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キジン3

まだ何やら気まずい雰囲気を引きずっていたので、夕食を取ってから、咲希は一人部屋を出た。

途中、庭で散策していたエクラスとリリアナに会ったが、二人で何やら楽し気に話していたので、邪魔をしてはいけないと思い、気になっていたキジン湖の方へと足を向けた。

キジン湖は、城の裏側の城壁の出入り口から行くことが出来た。

そこを出てほんの100メートルほどで、キジン湖の畔に着く。命の気が溢れるそこは、咲希には夜でもぼんやりと光って見えた。美しい湖面を見ながらぶらぶらと歩いていると、森の入口辺り、何やら石碑がある場所に、ぽつんと一人の人影が見えた。

咲希は、傍まで歩いて行く途中で、その気を感じて、相手が誰なのか分かった。それでも、じっと立っているその背中が気になって、側へと歩み寄った。

「アーティアス?」

相手の背が、びくんと揺れた。そして、こちらを振り返った。

「なんだ、主か。このように日暮れてから、何をしておるのだ。」

咲希は、アーティアスに並びながら、言った。

「それはこちらの言うことよ。私は、夕食の後に湖を見に来ただけ。あなたは?」

アーティアスは、目の前の石碑へと視線を移した。

「…母に、会いに来ておった。」

咲希は、石碑の文字へと視線を移して、ハッとした。人の名前…エレオノーラと読める。女の人の名前…つまりは、これは墓石なのか。

「まあ…知らなかったわ。お母様の、お墓だったの?」

それにしては、隠れるように森の入口に…。

咲希は思ったが、それ以上何も言わなかった。アーティアスは、答えた。

「母は、この湖に身を投げた。」咲希がいきなりのことに絶句して口を押える。アーティアスはそれには構わず続けた。「母は、元々は人であってな。父に嫁ぎたいばかりに、術でラウタートとなり、そうして妃となった。そしてオレとユリアンを産み…いろいろあって、ここへ身を投げたのだ。我が10、ユリアンは生まれたばかりの時だった。」

咲希は、何と言っていいのか分からなかった。なので、何とか言葉を探しながら言った。

「それは…あの、お父様もお気持ちを落とされたでしょうね。」

アーティアスは、キッと咲希を見た。

「父上が気を落としたりするものか!あれは…臣下が連れて参った新しい妃に浮かれて母上の異常になど気も付かなんだ愚かな父ぞ!母上は、父が新しい妃の実家へ参った日にここへ身を投げたのだ!急いで帰って参ったが、間に合うものか…母は、水の底へ消えた後だった。幼い我に、どうしようもなかった。」と、虹色に光る、二つの玉を懐から出して、手の上に乗せた。「それでも…母はこれを父に遺したのだ。身代わりになる、守りの玉だと。」

だから、あんなに激昂していたのか。

咲希は、アーティアスの悲しみを見た。そんな父でも、きっとアーティアスは尊敬していたに違いない。だからこそ、父が居なくなった後、跡を継いで王座に就いた。幼い弟の面倒も一生懸命見た。そうして、ここまで来て…いなくなっていた父が、いきなり帰って来るという。アーティアスにしてみれば、勝手な父親であろう。

だが、アーティアスからは、そんな父親のことを嫌っているような感情は感じなかった。

咲希は、複雑であろうアーティアスの心に、同情した。

「お父様は、きっとお母様を想ってらしたんじゃない?なんだか、そんな気がするわ。新しい奥さんだって、迎えたくなかったんじゃないかしら。」

アーティアスは、咲希を睨んだ。

「そんなもの。確かにその縁談は無くなったが、母が死んだからぞ。あの騒ぎが無かったら、きっと迎えておったわ。心など、移ろうもの。これほど不確かなものはないのだからの。」

そう言いながらも、アーティアスも父が本当は母を想っていたのだと、信じたい気持ちでいるのは分かった。なので、咲希は言った。

「私の勘、あっちの世界に居た時から結構当たるって評判だったのよ?きっと、お父様はアーティアスが言うほど不誠実なかたじゃないと思うな。今回だって、きっとアーティアスが納得するような答えをくれるわよ。さっきも言ったけど、一人で悩まないの。仲間が居るでしょ?」

アーティアスは、頬を膨らませて言った。

「…何ぞ。我は王であるぞ?それもただの王ではない、ラウタートの王ぞ。いつまでもディンメルクの大使の一人のように気軽に物を言いおって。」

咲希は、ふふんと胸を張って見せた。

「あら、前にアラクリカで言ったでしょ?あなたが王であろうと私はこんな感じだって。アーティアスはアーティアスじゃないの。おんなじよ。私に偉そぶろうとしても無駄よ?こんな所に供も連れずにたった一人で立ってる王なんて。」

アーティアスは、じっと咲希を見ていたが、フッと表情を緩めた。

「主こそ、こんな場所で我と二人きり、隠れて会っておるのだと思われても言い訳は出来ぬぞ?良いのか、あやつは。それとも、本当に我とあやつの二人と婚姻をと思うておるのではあるまいの。悪いが我は、妃とその愛人を城へ住まわせるつもりなどない。我が良いなら、我だけに決めよ。」

咲希は、びっくりして後ずさった。我だけに決めよって、どういうこと?!

「え、あの、私は別にそんなつもりはないわ!たまたま目についたから、来ただけよ!あなたまで何を言ってるのよ!」

アーティアスは、ニッと笑って咲希へと一歩踏み出す。咲希は、それにつれて一歩後ろへ下がった。アーティアスは言った。

「珍しい女よ。興味が湧いた。主なら城へ入れても良い。臣下がうるそうて難儀しておったところ。王妃として我の力になるのなら、我は主を娶っても良いと申しておるのだ。悪い話ではあるまい?」

咲希は二歩も三歩も後ろへ下がった。

「あなたはうちの飼い猫に似てるし嫌いじゃないけど、そんな目で見たことないからダメ!」と、咲希はいきなり後ろを向くと、一目散に駆け出した。「悪いけど、高貴な生まれのラウタートを探してちょうだい!」

アーティアスは、人型のままサッと構えると飛び上がり、宙で回転して咲希の前へと飛び降りた。咲希はびっくりして後ろへ仰け反ったので、尻餅をつきそうになった…が、衝撃を覚悟してぐっと目をつぶった咲希が感じたのは、腰の辺りを支えられた感覚と、何かが唇に当たっている感覚…。

「~~~~!!」

目の前にどアップのアーティアスの顔があって、咲希は何が起こったのか認識した。そして、力いっぱいアーティアスを突き飛ばした。

「いきなり!訊きもせずにキスするなんて!」

アーティアスは、咲希に突き飛ばされて尻餅をついていたが、そんな咲希に言った。

「良いではないか。減るもんじゃなし。」

咲希は、涙ぐみながら叫んだ。

「あなたは慣れてるかもだけどね!私には大切な初めてのキスだったの!アーティアスのバカ!」

アーティアスは立ち上がって、そう言いながら走って行く咲希の背に叫んだ。

「我だって初めてだ!誰が慣れてるだ、知らぬくせに!」

咲希の声が、遠く叫び返している。

「どっちでもいいわよ!もう、知らないから!もう半径3メートル以内には近寄らせないからね!」

咲希は、城壁の中へと消えて行った。

アーティアスは、すねたように小さく言った。

「なんだ、案外に話が分かる女かと思うたのに。何が3メートルぞ、そんなもの知らぬわ。」

ぶつくさ言いながら帰って行くアーティアスを、王城の窓から数人の人影が見ていたことは、二人共知らなかった。

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