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玲樹

克樹が急いで部屋を出て小走りに進むと、玲樹が途中で立ち止まって待っていた。

「…ふん。どうせ、ラウタートになった理由でも聞きたいんだろうが。」

克樹は、何度も頷いた。

「そうだよ!だって、父さんは人だったのに、しかも咲希と同じ世界から来てこっちの世界の住人ですらなかったのに、どうしてラウタートに?」

玲樹は、ため息をつくと、言った。

「仕方がねぇな。オレはラウタートの中では新入りの下っ端だから、相部屋だしよぉ。」と、辺りを見回した。「こっちへ。食堂があった。そこで話そう。」

克樹は頷いて、玲樹についてそのホテルの中を歩いて行った。


階下へと歩いて行くと、そこには広い食堂があった。テーブルがいくつも置いてあり、結構な人数が食事出来るようになっている。

今は夜が明けたばかりで、しかも皆眠っているので誰も居らず静かだ。すると、克樹達が入って来たのを気取った食堂のコックが、顔をのぞかせた。

「そちらのトレーをお持ちになって、こちらへ来てください。メニュー①かメニュー②しか朝食のご用意ありませんが、どちらがいいですか?」

玲樹は、ちらと横のサンプルを見た。そして、指を二本立てた。

「②で頼む。」と克樹を見た。「お前は?」

克樹は、慌ててサンプルを見た。まさかここで食事をするとは思わなかったが、①がパン、②がファーなのを見て、自分も指を二本立てた。

「②で。」

コックは、さっさと準備を始めた。そして次々とトレーへと乗せると、ほかほかのご飯も最後に乗せ、言った。

「はい、これで最後です。どうぞ。」

「ありがとう。」

コックは頷いて、また奥へと引っ込んだ。

玲樹と克樹は、隅の方へと席を取り、がらんとした食堂で、ファー(米)の朝食を取りながら向き合った。

玲樹は、本当に家に居ない父親だった。

母親が死んでからは、特に家に寄り付かなかった。そんな玲樹の代わりに、よく訪ねてくれていたのは、結婚もしていない圭悟とシュレーだった。二人ともバルクに住んでいたからではあるが、親である玲樹が、一年に一回ぐらいしか戻って来ないのもどうかと思った。

それでも、克樹は玲樹が好きだった。たまに帰って来たら、剣の指南もしてくれた。帰って来ても窓際で、外を眺めてさみし気に黙って座っているだけの時もあったが、父は全く自分の心の中を明かしてはくれなかった。

克樹は、じーっと玲樹を見つめて、食事の手が止まってしまっていた。

すると、玲樹がそれに気づいて言った。

「…おい。手が止まってるぞ。」

克樹は、慌てて手を動かした。急いでぱくぱくと口に運んでいると、食べ終わった玲樹がポツリと言った。

「相変わらず…セリーンそっくりの目をしやがって。」

克樹は、顔を上げた。

「自分に似てるのは、目だけだって母さんが言ってた。他は父さんだって。」

「オレの髪はそんなに茶色くねぇ。」玲樹はぐしゃぐしゃと克樹の髪をかき回した。「セリーンが混じってるからこうなったのさ。」

そして、また寂しげに横を向いた。克樹は、手を止めて言った。

「父さん…もしかして、オレが母さんに似てるから、母さんが死んでからあんまり帰って来なかったの?」

玲樹は、少し横を向いたまま窓の外を見ていたが、克樹の方へ視線を向けた。

「…だったらどうなんだ?お前はその顔を、どうにも出来ねぇだろう。」

克樹は、顔をしかめた。

「うん…。」

玲樹は、ため息をついて苦笑した。

「すまないとは思っていたんだ。それでも時々帰っては圭悟とシュレーに様子は聞いてた。だが、家に入る気にはなれなかったんだ。」と、椅子へとそっくり返った。「セリーンのことは、あんまり一緒に居てやれなかったし、ほんの五年ほどの結婚生活しかなかったからな。もっと側に居てやれば良かったって、そりゃあ後悔したんだ。だが、オレは面倒見てやる奴がたくさん居たから。結婚をしてやれない分、様子ぐらいは見に行ってやらなきゃって、よくバルクを離れてたのさ。セリーンは、同じ境遇なのに、自分はオレと家庭を持てたんだからって、それを止めたりしなかった。今思えば、何もかもを幸せにするなんて無理な話なんだ。オレはそれをしようとして、ああなった。だからお前の顔を見るたびに、セリーンを思い出して辛かった。今も、お前の目を見ていると、セリーンが悲しげに見ているような気がする。だから、お前とあんまり接して来なかったんだ。」

