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サイ

一時間も立たない間に、ラウタート達は小さな集落に到着した。

そこはゴツゴツとした岩場に囲まれた場所で、小さな掘っ立て小屋のようなものが申訳程度に建ててあり、とても村とは思えないような場所だ。

二頭のラウタートは、克樹達を下ろすと、すぐにどこかへ走り去って行った。クリストフが、振り返って言った。

「さあ、中へ。」

中?

克樹は、きょろきょろとした。すると、アレクシスが岩場の方へと歩いて行く。

「何やら、ここらは気が薄いようよな。前に来た時とは違う。」

すると、その横を歩きながら、クリストフが頷いた。

「エネルギーベルトが消失してしばらくしてからぞ。濃くなったり薄くなったりを繰り返しておる。今は、少し薄いの。夜になると、平均的に薄くなることが多いゆえ、ここらに夜来る輩が減ったように思う。」

こちらを気にせずに歩いて行く二人に、克樹とメレグロス、ダニエラは急いでついて行った。

すると、岩場の一部にたどり着き、そこの岩の一つをまるで扉のようにして開いて、クリストフが先に入って行った。克樹達が戸惑っていると、アレクシスがようやく振り返って、今気が付いたかのように言った。

「ああ、外の家はダミーぞ。時に旅の奴らが一時しのぎに泊まって行くのに使っておるようだ。ここの村は、地下にあるのだ。」

克樹が感心してそれを聞いていると、アレクシスは先にさっさと中へと入って行った。遅れてはならないと、急いで三人もそれに続いた。すると、何もしていないのに、岩の戸は勝手に音を立てて閉じた。

細い通路を抜けて行くと、突き当りには、大きな空間が開けていた。壁には、あちこちへつながる通路の穴が開いていて、数人の人が忙しなくそこから出入りしている。クリストフが言った。

「王がこのついでに一度、全てディンメルクへ戻って参れとおっしゃるのでな。王も戻られるからと。」

アレクシスは、慌ただしい中で落ち着かぬように辺りを見回した。

「なんと、全員か。30名近く居るであろうが。それは一大事よな。しかも、こんな急に。」

クリストフは、苦笑した。

「仕方がないことよ。それに、キジンが恋しくなって来ておったところであったし、良いかと思うて。」

アントンが、戻れと言っているのか。

克樹は、黙ってそれを聞いていた。メレグロスが、口をはさんだ。

「キジンが、主らの首都か?」

ハッとしたような顔をしたアレクシスが、振り返って首を振った。

「いや、首都はカイ。我らはキジンから来たのでな。キジンはあのディンメルクで唯一命の気が豊富にある地。だから心地良いし、懐かしく感じるのだ。」

そうなんだ。

克樹は、そう思って聞いていた。すると、背後から何やら聞き慣れた懐かしい声がした。

「で?お前はなんでここに居る。あっちで命の気の研究とやらをしてるんじゃなかったのか。」

克樹は、その声の主を知っていた。なので、慌てて振り返った。

「と、」克樹は、声を詰まらせた。「父さん!」

そこに居たのは、克樹の父の、玲樹だった。玲樹は相変わらず腰に剣を吊り下げ、赤と黒の戦闘用の服を来て、腕を前に組んで克樹を睨んでいる。

アレクシスが、横から言った。

「なんだ、知り合いか?」

「オレの父親だよ!」克樹は、アレクシスに言ってから、急いで玲樹を振り返った。「父さんだって、なんでここに?あっちで空間研究所に居たんじゃなかったの?」

「オレは、陛下の命で潜入捜査に来たのさ。いろんな真実を確かめるためにな。それより、お前よくここまで無事だったな。クリストフから聞いたが、ルシールの地下からミレー湖に抜けて川をさかのぼって来たんだって?サラデーナ軍が探してるってのに。」

克樹は、眉を寄せた。

「オレだって陛下の命で命の気を何とかするために来たんじゃないか!でも父さん…何ともないの?こっちの命の気、ヤバイだろう?オレ達は、咲希の力の石があるから平気だけど…」

玲樹は、それを聞いてぐいと克樹の胸倉をつかむと、じっと額の小さな石を見つめた。

「…なるほど。これがお前らを守ってるってことか。」と、呟くように言ってから、克樹を放して、続けた。「オレは大丈夫だ。この近くで行き倒れてたところを、ここの奴らに助けられて生き延びた。連れも居るぞ?お前も知ってる奴だ。」

玲樹の後ろで、ビクっとする影が見えた。克樹はそこで、やっと誰かがそこに居るのを知った。玲樹が体を横へ避けると、そこには美穂が立っていた…しかし、肌はまるで蔦の茎のような緑色になっている。

