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リツにて

残っていたメレグロスとダニエラは、アーティアスが手配した船でリツを出て川を下り、海からリーマサンデへと旅立って行った。

残された咲希、リリアナ、克樹、ショーンの四人は、リツでアーティアス達が旅の準備をしているのを待って、まだリツに滞在していた。


咲希は、自分の変わってしまった姿を鏡に映して、深いため息をついた。自分の生涯で、ここまで髪を伸ばした記憶はない。それなのに、髪の色は変わってしまったばかりか、長さも腰を越える辺りまで達している。肌は元々色の白い方だったので少し白くなったかな、ぐらいの感想しかなかったが、何よりこの、澄んだ緑の瞳が元の咲希を完全に否定していた。

…別人だ。

咲希は、自分を見てそう思った。これは、谷口咲希とは、別人。見覚えがあるように思うのは、恐らく古い記憶のせいなのだろう。リリアナや克樹は綺麗だと褒めてくれるが、それでも自分は、確かに綺麗なのかも、とは思うものの、自分の姿なので、その古い記憶も手伝って、そんな風には思えない。

あくまでこれは、自分なのだ。古い古い、自分の姿なのだ。

あちらの世界で生きていた、谷口咲希は居なくなった…。

実際は、顔立ち自体はそんなに変わってはいなかったのだが、それでも咲希はそう思って沈んでいた。

ラーキスが、捨て身であちらに残ってまで阻止しようとしてくれたことが、こうして動き始めている。今まで実感したことは無かったが、この咲希という自分の人格が、本当になくなってしまうという恐怖が、咲希を襲っていた。きっと、今に姿に見合った昔の自分が、この自分にとって代わってしまうのだ。それが、覚醒して、力を戻すということ…。

咲希は、自分を抱きしめた。ラーキスは、これを先に知っていた。だからこそ、咲希を助けてくれようとしたのだ。だが、きっともう遅い…覚醒は、始まってしまったのだから。

咲希が、そう思って沈んでいると、部屋の戸が鳴った。

「…はい。」

咲希は、慌てて顔を上げた。覚醒が進んで石を設置できると喜んでいる仲間に、自分がこんな風でいるのを知られてはいけない。

戸がスッと開いて、入って来たのはリリアナとルルーだった。

「ああ、リリアナ。」咲希は、笑顔を作った。「どうしたの?アーティアスは、もう出発するって?」

リリアナは、首を振った。

「いいえ。まだなんか政務がどうのって、忙しいみたいよ。さっきから臣下らしいラウタート達がとっかえひっかえアーティアスの部屋へ入って行ってるから、まだしばらくは開放されないんじゃない?」

咲希は、苦笑した。

「長く留守をしていたのだもの。仕方がないわね。」と、側の椅子を指した。「座る?」

リリアナは、それには応じずに言った。

「あなた、ミホに会いたいって言ってたでしょう。私、朝からあっちへ話に行ってたのよ。」

咲希は、身を乗り出した。

「ええ?!ほんとに?!ミホのこと、誰に聞いても本人から聞けの一点張りで、取りつく島もなかったの。それで、会えそう?」

リリアナは、頷いた。

「ええ。いつまでも逃げてはいられないんだって、本人も分かったみたい。だから、今から行こう。」

咲希は、立ち上がった。

「逃げてって…どうして、美穂が私から逃げるの?」

リリアナは、困ったようにフッと笑った。

「それは本人に会ったら分かる。ねえサキ、こっちへ来て、あなたも変わったけどレイキも変わったし、ミホも変わった。みんな、少なからず目に見えない所でも変わってるんだと思うわ。だから、あなたも変わって行く自分に負けないで。分からないことは、誰でも怖いと思うの。でも、あなたならきっと、サキのままで覚醒出来るわ。自信を持って。」

咲希は、リリアナが自分の心の内を知っているのだと悟った。一瞬表情を崩しそうになったが、すぐに明るく笑うと、言った。

「リリアナったら、そんなに心配してくれなくてもいいのよ。私は、とっくに分かってたことだから。あっちとこっちの大陸の命が懸かっているんだもの。平気よ、何があっても。」

