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動き

バークが、驚いて慌ててシャデルに駆け寄って剣を抜いた。

「陛下?!何か…!?」

シャデルは、苦々しげな顔をした。

「…逃がしたわ。どこから見ておるのか、探ってやろうと思うたのに。すぐに閉じよった。」

バークは、何もないシャデルが見上げている空間を、ためらいがちに見上げた。

「誰かが、こちらを術で見ておったと?」

シャデルは、頷いた。

「そうだ。多数の目を感じた。追えぬところを見たら、どこかの結界の中か。」と、考え込むように別の空間に視線を向けた。「…しかし、北であったな。かなりの端。その中に、あの石の波動もあったように思う…。」

そう、あの懐かしい気。感じる度に、心を騒がせる。そこに何があるのか、シャデル自身も分からなかった。それを確かめるためにも、どうあってもその気の持ち主を探し出さねば。

「やはり北にまだ居るのだ。急ぎファルの駐屯兵に連絡を。ディンメルクのネズミが何かを企んでおるのなら、未然に防がねばならぬ。ルース山脈の西からスラル砂漠へ向けて捜索せよと。」

バークは、頭を下げた。

「は!」

バークは、そこをさっと出て行った。シャデルは、北の空を睨んだ…何を企んでおったとしても、我が民を手にかけることは、どうあっても許すわけには行かぬ!



シュレーと圭悟、ショーンは、ユリアンと共に、夜明けを待ってセルルを出発していた。襲って来るような者は誰も居らず、穏やかでゆったりとした船旅だった。半日ほど進んだ所で、目の前にまた街が見えて来た…今度は、街らしい街で、石造りの建物が結構な数立ち並んでいる。間違いなく、この辺りではかなりの都市なのだろうと思われた。

「あれは、ランテというカイの次に人口の多い村です。」ユリアンが、見えて来た街を指して言った。「海からの食材と、セルルからの食材などが集まるので、とても発展しておるのです。」

シュレーは、苦笑した。

「あれは村ではなく、街だろう。とてもにぎわっているように見えるし、我々の方ではあれぐらいの規模なら街と言うがな。」

ユリアンは、首を振った。

「我らの方では、あれは村と。カイですらそうなのですから。私はサラデーナにも潜んだことがあって知っておるが、街とは相当な人々が住む場所。我らの国では、それほど人は多くはありません。先の戦で、かなりの数の人が亡うなってしまったので。」

シュレーも圭悟も、顔を見合わせた。確かに人の数は、そんなに多くはないだろう。所々で家畜の魔物は見えるが、人の姿はあまり見なかった。

ユリアンは、微笑んだ。

「では、ランテで一度上陸します。キジンから来る仲間を待つためです。仲間と合流した後に、リツへと向かい、船を下りて山岳地帯に入る予定です。あなた方は、危ないのでリツでお待ち頂きましょう。」

圭悟は、首を傾げた。

「なら、明日ぐらいまで掛かるかな?キジンから来るなら、結構な距離だろう。」

しかし、ユリアンは首を振った。

「いえ、すぐに着くかと。我らには我らの移動手段がありますので。」

ショーンが、身を乗り出した。

「え、飛ぶのか?命の気が無くても、飛ぶ方法があるのか。」

ユリアンは、苦笑してまた首を振った。

「いえ。そんなことはいくら何でも出来ません。そうではなくて、走るのですよ。人型では遅い我らの足も、変化すればかなりの速さで走ることが出来ます。ただ、ラウタートの型で居るにも人型より多くの気を使うので、あまり遠くまでそのままでは行けませんが。」

走るのか。

シュレーは、感心して聞いていた。ラウタートが、あの平原を走って来ているのだ。王を迎えに行くとなると、かなりの数だろう。どんな様子なのだろうと、想像してみたが、その姿は恐怖でしかなかった。船の上で見たラウタートは、やはり肉食獣特有の大きな牙と鋭い爪を持ち、そしてこれ見よがしに大きく、しかも美しかったからだ。

シュレーは、そう思ってユリアンを見た。ユリアンは、どんなラウタートなのだろうか。この金色の髪ならば、きっと豪華な獣に変化するのだろう。

皆が黙ったので、ユリアン続けた。

「恐らく、もう一時間ほどでしょう。ここで食事を取って、皆を待ちましょう。」

ランテの石造りの川港が近づいて来る。

シュレー達は、新しい街に、好奇心を抑えられなかった。


咲希達は、無事に石を設置し終えたので、最奥の間を出て神殿のミールの居間へと戻っていた。

そろそろ昼なので、村の人たちが咲希達に歓待の食事を出してくれたのだ。

思っても見なかったごちそうに、咲希は大喜びで、今までの疲れなど吹き飛ぶ気持ちで夢中で食事をした。

出発するのは、夜にしようと決めていたので、そろそろ仮眠を取ろうということになり、ミールは快く皆がそこに横になるのを許してくれた。そのミールは水鏡で様子を探って来ようと言い置いて、そこを出て行っていた。

皆が雑魚寝状態で居たのだが、たまたま横になったダニエラとリリアナに、咲希は小声で言った。

「ごめんなさい、私が不甲斐ないばっかりに。でも、本当に頑張るわ。私、みんなに覚悟がないとか、自覚がないとか言われてしまって、それが的を射てるから、とても落ち込んじゃって…どうしたらいいのか分からないけど、努力する。」

