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お守り

「何をなさるんです!」

シュレーが、慌てて圭悟に寄って庇おうとした。しかし、首元を見ると、しっかり緑の石はついている。圭悟はもはや床に放り出されて、首を擦ってアーティアスを見上げていた。

「…これを、どこで手に入れた。」

アーティアスは、さっきまでの気軽な表情ではなかった。圭悟は、アーティアスが手にしているのが、あの古本屋のマティアスからもらった玉だと知って、言った。

「あの、デンシアの古本屋の店主が、旅に出ると言ったら、お守りだと言って。旅から帰ったら、返すと約束してるんです。返してください!」

アーティアスは、圭悟を睨んだ。

「古本屋の店主?そんなものがなぜにこれを持っておる!そやつの名は?!」

物凄い剣幕に、圭悟はびっくりして、口ごもった。

「マ、マティアス…。」

「!!」

アーティアスは、目をこれでもかと見開いた。ユリアンも何やら緊迫した表情で居る。しばらくうろうろと歩き回ったアーティアスだったが、いきなり立ち止まって、くるりと圭悟を見た。

「我の父ぞ!」

「ええ?!!」

シュレーも、仰天して叫んだ。あの、冴えない古本屋の店主が?!

…だが。圭悟は最後に会った時のマティアスを思い出していた。確かに、立ち上がったら体格が良くて、目つきが鋭い男だった。アーティアスの父なら、マティアスはラウタートなのだ。

いや、待てよ。ということは、アーティアスが王なのだったら、マティアスは…。

「マ、マティアスは前の王?!」

「そうだ!!」アーティアスは、今頃分かったかとイライラと言った。「10年前にアントンと共にサラデーナへ出て、そのままアントンは瀕死で戻り、父は戻って来なんだ!だから我が、まだその時20にもならぬのにすぐに即位させられたのだ!ユリアンなど10(とお)にもならなんだわ!」

圭悟は、驚きのあまり、しどろもどろになりながら言った。

「で、でも…マティアスは白髪だったし、というか髪も薄くなってたし、結構な歳だったし、目つきは鋭かったけど、よく話は聞いてくれたし、普通の人…」

「これを持っておったのだろうが!」アーティアスは、そのキャッツアイのような石を圭悟の目の前にぶら下げて言った。「同じ名でこれを持っておったら、本人以外の何者でもないわ!だいたい人の姿の歳など術でどうにでも出来るし、父上の毛が剥げておるのは若い時からだったし、色は元から真っ白だったし、我とは違ってよう臣下達の話に付き合うかただった!!」

自分は話を聞かないと、自覚はあるんだ。

克樹は、こんな時なのにそんなことを思って見ていた。

しかしアーティアスは、大真面目に続けた。

「父上に会わねばならぬ!どうあっても、父上に!!」

しかし、クラウスが必死に横から言った。

「しかし王、マティアス様はデンシアに居られるのでしょう。今はデンシアには参れませぬ。あちらから逃れて参ったばかりなのです。シャデルが警戒しておらぬ時とは訳が違います。今は、どうか石の設置と命の気の流れを正すことにご専念ください!」

アーティアスは、歯ぎしりした。

「う~!なぜに父上はあんな所に居る!なぜに母上の形見をあっちこっちへ譲るのよ!理解出来ぬわ!」

地団太踏む勢いだ。エクラスが、こちらから言った。

「どうかお鎮まりを。必ず参れまするゆえ。そう、ラーキスがあちらへ残ったでしょう。何とかラーキスに連絡が取れれば、様子も聞けましょうし。」

クラウスも、頷いた。

「そうです、王。これらの話ですと、シャデルはあちらの大陸の者達の話は聞く様子。きっとラーキスが上手くやってくれましょうし。」

どうやら、この二人がアーティアスのなだめ役であるらしい。

他のラウタート達は、みんな下を向いて、火の粉が掛からないようにしていた。ラウタート達も苦労しているのだと、克樹達が思って見ていると、アーティアスは落ち着いて来たらしく、どっかりと椅子へと腰かけた。

「…これは、返してもらう。父上に返すなら、我が返す。文句はあるか。」

ここで、ある、と言える者が居るだろうか。圭悟は、仕方なく頷いた。

「では、そうして頂ければ。」

アーティアスは、克樹を見た。そして、イライラと言った。

「で?他に何かあるか。」

克樹は、言った。

「そう、あの、どうしてアーティアスは自らディンダシェリア大陸へ?使者なんて、危ないと思わなかったのか?」

アーティアスは、ふんと鼻息を吐いた。

「新しい大陸に興味があっての。しかし命の気が薄いので、魔法が使えずしばし行ったことを後悔したわ。だが他の誰にも任せられぬと思うておったし、我が行って良かったと思うておる。他の者なら咄嗟の判断が出来ずにいちいち我に伺いを立てねばならず、時が掛かって仕方がないところであった。」

