ラウタート
克樹とメレグロスとダニエラは、アレクシスについて長い一本道を歩いていた。
はるか遠くまで見渡せるが、地平線の向こうにはまだ何も見えて来ない。昨夜のうちに西から南へと進路を変えて、結構歩いたはずだった。それでも、この広い平原はまだまだ遠くまで広がっているようだ。
途中見慣れた魔物が出て来てあっさりと倒して進んでいるが、どうやら魔物もあちらの魔物と同じ型の物が生息しているようだと、そんなことを調べながら、克樹は暇を潰していた。みんな黙々と歩いているし、黙っているのに疲れて来ていた。
そんな時に、薄っすらと見えていた太陽が辺りを明るく照らし出し、アレクシスが口を開いた。
「そろそろ、今日の移動はやめよう。」と、脇の岩場の方を指した。「あの辺りで、潜んで夜になるのを待とうぞ。」
低い岩場で、そんな場所に入れるのかと心配したが、ぽっかりと空いた岩の間をすり抜けると、中は案外に広かった。メレグロスが入口付近で少しつっかえて難儀したが、それでも何とか体をねじ込むのに成功し、岩場の間に腰を落ち着けて、ほっと一息ついた。
「ここは、どの辺りになるか?」
メレグロスが、カバンから水筒を出して水を飲みながら言う。アレクシスが答えた。
「ちょうど、ククルとサイの中間辺りかの。明日の朝には向こうへ着けよう。向こうに知らせはやっているので、途中まで出て来てくれるやもしれぬな。」と、カバンから何かの小さな石を出して、じっと見た。「…あちらでも、皆が慌ただしく準備に追われておるようぞ。」
克樹が、興味深くその、透明な丸い玉を覗き込んだ。
「それは何だい?」
アレクシスは、微笑んだ。
「連絡をしあうための、玉ぞ。あらかじめ同じ術を掛けてある玉同士は、こうして繋がっておって、向こうの様子を見ることが出来るのだ。ま、玉の回りのことだけしか見えぬがの。」
ダニエラが、おもしろそうにそれを見た。
「へ~すごいわね。そんな術があるの。声も聞こえるの?」
アレクシスは、苦笑して首を振った。
「いや、音は聞こえぬのだ。なので、相手が話しておる唇の動きを見て読むのだ。」
克樹が感嘆の声を上げた。
「凄い!そんなことまで出来るんだね!ディンメルクの人たちって優秀だなあ。」
アレクシスは、視線を落とした。
「まあ…皆が皆出来るわけではないがの。オレは出来るだけぞ。」
アレクシスは、そこで黙ってまた、玉へと視線を向けた。克樹は、ふーっと息をついた。
「まだ夜が明けたばかりなのに…日の入りまで何時間かなあ。ずっとここでこもってるのって、気が滅入りそうなんだけど。」
メレグロスが笑った。
「そんなことを言うておったら、行軍など出来ぬのだぞ、カツキ。主は軍隊経験がないからの。オレは訓練で一週間もたった一人でこもって逃れる訓練なども経験しておるから、半日ぐらいなんでもないわ。」
ダニエラが、笑った。
「ああ、あったわね。私もやったわよ。女だからって二人にしてくれたんだけど、もう一人の子がすぐにダメになっちゃって…結局、ほとんど私一人。あれで鍛えられたかな。」
克樹は、身震いした。
「うわあ…戦闘訓練だけじゃないんだね。」
メレグロスは、頷いた。
「出来るだけ戦闘は避けねばならぬ。命のやり取りほど、リスクの高いものはないからの。逃げ切れるなら逃げた方が、人数の少ない時は良いのだ。」
克樹は、魔物ばかりを相手にしていた自分が恥ずかしかった。それで、剣術を磨いて軍でもやって行けるはずだと勘違いしていたのだ。その剣術さえも、父の玲樹には敵わない。父は、そんな自分が危なっかしいと、軍隊の真似事などに手を出すなといつも言っていたっけ…。
今更ながらに、克樹はその言葉の意味を知った。父は、このことを言っていたのだ。