ルルーが、心配そうに黙ってリリアナと咲希を見ている。リリアナは、ふいと横を向くと、歩き出した。

「そう。あなたがそう言うのなら、私の考えすぎだったのかも。行きましょ。」

そうして、先に行くリリアナの横にはルルーが浮いてチラチラとこちらを振り返るのを感じながら、咲希はその後ろを歩いて美穂の部屋へと向かったのだった。


美穂は、今はラウタートと一緒の部屋に居るのだと皆に言われて、だからいきなりに訪ねるのは例に反すると、咲希は全く部屋の場所を教えてもらえていなかった。

それでも咲希も、変わってしまった自分の姿にショックを受けたのもあって、自分の部屋にずっと籠っていたので、美穂の部屋を探しに行く余裕もなかった。

階段を下りてホテルの別の棟へと入って行くと、そこにはたくさんの人型のラウタート達が居た。咲希は、自分が人とラウタートを見分けられるようになっているのに、そこで気付いた。今まで、アーティアス達のことすら、咲希には分からなかったのだ。

リリアナが、言った。

「ここは、ラウタート達ばかりよ。私はずっとアーティアス達が人ではないのを知っていた。気が、どちらかというとラーキス達に近かったから。あなたには、分からなかったみたいね。」

咲希は、頷いた。

「分からなかったわ。でも、今は分かるの。なぜか、ここの人たちがみんなラウタートたってことが。」

リリアナは、咲希を見上げた。

「やっぱり、覚醒がだいぶ進んで来たのね。」

その言葉に、咲希の胸の芯がズキン、と痛んだ。しかし、平気な顔で言った。

「今なら力の玉もきっとたくさん取れるね。」

リリアナは答えずに、奥から二つ目の戸をノックした。

「ここよ。」と、中に呼びかけた。「リリアナよ。ミホ、サキを連れて来たわ。」

咲希は、ハッとした…そういえば、自分の姿は変わってしまっているのだった。美穂に、自分が分かるんだろうか…。

そう思うとにわかに緊張し始めた咲希だったが、じっと答えを待った。

沈黙を返していた戸だったが、しばらくして小さな声が返って来た。

「…いいわ。入ってちょうだい。」

リリアナが、咲希に目で合図してから戸のノブを掴んだ。

そして戸は開けられた。


そこに居たのは、明るい茶色と、来い茶色、それに黒が少し混じったような毛皮の、ラウタートだった。

咲希が見たアーティアスやクラウス、エクラス達に比べると、かなり小さなラウタートだった。

咲希が今与えられている部屋よりはいくらか小さな部屋で、ベッドが両脇に二台置いてある。エコノミーのツイン、といった感じの部屋だった。

咲希は、きょろきょろと回りを見回した。

「あら…?美穂?」

リリアナは、黙っている。咲希が戸惑っていると、そのラウタートが言った。

『…そう。あなたはそうなったの。私とはえらい違いね。』

咲希は、耳を疑った。今…目の前のラウタートから声が聴こえた。

「え…。」

咲希は、じっとそのラウタートを見つめた。この、濃い茶色の瞳…。

『そうよ。』ラウタートは、咲希の考えを見透かしたように頷いた。『これが私。サラデーナの強い命の気にさらされて、もう少しで化け物になるところをラウタートに救われたの。術でラウタートに変えてもらって、こうやって生きてるわ。』

咲希は、声が出なかった。美穂が、ラウタートに…。でも、術でラウタートになっていると言った。では、ディンダシェリアへ帰ったらまた術で元の姿に戻ったらいいのかも。

「い…命が助かったのなら良かった。術を掛けてもらったのね。じゃあ、ディンダシェリアへ帰って、また術で元の姿に戻ったらいいんだもの。」

美穂は、フッと息をついた。

『…何を言っているのよ。元の姿に戻れるなら、とっくに戻っているわ。というか、ここじゃ命の気が薄いから、本当ならラウタートで居る方が難しいの。小さい人型の方が、気の消費量が少ないって分かる?私には、もう身をもって分かるけど。』

咲希は、ためらいながら頷いた。

「ええ…私も、命の気とか、生き物の気とかが見えるようになって来たから…。でも、ならどうしてその姿で居るの?」

美穂は、少し黙ると、横を向いた。そして、言った。

『ねえ…私、馬鹿だったわ。』美穂は、いきなり別のことを言い出した。『玲樹さんについて来たのも、ほんとに軽い気持ちだった。咲希ばかりが大切にされて、なんて嫉妬してたのよ。だから、私だって何か出来るんだって、見せてやろうと思ったの。現実味が無くて、危険性がどうのと説かれても、ピンと来なかったの。勇敢だって見せたくて。ゲームか何かの感覚だったと思う。』

咲希は、どうして美穂がそんなことを言い出したのか分からなかったが、それでもその内容には胸が痛かった。自分も、同じだったからだ。ただ、自分にはたくさんの仲間が居て、皆が皆自分を守ってくれようと必死だった。慰めてくれるリリアナやダニエラも居た。甘い気持ちの自分が、こうして生き残って来れたのも、皆の守りのお陰だったのだ。

