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設置4

真っ暗で、何も見えない。

シュレーは、息苦しいことはなかったが、引っ張られている腕や腰が少し痛んだ。他の二人の様子も、先を行くシャデルの様子も全く見えないままに、あっという間に回りは海だった。

なぜわかったのかというと、月明かりで水面が薄っすらと明るかったからだ。はるか上に、幾つかの船の腹が見えている。そんな様も、すぐに通り過ぎて行って、自分達がどれほどのスピードで進んでいるのかそれで分かった。

振り返ると、マティアスは案外に落ち着いた様子で前を凝視して安定した姿勢で引っ張られている。レンは姿勢を崩して少しおたおたとしていたが、すぐに何とか真っ直ぐな姿勢に戻ることが出来ていた。今ので、いくらか酸素を消費したのではないかと、シュレーは心配になった。

空気の玉は減ることはないが、中の酸素が減って来るのは嫌でも分かった。段々に、呼吸をしていても、まるでしていないかのように苦しく感じて来るからだ。

パニックにならないように、シュレーは、ゆっくりと腕を動かして、時間を確認し続けた。今で、20分を過ぎた。思ったより、酸素の減りが早いように思う。何とかゆっくりと呼吸しようとしても、短く浅い息遣いになってしまう。

余裕がなくなって来る中ふと見ると、マティアスが目を閉じて完全に脱力した状態でシャデルに引っ張られているのが見えた。もしかして、気絶している…?

しかし、シュレーにはそれを、シャデルに知らせる力も残っていなかった。レンはというと、苦し気に胸を掻きむしっていて、そんなに動いたら余計に酸素を消費する、とシュレーは、止めなければ、と意識の端に思った…しかし、自分も気が遠くなって来ていた。

何やら、どこか別の場所へ引っ張られているような…。そう、上に上がっている…?

シュレーは、そこまでで何も感じなくなった。


「こら!気をしっかり持て!」

抑え気味の、マティアスの声がする。

シュレーは、急に我に返って、がばっと起き上がった。すると、そこは陸で、岩の間に身をひそめるようにして、自分が寝かされていたのだと知った。

横を見ると、レンがシャデルに何やら手当を受けている。そちらも、シュレーと同じように、気が付いた瞬間にいきなり起き上がった。

「ここは…ミラ・ボンテか?」

マティアスは、頷いた。

「思ったより早かった。シャデル自身も息が続かないからと、必死だったと言っていたが、それにしても25分でここまで横断するたあ大した奴だ。」

シュレーは、マティアスを見た。

「お主は、気を失っていなかったか?目を閉じてされるがままだっただろう。」

マティアスは、憤慨して言った。

「あのな、あれが一番酸素を消費しない体勢だ。お前らは動きすぎるんだ。オレは最後まで意識ははっきりしていたぞ?シャデル一人だったら、お前らの世話に大変なところだ。」

シャデルが、こちらへ来た。

「レンはもう大丈夫ぞ。シュレーよりレンの方が危なかったのでな。」と、シュレーを見つめた。「で、設置場所に決まりが無いなら、我はここに設置しようかと思うておるのだ。」

シュレーは、驚いて回りを見回した。ここは、確かに誰も来ないような場所のようだったが、ゴツゴツとした岩場で、すぐそこは海だ。こんな場所で、大丈夫なんだろうか。

「確かに、岩場とか大地にしっかり根差した場所がいいとは聞いておりますが…。」

シャデルは、険しい顔をした。

「急がねば、デンシアにバークの気を感じるのよ。」シュレーは息を飲んだ。シャデルは続けた。「あれには飛ぶことは出来ぬから、恐らくはここまで来るのに一時間以上は掛かるだろうが、術を使えば気取って来ることは確実。あまり猶予がない。して、番人は我が呼んでも来るか。」

シュレーは、首を振った。

「わかりません。私は詳しいことは知らないのです。何しろ、あれらが番人を呼び出している時には、私はこっちへ使者として発っていた。話に聞いておっただけなので。」

シャデルは、手を翳した。

「ならば己でするよりないの。」シャデルは、力を込めた。「結晶化自体は何とか出来る。玉の大きさも覚えておる。だが設置するのに、今の我の力で出来るのか疑問なのだ。やってみるしかないの。」

