二つの光
『覚悟せよ、シャデル!』
アーティアスが叫んで、そこに居る七体のラウタートからは、一斉に白い炎がシャデルに向かって放たれた。
シャデルはそれを、面倒そうに膜を使って防ぎながら、南の方を見た。そして、叫んだ。
「南がうるさい。さっさと片を付けてやろうぞ、ラウタートの王よ!」
シャデルは、手を掲げた。
真っ白い光が、辺りに走り、アーティアスが慌てて膜を張ったが、それも突き抜けて崩壊して行く。
『…くそ…!!押さえ切れぬか…!!』
アーティアスが、食いしばった歯の間から、言う。この膜が全て崩壊したら、自分達は消し飛ぶ。シャデルの気の強さには、所詮敵わない…!!
「アトラス。」
咲希が、それを見ながら、落ち着いた声で言った。
『どうした、サキ?』
咲希は、アトラスを見下ろした。
「行くわ。皆と逃げて!私も、後から逃げる。」
アトラスは、戸惑った。
『何のことぞ?主には今、力がない。』と、咲希が、アトラスから飛び降りた。『サキ!』
咲希は、浮いていた。
そして、そのまま真っ白に光り輝く光の方へと、手を差し伸べながら飛んで行った。
『サキ!』
ラーキスの声も、追って来る。しかし、咲希は大きな白い光を放つと、シャデルの前へ出てその力を押し返した。
「やめて!この大陸のためなの!こんなことは無意味だわ!」
シャデルは、驚いたように咲希を見た。
「何をしている…主のこの力は何ぞ?!あれらに与して、我が民を襲うつもりか!」
シャデルの力が、一層強くなった。咲希は更に力を強めて光り輝いた。光が当たって、まるで髪が金色のようだ。後ろに居るアーティアス達は、地上へと逃れてそれを見上げている。咲希は、首を振って叫んだ。
「やめてシャルディーク!」シャデルの動きが、ピタと停まる。咲希は涙を流しながら続けた。「あなたは小さなことに気を取られて、大きなことを見逃す人では無かったわ!」
シャデルの目が、いっぱいに見開かれた。
「…シャルディークって誰?」
ダニエラが、誰にともなく呟く。
克樹とメレグロスは、絶句してただその光景を呆然と見上げていた。
咲希は、自然に流れて来る涙をそのままに、シャデルと目を合わせたまま大きく手を振った。すると咲希の放った光は大きく波打ち、そこに居たラウタートと仲間たちを全て包み込むと、宙へと舞い上がった。
シャデルの力は、急速に消滅して、地上へと落下した。それは、力を抑えられたというよりも、シャデル自身が力を止めたように見えた。そして、そこへ座り込んだまま、呆然と上を見上げている。
光の玉は、南へと移動し始めた。すると加速する瞬間、黙っていたラーキスが、その玉からすっと出て、シャデルの横へと舞い降りると、見る間に人型を取った。
《ラーキス…?!》
咲希の、念のような声が響いて、消えた。玉はその瞬間に、速度を一気に上げて南へと消えて行った。
ラーキスは、それをシャデルの横で見送って、じっと立っていた。
「…ナディア…。」
座り込んだシャデルの口から、そんな言葉が漏れた。
それについて問おうと思ったが、すぐにバークや兵士達が駆けつけて来て大騒ぎになり、その言葉は掻き消えてしまったのだった。
その少し前、ショーンはブリアナと本を読み終えて、ふっと息をついていた。
ここに書いていあるのは、この世界の創生の頃のことだ。これが真実であると断定はできないが、知っておいて損はない。それなのに、自分はこの本の、一巻しか持って来なかった。ここにあるのは、ブリアナの祖父が拾ったという四巻と、自分が持って来た一巻の二冊だけ。しかしこれは、五巻あった。ショーンは、間違いなく隠すように棚の奥に並んでいた、五冊の本を見ていたのだ。
全ての本を持って来なかったことに、ショーンは後悔していた。まさか、こんなことが書かれてあるとは思わなかったのだ。
これはおとぎ話なのかもしれない。だがこうも考えた。もしも作り話だというのなら、女神であるアンネリーゼを普通の女のように扱った本を書くだろうか…?
窓の外の日は、もう完全に暮れようとしていた。ショーンは、本を閉じてブリアナを見た。
「さあ、オレはもう行かなきゃな。楽しかったよ、ブリアナ…」
そこまで言って、ショーンはハッとした。
ブリアナが、胸を押さえてうずくまっていたのだ。
「ブリアナ!どうしたんだ、少しも動いちゃいねぇのに!」
ブリアナは、胸を押さえて息を荒くして、言葉が出ない。ライラとケインがショーンの声に慌てて入って来て、ブリアナの様子を見て、叫んだ。
「ああブリアナ!最近は具合が良いようだったのに、こんなことって!」
ケインが、涙を浮かべて言った。
「前と同じだ…前の、あの発作の時と!」
ショーンは、急いで手を翳した。しかし、気が少な過ぎる。どうやっても、この状態から元へ戻すなど、無理な話だ。少し楽にするのが、精一杯だった。
「くそう…!オレの術も、命の気がないと役に立たねぇんだよ!」
ショーンは、歯ぎしりした。自分には治せる病気なのに。どうして、ここには命の気が無い。もう、目の前で人が死ぬのなんか、見たくもねぇ!