私は、幸運なだけなんだ。

咲希はそう思って聞いていた。

美穂は、先を続けた。

『最初はとっても気持ちが弾んでたの。でも、こっちの移動手段って徒歩でしょう?しかも、潜んで行かなきゃならないし、見つかったら捕まるって言われて移動は主に夜だし、精神的にも体もとっても疲れてしまって。何度も休憩を入れて、玲樹さんは目に見えてイライラして来るし、険悪な雰囲気で…食事だって、火を起こす所からでしょう?私、何の役にも立てなかった。ついて行ったのを後悔したけど、帰るなら一人で帰れって言われるしで、旅を続けるしかなかった。そしてね、そのうちに体中が分解しそうな痛みを感じて、倒れたの。』美穂は、ゆったりと横になっていた大きな体を起こして四足で立った。『そんな時でも、私はまだ、助けられると思っていたのよ。きっと、ここで倒れたって目が覚めたらベッドの上でとか、いいように考えて。実際、ラウタートに救われて、確かにそうだった。でもね。』

咲希は、息を飲んだ。美穂の体が、見る見るラウタートから人型へと変化して行く。そして、ほんの数秒の間に、そこには人型の美穂が立っていた。

『思っていたみたいに、何事も無く、じゃなかったの。私は化け物になりかかっていた所を寸前で救われた。だから、術で元へ戻っても、こうして半分化け物のままなのよ。』

咲希は、すぐに声が出せなかった。

美穂の顔は、間違いなく咲希が見慣れたそれだった。それなのに、その体は全て、緑色だったのだ。

肌の質感は変わらないのに、色だけが緑になったような感じで、そこに禍々しさは無かった。だが、紛れもなく美穂は、全身緑になってしまっていたのだ。

「…どうしたら元の姿に戻れるのか、分からないのよ。」ずっと黙って聞いていたリリアナが言った。「ショーンにも聞いてみたけど、ほら今あのひと、すねてるでしょう、私が言うこと聞かないから。オレには浄化魔法なんか出来ねぇ、とか言って、他は何も言わないの。せめてこれがどんな状態でどうなってるのか、分かったら術の探しようもあるのに。」

咲希は、それを聞いていて何とかショックから立ち直った。そして、しどろもどろながら、頭を必死に動かした。

「浄化魔法…ってことは、美穂には何かの毒みたいなのが残っているから、こうなってるってことかしら。それを浄化出来たら、元に戻るのかも。」

リリアナは、肩をすくめた。

「分からないわ。ただ、完全に変化したしまったサルーのことは、シャデル王でも戻せなかったってシュレーが言っていたのを聞いたのよ。だからこそ、危険を冒してディンメルクへ来たんだと思うし。」

すると、リリアナの横に浮いていたルルーが言った。

「でもねリリー、ミホは魔物になっていないんだよ。」それには、美穂もリリアナも、咲希も驚いてルルーを見た。ルルーは言った。「気付かない?ラウタートになってる時ですら、ミホはミホなんだ。前と何にも気は変わってないよ。ただ、段々ラウタートの気に似て来てるから、きっと何度も術を使っているうちにラウタートになってしまうんだと思うけど。今はまだ、ラウタートじゃないよ。ミホは、人のままだ。」

それには、意外だったらしく、美穂が言った。

「どういうこと?一度ラウタートのなったら、ずっとラウタートなんじゃないの?」

ルルーは、首を振った。

「ううん。そんなに簡単に魔物になんかなれないよ。今は、人のミホをラウタートに見せてるだけ。でも、特殊な術だから、繰り返してたらラウタートのミホを人に見せるって感じになるんじゃないかな。」

そう言われてみれば、そうだった。

こうして目の前に立っている美穂は、確かに人の気がした。今の咲希には、理屈ではなくそれが分かった。他のラウタート達は、人の姿でもラウタートの気がするから分かるのだが、それと同じように、美穂からは人の気がするのだ。

「…しゃーないな。教えてやる。」

急に後ろから声がして、皆は慌てて後ろを見た。すると、そこにはショーンが立っていた。ルルーのことを知られる!と慌ててルルーの方を見ると、リリアナが咲希を見上げた。

「いいのよ。ショーンはルルーが話すのを知ってるわ。」

咲希がまたショーンの方を見ると、ショーンが、部屋へと入って行きながら言った。

「そのクマのことはいい。そっちのミホのことだろうが。オレに分かること、教えてやってもいい。」

咲希は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

皆ひたすらに、ショーンを見つめていた。

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