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侵入2

ほんの数分で、レンは二人を連れて戻って来た。そしてすぐに扉を閉じると、シュレーに向き直った。

「で、どうしたらいいんだ。」

シュレーは、他の二人を見た。

「ここから出る。シャデル陛下は恐らく、何もご存知ないが、どうも軍が何か隠し事をしているようなのだ。このままでは、お前達を人質にされる可能性も出て来た。詳しくはここでは話している時間がないが、とにかく今は、ディンメルクへ逃れる。」

スタンが、驚いたように目を見張った。

「今日の午後から何やら不穏な動きをしているような感じを受けておったんだが、もしかしてそれなのか?」

シュレーは、眉を寄せた。

「なんだって、不穏な動き?」

それには、レンが頷いた。

「そうなんだ、オレも気になってここから港の方ばかりを伺ってたんだが。北がどうの、というのが聞き取れてな。そもそも、北には今、シャデル陛下と将軍たちが行ってるはずなんだが、出迎えという雰囲気でもないし。」

マーラが、レンの方は見ずにシュレーを見て、言った。

「私が感じ取ったのは、戦の前特有の緊張感だったわ。北で何かあったのかも知れない。」

シュレーは、眉を寄せたまま考え込んだ。なんだろう、シャデルに何かあったのか。いや、シャデルで太刀打ちできないことが、軍にどうにか出来るはずはない。何がどうなっている…?

すると、腕輪から声が聴こえた。

『シュレー、時間がねぇぞ。黙ってねぇで早くしな。話は後で出来る。』

シュレーは、ハッとした。玲樹からは声を掛けないと言っていたが、状況を見ていて黙っていられなかったのだろう。

「すまない、レイキ。」そして、目を丸くしている三人を見た。「外で待ってる仲間だ。とにかく、出よう。話はそれからだ。」

そうして、四人はそっと扉を開いて、何やら不気味にさえ感じるほど静かなサラデーナ王城内を、慎重に進み始めた。


一方、圭悟は地下水路の脇を、落ちないようにと気を付けながら進んでいた。

真っ暗で何も見えないが、つまりそれは、今ここには誰も居ないということなのだと自分に言い聞かせながら、足元だけを腕輪で照らして前へと進む。

思った通り、明かりが薄っすらと漏れている個所を見つけて、そこからそっと中を伺った。

何やら、話声が聞こえるような気もするが、見張りの兵が居たら失神魔法を使おうと、剣を抜いて構えると、圭悟は思い切って中へと足を踏み出した。


その数十分前、ラーキスは自分の体内時計が今、夕方だと告げたのを感じて、そろそろ休むか、と、牢の粗末な寝台へと腰かけた所だった。ここへ来てから、食事というものは全く与えられていなかったが、それでもラーキスは命の気さえあればいくらでも我慢出来るので、何の支障もなかった。

斜め前の牢には、何やら緑の見たこともないような体の魔物が、こちらに背を向けて寝台に腰かけている。そもそも、どこに顔があるのか分からないので、こちらに背を向けているのだと分かったのは、それがローブらしきものを身に着けていて、それが背中部分をこちらに向けていたからだった。

あれは、何だろう。

ラーキスは、ただ好奇心でまじまじとその魔物を見ていたのだが、すると突然、その魔物が怒声を上げた。

『何を見ている?!』

何やらしゃがれたような変な声だったが、しかし何を話しているのか分かった。知性のある魔物だったのか、とラーキスは答えた。

「いや、気に障ったのなら謝る。主は知っておるか分からぬが、オレもグーラという魔物であって、それが人型をとっておるだけなので、こちらの魔物は初めて見る、と思うて珍しかったのだ。」

相手は、ふんとまた向こうを向いた。

『グーラか。知っている。だがお前達はまだ見れる外見ではないか。美しいと称賛するやつも居るぐらいだ。オレはこんな風で自分でも見たこともないおぞましい姿だ。それなのに何の役にも立つわけでもないようで、特別な能力が身についたわけでもない。食わずでも平気なことぐらいだ。』

ラーキスは、首を傾げた。

「主は生まれつきそういう種族ではないのか?」

相手は、首らしきものをひねってこちらを見た…ようだが目がどこにあるのかは分からなかった。

『違う!生まれた時からこれだったら、いくらか慣れてもおるだろうし、ここまで落ち込みもしなかったわ。こっちに来てしまったからこうなった。』

ラーキスは、ハッとした。もしかして、命の気のせいで、変化してしまった、人?

