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曖昧な記憶

少し前、咲希の光の玉が飛び去ったのを見送ったラーキスは、座り込むシャデルの横で立って、思っていた。咲希は、覚醒したのか。髪が金色になっているように見えた。だがしかし、人格が無くなっているようには思わなかった。咲希から感じる気配が、何かが混じるようには思ったが、まだ咲希と同じものだったからだ。

しかし、このままでは完全にその、混じっている者に侵食されるのでは…。

ラーキスは、そう懸念していた。咲希のことは、必ずあちらへ帰すと約したのに。このままでは、帰せないことになってしまう…。

「…ナディア…。」

シャデルが、小さく呟く。ラーキスは、我に返ってシャデルを見た。

「シャデル王?今のは…」

「王!」いきなり、武骨な男の声が割り込んで、ラーキスは突き飛ばされた。「王、遅くなりました!これでも、川を気の放流で必死にさかのぼって参ったのですが…。こやつは、何者ですか?!捕らえまするか?!」

シャデルは、夢から覚めたような顔をすると、突き飛ばされたラーキスの方を見て、そしてその男を見た。

「…バーク。騒ぐでないわ、そやつは我の客ぞ。あちらのことやこの地で起こっておることを我に話そうと参った男。王城へ連れ帰る。」

ラーキスは、それを聞いてほっと胸を撫で下ろした。

やはり、シャデルはこちらの話を聞く。だがしかし、納得させるだけのことが言えなければ、おそらくは命はないだろうが…。

バークは、少し驚いたようにラーキスを見たが、頭を下げた。

「失礼を。では、我らと共にデンシアへお連れしましょう。」

ラーキスは頷くと、黙ってバークと他の兵士達と共に、船へと乗り込み、そのままデンシアへと向かった。


その船は、金属で出来たしっかりとした作りの船だった。

内装もきれいに設えてあり、ラーキスが通されたのは、シャデルと同じ、船の中にも関わらず、絨毯が敷かれてある広い部屋だった。

まるでどこかの城の一室のようなその部屋で、シャデルは遠く窓の外を過ぎ去って行く景色を眺めながら、椅子へと腰かけていた。バークがいろいろとシャデルに聞いていたが、シャデルは上の空で気のない返事しかしない。そのうちにバークはあきらめて、お疲れならと、そこを出ようとラーキスの袖を引いた。

「王は、ただいまお疲れのようだ。客人は、こちらの船室へ移られるが良い。」

ラーキスがそれに従って出て行こうとすると、そこでやっとシャデルが口を開いた。

「良い。話を聞きたいと申したであろう。バーク、主は下がれ。」

バークは、少し心外だったらしく、少しムッとしたような顔をしたが、それでも軽く頭を下げてから、ラーキスを残してそこを出て行った。

ラーキスは、シャデルに向き直った。すると、シャデルは側の椅子を示した。

「そちらへ座れ、鳥族の王よ。主は、アンバートであろう。まさか生きておるのを見る日が来るとは思わなんだ。」

ラーキスは、首を縦にも横にも振らなかった。

「こちらの皆が、我らと同じ種族をそう呼んでおるのは知っておる。しかしオレは、ディンダシェリア大陸に発祥したグーラと呼ばれれる種族。あちらから参った。」

シャデルは片眉を上げると、視線を下げてから頷いた。

「…確かにこちらの生き物とは少し、気が違っておるやもしれぬな。主らの地から来た使者達と、よく似た波動を持っておる。」

ラーキスは、驚いて身を乗り出した。

「使者は、こちらへ無事に着いたのか。それで、命の気の影響は受けずに済んでおるか。」

シャデルは、苦笑して答えた。

「知っておるのだな。我はパワーベルトの崩壊前から、あちらから迷い込んで来る者を世話しておったから、命の気が害なのは知っておったし、それに対応する術も編み出してあった。なので、大体は助かったが、一人だけ間に合わず、変化してしもうた。それを救うべく、数人の使者はディンメルクへと術を探しに参ったところ。我には、変化した人をもとに戻す方法は分からぬから。」と、まだ立ったままだったラーキスに椅子をすすめた。「座らぬのか?」

ラーキスは、仕方なく座った。シャデルが、それを見て続けた。

「主は、あの最中に言うたの。メニッツからの命の気が弱くなり始めていると。」

ラーキスは、頷いた。

「心当たりはおありになるか。」

シャデルは、すっと険しい顔になると、頷いた。

「…西の命の気が時々に薄くなる瞬間がある。同じく北の端、特に北西の辺りもな。パワーベルトが崩壊してから、命の気がメニッツから一気に東へと流れて行くので、通り道に当たる大陸の東側の地域は全く問題はないのだが、メニッツより西や北は時にそのように。」

