山脈にて
とにかくはディンメルクへと、ラーキスとアトラスはまず、真っ直ぐに南へ向かった。
しかしリツは、ここからまだずっと西に上った場所にある。
元々グーラはディンダシェリア大陸の穏やかな命の気の中で生きて来たので、この山脈の少ない命の気の量でも充分に速く飛ぶ事が出来たが、寒さと数時間に及ぶ強行軍で圭悟とサルーが消耗して来ていた。
なので、一度着地して休むことにしたのだった。
降り立ってすぐに辺から木の枝を集め、手頃な洞穴に入って火を焚いて暖を取った四人は、洞窟の入り口から入る朝の光を見つめてホッと息をついた。
「どちらのしろ、ここまでサラデーナの兵士が来ることはないので、ここで食事にしよう。」アトラスが、自分の腰のカバンから小さな袋を出して、大きく戻した。「昨日調達した食べ物がある。」
圭悟は、それを開いて中を確認した。確かに、紙袋に入った、まだ新しいハムやルクルクの肉、パンなどが入っている。それを見て急に空腹を感じた圭悟は、嬉々として袋から出して並べ始めた。
「サルー大使、どれがお好きですか。結構ありますよ、こっちの食べ物は何でも旨いし。」
サルーは、大きな手足を折りたたみ、まるで三角座りの状態で身を縮め、邪魔にならないように気を遣っているようだった。
『いや、それがオレは腹が空かなくてな。この姿になってから、一度も物を食していないが、全く平気なのだ。それに、君が出す食べ物を見ても全く食指が動かない。そもそも、どこから食べたらいいんだろうな。』
そう言われてサルーの顔らしき場所を見た圭悟は、はたと止まった。確かに、どこが顔なのか分からない造りで、のっぺりとしていて目も鼻もどこか分からないのだ。こっちを向けているのがどうも正面のようなので、そこを見て話をしては居るが、それであっているのか確証は無かった。
「そうか…エネルギーは別の方法で摂取しているのかもしれませんね。ラーキスは、植物の魔物とか言っていたっけ。」
アトラスと共にさっさと肉の塊を平らげたラーキスが、口を布で拭いながら言った。
「恐らくは命の気と水だけで生きて行けるのではないか。オレにも詳しいことは分からないが、ディンダシェリアにも植物の魔物は居るだろう。主らがメイシーとかプラーとか呼ぶものぞ。」
圭悟は、二人がいつものごとく驚く速さで食事を終えているのを見て、慌てて自分もパンを口へと運びながら答えた。
「あれは見た感じ目鼻口があったけど。」
ラーキスは、苦笑した。
「あれは柄ぞ。人や他の動物のように、特別な機能はない。だから物を食すことが出来ぬし、足の先を地面へと突き刺して養分や水、命の気などを摂取している。高校で習わなかったか?」
圭悟は、首を振った。
「オレは元々こっちの人間ではないので、高校はこっちじゃない。こっちの大学に行ったと言っても、気学の研究室に入っていただけだし。」
サルーが、横で言った。
『メイシーとかプラーのように可愛らしい外見なら良かったがな。オレはデカいし色が緑と言ってもどこかまだらで毒々しいし、動きも緩慢でいいとこ無しだ。ま、一度試してみるが。』
サルーは、うねうねと洞窟の入口に寄ると、四本の脚を外へと向けて振り上げ、そして土に向かって思い切り振り下げた。
結構な太さの四本の脚の先は、尖った状態で地面にぐっさりと、まるで杭を打つように刺さる。あれは、戦う時には武器になるのだろうな、と圭悟は思って見ていた。
「ふーむ、きっと主は湿地帯などに生息している植物魔物と同じようなのかもしれんな。水があれば自由で、動きも速いだろうし。時に池や湖などに潜ったり、そんな感じなら問題ない造りであるしな。」
サルーは、こちらを振り向いた。上の部分がこちらによじれたので、そうだろうと判断した。
『自分と同じ魔物が居るとは考えられないが、もし戻れなかったらそういう場所で生きることも考えることにする。』
サルーが結構前向きなのに、圭悟は驚いていた。最初は置いて行けと言ったほどだったのに、今ではああして気持ちも落ち着いたようだ。
そうしていると、サルーの体は朝の光を受けてキラキラと輝き出した。何事かとそちらを向く三人に、サルーは多分肩なのだろう、腕らしきものの付け根の上を軽くすくめた。
『光が心地良いんだ。光合成でもしてるのかもしれない。』
