確認
シャデルは、どうしてもバークとその直属の部下達を説得することが出来ず、ラーキスは地下牢に籠められたままだった。
どうしても部下達には、特にバークには今の事態を理解してもらわねばならないと考えたシャデルは、ずっと干渉して来なかったククルへ、バークも含めた数人だけ連れて、向かうことにした。ミールの術はそれなりに強く、自分には及ばないものの、かなりの力を持っていることは知っていた。何よりそ知識は多く、一度話しておかなければならないと常々思っていたのだ。
シャデルは、ラーキスが気になったが、仕方なく牢に残したまま、海からベルールへ抜ける川へと出て、そこから川をさかのぼり、ミレー湖へ出てククルへと向かった。自分ひとりならすんなりと飛んで行けるシャデルも、部下を連れていたらそうやって地を這って行くより方法はなかったのだ。
旅の間、バークはむっつりと黙ったままだった。それでも、自分が王座に就いた13の時から片腕として付き従って来た男。シャデルは、バークにどうしても理解してほしかった。
ミレー湖から川をさかのぼって少し、川港から船を降り、そこから歩いてククルのある林へと入って一向は、そこで大勢の兵士らしき男たちに囲まれることになった。
大層な服を来た男が進み出て、そして険しい顔でシャデルに言った。
「我は、シーク。長、ミールから主らを迎えに参るようにと言われて参った。」
シャデルは、頷いた。
「ミールは、見ておったのか。」
シークは、頷いた。
「全て。それでとても懸念しておられる。特にシャデル王、あなたのことを。」片眉を上げるシャデルには構わず、シークは踵を返した。「こちらへ。我らの里へとご案内する。」
そうして、兵士らしき者達に囲まれたまま、シャデルとバーク、そして4人ほどの部下達は、思ってもみなかった険しい道を通り抜けて、ククルへと入った。
岩場に足を取られてなかなかに前へ進めないバーク達を振り返り、シャデルは言った。
「ここは結界ぞ。これを抜けられねば主らはここへ入ることは出来ぬぞ。」
バークは、息を乱しながら顔を上げた。
「私は大丈夫でございます。が、部下達が大変遅れております。」
振り返ると、四人の部下はまだ、岩場へ入ることも出来ていない。シャデルは岩場などどうでもない、少し浮いて通れば足元など気にもならないが、部下達は違う。シャデルが立ち止まると、バークもホッとしたような顔をして立ち止まり、上に居る部下達を見上げた。
「主ら、降りて来られるか!」
バークが叫ぶと、上から声がした。
「我らには無理でございます!ここでお待ちしておりますので!」
バークは、それを聞いて顔をしかめた。
「当てにならぬ奴らよ。」
シャデルは、苦笑した。
「良い、主は大丈夫か?」
バークは、歯を食いしばった。
「平気でございます。」
とてもそうは見えなかったが、シャデルは頷いて、こちらを振り返って待つシークに追いついて進んで行った。
しばらく行くと、急に道がなだらかになり、そして、村の入口らしき木の門が見えて来た。バークは、ホッとしたように足を引きずってついて来る。これほど、道が険しいとは思わなかった。
シークが、その門へと近づきながら言った。
「長の結界は、力の有る無しもだが、その心持まで見て弾く機能があっての。心に何某か良くないことを持っておったら、険しく感じるのだ。主の心根を見せてもろうておるようよな。」
吐き捨てるように言うシークを、バークは睨み返した。シャデルは、言った。
「普通の人間なら、いろいろなことを心に持っておるだろう。全てを悪いとひとくくりにするのは間違いぞ。」
シークは、じっとシャデルを見てから、ふんと横を向いた。
「…まあ、話すのは長であるから。」
そうして、かなり遠巻きにじっと見つめる里人たちの視線を感じながら、シャデルとバークは奥へ奥へと案内されて行った。
村の最奥らしき、高い岩盤の前にある建物へと案内された二人は、ためらいもなくすっすと歩いて行くシークについて歩いて行った。
天井もあまり高くないその建物の中へと入ると、部屋の正面の、天蓋付きの椅子に、一人の老人が小さく座っているのが見えた。老人は、目を細めると言った。
「ご苦労だったの、シーク。で、入って来れたのは二人だけか。」
シークは、頭を下げた。
「はい。四人は岩場にも入って来れませんでした。」
老人は頷いて、シャデルを見上げた。
「よういらした、サラデーナの王、シャデルよ。わしはここの長、ミール。そっちの軍人はようここまで来れたの。」
シャデルは、進み出て言った。
「人は誰しもいろいろなものを抱えておるもの。我が来ること、見えておったのか、ミールよ。」
