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父と母の真実

アーティアスが窓から飛んで、自分でも無意識のまま、キジン湖の畔へと向かうのを、マティアスは複雑な気持ちで見ながら追っていた。

思えば、あの息子がろくに口も利かなくなったのはエレオノーラが死んだ後から。

湖へ身を投げたと聞いたマティアスが、すぐに戻って来たがもう、エレオノーラはそこに居なかった。代わりに、あの美しかった瞳に術を変えたものを二つ残して、自分へと最後までその愛情を示して逝った。

マティアスは、それから思い出すのがつらくて、ろくに墓へ行ってもいなかった。

アーティアスは、逆にしょっちゅう墓の前で座っていたのは知っていた。

つまりは、アーティアスが自分にわだかまっているのは、おそらくエレオノーラの最後についてだろう。

何も知らない子供であったアーティアスが、自分を恨んでいてもおかしくはない。なので、マティアスはここで、話しておくべきだと思った。このまま、自分が世を去ったら、あの息子は一生憤りを抱えて生きて、死んでいかねばならない。ならば、今この時に話してしまうべきなのだ。

ついに、その時が来たのだと、マティアスはアーティアスを追ってその墓の前へと降りて行った。


アーティアスは、じっと背を向けて立っていた。

間違いなく、マティアスが追って来るのを知っていたようだ。マティアスは少し手前で降りて、アーティアスから少し離れた位置で立ち止まった。

「…聞きたいことがあるのだろう。」

マティアスが声を掛けると、アーティアスは後ろを振り向きもせず、黙ったまましばらく立っていた。

そして、そのまましばらく黙ったままだったが、マティアスはじっと待った。アーティアスが、話したくないはずはないのだ。今までの不満をぶつけたいはずなのだが、しかしどう言い出せばいいのか、今言うべきなのか、迷っているのだろうと思った。

たっぷり五分はそのまま二人で、時々に流れて行く風に吹かれながら立っていたが、いきなりアーティアスが、くるりと振り返って口火を切った。

「父上は、なぜに母上が自ら命を絶ったのかご存知か。」

マティアスは、頷いた。

「知っておる。だが恐らく、主が思っておる事とは違うであろうぞ。それでも、主は聞きたいか。」

アーティアスは、今にも飛び掛らんばかりにマティアスに寄った。

「父上こそ、ならば知らぬのだ!臣下の言った事を鵜呑みにされておるだろうが!我は、側に居ったのだから知っておるわ!」

マティアスは、アーティアスを見つめた。

「母が、その口から言うたのか。新しい妃を迎えるのがつらいと?」

アーティアスは、驚いた顔をして、ひるんだ。父は、知らないはずの理由を言った。だが、確かに自分は母の口からそれを聞いたのではない。

「で、ですが…それ以外に、理由など無かった。」

マティアスは、息をついた。

「…我が悪い。主らに何も言わずに来た。」と、目の前の墓石を見上げた。「口に出すのもつらかった。思い出しとうなかったからの。だが、逃げておってもわだかまりを後へ残すだけ。話そうぞ。主には…恐らく、つらい話になろうが。それは、我も同じ。思い出すのは、我とて重いのだ。」

マティアスは、ソっと墓石に触れて、目を閉じた。そして、アーティアスが生まれる前の、28年も前の話を始めた。


マティアスは、アーティアスと同じぐらいの歳には、もう王として君臨していた。父を亡くして数年、毎日面倒を持って来る臣下達の無理難題の中でも、マティアスが最も面倒に思っていたのは、適齢期になったマティアスの婚姻の話だった。マティアスはそれが面倒でならなかった…確かに側に居て欲しいと思う女しか、側に置く気にならなかったからだ。

王として、忙しい毎日を送っていたマティアスは、キジンにも住むことを許していた人の、里の世話もしていた。

視察に行ったが、皆は穏やかに過ごしているようだ。アントンという人の王も、まだ若く利口な王で、命の気がない首都であるカイでも、これと同じように穏やかに過ごしているのを知っていた。アントンとは何度も会って話をしていたが、マティアスはアントンの頭の回転の速さを気に入っていた。人でありながら、あれほどに頭が切れるのも珍しいと、一目置いていたのだ。なので、アントンの望み通りに、キジンの人のことも気にかけていた。

その視察の帰り、思いもかけずに時間が空いて、それでも遠くまで出るほどの時も無かったので、王城の裏にあるキジン湖を散策することにした。

ここのところ一人になることが少なかったマティアスは、久しぶりの開放的な空気に羽を伸ばしていた。

キジン湖をずっと回り込んで歩いていると、そこに、人が建てた家を見つけた。隠れるように木々の間にあるその家は、マティアスも知らなかったものだった。

こんな所にまで住まねばならないほど住居が足りていないのか。

マティアスは、命の気は多いが不便な環境下に居る人のことが気になって、その家を覗いた。

中に居たのは、若い女がたった一人だけだった。

美しいアッシュ系の、グレーのような茶色いような髪の持ち主で、瞳は不思議な虹色だった。角度によって変わるその珍しい色に、思わず釘付けになっていると、相手は視線に気づいたのか縫物の手を止めて、こちらを見た。

