表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/321

神殿の奥

バークを残して、シャデルはミールについて神殿の奥へと進んだ。両脇がむき出しの岩である狭い通路は、確かに何かの力が自分を値踏みしているような感覚がした。だが、それだけで、特に何の障害も感じることなく、歩いて抜けることが出来た。

奥の扉を抜けると、そこは光が上から差し込む大きく開けた空間だった。

大きな一枚岩に見えるその正面の壁に、丸く光る透き通った玉が、埋まるようにあるのが見える。シャデルは、それを見て思わず息を飲んだ…あの、懐かしい気だ。やはり、あのサルークの石と同じ波動を感じる…。

ミールは、そこへ向かって足を進め、側にある水盆の側へと立った。そして、シャデルを振り返って、じっと目を閉じて言った。

「これが、太古の力を持つ命の、力の石。今、この里を守っておるのはこの石の力。わしの最後の力を振り絞って、これに術を掛けてある。恐らくこれは、ここにある間未来永劫、ここを守ってくれるだろう。わしはやっと、安心して眠りにつくことが出来ると、感謝しておるのだ。」

シャデルは、驚いた顔をした。ミールは、その目を閉じたままだった。しかし、薄っすらと笑って言った。

「驚いておるの?わしの歳なのだから、いつポックリ逝ってもおかしくはあるまいが。」シャデルが、それを聞いて居心地悪げに少し、水盆の方へと視線を向けながら歩いた。ミールの顔は、それをぴったりと追ってそちらを向き、言った。「何を居心地悪げにしておるのだ。真実なのだから、そうだと答えればいいのよ。」

シャデルは、ハッと顔を上げた。そして、目を閉じたまままだ薄っすら微笑んでいるミールを見て、言った。

「…見えぬのか。そうか、確かにラーキスにそう聞いておった。気配と気を読んでおったのだな。」

ミールは、頷いた。

「もうとっくにの。この里の未来を憂いて、何とか命を長らえて来た。しかしもう、限界ぞ。恐らくは数日中に、わしは天へ還る。主と同じ命を持つ、サキと言う命の力を借りて、ここはもう安泰ぞ。」と、目を開いた。そう言われてから見ると、確かにその目は何も映していないようだった。ただキラキラと澄んでいて、こちらを見ているのに何も見ていないかのようだった。「シャデルよ、ここへメニッツから通り道の全てを潤しながら大陸を通って命の気が流れ、そうしてこの石を通して大地へ還り、再びメニッツから大陸へと流れるシステムが出来ようとしておる。そうせねば、エネルギーベルトが無くなった今、大陸はその気をただ垂れ流すのみで、近い将来枯渇しよう。目先の争いなどに、煩わされておる場合ではないのだ。この大陸の命が懸かっておる…そして、それを正せるのは、主のような大きな力を持つ者たちのみ。主は、ただ一つの国だけの王ではないのだ。思い出すが良い。己の命に課せられた使命を。なぜに他に類を見ないほど大きな力を持って生まれたのか。ただ己の民を守るためだけなのか。そもそも、主の民とは何ぞ。ディンメルクだのサラデーナだの、誰が決めたのだ。全て主の守るべき民なのではないのか…何が主の目を曇らせておるのだ。主は、王になるために生まれたのか。それほどに、小さな器なのか。」

シャデルは、ただ茫然とミールの、何も映していないだろうに、自分を見据えているようにも見える瞳を見つめていた。ミールには何かが見えている…もしかしたら、全て見えているのかもしれない。確かに、自分は王になどなりたくはなかった。しかし13歳のあの時に、戦で死んで逝く民を見せられ、それを守らなければならないと、それが出来るのは自分しか居ないのだとバークに説得されて、皆を束ねて己の力を使って戦を終わらせることを成し遂げた。それからも、ただただ民を守るため、命を守るためと、あちこちで戦い、ディンメルクの民やラウタートを傷つけ…。そんなことは、シャデルが望んでいたことではなかった。

だが、和平へ向けて舵を切ろうとするたびに、ディンメルク側はこちらの民を殺した。仕方なくこちらから軍を差し向け、その度に双方で犠牲が出た…。

「我とて、戦など終わらせたかった。」シャデルは、口を開いた。「だが、あちらは我の話など聞かぬ。やっと落ち着いたかと思うたらまた、あちらからの攻撃がある。どうすることも出来ぬ…せめてこちらの民だけでも守れればと、王座に居るだけ。最初から、王など興味もなかった。ただ民達を守るため、王で居た方が軍を動かし迅速に救うことが出来るからと。」