ミールは、頷いた。
「見えておったと申すか、感じておったのだ。それで、命に刻印を持つお嬢ちゃんに話は聞いたか?」
シャデルは、首を振った。
「いいや。あの、金髪に緑の瞳の女のことであるなら、我はあれとは話しておらぬ。あれと旅をしておった、アンバートのラーキスと申す者に聞いた。あれは、この世界の命の気が枯渇の危機にあると言う。そして、命の気を正すために、ここにあの、女の力の石を設置したのだと。それは誠か。」
ミールは、大きく頷いた。
「真実ぞ。心の目で見たら、主にも分かるはず。主の力は、命に刻印を持つゆえのこと。それだけの力を持っておったなら、真実は自ずと見えて来るはず。見えずとも、感じるはずだ。だが…」と、脇に居るバークを見た。「時にその目はかすんでしまう。なぜなら、主の目が別の方向を見ているからじゃ。」
シャデルは、眉を寄せた。
「…それは、ディンメルクのことか。」
ミールは、微笑んだ。
「理屈ではないぞ、シャデル王。何もかもをそのままに信じてはならぬ。どこかに偽りがあり、それが主の判断を狂わせる。ディンメルクの王は、それに気づき始めている。まだ、完全ではないがの。」
シャデルは、身を乗り出した。
「アントンのことか。あれは我の話など聞かぬ。ラウタートに阻まれて、一人の使者もあちらへ参ることが出来ておらぬのだ。我とて戦の無い世にしたいと強く願っておる…だが、それが叶わぬ。」
ミールは、面白そうに目を輝かせ、自分のひげを撫でた。そして、微笑んで言った。
「では、一つ教えてやろうぞ、シャデル王。わしの言うことが、正しいかどうかそれを確認してから判断するが良い。」と、息を一つ、吸い込んだ。「アントンは、とうに死んでおらぬ。今居るのは、ラウタートの王。人が己で生きて行けぬのを見捨てられず、今はラウタートが人の世話をしておる状態ぞ。だが、あれらは人の世話など望んでおらぬ。ゆえ、何とか人が己で生きて行ける術を模索しておる。あれらが主を目の敵にするのは、主が人を大量に虐殺したと思うておるから。」
それを聞いたシャデルは、アントンが居ないという事実に驚いて目を見開いていたが、後に続く大量虐殺の言葉に暗い顔をした。
「…あれらには、そう見えたであろうの。結果的には、そうなってしもうたからの。」
それには、バークが横から言った。
「王は、そのようなかたではない!ラウタートこそが大量虐殺の張本人ではないか!」
ミールは、バークの方を見た。
「確かにシャデルは殺しておらぬ。だが人は死んでおる…兵士だけでなく、女子供も。そう、サラデーナでも、ディンメルクでも。」
シャデルは、顔を上げた。
「何を言う!我は女子供には手をかけておらぬ!傷もつけては居らぬわ!」
「そうです!」バークがまた横から言った。「サラデーナの民達を全て女子供も殺したのは、あちらの方ぞ!」
ミールは、片眉を上げた。
「…それはおかしいのう。わしは見ておったぞ。それならば、わしが見たのはなんだったのか。」と、肘をひじ掛けに置いた。「何しろ、もう100が近い歳であるから。戦のことも、ここの鏡でずっと見ておったわ。火の粉が掛かるのを恐れておったからな。」
バークは、ミールを睨んだ。
「夢でも見たのではないのか。もうその歳なのだ、正気とは思えぬわ。」とシャデルを見上げた。「陛下、こんな男の言うことを聞いておっては時間の無駄でございます。部下も待たせておりますし、早々にお戻りを。」
しかし、シャデルはミールに足を一歩前に出して近づいた。
「誰かが、殺しておったと申すか。我が殺しておらぬ者達の、息の根を止めて参っておったと。」
ミールは、頷いた。
「後は、主の仕事よ。よくよく考えて、地の気の流れを読むのだ。凡人には出来ぬ、主だけぞ。命の気が枯渇したなら、戦ごときの騒ぎではないぞ?生きとし生けるものが飢えて死んで逝くよりなくなるのだ。主には見殺しには出来まい。」と、立ち上がって脇の布の方を首を振って示した。「では、あのお嬢ちゃんの力の石を設置してある場所まで案内しようの。とは言うて、命に刻印を持つ主だけしか連れて行けぬ。そっちの男も、もし気の圧力で死んでも良いなら来てもいいが、わしの結界すらきつかった主が、あの気を受けて生きておるのは難しかろうしな。」
バークは、着いて行こうとしたが、そこで停まった。シャデルは、厳しい顔のまま、足を進めて言った。
「良い、主はそこに居れ。我が見て参る。」
そうしてシャデルはミールについて、咲希の石が設置してあるという、最奥の間へと向かったのだった。
私事で緊急事態のため、しばらく更新止まります。なるべく早く更新しますので、少しお待ちを。