ラーキスは、姿勢を正した。ここから、しっかりと理解してもらわねばならぬ。

「我らは、命の気の流れを正すためにディンダシェリアから参った。ライアディータにはその昔、一人の大きな気を持つ男が、その力を犠牲にして結晶化させ、それを設置して命の気の流れを作ったのだ。それと同じことをしようと、この大陸へと入って来た。なぜなら、こちらの命の気は循環しておらず、全てディンダシェリア大陸へと流れ込んで来ているからだ。あちらでは、必死に科学技術を使ってこちらへ気を押し返しておるが、それも長くは続けておられぬだろう。こちらの命の気は、こちらできちんと流して、こちらの地へと返し、そして循環させねばならぬ。そう思ったからだ。」

シャデルは、険しい顔のままだ。

「…続けよ。」

シャデルは言った。ラーキスは頷いた。

「ディンメルクの者達と共に行動していたのは、その者達も同じように命の気の流れを作りたいと望んでいたからだ。それに、命の気は強すぎるので、一定の場所へと流すとその通り道が大変なことになる。つまり、このサラデーナだけに流すと土地がどうにかなる可能性がある。なので、アーシャンテンダ大陸全てに気が行きわたるように、どちらの地にも石を設置して、最後に術を放とうと考えている。そうしてサルークを手始めに今、サラデーナには三か所石を設置した。その間に、我らは北西の地にある隠れ里で力のある長に会ったのだ。」

シャデルは、頷いた。

「クーガ族のミールか。」

ラーキスは、驚いた。シャデルは、ミールを知っているのか。

「…知らぬと思うておった。」

シャデルは、苦笑して首を振った。

「知っておるわ。だが、隠れておりたいようであったし、我は気付かぬふりをしてやった。なので、地図にも無かろうが。あやつは、我が気取っておることを知らぬであろうがの。そうか…ならばあれはミールであったのだな。我を術で見ておったであろう。まだ生きておったとは、またこっそり様子でも見に参るかの。」

ラーキスは、視線を落とした。

「ミールは…もう、先は長くないと聞いておる。もう、目も見えぬのだとか。」

シャデルは、表情を曇らせた。

「ふむ…であろうの。あれはもう100近いはずであるしな。して、ミールが何か申したのか。」

ラーキスは、視線を上げて頷いた。

「命の気の循環が、パワーベルト喪失で無くなったのだと。なので、メニッツの気は垂れ流しておる状態で、いつ枯渇するのか分からぬと申しておった。それで、我らのしたいことを知り、手助けをしてくれると申したので、あの地に石の一つは設置した。次の長が、ミールほど力を持たぬので、その石に結界を作ってもらうことも考えてのことであったようだ。」

シャデルは、じっとラーキスの目を見つめて、言った。

「あの、女の力の石か。」

ラーキスはまた頷いた。

「サキという。異世界に生きていたのだが、事故でこちらの世界へ飛ばされて来てしもうた。帰りたいと申しておったのに、あのように力があることが皆に知れることとなり、一緒に行動しているうちに、いろいろなことを知り、そして力を貸してくれると。自分は力など要らぬので、これを使えばいいと申したのだ。それで、少しずつ覚醒して行くその力を結晶化させながら設置して来た。だが…」

ラーキスは、そこで唇を噛んだ。シャデルは、先を急かすように言った。

「何ぞ?何か問題でもあったか。」

ラーキスは、シャデルを怖いぐらいに真剣に見つめた。

「なかなかに覚醒することが無かったのだ。それがなぜかは、サキの意識の問題ではないかと言われておったが、そうではない…ミールが言うには、サキは古代の大きな力の持ち主の、魂が循環して生まれた女で、その使命と共に、古代に生きた人格を思い出し、そうして今のサキは、消滅するかもしれないと。それを無意識に感じ取って、サキは思い出しそうになると、気を失ってそれを阻止するのだと聞いた。だが、全て覚醒せねば、命の気を分散させるために設置する複数の石を取るだけの、力の石が足りぬ。サキは、それを知っておったが、それでも己を犠牲にしてでも、石を身から削り取ろうとしておったのだ。」

シャデルは、明らかにショックを受けたようだった。そして、しばらく黙った後、視線を床に固定して、言った。

「…古代の大きな力の持ち主…。」シャデルは、頭を抱えた。「何か思い出しそうなのに。シャルディークという名と、あの力の気配に覚えがある。あの顔を見て、あれに名を呼ばれた瞬間、我の頭にナディアという名が浮かんだ。あの瞬間は、確かに何かが頭を支配した。我は、シャルディークという名であった男であると。」

