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ラクルスへ降り立つと、既に降りていたシュレーが叫んでいた。

「術者達は兵士が配る謝礼を持ってラクルスに取ってある宿舎へ移動してくれ!グーラ達は人型で次の指示を待ってくれ!」

術者達が、ぞろぞろと一列に並んで兵士が差し出す機械に、皆、一様に腕につけている腕輪を翳している。咲希は、ラーキスから降りたって、その光景を珍しげにみた。ラーキスは、人型に戻りながら言った。

「ここでは腕輪に金額を登録してあって、それが財産なのだ。宿屋でも何でも、大抵はそれで支払える。」

咲希は首をかしげた。電子マネーみたいなものかしら。

すると、キールが降り立ち、そこからショーンがリリアナを腕に飛び降りて来た。

「それで、そっちのお嬢ちゃんはさっきの力の説明をしてくれるんだろうな?あんたの力無しじゃ、あれは封じられなかった。」

咲希は、慌てて首を振った。

「私の力じゃありません!この杖なんです。私、魔法だって初めて使ったし、呪文もあの時ラーキスに教えてもらって、それを読んだだけですもの。」

咲希は、手に書きなぐられた呪文を見せた。ショーンは、顔をしかめてその手を払った。

「あの拙い詠唱なら聞いてたさ。だがあんなもんであそこまでの術を放つなんて初めて見たんでぇ!あんた何者だ?!」

ショーンの剣幕に、咲希は思わず杖を前に構えながら顔を伏せた。

「ほ、本当にこの杖が勝手にやったことなんです!私は昨日この世界に来たばかりなんです!」

シュレーが、割り込んだ。

「落ち着け、ショーン。」と、咲希を見た。「サキ、確かにショーンの言うように、杖だけではあの力は出ない。杖は使う相手が力を放つため、力を一点に集中させる道具でしかない。その杖の持ち主は知ってるが、ここまでの力を放つのは見たことがない。」

