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侵入

日が暮れるのを待って、圭悟とアトラスと、人型に戻った玲樹、シュレーは王城へと向かった。

圭悟とシュレーにとってはもはや慣れた道であったが、玲樹とアトラスは初めて来た場所だ。

シュレーは、この城がシャデルの結界に完全に頼り切っていて、リーディスが構えるライアディータ城より人的な守りが薄いのを知っていた。

何しろこのデンシアにはシャデルの結界が敷かれてあり、その内側にある城にもまた単独で結界が張ってあるのだ。それがあまりに強固なので、城の回りにはあまり兵士が配置されていなかった。

それは、シャデルの留守でも関係なかった。シャデルが許した者以外は、決して城の結界には入れないので、兵士達は安心しきっているのだ。

そこに、穴があった。

「オレと圭悟は、間違いなく中へ入れる。」シュレーは、城の裏側で言った。「シャデル陛下はオレ達の出入りを許してるからだ。だから玲樹とアトラスは、外で待つんだ。サルーの事は、ラーキスに頼む事にする。暴れても何とか外には出て来れるだろう。そこでアトラスが補助に回れば、見付かったとしても逃げ切れるはずだ。」

圭悟が、頷いて目の前の高い塀を見上げた。

「城の事は、何度も来てるからオレもよく知ってる。一人でも何とかやれるさ。」

シュレーは、頷いた。

「そこは、心配してないさ。ただ、タイミングを合わせないとどちらかが遅れたら捕まる可能性がある。」と、腕を上げた。「腕輪の出番だ。脱出の準備が出来たら、信号を送り合おう。そして、同時に城を出る。」

玲樹は、それでも心配そうにした。

「不測の事態が起きても、オレは中には行けねぇ。とにかく何が何でも外へ出て来いよ。そしたら、オレが蹴散らしてやるから。」

圭悟は、苦笑した。

「子供じゃあるまいし。大丈夫だ、夜は特に人が少ないから。シャデル陛下に頼るのに慣れて、みんな緊張感が無いんだよ。どうやら将軍達も居ないようだし、こんなにラッキーな日はない。待っててくれ。」

シュレーが、首を傾げた。

「じゃあ、回線を開きっぱなしにするか?こっちにはこういう機器がないから、電波を傍受されてどうにかなるとか心配しなくていいしな。」

玲樹が、何度も頷いた。

「そうしてくれ!オレ達だって心の準備がある。もしそっちで何かあって分からなかったら、どう動くべきか分からないだろう。そっちだって、何かあってから回線開くのが出来るか分からないだろう。」

シュレーは、頷いて圭悟を見た。

「じゃ、同じ回線を開こう。潜入側は、玲樹達にこっちの音を聞かせることにして受音は消して置くように。潜んでる時に喋られたら大変だからな。」

玲樹はアトラスと、腕輪を操作しながら言った。

「こっちからは話さねぇよ。そっちで何かあったら、そっちから話しかけてくれ。どうせオレ達は中には行けねぇし。」

シュレーと圭悟は、セットし終わって顔を上げた。

「よし。じゃあ、それぞれの待機位置へ行ってくれ。オレ達は、裏口から入って目的地へ向かう。」

玲樹とアトラスは、同時に頷くと、それぞれ右と左へと走って行った。シュレーと圭悟は、目を合わせた。

「レンと裏庭に出た時、こっちに庭師の通用口を見たんだ。鍵は昔ながらの南京錠だったし、ここの命の気だったらオレの魔法でも簡単に焼き切れそうだった。」

シュレーは、歩き出す。圭悟はそれについて回りを警戒しながら歩いた。

「外からの南京錠か?」

シュレーは、頷いた。

「ああ。出る時に鍵を掛けて出るようだった。内側には鍵がなくて、鉄の棒を横にスライドさせて閉める形の扉で。」

圭悟は、ああ、と頷いた。

「古い形の錠だな。あっちの世界でも見たことあるよ。」

そうやって歩いていると、注意して見ていなければ見過ごすような木の陰に、明らかに背が低い木の戸が見えた。シュレーが、それを見て嬉しそうに少し表情を緩めて歩み寄った。