ラーキス達は、頷いた。見た目にはだいぶ慣れて来たのだが、それでもまだサルーがどんな魔物に変わったのか掴み切れていなかった。
アトラスは、そんなサルーを置いておいて、ラーキスに向き直った。
「そういえばラーキス、少しはシャデル王と話は出来たのか?それとも、にべもなく牢へ放り込まれたのか。」
ラーキスは、答えた。
「詳しい話は、デンシアへ向かう船の中でした。シャデル王は、やはり話を聞く王で、こちらの話を全て聞いて、そしてすぐに理解して力を分けてもらえると申してくれた。だが、すぐにバークが割り込んで、オレをシャデル王の力を奪うディンメルクの手先だと言って捕らえ、牢へと放り込んだのだ。それから、シャデル王とは話が出来ておらぬ。」
圭悟が、横から言った。
「シャデル陛下は話が分かる王なんだ。ディンメルクで言われているような虐殺の限りを尽くすような王じゃない。女子供にまで手を掛けたなんて、そんなことは未だに信じられないよ。でも、脱出の時のことを思い出して、あり得ないと驚いてるんだが…アトラス、脱出の時、王城の方を見たか?」
アトラスは、何度も頷いた。
「追っ手が掛かると厄介なので、ずっと気を探りながら飛んでおったからな。」
ラーキスが、何が言いたいのか分かって言った。
「あの、デンシアと王城に二重に掛かっていた結界が、揺らいで消えたことか?」
圭悟が、頷いた。
「そうなんだ。いくら遠くへ出ていらっしゃると言って、これまでそんなことは起こったことが無かった
それなのに、あの瞬間揺らいで、消えたんだ。まあ、そのお陰で玲樹がシュレー達を助けに入れたのだろうし、良かったと言えば良かったが、何かあったんじゃないかと気にしてるんだ。」
ラーキスは、考え込むように宙を見た。
「…確かに、おかしなことだ。生きてさえいれば、術は継続されるはず。力を失うにしても、あの力を全て封じる術など知らぬしな。」
圭悟は、心配そうに息をついて視線を落とした。
「陛下の身に、何かあったんじゃないか。あの無敵の陛下が何かあるなんて考えられないけど、でも、それしか考えられないし。」
アトラスが、視線を外へと移した。
「もしくは、己で術を解いたのか。いずれにしても、何かあったには変わりないの。それでも、今はシャデル王のことに構っていられる時ではない。レイキから連絡がないし、シュレー達が無事に王城を脱出出来たのかも分からないのだからな。」
ラーキスは、アトラスを見た。
「腕輪の機能は健在なのだが、どうやら命の気が濃い場所と薄い場所では通りが違うため、通じにくいようよ。ここは薄いゆえ、恐らくはあちらの濃い場所に居たら通信が出来ぬのではないか。」
「まだサラデーナ領内ってことか。」圭悟は、またため息をついた。「リツで落ち合うんじゃなくて、山脈のどこかに指定すれば良かった。リツまで遠いよ。」
するとサルーが入口側から言った。
『山などお互いを見つける方が難しいではないか。リツで間違っておらぬとオレは思う。シュレーならどんな境遇に陥っても逃れて参るわ。若い頃からそんな男だった。あいつは、オレとは違ってずっと鍛錬を怠ってはいなかったからな。』
圭悟は、サルーをまじまじと見た。
「え、大使はシュレーとそんなに長くお知り合いでしたか。」
サルーは、あちらを向いた。
『知っている。オレもシュレーも若くして要職に就いたもの同士、いろいろな場所で顔を合わせて来たからな。今回も今まで同様、何も無く終わるかと思っていたのに…まるでゲームでもするかのように、怠惰に過ごしていたオレに危機感が無かったのが悔やまれる。』と、地面に突き刺していた足をずぼっと抜いた。『さ、オレも体に力が戻って来た。そろそろ参るか。』
ラーキスとアトラスが、顔を見合わせて、頷き合った。
「そうよな。日暮れまでにはリツに着きたい。このまま山脈に沿って飛べば、気もいい具合だし我らも楽に飛べるゆえ、数時間でリツまで行く。そこでまだシュレー達から連絡が無ければ、あちらへ戻ることも出来る。時間の余裕はありがたい。」
そうして、圭悟が急いで食べ物を片付けている間に、ラーキスとアトラスは体をグーラへと戻して、バサバサと翼をはためかせて調子を整えた。
そして、ここへ来た時と同じように、圭悟はアトラスに乗り、ラーキスは足でサルーを掴んで、一路リツへと向かったのだった。