「もしかして主、ディンダシェリアの民か?」

相手は、途端にがっくりと二つに折り畳まるようになった。

『そうだ。何やら苦しくなって来て、体が燃えるように熱くなったかと思うと、気を失った。気が付いたらここで、そしてオレはこんな姿だった。姿がこれでは、恐れられてこんな牢に籠められているのも分かる。』と、その声は泣いているように乱れた。『いっそのこと、狂ってしまえたらこれほど苦しむこともなかったのに!変に若い頃から修羅場をくぐってしまったせいで、こんなことぐらいでは正気を失うことが出来ん…。オレはこのまま、ここで誰にも知られることなく死ぬしかない。』

ラーキスは、牢の格子へと一歩歩み寄った。

「そのような。オレはここにずっと居るつもりはないし、出してもらえそうになかったら、己で出て行くつもりでおった。その時、一緒に参るか?オレはグーラであるし、主を乗せて飛べる。逃れることは出来ようぞ。」

相手は、顔を上げた。

『だがこんな姿のオレなんかが、人目にさらされるのは耐えられぬ。それよりなにより、オレなどを連れておったらお前が身を隠すことも出来ぬのではないのか。図体だけは、こんなにデカくなってしまっておるし。』

ラーキスは、首を振った。

「闇に紛れれば可能ぞ。姿のことは、後で考えたらいいのだ。戻す方法はきっとあるはずぞ。」

相手は、じっとこちらへ首をひねったままで黙っていたが、しばらくして、言った。

『…変に希望は持たさないでくれ。戻せるのなら、あっちの大使なのだから戻してくれておっただろう。出来ないからこうして放って置かれているのだ。もう、別にいい。それほど落ち込んでもいないのだ。どうせオレは、こうなる運命だったんだろう。怠惰に平和を満喫しておったツケが来ているのだ。今なら、殉職した大使として輝かしい最期と言われるだろう。娘も妻も、その金で食って行ける。オレはもう、諦めているんだ。何をしてここに来たのか知らんが、お前だけでも、あっちへ戻ればいいだろう。』

「そのような…、」

ラーキスが言いかけると、何かの気配がして、牢の戸が開いた。ラーキスも相手も、思わず息を飲んでそちらを見た。牢番は、夜は見回りには来ないはず…。

すると、入って来たのは、ラーキスには見慣れた男だった。

「…ケイゴ?」

父の、友。何度かダッカにも来ていたので、顔は間違えるはずはなかった。

「ラーキス!」相手は、小声で叫んだ。「ああ、良かった!助けに来たんだ、軍が変な動きをしていて、もしかしてシャデル陛下のお気持ちだけでは動かないのかもしれないと。」

ラーキスは、圭悟を呆然と見た。

「しかし…なぜにここにオレが居ると?捕らえられているのを、知っておったのか。」

圭悟は、頷いた。

「咲希が見たのだと聞いて。とにかく、オレとシュレーと玲樹は、ラーキスとみんなを助けてここを出るために来た。シュレーは他の皆を助けに行ってるんだ。それで、サルー大使はどこか知ってるか?ええっと…変化してしまっているとシュレーから聞いてるんだが。」

ラーキスは、圭悟の背後、斜め後ろ辺りへ視線を動かした。圭悟は、そちらに何かの気配を感じて振り返って、その三メートルはあるだろう体が、ゆっくりと立ち上がったのを見た。

「ああ…!もしかして、サルー大使…?!」

かろうじて悲鳴を上げるのはこらえた圭悟だったが、それでも何度も唾を飲み込んだ。初めてではない…仲間がこうなったのも見たし、それにとどめを刺したのも自分なのだ。あの時は訳の分からない雄たけびを上げていて、会話も何もあったもんじゃなかった。ここで叫ばれたら、いくらなんでも牢番が気付いて来るだろう。

「あの…大使…落ち着いて聞いて欲しいのです。その、分かりますか?」

相手は、しばらくじっとしていたが、言った。

『…オレのことはいい。もう死んでると思って、国にもそう伝えてくれとシュレーにも言っておいてくれ。』

物凄い雄たけびを上げられるのではと恐れていた圭悟は、肩透かしをくらって唖然とした。どういうことだ…サルー大使は、正気なのか?