ミールは、じっとシャデルを見ているようだった。恐らくは、心の目で見ているのだろう。

ミールは、力を抜いて言った。

「主の言う軍とは、本当に主の思うように動いておるのだろうかの?」シャデルは、顔を上げた。ミールは続けた。「民を信じるのは主の良いところ。だがしかし、世には善良な者ばかりではないのだ。主の力があれば、軍など要らぬだろう。一瞬にして移動することが出来、相手を傷つけずに押さえつける力があり、相手の心を読むことが出来る。主は、己の目で全てを見て判断せねばならぬ。真実を知るのだ、シャデルよ。それしか、わしには言えぬ。全てを教えるのは簡単なことぞ。だがしかし、それはわしの仕事ではない。主自身の仕事ぞ。まだ今生では若いゆえ、見えておらぬことが多い。己で見よ。己で考えよ。そして、この地の全ての命を救うのだ。主の責務ぞ。己の魂に刻まれた、責務を思い出すのだ。」

そこまで話すと、ミールはガクッと膝をついた。シャデルは、慌ててミールへと歩み寄ったが、ミールはそれを手を上げて制した。

「良い。もうすぐなのだ。わしは責務を全うした。今はホッとして安らかな心地ぞ。」と、ゆっくりとそこへ胡坐を組んで座った。「さ、もう行くがよい。これで、わしが主に会うのは今生では最後。これが最後の責務であった。後は、主次第ぞ。」

シャデルは、ミールの側に跪いたまま、言った。

「なぜに今申す。我は…もしかしてこれまで、何か大きな間違いを犯しておったのではないのか。なぜに今なのだ。」

ミールは、苦笑した。

「わしが問いたいわ。なぜに今来たのだ。わしの存在は、もっと前から知っておったはずよ。」

シャデルは、ぐっと詰まった。確かに知っていた。だが、ここへ訪ねる気持ちもなかった。ただ放って置いてやろうと思った…それだけだった。

「…それは…」

ミールは、目を閉じた。

「今、何かに気付いたからであろう。主の中の何かが、ここへといざなった。そして、間に合った。」と、目を閉じたまま微笑んだ。「さあ、参れ。わしが言えることは皆言った。後は、主次第。行って真実を見て来るが良い。」

ミールは、最後の方は少し、辛そうに息をついた。シャデルは、それを見て意を決したように立ち上がると、ミールから少し離れて、言った。

「…もっと早うに会いたかったの、ミールよ。我は行く。」

ミールは、微かに頷いた。

「またの。我らの還る場所は、同じであるから。」

シャデルは、黙って頷いた。

そして、くるりと踵を返すと、後ろを振り返ることなく、その場を後にしたのだった。



先ほど最初に通された場所へと戻って来ると、そこにはイライラとした風のバークと、ミールの後継者だと聞いていた男の二人が、ただ黙って重苦しい空気の中立っていた。シャデルが戻って来たのを見た後継者の男は、何も言わずにさっと奥へと速足で入って行く。シャデルは、恐らくその男はミールの命の期限を知っているのだろうと思い、それを黙って見送った。

バークが、むっつりとしたまま、シャデルを見上げて言った。

「して。あの老いぼれは何を話しておったのでしょうか。また陛下が人殺しなどと攻め立てたのではありますまいの。」

シャデルは、苦笑して首を振った。

「いや。ただ我の責務を思い出せとの。それから、確かにこの奥には、サルークにあったのと同じ石が設置されておった。そして、それがこの里の守りも行なっておる…かなりの力であるのは間違いないの。あれならば、メニッツから命の気を引き付けることも出来ようほどに。ラーキスは、嘘を言ってはおらなんだ。」

バークは、それでも不機嫌に立ち上がった。

「では、お気は済まれましたか。戻りましょうぞ。」

そんなバークの様子にため息を付きながらも、シャデルは今話すべきではないと思った。途中で置いて来た兵士達も含めて、皆に話すべきなのだ。ここへ連れて来たのは、皆軍の上層部ばかり。これらに分かってもらわねば、石の設置に協力することが、とても無理だと思ったのだ。

それから、バークもシャデルも、誰に止められることもなく、結界の岩場を抜けて、ククルの里から出てた林へと抜けた。


辺りは、もう暗くなっていた。

それでも、どうしてもファルへと戻って休むべきだとバークに主張され、シャデルは軍人達と共に船でミレー湖へと向かっていた。

船で揺られている間、シャデルがいつ話せば良いかと思っていると、バークが言った。

「…それで、陛下。陛下の責務とはつまり、我らサラデーナの民を守り、繁栄させて参るということでございますね。」

シャデルは、バークから話の続きをし始めたのに、驚いてそちらを見た。他の軍人達も、黙ってこちらを見ている。

良い頃合いだと、シャデルは言った。

「分かっておるであろうが、バーク。ミールも我のような種類の力を持っており、やはり命の気の枯渇を案じておった。我も、この大陸を大きく探って見てその可能性がありそうな感覚を感知しておる。今度ばかりは、ディンメルクだのサラデーナだの言うておる場合ではないのだ。大陸全体の命の気が枯渇してしもうたら、サラデーナでももはや術を放てなくなるのだぞ。それどころか、作物も育たぬようになり、皆飢えることになる。」