アーティアスの性格を知った今では、確かにそんな理由だったんだろうと納得出来た。克樹は、このまま終わりにされそうで、他に何を聞けばいいのか焦ってメレグロスを見た。メレグロスは、頷いてアーティアスを見た。

「では、我からも質問してもいいだろうか。」

アーティアスは、少し気持ちも収まって来たようで、落ち着いた感じでメレグロスを見た。

「良い。申せ。」

メレグロスは、頷いて続けた。

「これからのことだが。我らを待つ、リーディス陛下のことが気に掛かる。見たところ、我らの国の使節も合流したようだし、一度詳しいことを陛下にお知らせせねばと思うておるのだ。だが、我らの通信手段である、この腕輪はここでは電波が届かぬ。数人でも直接にディンダシェリアへ帰る必要があるのだが、それは許してもらえるだろうか。」

リーディス陛下のことを忘れていた。

克樹は、リーディスの命令で来ているのに、そんな基本的なことを忘れて自分の好奇心だけで質問していたことに気付いた。そして、少し恥ずかしくなりながら、アーティアスを見た。

すると、アーティアスはしばらくじっとメレグロスを見て考えていた後、頷いた。

「…いいだろう。戻る者を決めるが良い。ここからリーマサンデの方へなら、シャデルに干渉されずに送ることが出来ようしな。しかし、サキは置いて参れ。他は特に必要ではない。我らが居ったら、サキは無事に石を設置し終えることが出来ようしの。残りで設置が面倒そうなのは、ミラ・ボンテぐらいのもの。サキの力が覚醒さえしておれば、石は取れるしの。」

ショーンが、こちらから言った。

「…なんだ、サキを発電機か何かだと思ってるみたいな言い方だな。力の石を取るってことは、自分の力を削ってるんだぞ。ちょっとは敬意を払ったらどうだ。」

ユリアンが、ショーンをたしなめた。

「ショーン、口が過ぎる。」

ショーンは、ユリアンを睨みつけてから、アーティアスを見た。

「気に食わねぇんだよ!話を聞いてると、サキの力をせっせと石にしてあっちこっちへ設置して回ってるってことだろう。あいつはほんのちょっと前に初めて魔法を使ったばっかりで、その重大性に気付いてない。力を取っちまったら、魔法を使えなくなるだけだと思うか?他に何かあるんじゃないのか。昔力を封じたのは、シャルディークって言う大きな力を持った男だった。そいつは自分で自分の力を封じる能力があった。その影響だって知ってたはずだ。男だったし体力もあっただろう。サキはどうだ?自分で結晶化の術を放ってるのか?どんな影響があるか分かってるのか?だとしたら僅かの間に成長したもんだと褒めてやるがな。」

アーティアスは、ショーンを睨み返した。しかし、何も言わなかった。メレグロスが、横から言った。

「確かに、主の言うようにサキは何も知らぬし、設置する場所へ到着する度に番人を呼び出して、結晶化と石の設置の術を掛けてもらっておる。なので、本人は何もわかってはおらぬだろう。だがしかし、アラクリカで我らが危機に陥った時、サキは石に籠めて力を無くしておったはずなのに一気に覚醒して、シャデルとまともに対峙し、我ら全てを無事にこちらへと逃がしたのだ。今は気を失っておるが、きっと何かを得ておるはず。これは、必要なことなのだ。こちらの民だけでなく、我がライアディータ、リーマサンデの民のためにも。」

ショーンは、ぐっと黙ったが、横を向いて吐き捨てるように小さく言った。

「必要な犠牲な。」

アーティアスの横でクラウスとエクラスが顔を見合わせている。リリアナも、ダニエラも視線を落とした。確かに、ショーンの言う通りなのだ…自分なら、絶対に出来ないことを、咲希にさせている…。よくわかりもしない影響のことは、調べようともしないまま。

