記憶と変化
咲希は、目を開いて辺りを見回した。驚いたように回りを見回している。リリアナが、気遣わしげに言った。
「サキ?何か夢を見ていたの?」
咲希は、何かを振り払うように首を小さく振って、額に手をやった。
「…分からないわ。ただ、ラーキスが兵隊に掴まって引きずって行かれた場面が…」
メレグロスが、険しい顔をした。
「やはり、あの王は話を聞かなんだか。」
圭悟も、シュレーも顔を見合わせた。すると、咲希は首を振った。
「いいえ、シャデル王はそれを止めていたのよ。それなのに、連れて行かれてしまった。誰か…分からないけど、何かを強く恨んでいる男が見えたわ。とても黒いの…。でも、白くて。分からない…。」
ダニエラが、なだめるように咲希の頭を撫でた。
「ただの夢かもしれないから。気にしちゃいけないわ。それより、気分はどう?あなたのお陰で私たちは助かったの。覚えてる?」
咲希は、大儀そうに身を起こすと、首を傾げた。
「それが…あの瞬間は、確かに何かを思い出したのに。今は、何も無いの。シャデルのことも、確かに知っていると思ったのよ。でも、やっぱり知らない人…。私、別の誰かだったように思うわ。」
リリアナとダニエラは顔を見合わせた。
「きっと…今はとても不安定な状態なのでしょうね。大丈夫、あなたはあなたよ。」
咲希は、自分の手を見つめた。
「どうしたのかしら…ミールが言ったように他の人格に変わったわけじゃないのに、私いくらか力を戻しているわ。まだ、全てではないみたいだけど…。」
ショーンが後ろから言った。
「オレから見たら驚くほどバカデカい気だが、確かにまだ全開じゃねぇようだな。」
咲希は、そこで初めてショーンの方を見た。
「ショーン!あなた…無事だったの?!シュレーまで、いったい何があったの?」
シュレーが、慌てて言った。
「詳しく話すよ。だから、落ち着くんだ。これからのことを決めていた。どちらのしてもここはディンメルクだし、ここまでは敵も来れない。安心して旅が出来るんだ、ゆっくりするといい。」
咲希は頷いて、少し不安げに皆を見回した。知っている顔ばかりだが、知らない顔も混じっている。
そんな中、シュレーは今までのことと、今決めたことを咲希に話して聞かせたのだった。
全てを聞いてから、咲希は言った。
「そう…じゃあ、シュレー達がラーキスのことを見て来てくれるのね。」
シュレーは、頷いた。
「ああ。シャデル陛下は話せばわかって下さる方だから、もしラーキスが捕らえらえていても、すぐに開放してもらえると思うんだ。だが、早い方がいいだろうし、少し休んだらすぐに出発するつもりだ。ここからなら少し東へ行って山を越え、川を下ってリーリンツからデンシアへ行けば、間違いなく二日もかからずに着く。本当は川を下って海からデンシアへ入りたいんだが、そうなるとディンメルクから来たとサラデーナの兵士達に捕らえられる可能性があるだろう。」
咲希は、じっと何かを見るように遠くに視線を向けた。
「…いいえ、まだ…海は大丈夫よ。サラデーナを出る時あなた達を送った兵士がきっと拾ってくれる。また戻って来ることはシャデルから聞いているはずだから、すんなりデンシアへ連れて行ってくれるわ。でも…黒い気配が、王城から滲み出ているように見えるの。これに飲まれたら、恐らくシャデルの命令は誰も聞かなくなる。」
シュレーは、驚いて咲希を見た。
「見えるのか?黒い気配ってなんだ?」
咲希は、首を振った。
「分からないの。でも、シャデルは気取れていないみたい。とても巧妙に隠されていて…私にも、その相手の姿がよく見えないの。黒いのに、白く見える。複雑で全く分からないけど、それだけに危険な人物よ。今度のことで活発になっていて…前までの王城だと思わない方がいいかもしれない。」
シュレーと圭悟は、視線を合わせた。
「…じゃあ、やっぱりオレ達は山を越えて行く。デンシアに表立って入らず、様子を見よう。それでいいか?」
咲希は、視線を戻して、シュレーを見た。
「ええ。本当に気を付けて。」と、アトラスを見た。「アトラス…ラーキスをよろしく。」
アトラスは、真剣な顔で頷いた。