「え…あの、どなた?」

相手は、窓から見ているマティアスに、怯えたように言った。マティアスは、驚かせてしまったか、と慌てて答えた。

「いや…我は、マティアス。このような場所に人が居るので、どうしたのかと見に参った。里には、住居が足らぬか?」

相手は、マティアスが煌びやかな衣装で立っているので、急いで立ち上がって頭を下げた。

「お城のかたでしょうか?いえ、私はここを選んで住んでおります。ですので、お気遣いなきように。」

そんなことを言っても、こんな場所に女が一人、危ないだろう。今まで何も無かったのが不思議なぐらいだ。なので、マティアスは言った。

「里は合わぬか?ではせめて、もう少し王城の近くにでも寄ればどうか。ここでは、あまりに不用心であろう。見た所、主は一人のようであるし、誰かに知られでもしたら…。」

そう、人は愚か。女相手に、抵抗出来ないと見たら何をするか分かったものではない。

しかし、女は苦笑して首を振った。

「私には、誰も何も致しませんわ。でも、ご心配くださってありがとうございます。」

そうは言っても、気になった。

「何か事情でもあるか。我はラウタートであるし、話を聞かせてもらえぬか。」

女は、ためらうような顔をしたが、渋々ながら頷いた。ここの里の人はラウタートに対して、他の村の人に比べると横柄な態度はとるのだが、しかし逆らうことは出来ない。

女は、歩いて来て戸を開くと、マティアスを中へと招き入れた。

「どうぞ、狭い家ですが。」

マティアスは、中へと入った。こじんまりと片付いていて、王城よりは狭いが、それでもマティアスは居心地が良さそうだと思った。

女は、椅子へマティアスを案内すると、茶を入れて来て目の前のテーブルに置いた。

「どうぞ。」

マティアスは、頷いてそのカップを見た。王城の外で、何かを口にするのは初めてだ。何しろ、何をするにも臣下がうるさくて、ラウタートが作ったもの以外は口に出来なかったからだった。

それでも、それがとても新鮮で、マティアスはその女が入れてくれた茶を口へと運んだ。

「それで、主はなぜにここに?名を聞いて良いか。」

女は、頷いた。

「はい。エレオノーラと申します。私は、生まれたのもこちら。母は、特殊な力を持った術士で、私もそれを継ぎました。母から教えられた通り、こちらでひっそりと暮らしております。」

マティアスは、首を傾げた。

「術士とな?珍しい、人はなかなかに術を知るものが居らぬのに。」

エレオノーラは、寂し気に笑った。

「…はい。母が言うには、昔はもっとこの、キジン湖畔には私達のような力を持つ者達が住んでおったのだそうでございます。古代の、術を継承して参ったのだとか。祖先は、キジン湖の底から参ったとか、言い伝えられておるようで。でも、段々に数は減り、今では私だけになってしまいました。」

マティアスは、初めて聞くことに目を見開いた。

「湖の底から?それはまた…壮大な話よ。」

まず、息が続くまいに。

マティアスは、大真面目に考えていた。エレオノーラは、苦笑した。

「あくまで言い伝えでありますし、誰も信じておりませぬわ。でも、一族の女は、力のある子を宿すために、必ず湖に入れと言われております。成人の儀式のようなものですけれど、私はまだ成人しておりませぬから、入ったことはありませぬ。来月には、と思うておりますけれど。」

マティアスは、慌てて言った。

「何を言うておる。ならぬ。キジン湖はこうして見るとただの湖であるが、命の気が最も濃い場所。いくら術士でも、水へ入って直接にこの凄まじい気を受けたら、死するのか異形に変異するのか…我にも分からぬ。」

エレオノーラは、苦笑したままだった。

「マティアス様…私は、母がそうやって湖に入ってから授かった子だと聞いております。私達は、成人して力満ちた暁には、そんな気の圧力などに影響を受けないのでございますわ。母からも、一人になっても必ず儀式だけはするようにと言い使っておりますの。大丈夫ですわ。」

マティアスは、顔をしかめた。言い伝えなど、当てにならぬのに。だが、母親が同じことをして無事だったという。まさか娘に、命の危機があるようなことを進める親も居ないとは思うが…。

「では、我が立ち会おうぞ。」マティアスは言った。「何かあれば、術で拾い上げられるゆえ。一人でそのようなこと、してはならぬ。」

エレオノーラは、驚いたような顔をしたが、それでも、少し考えてから、頷いた。

「はい。私も一人では不安でしたので、心強いですわ。よろしくお願い致します。」

そうしてエレオノーラは、それから三日に明けず訪ねるマティアスと、そこで話をするようになったのだった。

家族が大怪我、入院中です!申し訳ありませんが、書き溜めていた分が無くなったら一時更新がストップします。本当に申し訳ないです!5/6

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