克樹は、父の気持ちを知って、呆けたように固まっていた。父さんは、母さんのほかにも世話してる女の人が居たのか。でも結婚したのは母さんで、その同じ境遇ってことは、母さんがやってた大人の店と同じ店で働いてた女達ってことで…。

「え…じゃあ浮気しまくってたってこと?」

玲樹は、顔をしかめた。

「そう言われたらそうかもしれねぇが、だが結婚してからは店には行ってない。ただ、困ったことが無いか聞いてやって、必要なら金を援助する。それだけだ。」

克樹は、少し不機嫌になった。

「…それを信じろっていう方が難しいけどさ。母さんが止めなかったんなら、オレがとやかく言うことじゃないし。でも、どうして父さんはそんなにお金を持ってるの?圭悟おじさんだって、働いてるの見たことないし。」

玲樹は、はっはと笑った。

「お前が生まれる前に、圭悟とシュレー、それにダッカのマーキスと舞と、他に数人一緒に旅に出てな。デカい仕事に当たったんだ。その賞金が、腐るほどあるんだよ。オレは今だって、あっちで金には困らねぇ。お前だって何の心配もなく大学行っただろうが。」

克樹は、ぷうと頬を膨らませてお茶を飲みながら言った。

「確かにそうだけどさあ…。」

デカい仕事ってなんだろう。危ないことでもやったのかな。

玲樹は、克樹の気持ちを察して下から克樹の顔を覗き込んだ。

「お前父親を信じてねぇな?あのなあ、結構大層なことをしたんだぞ?わき腹をえぐられて死にかけたんだからな。」と、息をついた。「ま、もう20年も前の話だ。で、お前はオレがラウタートになった理由を聞きたかったんだろうが。」

克樹は、忘れてしまうところだった、と慌てて身を乗り出した。

「そうだよ!父さん、どうしてラウタートになったの?!まさか、もうずっとこっちで暮らすつもりじゃないよね?!」

玲樹は、呆れたように薄く笑った。

「困ったやつだ。それを話すには、最初から話さなきゃならねぇ。」と、お茶を一口飲んだ。「オレは、陛下が軍人でなく潜伏に慣れた男を探してらっしゃると空間研究所で耳にしたんだ。理由は、使者達が真正面から向こうへ行ったのと他に、脇から隠れて探る者が欲しいということだった。だが、なかなか民間のパーティでそれを任せられる奴が見つからないようで、困っていらした。だから、オレは圭悟を探したかったし、行きたいと直接通信して訴えたんだ。そしたら、オレならと陛下は許してくれた。それを横で聞いていた美穂が、自分も行くと言い出しやがった…あいつは、咲希があっちこっちで役に立っているニュースが入って来るたびに、歯ぎしりしてたからよ。自分だって、あれぐらいのことは出来ると言い出しやがって。絶対にお許しにならないと思ったんだが、オレの他に希望者も適任者も見つからなかったらしくて…結局、戦えるなら、女連れの方が怪しまれずに済むだろうと言って、オレと美穂を送り込むことにされたんだ。で、オレ達は、まだそれほど警戒が厳しくなかった陸の国境を越えて、サラデーナへと入ったのさ。」

克樹は、美穂なら言いそうなことだと思って聞いていた。玲樹も、好きで連れて来たのではないだろう。嫌いなタイプだと言っていた。この父親は、好き嫌いが物凄くはっきりしたタイプだった。

