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反乱

その数時間前、ファルへと到着していたシャデルは、そこの宿の中で一番大きな、街の中心にあるホテルの最上階の部屋に入っていた。

食事を給仕されて一息ついていると、ふと、自分が命じてファルに駐屯させている兵士達の気が少ないのに気が付いた。

少ないと言っても、一人一人の気が減っているのではなく、人数が減っているのだ。

…首都へ呼び戻したつもりはないが。

シャデルは思って、立ち上がって窓の前へ立った。広域に気を探ってみる…何やらメイ・ルルーから大勢の気がこちらへ向かっているのが感じられる。王城の方は、かなりの手薄な状態だ。だがあちらには自分の結界があって、案じる必要はなかった。

それよりも問題なのは、どうして軍がこちらへ来ようとしているのかだ。

自分を迎えに来る必要などない。何しろ、シャデルはその気になればいくらでも一人で飛んで帰ることが出来たし、将軍たちを連れていなければ今頃は王城の部屋でくつろいでいただろうからだ。

何より、ここの兵士達が居るのだからそれに任せれば済むことなのだ。

シャデルは、不思議に思いながらも肝心のファルの駐屯兵達の気を探っていった。

ファルの駐屯兵達は、北の端の方へと迫っていた。かなりの数だ。そして、その気は熱を帯びて激しい感情を伝えて来ている。

「…ククルか!」シャデルは、すぐに踵を返した。「バーク!」

叫びながらいつものようにドアを気で開いて外へ出ようとすると、開けてすぐの所にバークは立って、こちらを見ていた。シャデルは、一気にまくし立てた。

「バーク、なぜに軍を動かした!ククルへ攻め入ろうとしておるであろう!」

しかしバークは、落ち着いた様でシャデルを見返した。

「陛下を混乱させるような者達は、存在するべきではないのです。偽りを言って皆を貶めて、自分達だけあのような場所に籠っておるなど許されるものではない。元々国に何の貢献もしておらぬ者達ですので、陛下はお気になさることはありません。」

シャデルは、首を振って窓へと向かいながら言った。

「あれらは真実を申しておる!主がそれほどに愚か者であるとは思いもせなんだわ。良い、我が止めて参る!」

窓を開いて出ようとすると、突然に後ろから、何かの力がぐいと自分の体を掴んだのを感じた。まるで大きな手が自分の体を横からしっかりと握ったかのようだ。シャデルが思ってもいなかったことに振り返ると、バークが手を翳してこちらを見ていた。

「おとなしく言うことを聞いておったらその地位であぐらをかいて居れたものを。これでは全てが無駄になる。ここに居てもらいまするぞ、陛下。」

シャデルは、我が目を疑った。そこに居たのは、自分が知っている男とは全く違う気を放つ、真っ黒で何かに飲まれたような吐き気をもよおすような命。バークはただの軍人で、術士としての才は全くなかったし、心にやましいことを感じたこともなかった。それが、今は全くの別人がバークの肉を着て話しているように見える。

「バーク…主…!」

体が動かない。

気の力では、間違いなく自分の方が上のはず。それなのに、魔法を放てない。

バークは、その様子を見てふふんと邪悪に笑った。

「長い間側に居て、やっと編み出したその力を封じる(かせ)。最初に見た時から、絶対に敵わぬと己の全ての力を使って自分の力と気を抑え込んで隠し続けて、密かに考えていたのだ。お主は素直でどんなこともオレの言うことを信じ、そして従ってくれた。難儀していたラウタートも、お主の力の前には成す術もない。案外に利用価値があると、今まで生かして散々利用させてもらった。ま、これからもしばらく利用させてもらうがな。せいぜい殺戮と略奪を好む王と世に知らしめて、皆を屈服させるのに使わせてもらおうぞ。その後、死んでくれたらオレが後はうまくやる。」と、くるりと踵を返した。「地下牢などには入れぬ。ここは最上階、大きな気が使えぬ主にとって、ここが一番逃れられない場所であろう。そこでククルとかいう里が消えるのを何も出来ずに待っておれば良い。」

そして外へ出ると、側の兵士二人に「見張れ」と言い置いて、バークは振り返りもせずに去った。

そして、その扉は閉じられた。

シャデルの腕には、見たこともないような棘のついた黒い光沢のある蔦のような物が何重にも食い込んで巻き付いていて、それが自分の気を封じているのだと呆然と見つめていた。