克樹がそんなことに思いを馳せて黙っていると、突然、アレクシスが顔を上げた。入口付近に目をやって、鋭い視線を向けている…全身が緊張していて、何かを気取ったのは明らかなようだ。
メレグロスが、小さく言った。
「…三人か。」
アレクシスは、頷いた。
「だが待て。一人は、覚えがある。」
気を読んでいるのだ。
誰かが来る…克樹は、ゴクリと唾をのみ込んで、腰に吊っている剣の柄を手で探った。こちらは四人、あちらは三人。こっちのほうが有利なはず。
いよいよとなった時、外から声がした。
「アレク?」
その声を聴いた途端、アレクシスはがくっと力を抜いた。
「クリストフか。」
すると、真っ白な髪に青い瞳の男が、入口から中を覗いた。
「迎えに参った。急がねば、サラデーナ軍がかなりの速さで北からこちらへ捜索を進めておるのだ。昼頃にはこの辺りまで来る。」
アレクシスは、頷いた。
「助かった。では出るか。」
アレクシスが、先に立ってそこを出て行く。ダニエラが先に出て行って、後ろから克樹が順番を待っていると、ダニエラが声を上げた。
「きゃ…!魔物っ!」
魔物?!
克樹は、思わず後ろからつっかえているダニエラのお尻を蹴ると押し出して、ダニエラがその辺に転がるのも構わず外へと飛び出し、剣を抜いた。
すると、そこには二体の、大きなトラのようなライオンのような、ヒョウ…にしてはがっつりと大きな体の魔物がじっと地面に腹をつけて寝転ぶ状態で、こちらを見ていた。一体は真っ黒で、一体は所々まだらな茶色と黒の色だった。
「違う、これは仲間だ。」と、クリストフが言った。「ラウタートという魔物ぞ。理由があってこれらはここで人型がとれぬので、このまま参った。」
克樹は、まじまじとおとなしくこちらを見ているラウタートを見つめた。なんて大きな…牙も爪も、普通の魔物の比ではない。
そう思って見ていると、黒い方のラウタートがふんと横を向いた。克樹は、びっくりして身を退いた…何か、気に障ったのだろうか。
「普通の魔物ではないぞ?グーラと同じだと思うたら良い。こちらの言うことも完全に理解しておるし、話もする。これらは今、話したくないようだがな。」
クリストフは、アレクシスの方を向いた。
「早よう乗れ。急いでここを離れねばならぬ。マウを使っておるからの。」
アレクシスは頷いて、ダニエラと克樹に、小さい方のラウタートを指した。
「主らはそっちへ乗れ。こっちのラウタートは力がありそうゆえ、我らがまとめて乗る。」
だけど、メレグロスは重いんだけど。
克樹はそう思ったが、マウで来るという軍隊に焦って、何も言わずにダニエラと共に、小さい方の茶と黒のラウタートへとまたがった。クリストフが、メレグロスを見て、こちらへ走って来た。
「オレはこっちへ。お前はそっちのデカい奴とそっちへ。」
デカい奴と言われて文句も言いたいところだが、まだ自己紹介もしていないのだから、仕方がない。
アレクシスとメレグロスは黒いラウタートに、克樹とダニエラとクリストフは小さいラウタートへ乗った。
途端に二頭のラウタートは、一目散に走り出した。走っているのだが、地に足がついていない。つまりは、半分飛んでいるのだ。
「ちょっと…私を蹴飛ばしたこと、まだ誤ってもらってないんだけど。」
しかし、克樹は聞いていなかった。
「すごい…!ラウタートは、飛ぶんだ!」
克樹がはしゃいでいる。
ダニエラは、ふーとため息をついた。
「ま、謝ってもらえるとは思ってないけど。」
そんな様子に、クリストフとアレクシスは、違うラウタートの上で視線を交し合って、苦笑した。こんな時でも、楽しめるなど、幸せなやつよ。
黒いラウタートは、呆れたように小さく鼻を鳴らしていた。




