

マティアスが、呆れたように言った。

「そうよアーティアス、主がそのようなことに不案内なのは知っておるが、それでは来る女も逃げるわ。ではなくて、サキはシャデルを見ておったように思うぞ?まあ同じ王でもこっちの方が若いのに落ち着いておるし、懸命な判断よな。」

咲希はますます赤くなった。違うのに…そうじゃなくて、本当に勝手に心が反応してしまっているだけで。

シャデルが、明らかに驚いた顔をして、咲希を見た。

「主も、我を慕わしいと思うか?」

咲希は、あっちもこっちもハッキリとこんなことを言う男ばかりに囲まれて、心臓が口から出てしまいそうだった。

「いえ、あの…私、少しおかしくて。」

アーティアスが割り込んだ。

「シャデル?!あのな、主は気が多いわ!あっちもこっちも、ラーキスはどうするのだ、三人を夫にするつもりか?シャデルは力の有る王であるし、我も然り。それを二人も囲うはいくら主の力でも無理ぞ!」

咲希は、もうちょっと黙って欲しいと叫んだ。

「もう、やめて!そんなつもりはないわよ!私は結婚するなら一人です!」

「こら、ややこしゅうなるから主は黙れ。」マティアスがアーティアスを押さえて口をはさんだ。「シャデル、主、今『主も』と言うたの。主はサキを慕わしいか?」

シャデルは、大真面目に頷いた。

「会ったばかりの時からの。大変に懐かしい。しかしこれは、我の感情ではないような。同じ命に刻印を持つ者同士であるからか。我の前の生が、影響しておるように思う。なので、流されぬように己を抑えて一歩退いて見ておるのだ。」

咲希は、同じだ、と思った。シャデルも、恐らく前世の記憶に引きずられそうになっている。そして、それに危険を感じて、踏みとどまっているのだ。

咲希は、思い切って顔を上げて、シャデルを見た。

「実は、私もそうなのです。自分でなくなるような気がして…心の中で、それを抑えておりますが、それでも…きっと、前の生では私の方がシャデル様を想っておったのでしょうか。お顔を見るたびに、気持ちが高揚してしまいます。」

シャデルは、笑うことなく、頷いた。

「我もそのように。主の顔を見る度、心が湧くのだ。」

これが普通の時なら、相思相愛だと喜ぶところだろう。だが、明らかに違うところからの感情に、二人は複雑な想いだった。すると、戸口の方から声がした。

「お二人は、夫婦だったのですよ。」それは、圭悟だった。後ろから、シュレーも入って来る。「シャルディークとナディアは、共に民を守って生きていた。そして、黒い心を植え付けられた男にはめられて、シャルディークは命を落とし、ナディアもそれを探すあまり、同じように策にはまって、命を落としました。数千年の間、二人は離れ離れだったのです。」

シャデルも、マティアスもアーティアスも、皆がそちらを見た。後からは、ラーキス、アトラス、克樹、美穂、リリアナ、スタン、サルーも入って来る。シャデルが言った。

「主らは、やはり知っておるか?我を見て、シャルディークと言うたの。面識があるわけがないのに、なぜに知っておる?」

シュレーが、言った。

「大層なことになるのを恐れて、あちらでも公には言うておりませんでしたが、あちらの命の気の流れが乱れた時、それを正した旅をしたのが、我らなのですよ。」克樹が、びっくりしたようにシュレーを見る。シュレーはそれを感じながら、肩をすくめて言った。「陛下に真実を書けと言われて、本にしましたが。世間では作り話だと思われておって。しかし、真実です。我々は、シャルディークとナディアに会い、共に力を合わせて世を平穏に収めました。その後、二人は解放されて天へと帰った…20年前のことです。」

圭悟が、後を引き継いだ。

「ラーキス、実はマーキスと舞が、あの旅に出て来るグーラと巫女なんだ。だからラーキスには、巫女の血が流れてるんだよ。アトラスの両親には、ダッカが襲われた時に助けてもらった。オレ達は、一緒に戦ったんだ。」

自分達の親が、あの旅の面々だったのか。だからこそ、親たちは子供にその本を与え、それが真実だと教えていたのだ。

ラーキスとアトラス、そして克樹は衝撃を受けていた。咲希も、それを聞いて驚いていた…じゃあ、ラーキスの両親が、あの困難な旅を成し遂げたグーラと巫女だったのだ。巫女は、その姿形ではなく、内面を愛したのだと書いてあった…最初にこの世界に来た時に見た、あの二人がそうだったのだ。

妙に納得すると同時に感動していた咲希は、ただ呆けたようにそれを聞いていた。シャデルは、言った。

「我はその歴史のことについては知らぬ。そのシャルディークとナディアの二人は、どういった人であったのだ。」

圭悟が、答えた。

「外見は、今の二人と大差ありません。私達が、それを見てそうと分かるぐらいそのままだ。少し幼いような気がするのは、きっとあの時の二人より若いからでしょうね。ナディアは、封じられていた。それからも、ずっと数千年の間、シャルディークを求めて探していたのだと本人の口から聞いております。なので、咲希がその転生して来た姿であるなら、シャデル陛下に惹かれてもおかしくはないのですよ。」

ラーキスが、黙って無表情に聞いている。咲希は、居たたまれなかった…咲希としての自分が選んだのはラーキスなのに、昔の自分が選んでいたシャデルに惹かれる自分が、情けなかったのだ。

シャデルは、咲希へと目をやった。そして、また圭悟へと視線を戻して言った。

「…おそらく、我もそうなのだ。しかし、我の意思ではないことは、知っておる。サキもそれを自覚しておる。なので、今生我らがそのような関係になることはない。」と、咲希を見た。「主は、己が選らぶ相手と添い遂げるが良いぞ。我らは新しい生を生きておる。古い記憶に従うことはない。」

咲希は、ホッとして頷いた。しかし、心の中では何かが悲しんでいるように思えた。胸が締め付けられる…でも、これは私の想いではない。

「サキ…。」

ラーキスが、そう言って一歩踏み出した。シャデルが、僅かに顔をしかめる。咲希は、皆の視線を感じて、自分の頬に伝うものを感じた。なんだろうと頬に触れて、自分が涙を流している事実に気付いた。

「え…」と、慌ててそれを拭った。「どうして…?私、何も…」

圭悟が、同情したように言った。

「わかってる。それは君の涙じゃない。女神ナディアの涙だ。」

咲希は、皆の視線から逃れるように立ち上がると、横を向いた。ラーキスが、歩み寄って来てその肩を抱く。咲希は、ラーキスの胸に寄り添って、言った。

「私が…自分でなくなりそうよ。ここから連れ出して。」

ラーキスは黙って頷くと、皆に目で小さく挨拶して、咲希を連れてそこを出て行った。

シャデルの目が、それを追いながら悲し気に光ったのを、圭悟は見ていた。

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