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姫恋華~ひめれんげ~  作者: 藤原ゆう
第二章 暗躍するものたち
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(4)成敗④

「お、こいつ鳴けるんだ」


 妙にことに感心しつつ、新之助は利き足を半歩前に出した。


「腹空いてて苛立ってるな」


「無駄口はいらん」


「はいはい」


「こいつが動いたら、いくぞ」


「りょーかい」


 蜘蛛がグイッと前足を上げた。


「来るぞ」


 宗明の顔に緊張が走った。


 次の瞬間降ってきた前足を刀で受け止めていた。


 ググッと下に押さえつけられるのを耐える。


 すると蜘蛛が「ギャッ」と鳴いた。


 新之助が腹の下に潜り込み下から払うように一閃斬り付けたのだ。


 新之助はすぐさま腹の下から飛び出し、また太刀を体の脇に下げる。


 蜘蛛が痛みに体を持ち上げ、宗明にかかる荷重も軽くなった。


 怒りに声を上げる蜘蛛。


 腹の底に響く様な声だった。


「どうやら痛みを感じるらしい」


「だな。てことは、少しはまともな生き物ってことか」


 そうなのか?


 自分で言って首を傾げながら、新之助は次に切り込む機会を窺った。


 すると突然蜘蛛が後ろ脚を上げ逆立ちしたのだ。


「なんだ?」


 身構えた瞬間、その尻から白く長いものが飛び出してきた。


 くるくると渦を巻くように宙を飛んだかと思うと、宗明と新之助の後方へ。


「きゃあ」と言う悲鳴と共に、ゆらの体が宙づりになっていた。


「蜘蛛の糸か」


 以外に小技を利かせるらしい。


「ゆらさま」


 宗明が顔を青ざめさせ駆け寄ろうとすると、蜘蛛の前足がぶんと空気を震わせ襲いかかってきた。


「だから逃げろと言ったんだ!」


 それを受け止めながら声を上げる。


 今さら言っても遅いが、腹立たしい。


 まったく、どうして、あの人は私の言うことを聞いてくれない?


「焦るなよ」


 その前足に太刀を斬り付けながら、新之助が冷静に言った。


「うるさい。貴様に何が分かる」


「分かるさ。大切な人を守りたいって気持ちは」


「……」


 宗明は新之助の顔を思わず見返した。


 飄々としているが、どこか憂いを帯びた表情に、なぜか胸がきしむ。


「風間……」


「いったーい」


 何かを言いかけて、その大切な少女の悲鳴に現実に引き戻された。


 ゆらの細い肢体を蜘蛛の糸がぎりぎりと締め付けている。


「こら、ええ加減にせんかい!ゆらの貧乳がよう分かってまうやんけ!」


「すずちゃん、それ、いらない……」


 ゆらは苦しい息の中から絶え絶えに声を絞り出した。


 心持ち顔を赤らめた宗明は己を叱咤するように大きく息を吐き出した。そして助走。


 その勢いのまま、庭先にまで出ていた蜘蛛の糸に刀を叩きつけた。


 だが。


 糸は思った以上に柔軟だった。


 あっさり跳ね返され、水たまりの中に転がってしまった。


「く……」


 いつも身綺麗にしている宗明が泥で汚れている。


 さすがのゆらも申し訳なく思うがどうしようも出来ない。


 糸はさらに彼女を締め付け、気を失いそうなくらいだった。


 その光景に新之助は秀麗な顔をしかめた。


「本体やるしかないか。急所はどこだ」


 腹か。頭の付け根か。


 当たりを付け、頭と胴体が繋がる部分めがけて太刀をふるった。


 だが、そこに傷が付く前に前足に弾き飛ばされてしまった。


「こりゃ、いかんな」


 倒れ込んだ側から聞こえた陽気な声にさらに顔をしかめた。


「あんた、ゆらさん守るんじゃなかったのかよ」


「だあって、怖いじゃん」


「あんたって人は」


 久賀はどこまでも久賀だった。


「だが、実際やばいな。あのお嬢ちゃん」


 久賀が言う通り、ゆらは意識を手放してしまった。


 それを見計らったように糸が動いた。


 蜘蛛の口を目指して。


「喰われるぞ!」


 さすがの久賀も焦りの声を上げた。


 それを耳にしながらも新之助の意識はそこに留まらず、体は蜘蛛へ向かっていた。


 宗明の叫びが聞こえたような気がした。


 ゆらが蜘蛛の口へと吸いこまれていく。


 その寸前、蜘蛛の巨体が眩い光に包まれた。


 真上に浮かぶのは、五芒星。


 ギギッと鳴いた蜘蛛は、光の中で身動きの取れないことに戸惑っているように見えた。


「少々、おいたが過ぎますねえ」


 そこに聞こえたのは、この場にそぐわない呑気な声。


 だが僅かに怒気が混じっているように感じた。


斎斗(さいと)。祓ってさしあげなさい」


「こんな小物こものに手間取るなんて先が思いやられる」


 脇を風が通り過ぎた。


 と思うと、新之助の前には狩衣かりぎぬ姿の男が立っていた。


 新之助は非常に不愉快なお小言をいただいた気分になったが、今はそんなことにはかまっていられなかった。


 なぜ風だと思ったのか。


 それは、その狩衣の男の纏う空気が、あまりに清廉で神々しかったからだ。


(人を神々しいだなんて、どうかしている)


 自嘲する新之助の目の前で、その男は優雅な仕草で印を結んだ。


 静かに静かに紡がれる、神を言祝ぐ祝詞。


 それは徐々に、蜘蛛の巨体を見えない紐でがんじがらめにしていくようだった。


 最後に狩衣の男が「(ふう)」と短く呟いた。


 刹那、蜘蛛は八つ裂きになった。


 塵じりになって舞い散る蜘蛛であった(まが)つモノ。


 雨に打たれて消えて行く。


 消えずに残った少しのかけらは小さな蜘蛛に変化したが、それを今度は紙の鳥が(つい)ばみ燃え上がると消滅した。


 やがて、人ならぬものはすべて消え失せた。


 細切(こまぎ)れになった糸から、ゆらが放り出された。


 それを優しく受け止める宗明。


 しかし愛しいものを取り返したというのに、その表情は険しい。


 己の力不足を自省中のようだ。


 太刀を鞘に納めながらほっと息をついた新之助は、大事なことを思い出した。


「そうだ。佐伯」


 庭を見れば、腰砕けとなった佐伯の傍らに一人の男が佇んでいた。


「影どの」


 駆け寄り声を掛ければ、“影”は軽く頭を下げた。


「このまま近藤さまの元へお連れする。追って沙汰を待たれるがよい」


「……心得た」


 影に引っ立てられる佐伯の姿を、新之助は物足りない思いで見送った。


 奴の口からは何も聞いていない。


 近藤がすべてを暴いてくれるだろうが、結局自分は仇を討つことが出来なかった。


「化けの皮を剥がしただけ良かったと思いな」


 ぽんと肩を叩かれ見れば、久賀が頭一つ分高い位置から白い歯を見せていた。


「……まあ、そうかな」


「おう。そうだぜ」


 まさか、久賀に慰められるとは。


 そのことにも軽く落ち込みながら、新之助は踵を返した。


未だ意識を取り戻す気配のない少女のところへ戻るために。



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