アーティアスは、ショーンを見た。

「主の意見は分かった。だが我はこのまま石の設置を急ぐ。」と、後ろに居るシュレーと圭悟を見た。「して、主らは。何か聞きたいことはあるか。」

シュレーは、重苦しい空気に、とても言いにくかったが、ここへ来た目的をやっと口に出来ることに、ホッとしていた。

「実は、お聞きしたいことがございます。あなた方ラウタートは、そうして簡単に人型を取ることが出来ておられる。その、術を教えてもらいたいのです。」

アーティアスは、少し眉を寄せた。

「理由を申せ。」

シュレーは、頷いた。

「はい。我らは、総勢6人で、こちらの地へと渡って参りました。命の気のことは何も知らず、この術士であるショーン以外は皆、まともにその命の気を浴び続けて、変化しそうになった所を、シャデル陛下の石のお陰で事なきを得た。しかし、一人だけ、間に合わなかった者がおりました。」

アーティアスは、眉を寄せたままだった。

「…緑色の化け物に変化したのだな?」

シュレーは、アーティアスがそれを知っていたことに驚いた。

「え…ご存知ですか?」

アーティアスは、そのまま頷いた。

「知っておる。それで?」

シュレーは続けた。

「それが、魔物に変化したのと同じだとシャデル陛下にお聞きして、それではとあちらの魔物、グーラが使う術を放って、本体はあの緑の化け物でも、人の姿を取ることが出来るのではないかと試してみたのです。ですが…あちらの魔物のための術では、変化出来ませんでした。こちらの地の魔物、ラウタート達が使う術でなければ、無理であろうと思われます。」

アーティアスは、じっと黙った。そして、しばらく考えていたようだったが、首を振った。

「…術を教えることは出来ぬ。」

シュレーは、身を乗り出した。

「なぜ?!そんなに難しい術なのですか?」

アーティアスは、眉を寄せたままだった。

「いや。術自体は至極簡単ぞ。だが、話を聞いておったら、主らはシャデルの息が掛かっておるの。あやつにはここ10年のこちらの動きは、全く分かっておらぬはず。つまりは、主らは何か、我らを探って来るように言われはせなんだか?主らの本意では無うても、残りの使者達をシャデルの城に置いておるのなら、人質に取られておるようなもの。」

シュレーは、言葉に詰まった。シャデルのことは信用していたが、それでも確かに、人質のようなもの…このまま帰らず何も知らせずに居たら、態度が変わることが無いとは言えない。

「それは…しかし、あの方は話を聞いてこちらの要望を考慮してくださるかたなので…」

アーティアスは、ふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「まあちょっと居るだけの奴らになら、どうにでも誤魔化せような。だがしかし、我がそれを教えられぬと申すのは、その術をシャデルに知られて、その術を阻む術でも編み出されてはならぬからぞ。」

シュレーは、首を振った。

「そんな…私は、決して術をシャデル陛下に教えぬように致します。」

アーティアスは、今度は呆れたような顔をした。

「あのな、主は阿呆か。シャデルの城で放った術を、あやつが読めぬと思うか。簡単に真似よるわ。それよりもシャデルは、主らの記憶を直接見ることが出来るのだ。主らに知られるということは、そのままあやつに知られるということ。我らが人からラウタートへと戻るのを阻害でもされようものなら、それが戦場であったら死活問題ぞ。その願いは聞けぬ。我は、主にその術を教えることは出来ぬ。」

圭悟が、心配そうにシュレーを見る。シュレーは、仕方なく下を向いた。どうすることも出来ないということなのか。

ショーンが、横から言った。

「なら、その化け物を連れて来たら?」シュレーが、顔を上げた。ショーンは続けた。「もしこっちへそれを連れて来ることが出来たら、誰かがそいつに術を掛けてくれるのか。」

アーティアスは、慎重に頷いた。

「それが出来るのならの。だが、変化した化け物はそのままでは正気に返ることはない。時に正気に戻ることもあるが、すぐにただの獣と化す。それをこちらへ連れて参ることが出来るのか。出来るのなら、考えても良い。」

シュレーの目に、微かに希望の光が宿った。

「はい。時間はかかるかもしれませんが、では仲間をこちらへ連れて参れるように致します。」

アーティアスは、頷いて横を向くと、手を振った。

「では、今はこれで。我も疲れたわ。夜明けが近い。しばし休む。主らも好きにするが良い。ディンダシェリア大陸へ戻る者など、取り決めておくが良いぞ。」

シュレーも、メレグロスもまだ聞きたいことがあったようだったが、アーティアスはもうこちらを見ようともしない。何より、ラウタート達が王の機嫌を損ねてはと、皆を部屋の外へ外へと押し出して、仕方なく、そこを立ち去るよりなかった。

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