封印
咲希は、回りを見て驚いた。結構な数のグーラが、パワーベルトへと向かって飛んでいたのだ。それでも、大きなパワーベルトを前にすると、そんなグーラ達の姿さえまるで炎に向かって飛ぶ蝶のように見えた。何しろ、あの大きな手に向かって飛んでいるのだ…もしも、あの手がこちらを向いたら?
咲希は、震えて来る体を自分で抱きしめた。しっかりしないと…あちらの世界へ帰らなければならないんだから。
「もうちょっと側へ寄れるか?」
ショーンが、キールに言った。キールは、ちらとショーンを振り返った。
『単独行動はせぬ。シュレーがここまでと命じたのであるから、オレはここまでだ。』
横一列に綺麗に並んでホバリングするグーラを見て、ショーンはチッと舌打ちをした。
「ふん。どうせオレは信用ならねぇとかの理由だろうが。」
キールは、同じようにふんと鼻を鳴らした。
『よう分かっておるではないか。オレから見れば、お前は得体の知れない男に過ぎぬ。しかも変に命の気が大きい。兄者がオレにお前達を任せた理由が分かろうものよ。』
ショーンは、回りの様子を見て腕を上げた。
「兄ってあの偉そうなグーラか?まあいい。オレは場所を選ばねぇからな。何しろ、有能な術士様だからよ。」
ショーンの伸ばした腕の先に、大気から吸い込まれるように気が収束して行く。日がもう、水平線に細くなっているのだ。
「構えろ!」
シュレーが、叫んだ。グーラの上の術者達が、必死にそれぞれの杖を構えた。そうして、糸のような光が、すっと海面に消えた。
「放て!」
一斉に、グーラの上から術の光がパワーベルトへ向かって飛んだ。ショーンの手からも、大きな力が放たれて飛んだ。咲希の目から見ても、その力の違いは明白だった。
「すごい…!あの人、口だけじゃなかったんだわ。」
すると、ラーキスが激しい光に目を細めながらも、言った。
『確かにな。だが、全く動じておらぬ。封印など出来そうにもない状態ぞ。』
咲希は、パワーベルトを見た。確かに、全く乱される様子がない。上空を見ると、あの手が更に大きく開かれたような状態で、上から押さえているような形になっているのが見えた。
「ラーキス、手よ!きっと、手を狙わなきゃならないのよ!」
ラーキスは、顔をしかめた。
『だから、我らにはそれが見えぬのだ。どこぞ?』
「ほら、あそこ!」咲希は、ハッと思い出して、ウェストポーチから小さな爪楊枝大の杖を出した。「私が封印の術をあっちへ放つから!そうしたら、皆に分かるでしょう?」
ラーキスは、大きくなったその杖を見て、仰天した顔をした。
『なんぞ、母上の杖?なぜに主が持っておるのだ。無理だサキ、主の力ではそこまで光が届くまいが。』
咲希は、杖を構えた。
「やってみなきゃ分からないわ。それに、飛んだ軌道を見てショーンさんがあっちへ術を飛ばしてくれるかもしれないもの!ラーキス、封印の術の呪文を教えて。」
ラーキスは、呆れながらも咲希に言った。
『長いぞ。間違えずに申せ。フラルフラル=レジェ、フレルフレル=ラシュラ…』
咲希は、ええ?!とラーキスを見た。
「意味のある語句じゃないの?」
ラーキスは頷いた。
『それなりに聞く者によっては意味があるらしいぞ。しかしオレの知らない言語だがな。』
咲希は、必死にペンを出し、手にラーキスが言う言葉を書き記して行った。
ショーンは、一旦手を下ろして舌打ちした。やはり、効果なしか…。
『効果なしか?』
尻の下のキールが言う。ショーンは、キールを睨んだ。
「悔しいがな。パワーベルトを大きくされては困ると来たが、どうもオレの力じゃ太刀打ち出来ねぇようだ。」
すると、リリアナが空を指した。
「あっち。手の形が変わったわ。ショーンの力、少しは利いてるみたいよ。」
