駆け引き
その数時間前のファルでは、シャデルの逃走に気付いたバークが広範囲に渡って探索の手を広げてシャデルを追っていた。
術士とは言っても、大陸全体に気を探って人を探せるほどの術士などそう居ない。シャデルでも、自分が決めた方角に向けて捜索するしか方法はなく、大陸全体などまず無理だったのに、バークにそれが出来るはずはなかったのだ。
バークは、焦っていた。
逃げたということは、いくらかでも力を戻したということ。つまりは、シャデルは自分が思っていたより力を持っていて、あれを破れたということだ。だが、あのこれ見よがしな大きな気が感じられないということは、全ては開放出来なかったのだろう。つまりは、今見つけて捕らえなければ、全ての力を取り戻されてしまって、自分はシャデルに太刀打ち出来ない。不意打ちを食らわせて背後から掛けられたからこそ、ああして封じることが出来たが、次はシャデルもバークに後ろを見せることはないのだ。同じ手は、もう使えなかった。
王の失踪という大事に皆が大騒ぎの中、将軍の一人であるギルベルトが近づいて来て、言った。
「バーク将軍、王はなぜに出て行かれたのだ。主は最後に何かお聞きしなかったのか。」
バークは、イライラとギルベルトを振り返りもせずに答えた。
「さっきも言ったであろうが。王は主らが反対していると聞いて、その不甲斐なさに我らを捨ててご自分だけで事を進めようと出て行かれた。つまりは、主らも含めて皆見捨てられたのよ。早うお探しして、ご説得しねばならん。既にデンシアの結界も消失してないではないか。民の幸せが揺らいでしまうのだからな。」
ギルベルトは、怪訝な顔をした。
「ご自分のことよりも民のことを思ってくださっていた王が。そんなことを信じろと言う方が難しい。他の将軍達も皆そのように言っていた。お主は、何か隠しておるのではないのか。陛下のお部屋の警備に当たっていた兵士達も、死んでいたのだろう。陛下はそんなことをしなくても出て行くだけのお力があるのに、無駄な命を散らすこと自体が理解し難いのだ。」
バークは、背を向けたままチッと小さく舌打ちをした。警備を任せていた者達は、警備をさせていたのではなくシャデルの見張りに置いていたのだ。シャデルが出て行ったことを知った時、その者達からバークの所業が漏れることを考えてバーク自身が殺した。それを、シャデルの仕業だと言ったのはいいが、普段から国民の命を守ることに力を注いでいたシャデルが、そんなことをするはずがないと逆に疑われてしまったのだ。
バークは、くるりと振り返った。すると、ギルベルトだけでなくアルバン以外の、急を聞いて各地から到着した将軍達も合わせて7人の将軍達もその背後に立ってこちらを見ていた。皆、猜疑心丸出しの顔で自分を見ている。バークは、ギルベルトを含む8人を睨みつけた。
「何ぞ、皆揃って。」
すると、後ろに居た一人が足を進めた。この中では一番の年長者だろう、しかし未だ現役で第一線で戦い続ける、バークより古い将軍である、ギードだった。
「バーク、オレは今までお前に何も言わなかった。10年前、まだ幼い陛下を王にと推した真意は分からないが、それでもオレも陛下が王に相応しいと思っていたからだ。陛下はこれまで見たこともないほど正義感に溢れ、慈悲の心の厚いそれは力のある王だった。その陛下が、新たに現れた大陸からの友好の使者を人質にあちらを攻めようなどと、考えるはずなどないのは知っておる。お前は、陛下に何をしたのだ。陛下は、お前から逃れるために出て行かれたのではないのか。」
バークは、ひたすらにこの、かつては自分の上司だった男を睨んでいた。歳は、恐らく自分より10は上だろう。それでも鍛え上げられた体は健在で、動きにもキレがあり、判断の速さは誰もが舌を巻いた。
身体能力では、恐らくバークはこのギードには敵わない。
だがしかし、ギードは真っ直ぐな男で、政治的な駆け引きなどは一切して来なかった。なので、実力や能力を重要視する軍人の間では人望が厚かったが、発言力のある臣下の大臣達などには全く伝手もなく、国を動かす政治的な力はなかった。
バークは、言った。
「オレから逃れるため?ギード殿、オレにはそんな力はない。陛下に敵うはずなどないではないか。何か企んでいるのなら、真っ先に自分が王になると名乗りを上げていただろう。だがそうしなかったのは、陛下こそがこの国を救う王に相応しいと思ったから。それは今も変わっておらぬ。そんなことを言うのなら、自分で陛下を見つけて直接お伺いしたらいいだろう。オレだって、どうして急に陛下がこんなことをなさったのか分からないのだ。もしかして、今までの陛下は偽りの姿であったのかもと思い始めていたぐらいよ。」