そう言ってじっと自分の手を見つめるシャデルの横顔は、それは神々しかった。まるで神、そう、恐らく神は、こんな人物なのだろうとシュレーは思った。あの、シャルディークの、転生した、命…。

そんな風に考えているシュレーの目の前で、力の結晶は円柱の形でそこに浮いた。シャデルは、首を傾げた。

「おかしいの。玉にしようと思うたのに。勝手にこんな形になってしもうたわ。」

「それが主の形よな。」急に、上から聞き覚えの無い声が振って来た。「一人一人、結晶の形は違うもの。」

四人は警戒して、それぞれの武器を構えて空を見上げた。するとそこには、金髪に青い瞳の、若い人型が浮いていた。

「誰ぞ?!」

シャデルが、その人型を睨みつけて問う。相手は、微笑んだ。

「呼び方を知らぬとか。我はクロノス。サキの手助けをしておるもの。主は、サキと同じ命に古い刻印を持つ者。特に我が養父は、主を殊の外大事にされておるゆえ、こうして手助けに参ったのよ。要らぬ世話か?」

シャデルは、慌てて首を振った。

「主が番人とかいうクロノスか!ではこれを、ここに設置してくれ。我は力を封じられておって、成すことが出来ぬ。それとも、この枷を外すことが出来るか。」

クロノスは、じっとそれを見つめていたが、首を振った。

「それは主の宿命(さだめ)。越えねばならぬ枷。主は知らずに何か過ちを犯してしもうておる…それを知り、正したならば、枷を解く術が見えるだろう。なるべくしてなったことなのだ。なので、我には解けぬ。」

シャデルは、その枷を見た。過ち…宿命と言われるほどに、大きな過ちなのか。

「…では、これを設置して欲しい。」

クロノスは、頷いた。

「承知した。主の力の石を、ここへ設置しよう。」

クロノスは直接に手を触れることもなく、その石を持ち上げると、側の岸壁へとそれを向けた。そして、それは光り輝き、円柱をそのまま差し込むように、岩へとするすると押し込んで、そして光は消えた。

正面から見えるのは、円柱の丸い部分だけだった。

「これで、設置は終えた。では、また次の設置場所で会おう。」

クロノスは、すっと消えて行った。シャデルは、浮き上がった。

「さあマティアス、急げ!シュレーとレンを乗せて、上空へ!これほどの術を放っておったのだ、術士に戻ったバークであったら、必ず気取って参る!」

シャデルは、一直線に上空へと向かう。

マティアスも急いでラウタートへと戻り、レンとシュレーを乗せて、シャデルの後を追った。


バークは、必死にアルデンシアからデンシアへと到着していた。

シャデルの行く場所と言ったら、まずはここしか思い浮かばなかったからだ。

というのも、シャデルが考えているのはいつも民のことばかりで、その民を守っていた結界が消えた後、民達がどんな様子なのか案じていると思われたからだ。

始め、ククルを襲撃させたのでそちらの方かと思ったが、ククルには結局、バークが差し向けた軍では全く歯が立たなかった。

あの、力の玉とかいうものが、あの地をガッチリと守っていて、それに阻まれた兵士達は、ククルの民達を誰一人殺めることが出来なかったのだと報告が来ていた。

つまりは、シャデルはククルを案じることなどない。既に力の玉が守っているのを知っているはずだからだ。ならば、次に案じるのはどこか?

