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ダンボール箱のブランド品

作者: 辛井 蛙

オリアム随筆賞落選作品です。

 妻との離婚が成立した。

 理由は、端的にいえばカネである。経済観念の相違といおうか。

 妻は、高級品が好きだった。特に、子供の衣服など、百貨店で買った高価なブランドものしか着せなかった。私の親が地元のショッピングセンターの子供服店で買った服~「西松屋」やらの安物ではない。それなりにちゃんとした店である~をプレゼントに送ると、「うちは〇〇か△△のブランドしか着せないもので」と開封もせずに送り返して激怒させたこともあった。

 子供だけでなく、私が着る服にも気を使った。通勤に着るスーツにしても、いつも百貨店でブランド品をあつらえた。

 一方で、日常生活の些事に関しては異常なほど倹約家であった。家の中の照明はいつも真っ暗だった。一度、私がうっかりエアコンをつけたまま外出したことがあったときなど、大声で号泣して取り乱したほどだ。

 私の方はといえば、逆に、スーツなんて三着二九,八〇〇円のバーゲン品でいいと思っていた。ベルトやネクタイなど、今時百円ショップでも売っている。そんなものに高い金を払うくらいだったら、会社帰りに同僚と飲んで楽しんだ方がいいに決まっている、と思っていた。

 妻はこれを許さなかった。酒を飲むなどということには一切の価値を見出さなかった。私の給料は妻がすべて握り、私には月二万円の小遣いしか渡さなかった。それで昼食代もまかなうのだから、仕事帰りに飲みに行くような金は残らなかった。結婚してからというもの、毎日、高級なスーツを着て会社に行き、仕事が終われば、同僚の飲みの誘いを断って、毎晩自宅に直行する、という生活になった。元来酒飲みな私である。そんな生活には、耐えられるはずがなかった。私はついに、サラ金に手を出した。といっても、返すあてはないのだから当然のように借金は膨らみ、数十万に達したところで妻に発覚。妻は半狂乱になり、私は実家に逃げ込み別居に至った。

 私は離婚調停を申し立てたが、妻は同意しなかった。妻としては、毎日高級なものを着させてもらって何の不満があるんだろう、という気持ちなのだろう。一度、調停委員を通じて、悪いところは直すからもう一度やり直したいという希望を聞かされたこともあったのだが、私は乗らなかった。同意したが最後、またあの地獄のような毎日が始まるに違いなかった。

 別居を始めてからの生活は、快適だった。ほとんど着のみ着のままに逃げ出してきたのだが、衣類はバーゲン品やディスカウントショップでそろえれば十分だった。妻には法律上適正な婚姻費用分担金を支払い続けているため経済的には裕福ではなかったが、それでも同居時よりは圧倒的に自由になった。私は毎晩のように、安酒ではあるけれども、あちこち飲み歩いて回った。

 結局、法外な養育費を支払い、更に、住んでいたマンションを売却してその代金をすべて妻に渡すという条件で離婚が成立した。経済的に極めて不公平な条件ではあるけれども、とにかくあの生活から脱出することが先決だった。

 マンションの売却代金の決済が済んだ数日後、私が身を寄せている実家に、大量のダンボール箱が届いた。マンションに残してきた私の私物を、元妻が送りつけてきたのである。

 本棚に突っ込んであった書籍のほか、多くは衣類であった。高級ブランド品も多く含まれていた。といっても、別居を始めてから自由に飲み歩いていたからか、スーツなどはたいていズボンのウエストが合わなくなって使い物にならなかったのだが。

 その中に、封も切られていない新品の下着類や靴下が大量に入っていた。同居しているときには見たことがないものである。別居期間中に妻が買っていたということだろう。調停中、妻は調停委員を通じ、悪いところは直すからもう一度やり直したいと伝えてきたことがあったが、おそらく、その新しくやり直す生活に備えて、私のために買い込んでおいてくれたものに違いない。

 これらの下着類には、すべて、当然のように、有名なブランドのロゴがついていた。

 「あの野郎。相変わらずだな。」

 私は、苦笑いするだけだった。


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