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マティアスの真実3

そこには、広い岩盤で囲まれた空間があった。

正面には水盆があり、その横に石の台のようなものがある。光が降り注ぐそこへと入って行きながら、マティアスは珍し気に回りを見回した。ミールは、水盆の前へと歩いて行きながら言った。

「わしは、このククルの長ぞ。術を駆使して、サラデーナの王に知られずに、ここでひっそりと暮らしておる。わしの結界がある限り、誰もこの里へ侵入して来れぬ。」と、水盆を指した。「これで、ここに居ても大陸のどこでも見ることが出来るゆえな。」

マティアスは、そこにシャデルの姿が映っているのを見て、思わず駆け寄った。シャデルは、何やら軍に指示して何かを探しているようだ。恐らくは、消えた自分を探して、この辺りに居るのだろう。

「わしの結界の中に落ちて来て良かったの。」ミールは、笑った。そして、水盆に映るシャデルを見た。「まだ子供であるのに。重いものを背負っておるようぞ。」

マティアスは、そこで初めて口を開いた。

「主は、見えるか?術士であるのか。」

ミールは、頷いた。

「ある程度は力のある術士だと思うておるぞ。」と、シャデルを指した。「こやつには劣るがの。しかし、我も懸念しておるのだ…どうも、回りの者の思惑に踊らされて、肝心なことが見えておらぬようよ。こやつが育った暁には、いったいどうなってしまうことか。」

マティアスは、まだ幼い顔立ちのシャデルを見た。確かに、まだ世間も知らない年頃なのだろうに、力が強いというだけで、いきなりに王に担ぎ上げられて、恐らくは民のためと必死なのだろう。殺すなと必死に言っていた。自分を見つけた時も、話がしたいと叫んでいた。アントンが言っていた通り、シャデルは恐らく、バークという将軍と、もしかして他にも誰かに、利用されているのか…。

主はほんに利口な奴よ、アントン。

マティアスは、心の中でそう言った。あの戦場で、シャデルの動きを見ただけでそれを悟ったのか。確かに、主は移住の時も、争いの元になると、サラデーナの民とディンメルクの民を一緒に住まわせることに反対したものだった。言った通りになった…主には、見えておったのにどうしようもなかったのだな。

「…我に術を教えぬか、ミール。」マティアスは、いきなりミールにそう言った。「我も主に、知る術で教えることが出来るものは知らせよう。お互いに、助け合いという奴ぞ。良いか?」

ミールは、じっとマティアスを見ていたが、ゆっくりと笑うと、頷いた。

「いいだろう。我は博識であるぞ?主が知る術とは楽しみなこと。ラウタートの王が知るものなど、滅多に学ぶ機会はあるまいに。」

マティアスは、もう驚かなかった。おそらく、ミールは全部知っている。だからこそ、自分を結界の中へ入れ、だからこそ、こうして治してくれたのだろう。ここに居れば、シャデルの誠も水鏡で見ることが出来る。しばらくの間ここで、誰が本当の敵なのか知り、アントンが予測した、その時に備えよう。


ミールは、ディンメルクの様子を見たいと言うマティアスに、快く水鏡に映して見せてくれた。アントンは、キジンへと輸送の途中で息絶えたらしい。戻らぬマティアスに、アントンを連れ帰った部下のラウタートは、マティアスがどこへ向かったのかアーティアスに知らせ、そしてアーティアスが王座に就くように皆に進言されていた。

アーティアスなら、何とかやるだろう。

マティアスは、それを見て思った。ラウタートは皆優秀だ。アーティアスは若いが、回りには優秀な若者が固めている。あちらは、それで大丈夫なはず。自分は、先を見つめてこのサラデーナを監視せねば…。

ミールとマティアスは、毎日のように語り合い、そして一緒に水鏡を見て、シャデルの様子を探っていた。

シャデルは、和平の方法を模索していた。

だが、それを成そうとするたびに、ディンメルクの襲撃がと、軍から報告が来る。だがしかし、それはバークが指示している、一部の隊の仕業だった。

シャデルは、将軍達を、臣下を、民達を信じていた。そして、守ろうとしいていた。騙されているなどとは露にも思わず、ひたすらに次々に起こる小競り合いを、何とか大事にしないようにと気遣いながら、命を散らさぬように、考えて動いていた。

合間には、ミールから術を教わった。

ミールは、たくさんの術を知っていた。自分達が古代の術だとディンメルクの王族から知らされていた術は、アンネリーゼという女神に仕える神官達が、伝えて来たものなのだとミールから教わった。そして、驚いたことに、ミールはその術をある程度知っていて、使うことが出来た。力の波動が違うと、ラウタートでも使えないものがある古代の術を、ミールはすんなりと扱うことが出来たのだ。

ミールは、不思議に思うマティアスに、苦笑しながらこう言った。

「わしの努力でもなんでもないのだ。これは生まれのせい。わしには命に、刻印が入っておる。それはの、我らを作った天上の存在が、世のためになることをさせようと大きな力を持たせて地上へ送った命という証ぞ。こんなものがあるゆえ、いろいろなことが出来るが、のんびりと生きることはそれゆえ許されぬ。責務が重い…やるべきことを成せずに命が終わったら、あちらへ還った時どれほどに肩身の狭い思いをせねばならぬことか。ゆえに、焦ってしようがないのよ。」

マティアスは、そんな命もあるのだと思った。


そうやってそこで過ごして一年も経つ頃、マティアスはもう、充分だと思った。

シャデルは、間違いなく純粋な王。それを利用しておるのはバーク達将軍の一部。利口なシャデルは、恐らく育てば異常に気付くだろう。将軍達の言うことなど、おとなしくは聞いておらぬはず。これからは、すぐに駆け付けることが出来る場所で、シャデルを見守ってその時を待つべきだ。

「行くか。」ミールは、言った。「わしはもう歳であるゆえ、これで主とは最後やもしれぬな。」

マティアスは、笑って首を振った。

「こんな元気なじいさんと、今生の別れとか言われても実感など湧かぬ。」と、手を差し出した。「また会おうぞ。どこかで会えるであろう。」

ミールは頷いて、その手を握った。そして、驚いたような顔をした。

「なんだ…石?主、これは…」

マティアスは笑った。

「身代わりの石。我が持っていたとてどこまで役に立つものか。主が持っておれ。そして、主が必要だと思う相手がいれば、与えれば良かろう。これは、双子石でな。」と、もう一つを見せた。「一つあれば、災いから守る。二つあれば、命を守る。守り石とでも思うが良い。」

ミールは、それをじっと見つめた。

「…何やら、強い想いを感じる。これは珍しい物であろう。命を懸けた力を感じるのだ。」

マティアスは、悲し気に笑った。

「そうかもしれぬ。だが、我にはこれを持つ資格はない。」

マティアスは、そう言って飛び上がった。そして、上空からミールを見下ろした。

「ミール!いろいろ感謝するぞ。」

ミールも、それを見上げて叫んだ。

「我こその!これほどに楽しかったのは、前の長と共に過ごした時以来ぞ!またの!」

マティアスは、そこを去った。

そして、その時移したばかりであった、首都デンシアへと向かったのだった。

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