…結界を張ってまで守っていた、この首都デンシアの民のことだろう。

ライアディータからの使者達をラウタートが助けたからといって、シャデルを助けるとはバークには思えなかった。なので、シャデルには行き場が無いはずなのだ。

おそらく、デンシアのどこかに潜んでいる。

バークはそう判断して、必死に戻って来たのだ。

街は、想像以上にパニックに陥っており、いつもは早寝早起きで穏やかな住民達が、この夜中に到着したにも関わらず、皆北側の入口付近で、何とか軍を説得してアルデンシアへと向かおうと、兵士達と押し問答している。

ラウタートの出現と、シャデルの結界の消失で、ディンメルクに近いこのデンシアでは危ないと思っているのだろう。

バークは更に封鎖を強化させ、住民達を解散させて家へ帰らせるようにと兵士達に強く申しつけた。

そして、王城へと入った。


そこで、兵士達が今までにないほど緊張した面持ちで警備についてる中無言で正面のホールへと抜ける扉を開いたバークは、そこで倒れている二人の兵士を見て、叫んだ。

「…何をしている!誰かに侵入されておるぞ!」

一気に、兵士達がなだれ込んで来た。まさに今、侵入者と対峙しているのだと思ったようだ。

しかし、そこに居たのは倒れた兵士が二人だけ、あとかシンと静まり返って居て、誰も居る様子が無かった。

「そ、そんな…誰も、入れるはずなどないのです!城門も、塀の回りもびっしりと兵士を配置してあって、誰も異常など報告しておらず…、」

隊長の一人が、そんなことを言うのに、バークは遮って叫んだ。

「現に入っておるのだ!探せ!まだ城の中に居るかもしれぬ、地下までしらみ潰しに探すのだ!」

そう叫んでから自身は最上階の王の居間へと急いだ。

兵士達が、バークの命令に従うべく一斉に城の中の様々な場所へと散って行く。

バークは、舌打ちをしていつもシャデルが街と海を眺めている大きな窓へと歩み寄った。間違いない。シャデルは、ここへ帰って来たのだ。それならば、自分の力でも探すことが出来る。広範囲では無理でも、デンシアの街だけに特化させれば、あの気を探ることは出来るはず。

バークは、自分の術士としての力を解放し、そこに立ってじっと、あのこの10年側に感じて来た気を探った。自分に封じられて力を落としていたとしても、その半分でも解けたのなら感じることが出来るはず。

バークは、長く使って来なかった杖を出し、それを大きくして集中した。シャデル…あの感じたこともないほどに大きく清々しい、一点の曇りもない気の色。他の者達に紛れても、あれだけは間違えるはずなどない…。

しばらくそうしてそこに立っていたバークだったが、それでもその気を見つけることが出来なかった。

まさか、デンシアに居ない…?だが、城へ侵入したはず…。

確かに、あの隊長の言う通り、あの守りの硬さでは、誰かに見咎められずに城へ入れるはずはなかった。しかし、確かに誰かは入っている。ということは、あれらが知らぬ侵入経路を使ったということで、それはシャデルとバーク、それにギードの三人しか知らないはずの入口しか考えられなかった。

ギードは、遥か北でシャデルを探して走り回っているだろう。ならば、侵入者はシャデルしかいないのだ。

バークがしっぽを掴ませないシャデルにイライラと気を探りながら窓に向かい合っていると、遥か向こう、海の方角から、感じたこともないような大きな術を使う波動を感じ取った。

ミラ・ボンテか!

バークは、叫んだ。

「ミラ・ボンテへ!すぐに海岸を封鎖して誰も出さぬように…!」

叫んでいる最中、見知ったような光が空へと向かって打ち上がって行くのが見えた。そのすぐ後ろを、また違う光も追って上がって行く。

「クソ、クソ…!逃げられたか!どっちへ行った!」

必死に空を探るが、目視では雲が邪魔をして何も見えない。術士として必死に気を探ったが、微かに南へ向かって何かの力が流れたのを感じ取れただけで、すぐに何も感じなくなった。

「逃げられた…!やはり力を戻しているか!」

バークは地団太踏んでいたが、そこから先はもう、何も感じ取れず、ただ穏やかな気が流れるだけだった。

バークは、しばらくミラ・ボンテの方向の空を睨んでいたが、拳を握りしめて、叫んだ。

「…アラクリカへ行く!すぐに足の速い船の準備をせよ!」

兵士達は、慌ててバークの命令に沿って準備を急ぐ。

バークは、それを見ながら心の中で何度も繰り返した。

…まだ、勝てないわけではない。まだ、諦めるのは早い!

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