他の将軍達が、明らかに動揺した顔をした。ギードは、眉を寄せた。
「偽り?陛下が我らをだましておられたと言うのか。」
バークは、頷いた。
「そうだ。思えば王におなりになったのは、まだ幼い頃のことであった。我らが強く申したゆえ、子供であられたし流されて王座に座っておられたのかもしれぬ。オレがいつも王はこうあるべき、とお教えしてお導きしておったので、仕方なくそれに従っておられたのかもしれぬ。それが、ああして成人なされて我慢ならず、ご自分の思うままになさるために出て行かれたとしても、おかしくはないであろう。力が大きいからと、王の器であるとは限らぬ。あの大きなお力で今までどれほどの敵を滅して来られたか。あれほど簡単に全てを制圧出来る力を持っているのに、ひとつの国の平和がどうのと、嫌になられたのかも、とな。だからお一人でさっさと他の国を制圧なさるために、出て行かれたのかもしれぬ。主らが何やら戦に反対などするから、嫌気がさしたのかもと言うておるのだ。」
ギードは、じっとバークを睨んだままだ。他の将軍達は、困惑した顔を見合わせている。明らかに、あり得るかもしれない、と思っているようだった。
ギードは、言った。
「お前の言うのは詭弁だ。陛下は、心から国民のためと考えておられるかただった。その陛下が、ご自分の力に溺れて、それで無駄な戦を起こそうと考えられるなどあるはずなどない。オレは長くファルなどに駐屯させられていて王城でお会いする機会はここのところ全くなかったが、それでも陛下が単身来られた時にはよくお話しをした。そんなことは、あるはずはない。そして陛下のお側近くに居たお前にそれが分からぬはずがない。今のお前の話で、お前が何かを企んで謀った結果陛下がどこかへ行かれたという、オレの推測はより真実味を増したぞ。お前が居る限り、陛下は戻って来られぬだろう。オレ達はお前から将軍の地位をはく奪させてもらうぞ。軍法会議を開く。」
バークは、ふんと鼻を鳴らした。
「そっちこそ詭弁であろう。陛下のお心の中など、どうやって知れるというのだ。一番お側近くに居たのはオレだぞ。ファルに居たお主に、いったい何が分かるというのだ。」
ギードは、声を荒げた。
「ファルへ追いやったのはお前であろう!首都の近くには己に近い者達ばかりを集めて、異議を差し挟もうものなら遠く離れた地へと送って!もし陛下がお変わりになられたというのから、お前のせいよ、バーク!」と、他の将軍達を見た。「さっさと軍法会議を!時が惜しいのだ、こやつをひきずり下ろさねば。」
しかし、他の将軍達は顔を見合わせてから、ギードに言った。
「…私も、ここへ来る前はバーク将軍を下ろしてアルバンを出し、陛下をお探しすることを考えておったのだが…確かに、バーク将軍の言うことにも一理あると思うたのだ。」
ギードは、顔色を変えた。
「なに?主ら、こんな男の言うことを信じるのか!」
ギルバートが、答えた。
「バーク将軍の言うことも考えられると思っただけだ。考えてみよ、陛下に逆らえる者が一人でも居ったか?もしもお主の言う通り、バーク将軍が何かを考えていたとしても、陛下に何某か仕掛けることなど不可能なのだ。」
後ろに居た、他の将軍も頷いた。
「そう、ここに居る誰にも不可能だ。陛下は魔法の他にも剣術でも右に出る者は居なかった。あのように優れたかたを、どうにか出来る者など居ない。だとしたら、陛下がご自分で出て行かれたというのも、納得出来る。」
ギードは、ギルベルトの方へ一歩踏み出した。
「陛下は殺戮を好むかたではない!」
ギルベルトは、慌てて頷いた。
「それは私もそう思っている。理由はどうであれ、陛下がご自分で出て行かれたのは間違いないであろうと言っているのだ。今はバーク将軍を軍法会議にかけるのではなく、一刻も早く陛下をお探しして、その真意を聞くことではないか。バークを失脚させるのは、それからでも遅くはない。」
他の六人も、それを聞いて頷いている。ギードは、歯ぎしりした…絶対に、何かあるはずなのに。バークは、何かを隠しているのだ。
ギードは、しばらく拳を握りしめていたが、くるりとバークの方を見た。
「…良かったな。お前の詭弁がこやつらには通ったようだぞ。だが、オレは騙されぬ。必ず陛下をお前より先に見つけて、お前の悪事を暴いてやろうぞ。」
そうして、さっとそこを出て行った。他の将軍達も、それを見て各々の方向へと軽くバークに会釈すると、そこを去った。
バークは一人、ギードが去った方向を睨みつけていた。ギード…厄介な男。戦術などに長け、戦の場では明らかに自分より優位な男だ。
バークは、何としてもギードより先にシャデルを見つけなければと、自分の直属の優秀な兵士達を呼び集めてシャデル探索の指揮を執るべくファルを出て行った。