ラーキスは、それを聞いて驚いた。では、やはりこれはシャルディークの魂の生まれ変わりか。あの、己の力を全て捨てて民のことを考えた、シャルディークの。

「主は、シャルディークなのだな?そして、サキはナディアであると。」

シャデルは、首を振った。

「分からぬ。ここへ来た主の大陸の男たち数人にも、我は同じ名で呼ばれたことがある。しかし、その時はこれほど混乱はしなかった。しかしサキという女と対峙した時、我は明らかに思い出したのだ…あの瞬間は、我は確かにシャルディークであった。しかし今は、何もない。覚えておらぬのだ。」

シャデルは、頭を抱えたまま、下を向いた。ラーキスは、今知った事実に呆然としつつも、これがシャルディークならば、希望はあると思った。きっと、シャデルはアーティアス達が言っていたほど、融通の利かぬ男ではないはず。

「シャデル王。」ラーキスは、下を向いたままのシャデルに言った。「サキも、おそらく同じ様子であろう。あの時、人格は失われてはいなかった。ただ、何かが混じった感じはあったものの、あれはサキだった。つまりは、主と同じ状態ではないかと思う。どうか、考えてほしいのだ。主が主の人格を失いたくないのと同じように、サキも、自分の人格を失いたくはないだろう。どうか、力を貸してほしい。この大陸のために、主の力も少し結晶化させ、この大地に分けてはくれぬだろうか。」

シャデルは、顔を上げた。

「…確かに、サキと申す女は、大陸のために必要なことだと言うておった。我も、これは必要なことであると思う。我は王であるし、ディンメルクとの交戦もあるやもしれぬ情勢で、全ての力を手放すわけにはいかぬ。だが、多少であれば、サキと同じく大地へ還しても良い。」

「なりませぬ!」そこで、急に扉が開いて、バークが飛び込んで来た。「王の力を取ろうと考えるとは、何と恐ろしいことを!ラウタートが襲って来るような状態で、王の力が少しでもなくなることを考えたことがあるのか!さては、ラウタートの差し金であるの?!ラウタートの手の者が、王と謀ろうとしおって!捕らえよ!」

一斉に、兵士がわらわらとそこへ入って来る。シャデルが、厳しい声で言った。

「バーク!聞いておらなんだか、この地が揺れておるのだぞ!」

バークは、首を振った。

「陛下、お気を確かに!西の果てや北の果てなど何ほどのものでしょう。デンシアとアルデンシア、わが国の主要な都市は今のままでも十分に守られております。他の手を考えたらいいのです。放って置けば、その女が全ての石を己の身から削り取って、そうして大陸を落ち着かせてくれましょうぞ。ラウタート達があちこちを闊歩するようなことがあっては、我らも安心しておられぬでしょう。ラウタートの肩を持つ女など、力を失っても良い。むしろ、力を持っておったら厄介です。」と、兵士達に命じた。「連れて行け!」

部屋から引きずり出されて行くラーキスに、シャデルは立ち上がって叫んだ。

「何をしておる!その者は嘘を言うては居らぬわ!」

バークは、ためらう兵士達に、行けと目で威圧的に合図すると、兵士達はまた、ラーキスの腕を両側から掴んだまま引っ張って行った。扉が閉まり、バークはその前に立って言った。

「陛下、お忘れではありますまい。ラウタートに虐殺された、多くの民達を。何の罪もない女子供までも皆、殺し尽したのですぞ。そうして、あの地を占領し続け、前の王と王子を殺し、そうして、王がやっとのことであちらへ追いやって平和な世になさったのです。あんなものを信じて、また同じ過ちを繰り返してはなりませぬ。」

シャデルは、ぐっと黙った。自分が、命の気の量を考えずに、傷だけつけてあちらへ追いやったディンメルクの民。すぐに治るものだと思っていた…しかし、あちらには、傷を治すだけの命の気が無かった。

そうして苦しんで死んで言った者達のことを聞いた時、シャデルは二度と同じ過ちを繰り返したくない、戦などしないと自分に言い聞かせた。戦になる前に、小競り合いで済むなら、そのうちに芽を摘んで、決して戦にならないように、と…。

今ここで、ラーキスを信じるのは簡単だった。だが、自分だけではならぬ。全ての者達が信じないと、行動を起こすことが出来ぬのだ。自分は、この者達の命を背負っているのだから…。

シャデルは、どうやって納得させようかと、それを証明する術を考えていた。

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