咲希は、呆然と杖とシュレーを見た。

「え…あれは、私の力だと?」

シュレーは、頷いた。

「今までの考え方ならそうだ。調べてみる必要がある。一緒に来てくれないか。」

咲希は、戸惑った。ラーキスが、咲希の前に出てシュレーと向かい合った。

「サキは、異世界から来たのだ。これ以上こちらの事に付き合わせる事は出来ない。ラピン近くの王立研究所へ送って行く約束だ。」

しかし、シュレーは首を振った。

「異世界の住人でもこちらでは意味のある者であることがある。お前の母がそうだっただろうが。そうだろう、マーキス。」

横でじっと聞いていたマーキスが、首を振った。

「確かにそうだが…だからこそ、巻き込みたくないという思いもある。シュレー、お前にも分かっているはずだ。」

咲希は、何のことかと思って聞いていたが、不意に力が抜けて来るのを感じた。眩暈がする…もしかして、お腹空いてるのかも…今日は朝から、いろいろあったから…。

「サキ!」

ラーキスが、慌てて手を差し出した。咲希は、ラーキスの腕に倒れ込んだ。手にしていた杖が、からんと音を立ててそこへ倒れた。

「意識を失っている。」

ラーキスが咲希の顔を覗き込んで言った。マーキスが、ため息をついた。

「無理もない、さまよっておったのだろう。思えば食事もさせておらぬではないか。人は、食さねば命の気を補充出来ぬ。」

シュレーが、頷いて言った。

「宿屋へ行こう。オレと同じ所を取ってある。グーラ達には、付いてくるように言ってくれ。」

ラーキスは、咲希を抱き上げた。アトラスが近付いて来て、言った。

「この人は異世界から来たのか?」

ラーキスは、頷いた。

「今日オレが見つけたばかりだったのだ。それなのに、こんな所へ連れて来てしまった。ダッカへ置いておけば良かったと思うておる。」

アトラスは、しかし首を振った。

「お前も見ただろう。この娘が居らねば、あの封印は成し得なかった。オレにはこの娘の責務のように感じたぞ。」

克樹が、寄って来て咲希の顔を覗き込んだ。

「普通の子のようなのに。あんな術を放つなんて考えられないな。」と、ラーキスを見た。「久しぶりに会うのに、こんな非常時なんて。アトラスとも、久しぶりだろう?」

ラーキスは、歩き出しながら頷いた。

「何年ぶりか。幼い頃はようダッカまで来ておったのにの。大学で学んでおったのだと聞いておるが?」

アトラスは、頷いた。

「克樹と共にな。だが今は、卒業してラピンに帰っていた。克樹は民間のパーティに入ると言うし、オレは谷のことを学ぶよう父上から言われて。」

ラーキスは、眉を寄せた。

「谷を継ぐ唯一のグーラだったのではないのか。このような場に来ておって良いのか。」

克樹は、アトラスを見た。

「そう、オレも気になってたんだ。父上と母上には言って来たんだろうな?」

アトラスは、首を振った。

「戻れと言われておったが、強引に出て参った。今頃は、憤っておられるだろうな。」

克樹は、仰天したようにアトラスを見た。

「おい!駄目じゃないか、君は、王子なんだろう!」

アトラスは、横を向いた。

「王子がなんだという。皆目が金色だとか何だとかで騒ぎおって、おもしろうない。」

歩きながら、それを背で聞いていたマーキスが、苦笑してキールを見た。キールは、足を緩めてアトラスを歩調を合わせた。

「我も目が金色ぞ。」アトラスは、ハッとしてキールを見た。キールは笑った。「目の色など関係ない。お前がしたいと思うようにすれば良い。後は、世のためにお前が何を出来るのかと考えれば良いではないか。表向きの地位など、気にするでないわ。」

アトラスは、キールを見た。

「キール…。」

キースは、再び足を速めてマーキスに並んだ。

アトラスとラーキス、そして克樹は、黙ってその背を追って歩いて行った。


咲希は、目を覚ました。そして、木の天井が見え、いつもと違う布団の感覚に驚いて起き上がった。

そうか…異世界に来てしまっていたんだ。

咲希は、それを思い出して、夢じゃなかったことに落胆しながらも、回りを見回した。見ると、自分はキャミソールと下着だけしか着ていない。慌てて服を探すと、横に、鮮やかな色の新しい服が置いてあった。

咲希は、他に着る物がないかきょろきょろと探したが何もなかったので、仕方なくその服を着た。ワンピースだが丈が短い物で、後ろに大きなリボンが付いている。赤いラインが入っているが、ベースになっているのは白だった。肩からは大きく前に垂れる襟らしきものが付いていて、それが咲希には武士の着ている(かみしも)の小さいのみたいだと思った。

木製のベッドの横に立てかけてあった杖を持つと、如何にもこの世界の住人のようだと咲希は思った…このままあちらの世界へ帰ったら、きっとコスプレイヤーだと思われる。

靴をそっと置いてあったブーツに履き替えると、咲希はその部屋を出てラーキス達を探して階下へと降りて行った。

そこは、小さな宿屋のようだった。

部屋を出るとすぐに廊下があって、その手すりから階下が見える…階下は、酒場のような雰囲気で、皆が円テーブルに集って飲食しているのが見えた。

咲希は、そこにラーキス達の姿を見つけて、廊下の端にある階段を下りて行った。

「サキ!」ラーキスが、こちらを見て言った。「もう、具合は良いのか?」

すると、こちら側に座っていたショーンが言った。

「回復もするだろうよ、まる二日寝てたんだからよ。」

咲希は、そんなに経っているのか、とマーキスを見て言った。

「あの、服をありがとう。慣れないから、ちょっと恥ずかしいけど。」

ラーキスは頷いた。

「ああ、裾の短い服がいいだろうと思ってな。咲希の前の服がそうだったゆえ。ここの宿屋の女将が調達してくれたのだ。とにかく座って。何か食べた方がいい。」

咲希は、とにかく物凄く空腹なのを自覚した。そして、言われるままに座ると、目の前にある料理を一心不乱に食べ始めた。

ショーンは、テーブルに肘をついて、その上に顎を乗せてその様子を見ながら言った。

「ほんとにねえ。このお嬢ちゃんがあれをやったなんざ、今でも信じられねぇ。」

横で、静かに座っているリリアナがやはり無表情に言った。

「本当よ。まるで地から全ての命を気を吸い出す勢いだったわ。」

ショーンもだが、咲希を除いたその場に居る皆がリリアナを見た。

「お前には分かるのか?あのお嬢ちゃんの正体。」

リリアナは、それには首を振った。

「分からないわ。でも、私と同じ力みたい。」

ショーンは、ため息をついて手を振った。

「それぐらいオレにも分かるっての。だが、大した力だ。」と、まだパクパクと食事に没頭する咲希にずいと近付いて言った。「で?何者なんだよ、本当のところ。」

咲希は、ぴたと手を止めた。

「何者って…あの、本当に異世界から来た普通の大学生なんです。」

ショーンはいきなり立ち上がってイライラとテーブルを叩いた。

「何が普通だ!普通の女はあんなこと出来ねぇんだよ!」

ラーキスが、割って入った。

「サキは本当に何も知らぬ。封印の呪文すら知らなかったのだぞ?」

ショーンは、またどっかりと椅子へと座ると、腕を組んで横を向いた。そこへ、シュレーがマーキスとキール、それに克樹とアトラスを連れて入って来た。

「ああ、サキ。気が付いたのか。」と、その場に流れる気まずい雰囲気に気付いて、息を付いた。「ショーン、またか。急いでも結論は出ない。昨日も話しただろうが。」

ショーンは横を向いたまま答えない。入って来た五人は、それぞれ思い思いの椅子へと座った。シュレーが言った。

「パワーベルトは、今は落ち付いている。前のように揺らぐこともなくなった。だが、上空の封印が不安定に揺れているので、いつあれが外れるとも限らない。あれが押さえてくれている間に、何とか原因を探れたらと思っているんだが。」