バークは、軍の駐屯基地へと向かいながら、険しい顔をしていた。

計画が狂った…本当なら、もっと徹底的にディンメルクから恨まれ、捨て身の総攻撃を仕掛けて来るのを待って、それをシャデルに殲滅させてから、こうして正体を現し、自分が王座に座るつもりだったのだ。

もちろん、ディンメルクとサラデーナ、両方の王として。

そうしてあわよくば、新たに現れた大陸の二つの国すら手中に収められたらと思っていた。

それが、命の気の不安定な動きにシャデルが思ってもない方向へと動き出し、早々に押さえてしまわねばならなくなった。

バークにしても、ラウタートは厄介だった。あれは群れで行動し、そして規律正しく王の命令には絶対に従う。なので、死ぬことすら厭わずに向かって来る様は、戦争当時最強の術士と言われていたバークにすら恐ろしいものだった。術の筋を読み、幾ら放っても間をすり抜けて傍までやって来る。そうして、最奥で術を放っていたバークの側まで迫ったラウタートに、あろうことかバークは背を向けて逃げ出したのだ。

そして背に一撃くらい、ひっくり返ったバークの正面からまた大きく一撃をくらった。

顔の傷は、その時にラウタートの爪でやられたもの。

今まで傷などつけられたことがなかったバークにとって、それは屈辱以外の何物でもなかった。

そのまま気を失った自分にとどめを刺すこともなく、ラウタートは立ち去った。気が付くと他の兵士に手当されて、自分が生かされたのだと口惜しさにしばらくはミウ科の生き物全てが疎ましかったぐらいだ。

バークがそんなことを思い出しながら不機嫌に天幕へと入ると、中の兵士達が立ち上がって頭を下げた。

「将軍、第一隊がククルへ到着、これより攻撃に入るとのことでございます。」

バークは、頷いた。

「あの老いぼれはもう死んでおるも同然。次の長とかいう男はそれほどの力もない。力の玉の結界などすぐに破れよう。なに、夜明けまでには片が付く。」

違う将軍が横から言った。

「だがバーク将軍、首都から呼び寄せた隊はどうするのだ。もうすぐこちらへ到着する予定だが。」

バークはちらとそちらを見た。

「あれにはあれの仕事がある。ベルールとサルークに駐屯させてあちらのライアディータ攻略のことを考えねばならぬかと思ってな。こっちの気が流れ込んで、あちらも今混乱しておるはず。ならば今しか、あちらを攻略する時はないと思うぞ、アルバン。」

アルバンは、眉を寄せた。

「…なんだって、ライアディータを?しかし隣国のリーマサンデも出て来ようぞ。両国は友好関係を築いておると申しておった。特にリーマサンデは、思ってもないような兵器を持っているのだと話に聞いた。陛下は何とおっしゃっている?」

バークは、ふんと鼻を鳴らした。

「陛下はお疲れでそれどころではないようだ。オレに一任するとおっしゃっておるから、こうして進めているんじゃないか。」

アルバンは、表情を険しくさせた。

「陛下に直接お聞きして来ようぞ。よく知りもしない土地へと足を延ばすのは時期尚早だ。ディンメルクからまで攻められたら、ひとたまりもない…」

バークが、手を上げた。すると、側の二人の兵士が進み出て、アルバンの両腕を両脇から掴んだ。

「な…、何のつもりぞ!?」

アルバンが叫ぶ。バークは言った。

「規律を乱す者を捕らえているだけだ。オレがそうすると言っているのに、勝手な動きをするな。」と、兵士達に軽く頷きかけた。「連れて行け。」

アルバンは、ずるずると引きずられて行きながら叫んだ。

「何をするつもりだ、バーク!陛下に何をした!」

バークは、それを背後に聞きながらもそちらを振り向かず、呟くように言った。

「うるさいわ。あれはオレが居たからこその王。これからもそうよ。」と、じっと黙ってこちらを無表情に見ている他の将軍達を見た。「ま、今すぐ攻め入るのではない。機があったらすぐにでも攻め込める体制を作っておきたいだけだ。首都はまず攻略されることはないのだから、何かあったらそこへ籠ればいいのよ。」

皆、一様に黙っている。

バークは、ふんと小さく鼻を鳴らすと、机に広げられた地図へと視線を落とした。そろそろ、里へと侵入している頃か。あんな小さな里など、あっても無くてもどうでも良いわ。

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