「命の気だ!どこかに強い場所はねぇのか、どこでもいい!ここには、ちょっとだが他より命の気があるじゃねぇか!それの出所はどこでぇ!ブリアナをそこへ連れてって、オレが治す!」
ケインとライラは、顔を見合わせた。そして、暗い顔をした。
「長に…長しか、お話しすることが出来ません。」
ショーンは、イライラとケインを見た。
「何を言ってる!早くしろ、ブリアナは長くは持たねぇってんだろうが!呼んで来い!すぐに!」
ショーンに怒鳴られて、ケインは意を決したような顔をすると、さっとそこから出て行った。
ブリアナは、意識を失って青い顔で横になっていた。
アーサーが、ケインに連れられてやって来た。
シュレーと圭悟も、一緒に来て後ろで黙って立っている。険しい顔をしたアーサーは、ショーンに言った。
「お話しはケインから聞きました。ですがあそこには、我々は足を踏み入れてはいけないのです。」
ショーンは、アーサーを睨んだ。
「はあ?お前何を言ってる。子供が死にかけてるんだぞ!それどころじゃねぇ!」
アーサーは、険しい顔を上げた。
「ショーン様…その病こそが、そこへ足を踏み入れてしまった報いなのです。」
ショーンは、呆気にとられた。病気が、何だって?
「ブリアナの病気と、それが何の関係があるんだ?」
すると、ライラがわっと泣き伏した。ケインが、その肩を抱いてなだめている。アーサーは、重い口を開いた。
「その…命の気が流れるという場所は、冷たい空気が流れ込む場所で、夏でも冷ややかで皆気味悪がって足を踏み入れてきませんでした。それというのも、昔からその場所へ足を踏み入れて無事に戻った者が居ないということが語り継がれていて、戻ったとしても、その者は災厄を招くと言われておりました。現実に私も子供の頃、興味本位で入って行った年長の子供を止められずに…その子供は、滝のそばに倒れて見つかりましたが、流行り病を得ていて、この村で瞬く間に蔓延し、半数が亡くなりました。調べてみると、昔からそんなことが繰り返されているようで、だから禁止されているだと私は知りました。そんな場所なので、ここ数年は誰も入っては行かなかったのですが…たった一人、このケインの父の、ハンスだけは違っていた。」
ケインは、悔しげに下を向いた。
「…親父は、もしかして理想郷につながっているのかもしれないなどと言って、止める私と身重だったライラを振り切って、その場所へ行ったのです。そして、何事も無かったように帰って来た。さっき、ブリアナと読んでいらした本も、そこで拾ったのだと聞いております。そして、特に変わったこともなく、あれは迷信だったのかとほっとしていたのもつかの間、ブリアナの、生まれ持っての病が発覚したのです。」ケインは、涙を流した。「それから、父は自分のせいだと自分を責めて、またその場所へと入って行き、帰って来ませんでした。ブリアナは、その場所の何かの、報いを受けておるのです。」
それをじっと聞いていたショーンは、少し落ち着いているブリアナを指さして、言った。
「そんな迷信なんてオレには知ったこっちゃねぇ!オレは、こいつを助けてやりてぇんだ!命の気さえあれば、こいつは治るんだぞ!」アーサーも、ケインも顔を見合わせている。ショーンは、しびれを切らして言った。「もういい!お前らについて来いとは言わねぇ!オレが一人でブリアナをそこへ連れて行く。どこだ、場所を言え。」
アーサーが、慌てたように言った。
「そんな!王のお客様に、そんな危険な事はさせられません!」
ショーンは、激高して立ち上がった。
「やかましい!そうだその、王の大切なお客がお前らに聞いてるんだよ!早く場所言え!」
黙っていたシュレーが、見かねて口を挟んだ。
「オレ達は王に会いに来るほどいろいろな事を経験している。場所を教えてくれないか。何かの誤解なら、それを見極めて話してやれる。命の気があれば、君達もこれから何とか術を習ってやって行けるようになるだろう。流行り病なんかに、怯えなくてもよくなるかもしれないんだ。いちいちキジンに行かなきゃ治せないなんて、風邪もひけないじゃないか。」
アーサーは、ケインを見た。ケインは、思い切ったように言った。
「私が、ご案内します。」ライラが、気遣わしげにケインを見る。ケインは弱々しく微笑んだ。「親父のことも、見つけてやれるかもしれない。オレは行くよ。」
アーサーは、驚いてケインを見た。
「ダメだ、そんなこと!変な病気を持って帰ったらどうするんだ!」
ショーンは、いきなりアーサーの胸倉を鷲掴みにすると、乱暴に自分に引き寄せた。
「そしたらオレが治してやるよ。お前は黙ってここで震えてな!」
ショーンは、それだけ言うとアーサーを放して、ケインを見た。
「さあケイン。行くぞ!」と、ライラを見た。「ブリアナに、なるべく厚着をさせろ。その場所は寒いんだろう。」
ライラは頷いて、急いでブリアナの仕度に取り掛かった。
「オレ達も、行くよ。」
圭悟が、ショーンの肩に手を置いて静かに言った。