克樹が言った。

「アトラスと数値を見て来たが、パワーベルトの力の数値は小刻みに揺れていて…まるで、ぶるぶると震えているようだ。つまりは、封印を解こうと上の封印が揺れているから、それに呼応してるんだろうと思われる。」

シュレーが頷いた。

「それで、あれを根本的に押さえる術を探しに出る命が陛下から出た。パワーベルトについて研究している機関は多いが、皆科学的になのだ。しかし、今度のことで我々の科学の力ではどうしようもないことが分かった。なので、ショーンに聞きたい。パワーベルトを祀る神殿があるというのは本当か?」

ショーンは、腕を組んであちらを向いたまま、落とした声で答えた。

「ああ、あるな。ルクシエムの西の端、パワーベルトとは目と鼻の先の場所だ。あそこはメクの裏のパワーベルトとの接点にも近い。両方のパワーベルトを観察するには取って置きの場所だ。」

すると、リリアナが言った。

「そうよ。私達はそこから来たのよ。」

ショーンは、慌ててリリアナを見た。

「おい!」

シュレーは、眉を寄せた。

「どういうことだ。」

ショーンは、舌打ちした。

「チッ。別に言う必要もないだろうから言わなかっただけだ。オレはパワーベルトを調べていた。あれは太古の昔からあったと記録にはあるが、どういう力で成っているのか未だに解明されていない。人は科学的に調べようとしているが、それが解明に繋がっていない。だから、オレはあそこでいろいろと調べていたのさ。」

克樹が身を乗り出した。

「何か分かったのか?」

ショーンは、ちらと克樹を睨んだが、ふっと肩の力を抜いた。

「いいや。全くもって分からねぇ。地下に通路があって、昔は通れたみてぇだが途中で何かの力に封じられていて通れねぇんだ。」

シュレーが身を乗り出した。

「つまり、パワーベルトの向こう側に繋がる通路か?」

ショーンは、頷いた。

「オレはそう考えてる。あっちにも、こっちと同じ世界が広がってるってな。」

克樹が、身を乗り出して言った。

「それ、オレは見たよ!アトラスと」と、アトラスを見た。「パワーベルトが薄れたり強まったりした瞬間に、観測船が送って来た画像って言うのが、研究室にあったんだ。海があって、建物みたいなのがうっすら見えた。きっと、あっちにも世界が広がってるんだ!」

ショーンが、克樹に顔を近付けた。

「なんだって?!そんな画像があるのか!オレも見てみてぇ!」

シュレーが、手を上げて二人を押さえた。

「まあ待て。今はあっち側の世界の事より、パワーベルトだ。」シュレーにそう言われて、ショーンはまた椅子にそっくり返って腕を組んで横を向いた。シュレーは続けた。「とにかく、あれを封じたのがサキの力である以上、サキにはもう少し付き合ってもらわねばならない。」

咲希は、仰天してフォークを落とした。

「私の力って…あれは杖が勝手に!」

シュレーは、首を振った。

「君が寝ている間、その杖を調べさせたが特別変わった所はなかった。君が分かっていたか分かっていなかったかに関わらず、あれは君に力だ。この国だけのためではない、この世界全体が掛かっているのだ。もうしばらくだけ、付き合ってくれないか。」

咲希は、大変なことになってしまったと思ったが、断れるような雰囲気ではない。仕方なく、力なく下を向いて頷いた。ラーキスが、それを見て言った。

「あの杖を使って、ショーンが放てばどうなのだ。ショーンは杖も何も使っていなかった。使えばもっと力を出せるのではないのか。」

ショーンが、ぶっきら棒に言った。

「オレにはあんな道具は必要ねぇの。本当の術士ってのは、道具に頼らねぇのさ。」

シュレーは畳み掛けるように言った。

「オレの考えではない。陛下の直々の命だ。サキには、一緒に来てもらう。パワーベルトが落ち着くまでだ。」

有無を言わせぬシュレーの言葉に、ラーキスも黙った。シュレーは、立ち上がった。

「サキの登録を急げ。役所へ行って腕輪を貰って来るのだ。軍からはオレが行く。後は数人のパーティを組んで登録しろ。明日の朝、ここを出発してルクシエムへ向かう。」

そうして、シュレーは出て行った。

咲希は、ただ呆然とそれを見送ったのだった。

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