「え、サルー大使…あなたは、正気でいらっしゃるんですか?その…オレの仲間は、みんな狂ってしまって、ただ叫んで暴れるだけだったのに。」

そして、狂い死んだ者や、自分がとどめを刺した者が居た。

圭悟が言うのに、サルーは少し下を向いた。どこが顔か分からなかったが、上の方が少し下へと折れたので、そうだろうと判断した。

『オレは…狂えなかったんだ。仕方がない、そういう生き方をしていたから、今更こんなことぐらいでは正気を失えない。狂ってた方が数段マシだったろう。だが、仕方がない。もう元へは戻れないのに、あっちへ帰っても皆の好奇の視線を浴びるだけだ。そっちのグーラだけ連れて行くといい。』

圭悟は、我に返って、サルーを見上げた。そして、剣を上げて小さく炎の魔法を出しながら、言った。

「方法が見つかったんですよ!シュレーがディンメルクへ行って、方法を調べました。だから、すぐにここから出ましょう!」

言っている間に、サルーの牢の閂が溶けて見る間に戸は開いた。圭悟は、ラーキスの牢にも向き直ると、また同じようにしながら言った。

「ラーキスも、とにかくここを出るんだ。ディンメルクへ逃れることが出来る…アーティアスが、ラウタートの王で、あっちでのことは心配ないんだ。後のことは、帰ってから考えよう!ここを出ないと!」

ラーキスは、牢の低い扉を屈んでくぐると、言った。

「サキは?自我は失っておらぬか。」

圭悟は、頷いた。

「大丈夫だ。姿は変わってるようだけど、でも元気だよ。」と、サルーを見た。「大使、ぐずぐずしている暇はないんです。術で早く元の姿へ戻りましょう。全て、ディンメルクへ行ってからです。」

サルーは、そろそろと扉から出ようと身をかがめながら言った。

『本当に戻れるのだな…?この姿から。』

圭悟は、じれったげに何度も頷いた。

「戻れるんですよ!とにかく」と、つっかえているサルーの手らしい場所をラーキスと共に必死に引っ張って引きずり出しながら、「脱出しなければ!」

ずるり、とサルーの体は外へと滑り出た。床に倒れた状態だったが、サルーはその緑の体をうねうねと動かして、四本の脚でむっくりと起き上がった。そうなって見てやっとわかったが、この足は手足で、手も足も同じ長さで床についてしまっているらしい。

『わかった。死ぬのは後でも出来るし、君を信じて行ってみることにする。』

圭悟は、サルーを見上げながら、何とか頷いた。

「前向きな気持ちになっていただいて、良かったです。では、こちらへ水路は細いですが、その体で通れますか?」

サルーは、うねうねと進んで来ながら答えた。

『行ってみないと分からないが、この形だから水路を泳いだ方が早いかもしれない。』

タコに似てるもんな。

圭悟はそう思ったが、失礼にあたってはいけないと口には出さなかった。そして、水路を真っ直ぐに抜けたら、どこへ出るのか考えて見て、思いつくことがあった。

「…水路を抜けたら、川へ出るな?アトラス。」

小さな声で言うと、腕輪が答えた。

『王城脇の川であるから、今日下って参った川ぞ。軍が居らぬか案じられるが…。』

「川は渡って対岸へ参れば良い。」ラーキスが、横から言った。「軍は出るとしてもリーリンツの方へとさかのぼるか、戻って来るかしか使わぬはず。ならば我らは、川を横断して陸を。どうせ飛ぶのだから、誰も通らぬ道を行った方が良い。」

圭悟は、サルーを見上げた。

「大使、お力添え頂けますか?オレ達を乗せて、水路を川へと向かえると、見つからずに抜けられる確率が上がるのです。」

サルーは、ためらいがちに答えた。

『やってみるが、この体を使い慣れてないからな。』

「何を話している!静かにしないか!」

上から、兵士の声と階段を下りて来る足音が聞こえて来る。

圭悟は、二人に下がるように合図した。二人は、後ろへと下がる。

兵士の足音が近くなり、牢の入口の戸を荒々しく開いた。

「黙って寝ろ!」

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