淡々とした口調だ。ショーンは、その空を見上げた…相変らず、何も見えない。
「だが、押さえるのは無理なようだぜ、リリアナ。」
キールが、リリアナを見て言った。
『その娘は、術を使えぬのか。』
ショーンは、苦笑した。
「無理だ。リリアナはそんなに大きな力を使える体じゃねぇ。だが、こうしてオレに見えねぇものが見えるから、一緒に居るのさ。」
ふと、リリアナが後ろを振り返った。
「…あの子…。」
ショーンも、そちらを見た。咲希が、いつの間にか杖を手に、何かの術を詠唱している…どうもぎこちないが、封印の術のようだった。
「あれじゃああっちまで届かねぇな。」
ショーンが笑うのに、リリアナは真顔のまま、じっとそちらを見ていた。そして、術が佳境に近付いて来た時、リリアナは目を見開いた。
「来る!ショーン、あの術を追って!」
ショーンは、慌ててリリアナを見た。
「何だって?あの嬢ちゃんの術にか?!ちょっと待て、急に…、」
「封印の光、行け!」
咲希が、最後の文言を叫んだ。途端に、咲希の杖の先から爆発的な光が噴き出した。
「え?!え?!」
咲希が、あまりの勢いに両手で杖を持って必死に支える。両足は、がっつりとラーキスの胴を挟んで洗濯バサミの要領で、必死に落ちないように支えた。
『うわ!!サキ、勢いが…!』
ラーキスは、術とは反対の方向へと翼を羽ばたいて吹き飛ばされないように必死に踏ん張った。咲希は、杖だけは放すまいと両手にしっかりと力を込めた。何しろこの杖は戦闘用で、長さは物干し竿より少し短いぐらいあるのだ。そして、ハッとした…皆が、こっちを見ている。そうだった。自分はあの手の位置を知らせなければならないんだった。
「うおおおお!」
おおよそ若い女らしくない声を出した咲希は、力を無尽蔵に噴出しているように見える、その杖をあの大きな手の方向へ向けた。まるで、学校での防災訓練で持った、消防車のホースの、放水のようだった。違うのは、出た力が真っ直ぐに飛ぶ事だった。
「あっちか!」ショーンが、咲希が杖を向けた方向を睨んだ。「行け!」
ショーンの力も、咲希の術に混じって同じ方向へと向かう。他の術者達が、困惑気味に言った。
「せっかくの力が…パワーベルトに当たってないじゃないか。」
しかし、シュレーは黙って見ている。もはや日が完全に暮れて暗くなっている辺りが、咲希とショーンの放つ術の光だけで明るく照らされていた。
リリアナが、その様子をじっと見ていた。そして、呟くように言った。
「…力が収まってる。手が消えるわ。」
咲希からも、それは見えていた。もう、手が消える…この杖、凄い…!
咲希がそう思っていると、パワーベルトの方にも変化が現われた。
「稲妻が消える。」
シュレーが言う。皆が呆然と見ている前で、今まで激しく走っていた稲妻が、嘘のように消え去って行った。
すると、それに伴って咲希の持つ杖の光も、すーっと収まって行った。空には、放たれた術が作った魔方陣が綺麗に形成され、空で何かが封じられたのを知らせていた。ショーンも、術を放つのをやめてこちらを振り返る。シュレーが、まるで何事もなかったかのように静まり返ったパワーベルトに、皆を振り返って言った。
「よし、一度戻ろう!パワーベルトが落ち着いたかどうかは、専門機関の話を聞くよりない!」
グーラ達が、一斉にラクルスの公園へと引き返して行く。ラーキスは、旋回しながら、背の上の咲希に言った。
『凄まじい勢いであったな。サキは術士の才があったのか。』
咲希は、驚いてぶんぶんと首を振った。
「違うわ!あなたのお母様の杖が勝手に力を出したのよ。凄いのはこの杖だわ。」
しかし、ラーキスはそれを聞いて黙った。咲希はまだ熱を持つその杖を手に、ラーキスに運ばれてラクルスへと戻って行ったのだった。