「え…美穂?」

玲樹は、ふんと鼻を鳴らした。

「ついて来るって聞かなくてな。オレは一人でいいと言ったんだが、陛下が女連れの方が疑われないだろうから、戦えるなら連れて行け、とおっしゃって。こいつは間に合わなかったから、肌の色が変わっちまったんだよ。」

克樹は、身震いした。変化の途中だったのか。なら、あっちも早く命の気を何とかしないと、みんなこんなことに…いや、もっと酷いことになる…。

「アレクシス、早く行かなきゃ!命の気が、どんどんあっちへ流れてるんだから!」

アレクシスは、つかみかからんばかりの克樹をなだめるように言った。

「待て、カツキ。確かに急がねばならないが、昼間は無理ぞ。とりあえず面が割れておらぬ者たちから、順に送り出しておるところ。我らは夜になるのを待って、ここを出るのだ。夜ならば、今は命の気も薄いらしく人が来ぬ。ここからなら、急げば歩いて二日もかからぬから。」

克樹は、歯ぎしりした。こうも思い通りにならないことが、腹立たしかったことはない。

玲樹が、涼しい顔で言った。

「相変わらずお子様だな、お前は。じゃ、オレは出発まであっちで寝てるからよ。起こすなよ。」

克樹は、そんな玲樹の背に叫んだ。

「なんだよこんな時に!」

しかし、玲樹は出て行った。メレグロスが、克樹の肩に手を置いた。

「レイキの言っていることは、間違ってないぞカツキ。オレ達も休んでおいた方がいい。徹夜で歩いてるんだからな。夜まで何時間もないのだ…さあ、休もう。」

クリストフが、頷いて手で示した。

「じゃあ、こちらへ。こちらの部屋なら静かぞ。出発の時には起こそう。」

そうして、三人は静かな岩の部屋へと通され、そこで出発までの時を過ごしたのだった。



ディンメルク側では、シュレー達は無事に実に50体ものラウタート達と合流し、大きな船二隻に乗り換えて、一路リツへと向かっていた。

その大きな船すら、ここでは人力で動かす。船体の横から出したオールを皆で一斉に漕ぎ、川をさかのぼる様はまるでバイキングの船の小さなもののようだった。

その船の甲板で風に吹かれていると、仲間と話に行っていたユリアンが戻って来て、三人に言った。

「この調子なら夕刻にはあちらへ到着します。我々は、あなた方をリツに下したらそのまますぐに山岳地帯へ船で向かう予定ですので、みなさんはリツで宿を取るので、そこで休んでいてください。」

ショーンが、言った。

「どれぐらい待てばいい?時間がかかるなら、オレ達も川があるギリギリの所までついてって、その辺でキャンプでもしてるがな。」

ショーンがそんなことを言い出したので、シュレーは驚いたが、確かにリツでずっと待たされるのも気が急いて落ち着かないだろう。それなら、もっと山に近い位置までついて行く方がいいかもしれない。

なので黙っていると、ユリアンは顔をしかめた。

「本当に山以外は何もない場所ですよ?少人数の小さな村はありますが、そこも10人ほどの集落ですし、退屈するのではないですか。」

ショーンは、首を振った。

「どこに居たって退屈するのは変わらねぇよ。山に近づくにつれて、ほんのり命の気の気配がしてくるところを見ると、山はサラデーナからの命の気が、ちょっとは流れてるんじゃねぇのか。」

ユリアンは、それには真面目な顔で頷いた。

「それはそうです。僅かながら、命の気が流れてはおります。それでも、少ないですよ。魔法を使うにはかなり貯めてからでないと無理なレベルなのです。それでも、良いですか。」

すると、横からシュレーが言った。

「それでもいい。リツでオレ達を下ろすために停まったら、時間の無駄だろう。真っ直ぐ終点まで行ってくれたらいいさ。オレ達は、そこで待つ。長旅の準備は、して来てあるんだ。」

ユリアンは少し考えたが、頷いた。

「それでは、共に。川の始まりは山からの滝なのですが、その辺りで待っておって頂きましょう。」

ユリアンは、それを皆に伝えるために、またそこから離れて行った。

シュレーは、ショーンを見た。

「命の気が、何か必要なことでもあるのか?」

ショーンは、肩をすくめた。

「いいや。これでもかというほど健康だし、別にどっちでもいいんだが、山に興味があってさ。ディンダシェリアでもそうだろう?山には謎が多くて、そして深い。デルタミクシアだって山にある。こっちの山も調べてみたいだけだ。」

圭悟が、うーんと腕を組んだ。

「どうかなあ。確かに、山はミステリアスだけど。あんまり深くまで行って、迷ったりしても探せないんだから、無理するなよ、ショーン。」

ショーンは、笑って手を振った。

「大丈夫だよ。方向ぐらいなら、命の気が少なくたって見れるさ。」

そうして、船はリツを通り過ぎ、さらに山へと近づいて行ったのだった。

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