「分かっておる。主らは婚姻を約しておったのか?オレは知らんで、皆に言われて。」
咲希は、びっくりしたような顔をして、慌てて手を振った。
「まあ、違うわ!まだそんな風に思ってたの?ラーキスだって、誤解されてるから面倒だしそれでもいいって放って置いたのが悪かったのよね。でも、確かにラーキスは好きだけど、友達よ。ラーキスだって、結婚の話をしてても、アトラスと同じ反応だったじゃない。別にどっちでもいいって。」
アトラスは、納得したように頷いた。
「そうか、やっぱりの。あのままであるな。」
リリアナが横から言った。
「え、じゃああの連れて帰るっていうのは?」
咲希は、肩をすくめた。
「言葉のままよ。ダッカに滞在させてもらおうと思っただけ。リリアナだって連れて行くって言ってたじゃない。そもそも私、あの時来たばっかりでこっちの小説なんて読んでないから、あれがそんな意味だなんて知らなかったし。」
リリアナが、茫然と言った。
「そうだったの…ずっと、みんなあなた達が婚約してるって思い込んでいたわ。」
咲希は、苦笑した。
「私だから結婚したいって言ってくれるなら、私も真剣に考えて答えたかと思うけど、ラーキスったらいつでも『別にオレはどっちでもいいが』なんだもの。アトラスだってそうよ?おんなじ答え。私の結婚の意識と全く違うんだから、そんはずないでしょ。」
皆が、ばつの悪そうな顔をした。克樹が、そんな空気を振り払うように言った。
「じゃ、ま、誤解も解けたんだし。それで、体の具合はどう?咲希。旅に出ても大丈夫か?」
咲希は、頷いて微笑んだ。
「ええ、大丈夫よ。あなた達の方が休まなきゃ。私は今まで寝ていたんだもの。」
メレグロスは、皆を見回した。
「では、少し休むかの。この人数であるし、ベッドが足りぬな。オレは床にでも寝るゆえ、皆で分けて寝るがいい。」
玲樹が、踵を返してひらひらと手を振った。
「ああ、オレはいい。ラウタート達と同じ部屋を割り当てられてるんだ。そっちで寝る。」
「美穂は?どうするんだろう。」
克樹が言うと、玲樹が振り返って克樹を睨んだ。咲希が、ベッドから今にも降りて来そうな勢いで言った。
「え、美穂?!美穂が居るの?!」
克樹は、しまった、と口を押えたが、遅かった。玲樹が、舌打ちをして振り返った。
「ああ。だが無事だから心配すんな。あいつはラウタート達と仲良くなったんでな。そこで居るよ。」
咲希は、ベッドの下へと足を下ろした。
「一緒に戦って来たのね。ちょっと会って来ないと…男ばっかりの中に居るんでしょう?」
玲樹は、首を振った。
「いいや、ラウタートにもメスは居る。今は会わない方がいいと思うぜ…見た目が違うから、誰か分からんだろうよ。」
咲希は、立ち上がって、え、と玲樹を見た。
「見た目?美穂の?」
そう言ってから、側の大鏡を見て、咲希は絶句して動きを止めた。
…髪が、金髪になっている。
しかも腰の辺りまで伸びていて、目は緑だった。目が緑なのは前からだったが、顔立ちが少し変化している…自分はこんなに、色白でも無かった。
「え…わ…私…、」
ダニエラが、落ち着かせようと慌てて咲希の肩を抱いた。
「サキ、大丈夫よ、きっと元へ戻る方法があるはずよ。今は、仕方がないわ。」
リリアナが横から言った。
「そうよ。それにとても美しいわ。まるで女神ナディアの像みたいよ。少し若いけど。」
咲希は、リリアナに視線を向けた。
「ナディア…」と、視線をさまよわせた。「ナディアですって…。」
咲希は、ふらふらとダニエラに持たれかかった。ダニエラは、急いで咲希をベッドへと座らせた。
玲樹と圭悟、シュレーが意味ありげに視線を合わせ、悲し気にそんな様子を見ている。
克樹が、玲樹に救いを求めるような視線を向けた。
「父さん…。」
玲樹は、小さく首を振った。
「石を設置するなら、避けて通れねぇことだ。」と、足を戸口に向けた。「オレは居ても何も出来ねぇし、行く。」
「待って!」克樹はそれを追った。「聞きたいことがあるんだ!」
部屋を出るときに、ちらと見た咲希は、ダニエラとリリアナに挟まれてなだめられていた。
克樹は、それをしり目に、玲樹を追ってそこを出た。