バークの他の軍人達が、顔を見合わせる。バークは途端に眉を寄せた。

「…そんなもの。ディンメルクにさえ命の気を取られなければ、我らだけであればやって参れるでしょう。あのミールという老いぼれに、何を吹き込まれたのか知りませぬが、あのような人殺し集団など、助ける必要などありません。」

シャデルは、同じように眉を寄せた。

「主には気が読めぬから分からぬだろうが、この大陸の命の気がディンダシェリア大陸へ流れて戻って来ぬのは、我にも分かっておったこと。あちらもそれで、大層困っておるようぞ。いくらか押し返すことに成功しておるようであるが、このままでは命の気は枯渇する。バケツをひっくり返しておるようなものぞ。サラデーナだけが枯渇せずに済むと主が思う根拠はなんぞ。」

バークは、シャデルを見て言った。

「あなたがいらっしゃるからです、シャデル陛下。あなたの力があれば、幾らかの範囲だけでも命の気を大地から吸い上げて留めることも出来るはず。あの誰かの力の石とやらが命の気を引き付けるというのなら、あなたの力ならデンシアや他幾つかの都市ぐらいなら、守ることが出来ましょう。それだけあれば、十分です。そうすればむしろ、国は統治しやすくなる。その守りの範囲でなくば、生きて行くのが難しければ、そこを放り出されたら、生きては行けぬということ。陛下に逆らう者は、今よりさらに居らぬようになるはずです。」

シャデルは、瞬時にして怒りの形相になり、立ち上がった。

「何を言うておる!我の力でそのようなことをしても、せいぜいアルル平原ぐらいしか守り切ることなど出来ぬ!食物を生み出しておるファルやメイ・ルルーは何とする!主の策では、共倒れにしかならぬわ!そに我は、そのような統治は望んでおらぬ!命の糧を握ってそれで脅して治めるなど…!」

バークは、それにひるむことなく言った。

「ディンメルクが幾らかの作物を栽培出来ているということは、命の気がなくとも幾らかは作物が育つということです!それらを全てこちらへ吸い上げれば良いこと!誰も逆らわぬようになれば、今より更に安心な国になりましょうぞ!」

そこで、そのやり取りを困惑気味に見ていた軍人の一人、アルバンが言った。

「バーク将軍…しかしそれでは、兵士達が納得はすまい。兵士達の中には、遠くベルールやアラクリカから来ておる者達も多い。自分の郷里の者達が、気の枯渇に苦しんでいるのを黙って見ているなど、恐らくあれらには出来ぬのでは…。」

シャデルは、少しほっとしたようにアルバンを見た。この将軍たちは、必ずしも一枚岩ではないらしい。バークは、苦々しげにアルバンを見ると言った。

「そういうお主はファルから出て来た田舎者であったな。国が潤滑に回って行くには、犠牲が必要なのだ。今までそうやって幾つの部隊を戦場へ置き去りにして己が助かって来たのだ。今更自分の里の者達だけは助けてもらおうなどと、虫が良すぎるわ。」

アルバンは、口をつぐんだ。隣の男が言った。

「アルバンの言うことは一理あると私も思うぞ、バーク殿。別に陛下はディンメルクの奴らだけを助けるとおっしゃっておるのではない。とにかく大陸全体を助けようとおっしゃっておるのだ。ディンメルクと和平を結ぶわけでもなし、そこまで反対するのはおかしいのではないか。」

バークは、そちらを睨んだ。

「命の気がディンメルクにまで行きわたるようになれば、あやつらの力は今より強くなろう。ギルベルト、そうなればお主の里のクーランは尚のこと危なくなろうぞ。」

ギルベルトは、ぐっと黙った。他の二人は、じっと黙って成り行きを見ている。シャデルは、言った。

「この大陸の大部分が住めぬようになってしまうのだぞ。それに我とて、神ではない。いつか寿命を迎えて死ぬであろう。その時、残った民はどうするのだ。我の力が消滅し、命の気を大地から吸い上げて留める力が無くなり、完全に枯渇するのだぞ。そのように未来のない策を出すなど、主らしゅうないわ、

バークよ。」

バークは、それを聞いて黙った。アルバンとギルベルト、そして他の二人も顔を見合わせる。確かに、完全無欠に見えるこのシャデル王でも、いつかは死ぬ。しかも、力はあっても普通の人と寿命は変わらないだろうとしたら、ほんの数十年しか続かないことになる…。

船の中は、重苦しい空気になった。

しかしこれで、サラデーナが命の気の流れを作ることに協力することに賛同する者が増えるだろうと、シャデルは少し良い方へと流れるのではと期待していた。

ファルに着く頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