ただ、仕事と私情はしっかり割り切るタイプでもあった。

玲樹は、克樹が黙って聞いているので、先を続けた。

「旅は最悪だった。あいつは全く行軍なんかに慣れちゃいねぇし、食事の準備から全てオレの役目だった。歩くのもすぐに疲れて歩けなくなる。面倒だから帰そうかと思っていた時に、ケイ平原で迷っちまって…腕輪の方位磁針が全くきかなくなってな。何やら空気が重くて息苦しいし、体がバラバラになっちまうんじゃねぇかと思うほどぴりぴりと痛み出した。美穂が先に倒れて動けなくなって、オレはそんな美穂を引きずって岩場の影へと押し込んだ。オレもそこで力尽きて、今にも体がどうにかなるんじゃねぇかと思っていた時、美穂がのたうち回り出してよ…気が付くと肌が緑になっていて、オレは一目で命の気の過剰摂取で起こる異変だと気付いた。それでも動くことももう出来ずに、オレはぼんやりとそれを見ていたすると、急に数人の男が現れて、オレの顔を覗き込んだ…『助かるためには、道は一つ。変化の術を用いて、魔物になること。こちらの魔物になれば、その命の気は害ではなくなる。この命の気の下では、主は魔物になるのだ』と。」

「オレは、朦朧とする意識の中で、頷いた。何に対して頷いてるのかも分からなかったが、とにかく助けてくれるなら、何でもいいからやってくれって気持ちだった。そうして次に気が付くと…あいつらの隠れ家で、オレはラウタートだった。オレは、その術を教わって、命の気の濃い場所ではラウタートになって過ごしていたんだ。薄い所では、こうして人型に戻っていられる。美穂が人型の肌が緑なのは、変異の途中でラウタートになったからだ。今はだから、あいつはラウタートのままで居ることの方が多い。」

克樹は、ラウタートが見つけて助けてくれたのだと知った。助けてもらったとは聞いていたが、見捨てることもできたシチュエーションだったのに、それでも助けてくれたのだ。わざわざ、自分達の仲間になる術までかけてくれて。

「…良かった。ほんとによかったよ、父さん。じゃあ、完全にラウタートになったわけじゃないんだね。」

玲樹は、また苦笑した。

「そうとも言えるが、だがこの術は、繰り返すと体の組織が変わって来ちまうようでな。段々にラウタートに近づいてるのは、オレにも分かる。クリストフは別に仲間になって一緒にキジンへ帰ってもいいと言ってくれてるが、オレはやっぱりライアディータに帰りたいからな。そのうちにラウタートから人に変化する術を使わなきゃならなくなるだろう。オレは別に、それでもいいと思ってるがな。」

克樹は、焦って入った。

「でも父さん、じゃあ命の気の濃いサラデーナに行かない方がいいんじゃないの?あっちじゃ、ラウタートにならなきゃ体が持たないのに。ラウタートのままだったら、サラデーナの民は狙って来るよ。こっちに居た方がいいよ、圭悟おじさんとシュレーならどうにでもすると思うから。」

玲樹は、笑って首を振った。

「それでも、オレはあいつらと行くよ。あのな克樹、オレ達はお前ぐらいの歳の時から一緒に戦って来た仲なんだ。危険なことなら、一緒に立ち向かうさ。オレがラウタートなら、尚のこと行かなきゃな。あいつらを、守ってやれるんだ。」

「父さん…。」

やっぱり、友達が大事なんだな…。

克樹は、思って下を向いた。この父親は、いつも自分に正直だ。母さんが生きている時、あっちこっち月に一回どこかへ行って帰って来なかったのも、母さんが死んで年に一回しか帰って来なかったのも、こうして息子ではなく、友達について危険な道へと向かうのも。

玲樹は、心持しょんぼりと見える克樹の頭を撫でた。

「お前はなあ、いい歳なんだから、親離れしな。少なくてもお前は、ディンメルクで居てアーティアス達と一緒に居る限り、安全だ。だがあいつらは、全くダメだ。術士のショーンも行かないのに、咲希が面倒なことになってそうだと言うデンシアへ帰るんだぞ?オレが行かないと。」

克樹は、その手を振り払うように顔を上げた。

「分かってるよ!平気だよ、オレだって来年は二十歳になるんだし。今まで父さんが居なくても勝手に生きてたじゃないか。ただ気をつけてって言いたかっただけだ。ラウタートになったら、いろいろ勝手が違うじゃないか。それを心配しただけさ。」と、立ち上がった。「さ、もうオレも寝る。父さんも、寝ておかないとみんなに置いて行かれるよ?」

玲樹は、克樹の気持ちがなんとなくわかったが、何も言わずに立ち上がった。

「そうだな。じゃあ、戻ろう。」

そうして、二人はトレーを返却台へと戻して、それぞれの部屋へと帰って行ったのだった。

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