すると、ダニエラとリリアナが顔を見合わせた。そして、ダニエラが言った。

「無理は禁物よ、サキ。あなたの中の何かが覚醒するのを止めているなら、その何かが無くなるのを待つべきだと思うの。あの、私の感想だけど。」

咲希は、首を傾げた。ダニエラが、何を言っているのか分からないのだ。ダニエラは、咲希が気を失っている間に聞いた、咲希がなぜ覚醒しないのか、もしかして、自我が無くなることを恐れているのではないか、という言葉が引っかかっていたのだ。もしも本当に咲希が咲希でなくなるのなら、そんな理不尽なことはないと思っていた。何より、咲希自身がそんな危険性も知らされずに、覚醒しなければと皆にせかされている現状が、哀れに思えてならなかったのだ。

リリアナが、隣で言った。

「サキは、特別な存在だってことよ。でも、サキ自身は特別な存在なんかになりたくないって思ってるんじゃないかってこと。」

咲希は、そう言われて考えてみた。確かに、そんなものになりたいとは、思ったことはなかった。

「確かに…私なんて普通の女子だし、いつも学校でも目立たないようにする癖があったぐらい。特別何かが出来るわけでもなくて、いつも一生懸命勉強して、みんなについて行ってる感じだったもの。ここでいきなり特別だとか言われても、正直実感も湧かないし、それにそんな存在になりたくなかった、普通の命で良かったって、思う気持ちもある…。」

それが、いけないんだろうか。

咲希は、自問自答した。

目立ちたくないとか、そんな気持ちが覚醒を遅らせている。でも、こうして生きて来たのに、今更目立ちたがり屋などに、なれるはずもなかった。

「サキは、贅沢だなって私は思うわ。」リリアナが言うのに、咲希はびっくりして思わずリリアナの方を見た。リリアナは、無表情で続けた。「あなたは、とても価値のある命だって言われているのよ。皆が、命を懸けて助けるほど、あなたは無くてはならない存在。でも、私はどう?」

咲希は、キョトンとした。

「え、リリアナ?あなたはとても可愛らしいじゃない。そんな風に生まれていたら、私だってもう少し自信を持って生きてられたかなって思うわ。」

リリアナは、首を振った。

「違うのよ。姿形じゃないわ。確かに、私のこの体は容姿に恵まれている方だと思うわ。」

自分で言うのか。

ダニエラと咲希は思ったが、しかし確かにリリアナは可愛らしかった。赤い髪も、緑の瞳も、育てばかなりの美女になるはずだった。

リリアナは、大真面目な顔で続けた。

「でも、あなた達は気付いてた?ミールって長は、目が見えないわ。」

咲希とダニエラは、仰天して思わず半身を起こした。回りの克樹やラーキス達まで、こちらを見ている。リリアナは、そんな様子には構わずに続けた。

「やっぱり、気付いてなかったのね。あの長は、私とルルーには、目もくれなかったのよ。というよりも、見えていなかったの。視線は私とルルーの上を通って、エクラスのことは見ていたわ。でも、一度も目が合わなかった。どういうことかというとね、長は命を見ているの。命と気の流れや空気の流れを感じ取って、それでああして見えているかのように視線を動かしているのよ。そんな長に、私とルルーは見えなかった。つまり、私は生きているものだと認識してもらえてないのよ。あなたが言う、普通の命でさえないってことよ。」

咲希は、ショックを受けた。

ミールの目が見えないということもだが、リリアナが認識されていなかった事実をだ。

確かに、ミールはたった一人混じっている子供の姿のリリアナに、少しも関心を寄せなかった。そんなはずはないのだ…咲希にすら、お嬢ちゃんと言って、気遣ってくれたのに。声を掛けることぐらいは、するはずなのだ。ミールは、そんな性格の男だった。

それなのに、リリアナに視線を向けなかったということは、リリアナの言う通り、全くリリアナが見えていなかったからなのだろう。つまりは、リリアナは正式な命と、認識されないような形なのだ。

「そんな…リリアナは、命だわ。そうやって、意思を持って話してるじゃない。」

咲希が、やっとのことでそう言うと、リリアナは首を振った。

「違うわ。このシャルディークの石から離れたら、生きては行けない人形なのよ。自分でもそうだろうなって思っていたから、特にショックは受けなかったけど、でも…」

リリアナは、そこで言葉を止めた。無表情だが、必死に何かを抑えているようにも見える。咲希が横から抱きしめようと手を伸ばしかけると、誰かの手がリリアナを抱き上げた。

びっくりして見上げると、エクラスがリリアナを腕に立っていた。

「何ぞ、らしくないの。いつもは可愛げのないことばかり申すくせに。」

リリアナは、目を見開いて怒ったようにエクラスの胸を叩いた。

「可愛げのないってどういうこと?あなたこそ、レディの扱いが分かってないくせに。」

エクラスはハッハと笑った。

「言うておろうが、野育ちであるからな。それより早よう寝ておかねば、かなりのスピードで飛ぶ予定であるから寝てなどおられぬぞ?無駄口を叩いておらずに、もう眠れ。さあ、こっちへ。」

エクラスは、自分の方へとリリアナを連れて行った。

「何よ、デリカシーのない男は、嫌いよ。」

リリアナは、そう言いながらも、そっとルルーで目じりをぬぐったのが見えた。

「困った奴よな、主も。」

エクラスは、背中を向けて横になったリリアナに、困ったように言った。

咲希は、それでもエクラスが居てくれて良かった、と心底思った。リリアナのことを、女性としては見ていないのかもしれない。それでも、エクラスは自分になついているリリアナを気遣ってくれるのだ。

アーティアスが、そんな様子をちらと見て、また背中を向けて目を閉じたのが見える。

咲希は、アーティアスにもそんな優しさがあったら、と思って息をついた。

しかし、そもそもは、自分が覚醒しないからスムーズに行かないのだ。

咲希は、まだ何か言いたそうだったダニエラに気付いていたが、目を閉じた。これは、自分との闘いなのだ。誰に愚痴っても、始まらない。何とかしなければ…。

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