「お、あったあった。」と、重そうな鉄の錠を手に取った。「錠ばかりがデカくてもな。これほど緊張感がないのも、やっぱりシャデル陛下の結界のせいなのか。」

圭悟が、歩み寄ってそれを見た。確かにとても大きな南京錠だったが、錠の寝者のU型になっている部分の太さは、直径1センチにも満たない。これなら、魔法で簡単に焼き切れてしまうだろう。

圭悟は、他人事なのに顔をしかめた。

「ライアディータの王城では考えられない手薄さだな。兵も居ないってのに、確かにこっちの城の兵士達はみんな、シャデル陛下に頼って平和ボケしてるよ。」

そう言うと、すっと剣を抜いて、呪文を唱えた。シュレーは、回りに目を光らせて、誰かに見られていないか警戒している。

なるべく細く力を絞って炎を照射したのだが、その南京錠の根元は瞬く間にバターのように溶けて、ボトリと草の地面へと落ちた。

剣を下ろして鞘へと戻した圭悟は、まだジュウジュウと音を立てている南京錠を見下ろした。

「鉄だろうか。どうも青銅だったような気もしないでもないけど。あっさり溶けてしまったよ。」

シュレーは、その錠を蹴って脇の草むらへと隠した。

「こっちの命の気の出力の強さなら、これが鉄だってこんな感じになるさ。じゃあ、オレは裏口からあいつらの部屋へ向かう。圭悟は、地下へ向かってくれ。」

圭悟は、頷いた。

「中へ入ったらこっちのものだ。脇の水路から地下へ降りられるんだよ。一度オレの仲間が変異して、殺せと懇願された時に、地下牢へ降りて…そっちの道を見たんだ。」

シュレーは、そういえば、と思い出していた。圭悟と一緒にこちらの大陸へ流れ着いた者が、変異して殺さずに籠めていたのも地下だったのだろう。それを、圭悟が最後に殺してくれと頼まれて、術を放ったのだと聞いている。

シュレーは、圭悟の肩を叩いた。

「…じゃあ、またディンメルクで。」

圭悟は、頷いて扉に手を掛けた。

「ああ。リツで会おう。」

二人は、さっと身をかがめてその扉をくぐると、それぞれの方向へと暗闇の中足を速めて行った。


シュレーは、とりあえずの飾りとはいえ、見張りが立っている正面玄関ではなく、裏の使用人達が使う台所の木戸を選んでそこから侵入した。

思った通り、そこはもう暗く明かりも落としてあって、誰もいなかった。シャデルやその客が居る時に稼働するだけのこの場所は、シャデルの不在で全くの無人だったのだ。

だが、レン達の食事はどうなっているのだろう。

シュレーはそれが気になったが、それは本人たちに聞けばいいだろうと、辺りを警戒しながら階上の客間へと向かった。

三階にあるその扉の前には、誰も居らずシンと静まり返っていた。シュレーは、そっとその扉へと寄ると、ノブを回して隙間を開けた。

中には、レンがたった一人で窓の外を見ながら、じっと何かを考え込んでいるのが見える。シュレーは、さっと扉を開いて中へと滑り込むと、驚いたレンが声を上げる前に人差し指を立てて自分の唇にあて、静かにしろと合図した。レンは、言葉を飲み込んでから、そろそろと口を開いた。

「シュレー…?どうしたんだ、こんな時間に。」

シュレーは、小声で早口に言った。

「詳しい話は後だ。今すぐにここから出なきゃならん。スタンとマーラは、それぞれの部屋か?」

レンは、頷いた。

「今日も昨日も食事も出なくてな。オレが街でいくらか食い物を調達して来て、ここで食べて今さっき戻ったところなんだ。シャデル陛下が留守で…知ってるか?」

シュレーは、何度も頷いた。

「知っている。だからこそ隠れて来たんだ。さ、急げ!何だか面倒なことになりそうな雲行きなんだ。お前達がここに居たら、オレ達の動きも制限される。」

レンは、急いで扉へと向かった。

「お前は、ここで待ってろ。その様子だと誰かに廊下で会ったら余計に面倒だろうが。二人をここへ呼んで来る。」

シュレーは、仕方なく頷いた。

「だが、急げよ。外で仲間が待ってる。」

レンは頷くと、すっと外へ出て行った。

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